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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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大きな存在

「認定式、夜からやるんだとよ」

 瓦礫の上を器用に跳びはねながらフロロがやってくる。

「あーそー……」

 わたしは気の抜けた返事をしながら、彼から手渡された瓶入り飲料を受け取った。やけに甘ったるい不思議色の飲料に、フロロに選択を任せたことを後悔する。

「しかしあいつら元気だよな。あんな事があったっつーのに。俺、眠くてしょうがない……」

 太陽が真上にある時間だというのに大欠伸をするフロロ。わたしも眠い。そのフロロが指し示すのは既に神殿及び周辺の修繕を始めた僧侶達だ。瓦礫を運ぶ手伝いをするデイビスの顔が死んでいたりする。対象的に皆に飲み物を配るサラの顔は生き生きとしているが。

 先程サイモンが誇らしげにミーナ親子を連れ帰ってきた。ミーナはすっかり意識も戻り、全てが終わったのよ、と告げると安堵感からか元気な笑顔を見せた。お母さんとも会えたし、あとは帰るだけなのだ。

 そう、彼女達を呼び寄せ執拗に求めていたと思われる孤児院の女王リョージャは……亡くなったらしい。魔力の急速な減退による衰弱によってだ。マーゴがそう伝えて欲しい、と言っていたという。

 ハンナさんに関しては記憶は戻ることは無かったので、すっきりとはいかないだろうが顔色も良くなり、神殿の片付けを申し出て中の掃除をしてくれている。もちろんミーナも一緒だ。そのハンナさんとミーナの警護という名目で神殿内に戻ったアルフレート、アントン、セリスは確実に寝ているはず。

「結局、今回って失敗に終わったのよね……。事態は終息したとはいえ、こんな状態だもの」

 ボロボロになった神殿、僧侶達がブラシをかける赤い跡を眺めながらわたしが呟くと、横になっていたフロロがむくりと起き上がった。

「そんなこと言ったら『奴ら』が動き出した時点で負けだろ?混乱が目的なんだから。チートだ、チート」

「そうそう、あまり気に病むでないぞい、お嬢ちゃん」

 いきなり近くからかけられた言葉に少し目が覚める。見るといつの間にいたのか、わたしの隣に腰掛ける老人の姿。えーっと誰だっけ、このじいさん。

「法王だろ、ほーおー」

 わたしの怪訝顔を見て察したのか、呆れた声でフロロが答える。あっ、そうだそうだ。帰還の時の神々しいオーラが無いから気が付かなかった……。

「この混乱の中、良くやってくれた。リュシアンは良い教え子を持ったものだ」

 うんうん、と頷く老人はすっかり普通のじいさんといった雰囲気だ。

「はあ、ありがとうございます」

 思わず気の抜けた返事をしてしまう。

「それはそうとお嬢ちゃんは随分暴れてくれたのー」

 いきなりの法王の言葉にわたしは頬が引き攣る。

「な、何のことだか……」

「フローの像を破壊したのは神殿の人間の代わりにやってくれた事として、今サムが必死に直している大穴はお嬢ちゃんが……」

「ぬあああああ!事故よ!事故!……っていうか何で知ってるんです!」

 詰め寄るわたしに法王はえへん、と胸を張る。

「神殿を守るのがわしの仕事。神殿はわしの体。混乱の中、わしも何もしてなかったわけじゃないぞい」

「ほんとかよ?」

 フロロが鼻を鳴らすと、もう一度法王は胸を張る。

「ほんとほんと。神殿の崩壊がこの程度で済んだのもわしのお陰だもんね」

 その言葉にわたしとフロロの顔が思いっ切り訝しいげになる。

「信じなさいよ。今だってわしが気を抜けばね……」

 そう言うと法王はふいー、と肩の力を抜く。

 がらら!上の方からする瓦解の音。

「く、崩れるー!」

 僧侶達が悲鳴を上げた。塔の一部が折れ、轟音を立てながら崩れ落ちると土煙が舞った。

「ね?」

「抜くなあー!力を!踏ん張ってなさい!」

 わたしはどうだ、という顔の法王の襟首を掴み思わず怒鳴りつける。

「これが教団のトップかよ」

 フロロの呟きにはわたしも深く同意だ。

「大体、神殿を守る力があるならほいほい出歩いちゃダメなんじゃないの?」

 わたしの質問に法王は首を振る。

「まあまあ、教えを広めるのも重要な仕事。……それにわしは始めから分かっていたんじゃよ。今日という日の混乱には、西の地より勇者となる若者達がやって来る、とね」

 勇者、という言葉にわたしとフロロは顔を見合わせる。悪い気はしない。

「……ま、嘘だけど。インスピレーションって別に予知能力じゃないしい」

 こ、このじじい……。

 わたしが拳を振るわせていると、法王はすっと立ち上がった。

「何にせよ、この先、何があろうとそなたは怒りに染まるなかれ。リジア・ファウラー」

 あら、何で名前を?と聞く前に法王は立ち去ってしまう。足音の無い空気のような老人の後ろ姿は、何だか精霊に会ったような不思議な感覚がした。




 手伝おうにも力が入らない、ということで神殿内に戻って来た。どんな状態かは分からないが、いちおう自分達の部屋に戻ってみることにする。

 階段を上っている最中に上から声がかかった。

「リジア!」

 上り切った先にいるのはエミール王子。隣りにはしっかりブルーノの姿がある。

「よかった、無事だったのですね。貴方達が随分活躍したと聞いたのですよ。でもそれだけに心配していました」

 ほっと息をつくエミール王子は頬がほんのり赤い。わたしを見かけて走ってきてくれたのかもしれない。

「ありがとう。神殿はこんなになっちゃったけど……、皆無事だったんだから良かったよね。自分でもよくやったと思うかな」

 わたしが笑うと王子もふふ、と笑う。そしてわたしの手を取った。

「……リジア、貴方には感謝しています。命を狙われる心配が無くなっただけでなく、私の兄弟を救ってくれた。彼に会えたことがラグディスに来て一番の幸せです。もちろん、貴方に会えたことも」

 くすぐったくなるような王子の台詞にわたしは赤くなった頬を掻く。

 うーん、わたしって何かしたっけ?流れるような展開にただその場にいた、って感覚なんだけどな。

 ふとわたしを見るブルーノの視線に気が付く。前みたいに睨まれてる感じでは無いけど、やっぱり大きな壁は感じるかな。

「レオンのことはどうするの?」

 わたしが尋ねるとブルーノは首を振る。

「……王には報告をする。ただ、それだけだ」

 今まで通り、いなくなったものとして扱うということか。でもレオンも今のままの生活を望んでいるのだから、それが良いんだろう。

「王子、わたしも王族のお友達が出来るなんて考えたこともなかったから、とっても嬉しかったよ」

 わたしがそう言うとエミール王子の顔がぱっと明るくなる。

「エミールと呼んで下さい!」

「エミール様!」

 窘めるブルーノに気にしちゃいないエミール王子。いや、やっぱ呼び難いんですが。

 言い合いを始めた二人に部屋に戻ることを伝え、わたしはその場を離れる。

 王子ってやっぱ今までは言い返すこともなかったのかな。だとしたら神殿にやってきたことは、彼にとってすごく重要な意味合いを持ったことになるだろう。いつかサントリナのお城にも行ってみたいな、なんてことを考えながら部屋までやって来た。何となくノックしてから扉を開ける。

「あら、お帰り」

 こちらを見るローザに手を上げ応えつつ、部屋の状況に目を丸くする。

「何コレ」

 部屋に並ぶのはベッド、ベッド、ベッド。隙間なくベッドが並ぶ。箒を隅に立てかけながら苦笑するのはハンナさんだ。

「お隣の男の子達が使ってた部屋はとてもじゃないけど使えない状況で……。でも皆休みたいでしょう?だからとりあえずベッドだけ移動したの」

 ええええええ!じゃあ今日は雑魚寝!?だってベッドの数も明らかに人数分はないもの。

 しかしここで露骨に嫌な顔をするわけにもいかない。わたしはハンナさんに引き攣った笑顔で「ありがとう」と答えた。

 予想していた通り、アルフレート、アントン、セリスは既に毛布に包まってぐーすか寝ていたりする。部屋に入るなり倒れ込むように寝たのが、三人のいる位置で分かる。奥に行け、とは言わないが扉の前を占拠しないで、せめて端に寄ってくれよ。

「リジア、これ使って」

 後ろからかかった声に振り返るとミーナが毛布を持って立っていた。

「ありがと、……ミーナはまだ片付けに参加するの?」

「うん、だって私ずっと寝てたみたいだから全然眠くないし」

 ミーナはふふ、と笑う。笑顔がすっかり戻っている。わたしは深く安心した。

「明日には皆でウェリスペルトに帰りましょうね。ユハナさんも首長くして待ってるわ」

 ユハナさんには学園長が連絡をしてくれたらしい。気絶する寸前になるほど安堵、そして感謝していたということだ。

 ミーナは満面の笑みで大きく頷いた後、ふと目を伏せる。

「……結局、あの人達って何だったんだろうね」

 大きな目でこちらを見上げるミーナの疑問に、わたしは曖昧に頷いた。




 結局、獣人達は消えてしまった、とガブリエル隊長は悔しそうに言っていた。この街にももう戻らない、と。ゴルテオとどんな会話があったのか、詳しくは聞かなかった。いや、聞けなかった。それほど部下の何人かを失った彼の落ち込みようはひどいものだったからだ。

『この争乱も、何かもっと大きな混沌への足掛かりだったのかもしれないな』

 ガブリエル隊長はそうも呟いていた。サイヴァの心臓が静まってすぐ、表に駆けつけたわたし達に言った言葉だった。

 わたしは寝転がったベッドの上から揺れるカーテンを見る。アントンがくすぐったそうに顔をはらった。

 サイヴァの教団は大きな混沌を引き起こすために蜘蛛の足を集める。彼らは八人の孤児院の仲間を呼び寄せた後、サイヴァの心臓を復活させた。その混沌は去ったのだ。きっと彼らは次の混沌のためにこの地を去り、そして動き出す。

 わたしには全てを解決しようには大き過ぎる相手だったんだわ。そう納得させて目を閉じる。

 薄れ行く意識の中、もう一つ確認するべき事、会いに行くべき姿を思い浮かべた。

『結局、あの人達って何だったんだろうね』

 確かめるべきただ一人の相手の姿を浮かべる。きっと分かるはず。




「ほらほら、起きて!」

 ばばば!と頬を叩かれてわたしは急激に目を覚ます。じんじんと痛む頬に相手を睨みつけた。

「……もっとやさしく起こしてよ」

 わたしの文句にも素知らぬ顔でセリスは隣りを指差す。

「そのお兄さんも起こしてよ。認定式始まっちゃうわよ」

 その言葉に慌てて起き上がると、隣りに寝転ぶ人物に目をやる。ぎゅお!っと心臓が跳ね上がった。縮こまるように毛布を抱え、静かに寝息を立てるヘクターがいた。

「な、な、な……」

「しょうがないでしょー、空いてるのそこしか無かったみたいなんだから」

 にやにやと笑うセリスをもう一度睨む。顔を無意味に擦ると素早く衣服を整えた。

「……起きてくださーい、認定式始まるらしいよー」  肩の辺りをとんとん、と叩くとヘクターの目が薄ら開いた。次の瞬間にはがばっと起き上がる。

「あ、ありがとう」

 何故か顔が赤い彼にわたしまで真っ赤になってしまった。

「ほら、行くわよ」

 扉の前からセリスが声を掛けてきた。皆すでに廊下に出てしまったらしい。慌ててわたし達も続く。廊下をすでに歩いているメンバーを見てわたしは首を傾げた。

「あれ?ローザちゃんは?」

 すぐ前にいたフロロが呆れた顔で振り返る。

「とっくに大聖堂に行ってるよ。『綺麗なあたしを見ててね』とか抜かしてたぜ」

 あらら、じゃあ本当にすぐ始まるんだ。えっと、お腹空いてるんだけどな。そんな事言えない雰囲気だけど。

 階段まで来るとミーナ、ハンナさん、サイモンと出くわした。サイモンが「よく寝た!」と書いてあるようなぱんぱんの顔でこちらに手を振る。

「兄ちゃ~ん!」

 早速ヘクターにまとわりつくサイモンに、ミーナが溜息をついた。

「もう、サイモンったら全然起きないんだもん!ようやくぎりぎりになって起きたと思ったら『お腹空いた!』とか言うし……」

 ハンナさんがにこにこと答える。

「しょうがないわよ、サイモンは夜中じゅう、ミーナと私を探しまわってくれたんだから」

「三人は何処かで休めました?」

 わたしが聞くとハンナさんが頬に手をあてこちらに向き直る。

「始めに宛てがわれたアルシオーネさんの部屋の隣りよ。もう大丈夫だと思うのだけど、部屋中に何かの魔法を掛けてたわ」

 そう言うとハンナさんは「何だか気を使わせてしまって」と呟いた。魔法ってことは感知系の結界とかかな。

 一階に下りるとものすごい人だかり。式典に参加する人達の群れだ。認定を受けるような主役達はもう中にいるのだろうけど、その仲間達なのだろう。冒険者や普通の家族の人が多い。

「ダニーが神官になろうと俺らにはどうでもいいんだけどなあ」

「何言ってるの、一番はしゃいでたじゃない」

 そうぼやく盗賊風の男と窘める魔術師風の仲間に苦笑してしまった。皆同じような感覚らしい。

「これ全員入りきるのか?」

 じわじわとしか進まない列を前にデイビスが頬を掻いた。するとサラが前を指差す。

「あら、学園長」

 指し示す先、人混みにも涼しい顔でこちらに手を振る学園長の姿があった。

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