勇者達、帰還
「世話になったな」
ウェリスペルトの南門の前にあるバスターミナル、レオンがわたしに手を差し出した。わたしはそれを強く握る。途端に何か熱いものが込み上げてきてしまった。涙が出そうになる前に力強く答える。
「わたしこそ、色々ありがとうね。……ご両親によろしく」
そう言うとレオンははにかんだ笑顔を見せる。ようやく年相応の顔が見れた気がした。
「さみしいわあ」
ローザがすでに涙を浮かべつつレオンと握手する。
「あ、そうだわあ、レオンはもう十二歳なのよね?だったらうちの学園に入ればいいのに!」
「あ、いいですねえ、それ」
イルヴァも同調した。
「また両親と離れちゃうじゃない」
セリスが呆れたように言うが、レオンは少し嬉しそうだった。
「……もう少し後になったら、考えてみるよ」
そう答えるレオンをウーラも嬉しそうに見ている。わたしはその彼女に手を差し出す。
「ウーラも元気でね。お休みの日には会いにきてよ。わたしもシェイルノースに行ってみたいし」
ウーラはにっこり笑うと優しく抱きしめてくれた。グラマーなわけではないが、年上の女性の良い匂いに顔が赤くなる。
「ありがとう、私もあなたにはまた会いたい」
耳元で囁かれる声はすごく気持ちが籠っていた。
ウーラはそのまま全員とゆっくり抱擁する。ドラゴネルの挨拶なのかもしれない。イリヤの真っ赤になった顔に皆が笑う。ヘクターの背中に手を回しぽんぽん、と叩く光景は何故か格好良く見えてしまい、珍しく嫉妬する気持ちにはなれなかった。が、
「世話になった」
アルフレートにはつんとした無表情に、握手のみで済ませるところに苦笑してしまう。……次に会った時はこのへんの話しを聞いてみても面白そうだ。エルフとドラゴネルの確執なんて小説一本ぐらいのボリュームと面白さに溢れていそう。
「それじゃ」
御者席からウーラ、馬車の窓からレオンが手を振る。
「元気でね!」
見送るわたし達は力一杯黒い馬車に手を振った。街道を北に行く馬車にシェイルノースの街を想像する。アルフォレント山脈を越えた先にある北の街。寒く、日差しも少なく、そして綺麗なんだそうだ。
「では、我々も行きましょうか」
学園長の声に振り返ると、久々の故郷の街並みを歩き始めた。
「ミーナ!ハンナ!」
学園の前で待っていたのはミーナのお父さん、ユハナさん。
「お父さん!」
ミーナが駆け出し、しっかりと抱き合う様子は涙無しでは見られない感動のシーンだ。なのだが……。
「なんだかすっかり老け込んじゃったんじゃない……?」
耳打ちしてくるセリスの言葉にわたしは深く頷いてしまう。髭は伸びっ放し、髪はぼさぼさというのもあるだろうが、心労のせいだろうか目は落窪んで全体的に痩せた?元が太り気味の人では無かっただけに痛々しい。
ハンナさんという人生の大半を一緒にしてきた女性を心配する気持ちも強かったのだろうが、ミーナに抱きつきおいおいと泣くユハナさんの姿にフロロが呟く。
「こりゃあ揉めるぞ」
サイモンのことか……。
「可哀想にねえ」
再会したばかりの親子に掛ける言葉ではないが、ローザの呟きは皆が同調するものだった。
何だか自宅に帰った気分になるアズナヴール邸、そのダイニングルーム。集まるのはわたし達、デイビス達、そして学園長。皆揃ってテーブルに向かいお茶を飲む。胃が温かくなると初めて旅の終わりを感じ、手足の力が抜けていった。
「はあああああああ、疲れたわねえ」
ローザが大きく息をついた。メイドのメリッサちゃんが食器を配り出す。食事の用意があるらしい。
「この借りはデカイからな、覚えとけよ」
アントンがそう言いながらわたし達を睨む。だがいつもよりは目に力が無い。彼も疲れているのだろう。
「何言ってるんだよ。どうせ協力しなかったらゴブリン退治の依頼しかなくて、それを一番嫌がってたのはアントンだったじゃないか」
イリヤが言うなりアントンが彼の頭を殴りつける。イリヤの悲鳴が部屋に響いた。
「元気だなー、お前ら」
デイビスが心底疲れた顔で二人を見ている。でも本当に彼らにはお世話になってしまった。ハンナさんを追いかけて首都を探しまわって、ラグディスに来たらまたごたごたも多かったし。
「ところで学園長、一番気になってることがあるんですけど」
わたしは手を挙げ学園長を見る。
「何かな?」
学園長はにこにことわたしに向き直った。
「火のルビーについてです。あの……フォルフが言ってたんですけど、神殿にある限り復活の儀式を行えばいいって……場所が分かってるんだからいつでも出来るって事みたいだったんで、危ないんじゃないですか?」
「うん、そうなんだよ」
暢気なお答えに一同、薄目になる。
「納得いかないなー、言っとくけど俺らおっちゃん達フロー教団にも協力してやった立場なんだぜ?ちゃんとしてくれよ」
フロロの意見は相変わらず見た目に反して大人っぽい。
「私にくれよ」
アルフレートの意見は無視する。
「まあまあ、私も色々考えたんだがね……もう少し優秀な君らに協力して貰えないかなと思って」
学園長はそう言うと出窓の方向を指差した。そこにいるのは、気持ち良さそうな顔をして日に当たるフローラちゃん。
「持ってきたのか」
アルフレートが少し驚いたように目を丸くする。わたしとローザの顔が思いっきり歪む。え、何、フローラちゃんに入れて持って帰ってきた……?
「まじかよ!お前らこれからずっとサイヴァの心臓持ち歩いて旅すんだな!」
アントンの声は何故か嬉しそうだ。
「へ~でも意外とお守りみたいになるんじゃなーい?」
セリスがけたけたと笑った。ローザが彼女を睨む。
「ちょっと待ってください、いくらなんでも危ないでしょう」
ヘクターが困った顔で学園長を見るとなぜかふふ、と笑っている。
「うん、それはやっぱり『もしも』を考えると危険だよね。だから学園に置いておこうと思って」
学園長がさらりと言うと、澄ました顔でお茶を飲んでいたサラが「ぶほ!」と吹き出した。
「それなら時計塔の上に飾るなんてどうでしょう。あそこ何だか寂しいし」
ヴェラのよく分からない意見にはイルヴァだけが頷いている。
「それかっこいいですねえ~」
学園長はにこにこと話しを続けた。
「場所は決めてないけど学園なら常に頼れる皆がいるわけだし、君らみたいな強者もいれば頼れる教官達もいるしねー」
固まって動けないわたし達に更に続くお話。
「あ、時々『もしも』が起きてもそれはそれでいい訓練になりそうだな、と思って」
暢気な学園長の言葉に全員が立ち上がり悲鳴をあげた。
どこまで本気か分からない。邪神の一部が置いてある学園ってどうなのよ!?
理解不能な学園トップに頭を抱えつつわたしは思う。
人間を壊すのは神ではない。人間なのだ、と。
窓辺にいるフローラが首を傾げた。窓の外、ミーナ親子三人がこちらに手を振りながら訪ねてくる様子が見て取れた。
fin




