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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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近づく『0』

「ちょっと甘く考え過ぎてたわね」

 前を歩くアルシオーネさんが溜息混じりに呟く。アルシオーネさんをとりあえず部屋まで送る事になったわたしとヘクターは顔を見合わせた。

「あまり深く考えないでください。手を貸してもらっただけでありがたいですから」

 ヘクターが声を掛けるがアルシオーネさんは首を振る。窓に映る彼女の顔は眉を寄せ、何か心配そうな影がある。

「貴方達だけの問題じゃないもの。いいえ、この街に長年漂う負の影に、貴方達の仲間が巻き込まれてしまったことを、私こそ謝罪するべきだわ」

 振り向き頭を下げるアルシオーネさんにわたしもヘクターも慌ててしまった。

「と、とにかく部屋に行きましょう。ミーナ達がいた部屋に何か痕跡があるかもしれないし」

 わたし達がアルシオーネさんの部屋に行く理由の一つがそれだ。内部犯だとしても三人を同時に連れ去るのに何かしら痕跡を残すはず、そう思ったのだ。ましてや三人とも神殿の人間じゃなく他に知り合いもいないのだから、アルシオーネさんやわたし達以外にほいほいついて行くとは考えにくい。

 ちなみにメンバーの半分は神殿の外へと向かった。まだ内部犯という確証も無いからだ。それに内部の人間が表に連れて行った、という可能性だってある。

「こっちよ」

 彼女の部屋の前まで来ると、アルシオーネさんはその隣りの扉を指差した。

「入っても?」

 わたしが聞くと即座に頷く。わたしはゆっくりと扉を開いていった。何となく足音を消すような恐る恐るした動きで中に入る。後ろでアルシオーネさんがランプをつけてくれる。シングルベッドが三つ、よく見ると一つは簡易ベッドだ。他の部屋にもある木のチェストに小さな椅子。ベッドの間にある窓にわたしは向かう。上に引き開けるタイプの縦長の窓。閉め切っていないカーテンから美しい金の窓枠が覗いている。

「当たり前だけど内鍵よね……。開けた様子も無いし」

 念のため窓を開いて枠や外壁も観察するが、大きな足跡が……なんてことは勿論無かった。

「寝てたっぽいな」

 ヘクターがベッドを眺める。布団が綺麗とは言えない状態で剥いである。各自布団に入っていて話しでもしていたんだろう。朝、起きて布団を揃える前の状態がこんな感じだと思う。

「本当に寝てた所を呼び出されて、そのまま素直に出て行った、って感じね。争った雰囲気も無いし」

 わたしが溜息をつくとヘクターが部屋の左手を指差した。

「この扉は?」

「わたしの部屋に繋がってるわ。貴方達もいらした書室よ」

 そう答えながらアルシオーネさんは扉を開く。その先に見える部屋は見覚えのある、あの大きなソファーがある広い部屋だった。

「あ、そうだわ」

 アルシオーネさんは何か思い出したように声を上げると自室へ入っていった。わたしとヘクターは顔を見合わせ、どうしようか、というような空気になる。するとすぐにアルシオーネさんが戻ってきた。

「これ、あのモロロ族の……フロロさんね、彼に頼まれて書いたものだったの」

 そう言って手渡してくるのは一枚の紙。わたしもレポートの際に使うような物だ。

「これは?」

 わたしは名前らしきものがずらりと並ぶ文字列を見て尋ねる。

「法王が今回の外遊に連れていった神殿の関係者よ。名前と簡単な経歴。確かに今回の日程の変更は出掛けていた法王側からの要請だったのだけど、……でもはっきり言って『足』になりうるような人間はいないのよね」

 アルシオーネさんがそう言うということは彼女もよく知った人物ばかり、ということか。わたしは眉を寄せつつ渡された用紙を見る。神官の名前に経歴、出身地まである。司祭や騎士も同様だ。

「この年数って神殿に務める期間ですか?」

 わたしの質問にアルシオーネさんは深く頷いた。むむ……そうなると確かに疑い難いわね。最低で三年、長い人だと十年単位だ。

「一応、貰ってって良いですか?」

「勿論、貴方達に用意したのだし」

 そう答えながらも「でも……」と付け加える。

「もし本当にその中に『足』の一人がいるのだとしたら、そのメモを見られないように気をつけて」

 アルシオーネさんの忠告にわたしはどきりとしながら頷いた。そ、そうか、犯人側に疑われてると気付かれたらこっちの身が危ないものね。




「どう、覚えられそう?」

 廊下を歩きながら眉間に皺寄せるわたしにヘクターが尋ねてくる。わたしが凝視するのはアルシオーネさんから貰った名簿だ。

「ううーん、何とか。名前だけならもうオッケーだと思う」

 それだと法王と出掛けた全員を疑いの目で見る事になるが仕方ない。にしてもこの中に裏切り者になる『蜘蛛の足』なんているんだろうか……。勤続年数が長いだけでなく、皆ちゃんとした経歴があるんだよね。

「それにあんまり長くいてもやっぱりバレると思うんだよなあ。だって呪文の形態とか宗派違えばまったく異なってくるだろうし……」

 わたしがぶつくさ呟いているとヘクターがちらりと後ろを振り返った。つられてわたしも廊下の向こうを見る。

「何?何かいた?」

 少しビビりながら聞くと「ごめんごめん」と謝られる。

「法王に報告するって言ってたけど大丈夫かな、と思って」

 ヘクターが言うのは、先程部屋を出る際にアルシオーネさんが漏らした言葉の事だ。混乱を避ける為に全員に報告とはいかないが、やはり法王には報告するとの事だったのだ。

「確かに法王の身近に『足』がいるとなると心配よね」

 そう答えながらもアルシオーネさんなら平気かな、とも思う。ただこんな時間に言いに行って大丈夫なんだろうか。法王が寝ぼけて不機嫌になる、なんてことは無いだろうが。

「……誰を疑うべきかなんて分からないけど、彼女は信頼出来ると思ったんだ」

 ヘクターが呟いた。アルシオーネさんの事だろう。それは勿論だけど、何故?わたしの顔に出ていたのかヘクターが答える。

「さっき俺らを送り出す時の顔が、うちのばあちゃんに似てた。……って言ったら失礼かな」

 その言葉に思わずわたしは笑ってしまった。

「いや、失礼なんかじゃないと思うよ」

 そう言いながらわたしは、そのおばあさんに会ってみたいな、と考えたりする。でもそれって家に行きたいっていうのと同じよね。いかんいかん、こんな時に考えることじゃないわ。再び名簿を凝視する作業に戻った時、廊下の先からがしゃんがしゃんという聞き慣れた音がする。

「あ、ローザ達だわ」

 足音はガブリエル隊長の金属鎧の音だ。ローザが隊長と組んで神殿内を回っていることを思い出したわたしは歩くペースを早める。廊下の角を曲がると思った通りの二人が向かってくる。二人もこちらに気が付き、手を振っている。

「どう?何かあった?」

 ローザの質問には首を振るが、わたしは彼女に名簿を手渡した。

「これ、アルシオーネさんから貰ってきたの」

「……法王と出掛けた一同の名簿か」

 脇から覗き込んだガブリエル隊長が顎を撫でつつ呟いた。わたしは頷く。

「隊長から見てどう?『こいつなんか怪しい』とか無いですか?」

 そう聞いてみるが隊長は困ったように首を傾げる。

「ざっと見ても、ここに書いてあるように身元に疑いの無い奴らばかりだからなあ。もっとも、そういう人間だからこそ帯同出来るわけで」

 確かにそうだろう。続けてローザの顔を見るが、

「あたしは知ってる人半分、知らない人半分って感じねえ。あたしは神殿住み込みじゃないわけだから、外部の人間って言ってもいいわけだし……」

腰に手を当てうなるだけだ。うーん、ローザはそれで仕方ないとしてもガブリエル隊長から見ても申し分ない人間ばっかりってことか。

「まだ回ってない所は?」

 ヘクターが二人に尋ねるとローザは窓の外を指差す。

「南側は全部回ってると思っていいわ。客室に僧侶達の部屋、アルフレート達が離れの修道士が寝泊まりする建物に行ったからそれで全部ね。あたし達はこれから東周りに北の方に行ってみるつもり」

「じゃあ俺達は反対周りで向かうよ」

 ヘクターの提案にわたしも頷く。西回りというと神殿入り口方向からということか。

「それじゃ、くれぐれも気をつけて」

「何かあったら指笛を鳴らしてくれ!」

 ローザの後に続く隊長の言葉には頷きかねる。

「指笛なんて吹けませんけど」

「むむ、そうか!」

 そう言うとガブリエル隊長はズボンのポケットから何かを取り出す。銀色に光るそれは小さいが美しい装飾の笛だ。

「それではこれを。こんな大きさだがかなり大きな音が出るぞ!」

 ありがたいけどいざという時、吹き鳴らしても良いんだろうか。そう思いつつ受け取っておいた。




 深夜の神殿内、当たり前だがほっつき歩く人影も無い。上の階からぐるっと回って神殿入り口へと戻ってきたが、怪しい人影どころかすれ違う人がいないのだから疲れてきてしまった。今更な感想だが神殿って広い。大聖堂前にいる騎士がわたし達に呼びかけてきた。

「おおい、まだ何か探してるのか?」

「はあ……」

 溜息とも返事ともつかない声で返してしまった。

「なんだ、疲れてるな。一度休んだらどうだ?今からなら少しは寝れるだろう」

 そう言われても、と思うがヘクターの心配そうな顔を見てわたしは背筋を伸ばす。

「大丈夫、若いから」

 そう答えると騎士の男性は「そうか、いいなあ」と笑った。ふと大聖堂内に誰かいるのに気が付いた。立ち入り禁止、って言われてたのに。妙に気にかかり、

「入っても?」

そう尋ねると騎士は少し迷った様子を見せた後、頷く。

「良いよ、隊長の知り合いみたいだし」

 許可を貰って中に入ると、祭壇前で跪く一人の男性の様子が見えてくる。近付くにつれわたしは早足になった。

「学園長!」

 ゆっくりと立ち上がりこちらを振り向くのは、この薄暗い中だというのに何故かキラキラと見える学園長。何、何の光なわけ?

「着いたんですね」

 ヘクターも駆けて来る。学園長はわたし達を見るとにこり、と笑った。

「ご苦労様、こんな時間に起きているということは何かありました?」

 貴方が神だろ、というオーラに何故かしがみつきたくなったが、ぐっと堪える。

「実はミーナ達が消えてしまって……、フロロも」

 それを聞くと学園長はわたしの頭をぽん、と撫でた。

「詳しい話しを聞きたいところだけど時間が無いみたいだからね。とりあえず行動を起こしながら聞かせてもらおうか。……それは?」

 学園長が指差すのはわたしの手元。いつの間にか握りしめていた名簿だった。

「えーっと、法王と行動していた神殿関係者の名簿です。アルシオーネさんに書いてもらって……、この中に『蜘蛛の足』になってる人物がいるんじゃないかと。で、ミーナ達を何処かへ連れていったのもその人物じゃないか、って話しになったんです」

 我ながらアバウトな説明だが学園長はうんうん、と頷く。

「ちょっと見せてごらん」

 わたしは名簿を手渡した。暫く「ふーん」と名簿を眺める学園長をわたしとヘクターが見つめる。ぱっと顔を上げると、学園長は聖堂の入り口へと声を掛けた。

「ちょっと君」

「はっ」

 素早く駆け寄る騎士の態度に学園長のこの神殿での立場が窺える。

「アルド・ザネッラの部屋は何処かな?」

「ザネッラ神官のお部屋ですか?アルシオーネ様のお部屋の並び、確か隣りの隣り、だったと思いますが」

「そうだったね、ありがとう」

 にっこりとお礼を言う学園長に騎士は「は」と頭を下げた。えっと、名簿にあった名前だけどその人が怪しいの?何でわかったんだろう。っていうか早くない!?

「さ、行こうか」

 呆気に取られるわたし達を学園長は手招きすると、さっさと行ってしまう。わたしとヘクターは顔を見合わせ、慌てて追いかける。足の長さからか学園長のスピードは早い。わたしは半分走るような形だ。

「学園長……」

 わたしがどういう事なのか尋ねようとすると学園長は手を軽く上げる。

「ヘクター君」

「はい」

「戦闘になるかもしれないから、ちょっと注意しててね」

「……はい」

 え、え、えー!?何、何なの?

 学園長のすたすたと進む背中を見ながら、わたしは期待半分、恐ろしさ半分を感じていた。

 アルシオーネさんの部屋のある廊下手前までやってくると、学園長は「しー」というように人差し指を立てる。

「……中にいる男を取り押さえるように。少々手荒でも構わないが『お話が出来る』程度に留めるようにね」

 そう言われたヘクターの顔に緊張が走った。そしてゆっくりと頷きかえす。

 すっと流れるように移動する二人とは対照的に、わたしは緊張からへっぴり腰でそろそろとついていく。騎士に言われた部屋の前まで来ると学園長が手で合図する。ヘクターが扉の脇に身を沈めた。

 学園長がコンコン、とノックすると妙にその音が廊下に響いた。わたしは一歩下がって見守る。動きが無い?そう思った時だった。ゆっくりと扉が開かれる。薄茶の頭を覗かせて表れた男は法王の帰還の時、列にいたような覚えもある。これといって目を引くわけでもない中年神官。

 顔を合わせた瞬間、学園長はにっこりと笑い、男は驚きに目を見開いた。次の瞬間、

「うが!」

苦痛の声を漏らしながら男が室内に倒れ込む。ヘクターが男の胸ぐらを押さえ込みながら首に剣先を突きつけていた。……あっという間でちょっと何が起きたか分かんなかった。

「こんばんは、ザネッラ神官、とやら」

 学園長はにこにこと男に語り出す。男の顔が歪んでいった。

「どうやら私を蚊帳の外にしていたみたいですね。欠席予定の私が現れるとは思わなかったんでしょうが、あまりいい気分じゃないな」

「くそ……」

 男の吐き捨てる言葉にわたしは『足』であることの肯定の意味を取った。本当に当たってたんだ……。

「な、何事なの?……リュシアンじゃない」

 驚きの声を上げてわたしの後ろから表れたのはアルシオーネさんだ。騒ぎを聞いて出て来たらしい。慌てていたのか彼女の部屋の扉が開けっ放しなのが見える。

「どういう事なの、リュシアン。ザネッラ神官が何をしたんです?」

 アルシオーネさんの声には戸惑いと、ほんの少し咎める様子が窺えた。学園長はすっと男を指差し答える。

「アルシオーネ、私は彼を『知らない』んだよ」

 静まり返る辺りに、男の苦痛の声だけが響いた。

「知らないって……」

 アルシオーネさんはそこまで言うと黙ってしまった。わたしは名簿を思い出す。細かくは覚えてないけど確か十年以上は神殿にいる事になってた人じゃなかったっけ……。なんで学園長が知らないの?

「えーっと、これによると君はレイグーンの教会から来たことになってるね。生まれはサーキル、良い街だ。神殿の神官になって十三年か。……実際は?何日前から忍び込んでた?」

 学園長はそう言うと男に向かって名簿をひらひらと振ってみせた。

「催眠……ということ?」

 アルシオーネさんが擦れた声を出す。学園長は「そういうことだ」と答えた。

 催眠術であたかも昔から神殿にいるような事にしてたって事!?そんなこと出来るんだ……。まあ出来るから今、ここにいるんだろうけど。

 男は質問に答えるわけでもなく、ただうめき声を上げている。掴まって悔しいのだろうが、ぶつくさとうるさい。そう思ったが、ぞわりと背中が震えた。……うめき声じゃない!

「やめて!」

 わたしの叫びと同時に、学園長がヘクターの腕を取るのが見えた。次の瞬間、耳をつんざくような爆音にわたしは廊下に倒れ込む。暴れるような光に目が開けていられない。体中に襲いかかる振動と熱気。

「う……」

 下になった左腕の痛む感触にわたしは徐々に目を開いていった。閉じられた扉が目に入る。いつの間に……と考えた時、脇に倒れているヘクターの無事な姿にわたしは大きく安堵の息をつく。

「よ、良かった……」

 ヘクターが体を起こしながら頭を振る。彼の方もわたしを見るとほっとしたように息をついた。

「いや、すまなかった」

 のんびりとした声に顔を上げる。学園長とアルシオーネさんが部屋の方に向かって手から光を放っている。多分、高度な魔法障壁なんだろう。

「まさか自爆されるとはねえ。乱暴な人だ」

「……乱暴なのはどっちなの、リュシアン。教え子を巻き込むなんて」

 そう非難するのはアルシオーネさん。ふう、と息をつくと手を振り、障壁が消えていった。

 部屋の中はひどい状態なんだろう。扉の下にある隙間から黒い焦げが不気味に伸びている。わたしは思わず顔をしかめた。ふと耳元のごそごそという音に、さっきの爆音で鼓膜がいかれたんじゃないかと不安になる。鼓膜がどうかなってたら痛みがあるはず、と思いながらも焦って耳を触っていると、ごそごそという音ががたんがたん!とやかましいものに変わるではないか。……ん?

 自分の鼓膜のせいじゃないぞ、とわたしは辺りを見回した。

「ここ、何です?」

 同じく音が聞こえていたらしいヘクターが男の部屋の向かいにある扉を指差した。一回り小さい扉だ。

「物置よ。掃除道具なんかが入ってる……」

 そうアルシオーネさんが答えている間にもがたがたと震える扉に一同顔を見合わせた。

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