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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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共闘

「エネルギーボルト!」

 詠唱の早い呪文をとにかく放つ。案の定ハーネルに軽く避けられるが、その隙にヘクターが走る。

 がつ!という鈍い衝突音が通りに響いた。剣のぶつかる音ってこんなにも大きいのか。続けざまに起きる打ち合いの音に肌が泡立った。二人の素早い打ち合いにびびりつつ、もう少し間合いを広げる。どうせ撃ち込む隙など無いが、とりあえず次の呪文を唱え始めた。情けないけど下手に撃てばヘクターを巻き込んでしまう。

 鋼の擦れる音が耳に響く度、鳥肌が立つ。あの一手だけでも当たればただじゃ済まないのよね。そう思うとヒヤヒヤするがわたしには何も出来ないのだ。毎度のことながら自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締めた。

 ヘクターの横滑りした一手をハーネルが受け止める。すぐに剣を引くと、ヘクターが次の一手を出す。押しているわけじゃない。長引けば不利、そんな空気を感じた。

 もう一度ハーネルが受け身に回った、とおもいきや剣を持つ右手と逆の腕をヘクターに伸ばす。慌ててヘクターが身を引いた。

 あんな真似出来んの……?やっぱり人間とは体の作りが違うんだろうか。変なところで感心してしまう。

「やっぱあんた面白いな!」

 ハーネルが吠えた。戦いを楽しむ、そんな狂人さを前面に出している。

「若いのに腕が良い!」

 楽しそうに声を上げながら剣を走らせるハーネル。再び二人の剣がぶつかった。

「……何よりその目がいいねえ」

 交差する剣を間に睨み合う。ハーネルがにやりと口元を上げる。すでに肩が上下し始めているヘクターから、白い息が立ち上るのが見えた。ハーネルの黄金色のソードが朝日を反射する度に鮮血が舞う。致命傷ではないのかヘクターの動きが鈍ることもないけど……大丈夫なの?どうしよう、誰か呼びに行く!?でも誰がどこにいるのかも分からないのに。無闇に離れても、……でもわたしじゃ何の役にも立てないんだから行った方がいいの?

 ぐるぐると回る思考に頭だけが熱を持つ。どうしよう、どうしよう。わたしの集中力が切れた事で行き場を失ったマナが空へ消えて行く。

 ハーネルの振り上げる剣をヘクターが避けると黒の獣人は嬉しそうに笑った。

「早さと反応はすでに一人前だな!」

 続けざまの一手を今度は剣で受け止める。すぐに弾かれるように離れ、転げそうな体を無理矢理起こすヘクターにひやりとした。

「力はまだまだだなー!」

 ケタケタと笑うハーネルが不気味でしょうがない。彼だって腕、頬から赤いものが流れているのに。それでも圧倒的な自信があるんだろうか。

「気の抜けないやり合いこそ、男の華だよな!」

 ハーネルの何度目か分かない叫びに、

「俺は嫌いだ」

ヘクターの呟きが聞こえた。

 一瞬の間の後、もう一度二人が同時に踏み出し剣のぶつかり合いが始まる。ぐらり、ヘクターの体が傾きわたしは悲鳴をあげそうになった。次の瞬間、ソードを振り上げたハーネルの胸元から赤いものが吹き出す。胸に走る剣の跡の一筋。

「うお!」

 受けた本人が一番驚いたような大声を上げた。わたしにもヘクターの攻撃が一切見えなかったわけだけど。

 やったの!?足を踏み出すわたしの目に、ハーネルの目を見開き笑みの形を作ったままの口元が映った。ハーネルが膝をついているヘクターに剣を振り下ろす。辛うじて受けるがぎりぎりと押される状態だ。

 な、なんであんな傷受けて平気そうなのよ。さっきまでと変わらないハーネルの動きにわたしは驚いてしまった。見間違いなんかじゃなくハーネルの胸元からは今も赤いものが流れ続けているのに。

 不気味に笑う獣人にわたしは初めて本当の意味で恐怖した。きっと戦いの意味が、傷を受けるということに対しての恐怖心が、彼とわたし達では違いすぎるのだ。やばい、きっとやばい。やっぱ誰か連れてくるべきだわ!わたしが踵を返そうとした時だった。

 空気がふわりと動くのが分かった。

 きいん!という澄んだ音。頬を撫でる風と何かの影。そして空を舞う黒い物体がスローモーションのように見えた。黒い物体がどさりと地面に落ちる。続けて聞こえる水の滴る音。目線を上げた先にある光景にくらり、立ちくらみがした。

 黒い物体は体毛に覆われ、鋭い爪が並ぶ腕。水の滴るような音はハーネルが腕を失ったことによるものなのが、彼の足下に広がる赤い染みで分かる。

「おい、倒れんなよ」

 グロテスクなシーンを前によろけるわたしを、少し焦った顔で見るのはアントンだった。

「満身創痍じゃない相手に向かって不意打ちかよ。ひどいねえ」

 ハーネルはおどけたように笑い、腰元に巻いてある布を引っ張る。その布を使い器用に素早く欠けた腕を覆うと、右手と口でぎゅっと縛った。

 あらためて剣を構え直す獣人を前にアントンが舌打ちする。

「何で今、とどめ刺さねえんだよ」

 今の台詞はヘクターに言ったもののようだった。

「この兄ちゃんは優しいんだよ」

 くく、と笑うハーネルの目がすっと細められる。

「……ま、俺から言わせれば俺と同じ、勝つよりも『やり合い』が楽しいタイプなんだけどな」

「ちょちょっと、同じ変態みたいに言わないでよ!」

 思わず突っ込むわたしにハーネルは肩をすくめた。

「お嬢ちゃんにはわかんねーだろうなあ。男のロマンは」

「分かんないし分かってたまるか!」

「どいてろ」

 アントンに脇に押され、むっとするが彼の顔にビビってしまう。射るような目は普段の目付きの悪さとも違う、怖さがあったからだ。

「まあいいや、案外良い勝負かもしれねえな」

 ハーネルが金色の剣を片手で振るった。ヘクターとアントンが獣人を前に愛用の剣を構え直す。

「イキがってんじゃねえよ、瀕死のくせに」

 ふん、と鼻をならすアントンの構えはカタナを頭の横に置くような変わったものだ。腹部ががら空きになる構えが何とも彼らしい。

 ごう!という暴風のような声でハーネルが吠えた。人間には発声出来ない獣の声にわたしは身をすくめる。わたしの体の硬直が解けない内からハーネルが跳び、二人に襲い掛かった。ヘクターがそれを受け止め、アントンがその隙にカタナを走らせる。

「うお!」

 ハーネルにカタナが伸びた瞬間、吹っ飛ばされたのはアントンの方だった。そのまま民家の壁に叩きつけられる。一瞬すぎて目で追えないが、片手はそのままにハーネルが体を捻らせ蹴りを放ったようだった。アントンもすぐに跳ね起きるが、呼吸が苦しそうだ。

 その間にも剣の衝突音は続く。胸元に傷をつくり片手を失った獣人は、なぜか戦闘が始まった時よりも大きく見えた。

 一際大きな衝突音の後、ヘクターが後ろによろける。アントンが走り寄り、カタナをぶつけるが金色のソードに弾かれた。再びヘクターとアントンが同時に剣を振るう。ハーネルが素早く後ろに飛び下がり、不敵な笑みを見せる。右足がじり、と動いた。

 来る!

わたしがそう感じた時だった。

「……おいおいマジかよ!良い時だってのに!」

 ハーネルの怒りの声に三人とも顔を上げた。わたしは息を飲む。ハーネルの足元から立ち上る黒い影。渦巻くように不気味な動きを見せるあれは、前にも見たものだ。

「まだやれるっつーのによ!信用ねえな!」

 ちっ、と舌打ちするハーネルにアントンが走る。

「くそ!」

 鋼の割れるような音を立ててアントンが跳ね返された。わたしは思わずアントンのカタナを見る。刃が折れてしまったのではないかと思ったが、とりあえず大丈夫そうだ。

「また逃げんのか、この野郎!」

 アントンが叫ぶ相手は頭まで黒い影に覆われつつある。サムを助けに行った晩にも見た、獣人達が消える瞬間だった。

「悪いな」

 その言葉を最後に、誰に喚ばれたのか黒の獣人ハーネルは姿を消してしまった。




「何なんだよ、くそが!」

 アントンが怒りの声を上げる。ハーネルが消え去った後の地面を蹴り、土煙が舞った。

 わたしが二人の元に寄った時、肩で息するヘクターがアントンに向き直る。

「悪い、助かった。ありがとう」

 その言葉を受けたアントンの顔が露骨に歪む。眉間に皺寄せヘクターを睨むアントンを見て思う。……せめて照れるような様子でも見せればいいのに。

「大丈夫?血止めくらいは出来ると思うけど」

 わたしが手を伸ばすとヘクターは首を振った。

「いや、大丈夫。それより急ごう」

 神殿を指差す彼にわたしは頷く。

「先行くぜ」

 素っ気ない台詞と共にアントンが走り出す。見る見る内に離れていく彼の後ろ姿を見て、わたしとヘクターは顔を見合わせ肩をすくませた。

「アントンは一人だったのかな」

 再び走り出した後、ヘクターが呟く。

「そうじゃない?また一人行動してたんでしょ」

 わたしの言い方がぶっきらぼうだったからかヘクターが苦笑した。少し照れ臭い。

 神殿に近づくにつれ、避難する住民の姿が減ってきた。逆にテンプルナイトと思われる白い甲冑姿と街の警備兵の慌てる顔が増えてくる。

「無事であったかー!」

 がちゃがちゃとうるさい足音でこちらに走り寄ってくるおっさんにわたしは目を大きくした。

「ガブリエル隊長!ローザちゃんは!?」

「神殿内にリュシアンと共にいるぞ!大丈夫!」

 大きく頷いた後、「それより」と言葉を続ける。

「この化け物は何なのだ!?いきなり神殿の下から伸びてきたのだが、攻撃も効きにくいわで参っているのだ!」

「下から?……もしかして神殿って地下もあったりする?」

 わたしの質問にガブリエル隊長は首を捻る。

「いや、地下室は無いぞ?」

 ありゃ、違ったか。てっきり『火のルビー』が地下に隠れてたりするのかと思ったのに。

 わたしは神殿に纏わり付く赤い螺旋を指差し、ガブリエル隊長に説明する。

「どうやらサイヴァの心臓を復活させちゃったみたいなの。ミーナ達は一応無事だけど……」

「あ、あれがサイヴァの心臓というわけか」

 ガブリエル隊長も流石に頬を引き攣らせた。

 ぼきり、と嫌な音がする。

「危なーい!」

 ガブリエル隊長が悲鳴を上げた。神殿の塔の一つ、尖った先がへし折れ落下していった。赤い螺旋はうねうねと次の獲物を探すように次々と伸びていく。

「とにかく神殿へ!」

 ヘクターの掛け声にわたし達は同時に走り出した。

「付近の住民はあらかた避難させたが、まだまだ神殿には僧侶達が残っておるのだ!」

「法王も?」

 ヘクターが息荒いガブリエル隊長に尋ねる。こくこくと頷く返事にわたしは顔をしかめた。法王が真っ先に逃げるわけにもいかないんだろうけど、心配だ。相手の目的が街の混乱と異教徒への攻撃なら、真っ先に法王が狙われるのではないか。

「皆、神殿に残ってアレを相手に頑張っているが……避難させるべきか」

 ガブリエル隊長が苦しそうに呻いた。護衛隊長としては判断に難しいのだろう。

 もうすぐ神殿、というところまで来た時、脇道から鎧姿の男が飛び出して来る。

「隊長!」

「ロブリー、どうした!?」

 ガブリエル隊長の部下と思われる男は息を切らしながら神殿方向を指差した。

「ば、化け物が……、恐ろしく手練のライカンスロープと思われる獣人が現れて……苦戦しております!」

 ゴルテオだ。わたしは喉を鳴らす。当然、彼もいるはずだけど嫌な報告を聞いてしまった。

「あいつか!任せておけ!」

 ガブリエル隊長が一際大きな声で答えると、部下の男はほっとしたように息を吐いた。

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