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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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夢うつつの女

 ざわつく廊下、人で溢れかえる神殿入り口付近。わたしはヘクターに肩車されるフロロを目印にしながら、人混みを進んで行く。

「何やってんの?」

 すっかり普段の服装に戻ったローザがわたしに尋ねてきた。わたしは目を手で覆うポーズを崩すことなく答える。

「恥ずかしいから見られたくないのよ!この目!」

「大丈夫よお、段々治ってきてるし……」

「治ってきてる段階じゃ嫌なのよ!」

 ギャースカ騒ぎながらも進み続けていると、神殿の入り口に立つテンプルナイトに注意される。

「はい、ここからは出ないで、きちんと列になって!」

 騎士が指し示すのは、神殿の表から大聖堂まで続く通路の、真ん中を空けるように伸ばされたテープ。壁側に寄れ、ということだ。法王一行が通る為の道を作っているらしい。周りにいた人の群れもじょじょに通路の端へと下がっていった。  ざわざわとする群集が、今か今かと通路の空いた中央を見つめる。わたしもキョロキョロと神殿の外へ繋がる階段を眺めるが、それらしき人影は見えてこない。祈るようなポーズになる司祭風の女性を見て少しびっくりしてしまった。まるで神の到着を待つみたいだ。

 法王の帰還、ってどんな感じなんだろう。きっとお供も多いだろうし、護衛の数も凄そう。法王自身はどんな人なんだろうか。わたしは想像がどんどんと膨らませていたその時、

「来たわ」

 ローザの静かな声。普段のはしゃぐ様子は微塵もない。な、なんかこっちも緊張してきた。階段下の方が騒がしくなってくる。騒がしい、といっても黄色い声が飛んだりとか笑い声が……というものではないが、張り詰めた空気がこちらまで伝わってきた。少しずつ人影が階段を上がってくる。先頭に立っているのはきりりと前を見つめるガブリエル隊長だ。白い甲冑がいつも以上に眩しい。その胸を張る隊長の後ろにいる小さな老人。もしかしてこの人が法王?わたしは予想よりも小柄で、思っていたよりも柔和な顔つきの男性に目を丸くした。時々にこにこと周りに手を挙げながら歩いてくる法王を見て、わたしは呟く。

「きびきび出歩くタイプには見えないわね」

「まあ確かに」

 ローザが苦笑した。

 法王の後ろにはアルシオーネさんと彼女と同じ大神官の身分と思われる中年男性。同じように重厚なローブを着込んでいる。今まで見掛け無かったということは彼が法王のお付きだったんだろうか。服装だけの判断だがその後を神官らしき数人、司祭らしき数人、護衛の騎士達が続く。

 わたしはすっかり魅入られていた。けして美形揃いの派手な集団というわけではないのだが、厳かに歩く全員が『神聖』というものを体言していたからかもしれない。エミール王子がやって来た時よりも更に、緊張感や期待感が漂っているのが分かる。王族よりも『偉い』って言うと子供っぽい感想かしら。ここに来てからフローに纏わる事で感心しっぱなしだわ、と溜息ついた時だった。

「動かないで」

 ふと耳元で囁かれた声に体が固まる。背中に何か鋭利な物の感触。一瞬にして頭が真っ白になる。

「よくお聞きなさい」

 周りは騒がしいというのによく聞こえる声。聞き覚えのある若い男性のもの。取り敢えず頷いておきたいが、恐怖と緊張で動けない。

「ハンナとミーナを連れて帰るのです。今すぐにでも。あなたたちにはこの街にもう用は無いはずだ」

 そ、そう言われても……用なら肝心なものが残っているというのに。

 言い返したいが声が出ないのだ。妙な魔法を掛けられているわけでもない。単純な恐怖からだった。手に嫌な汗を感じた時、すっと背中にあった冷たい感触が消える。ナイフのような物だと予想していたわたしは呪縛が解けた事で勢いよく振り返った。慌てて辺りを見回すわたしにローザが首を傾げる。

「どうしたのよ?」

 答えずに視線をそこら中に走らせるが、いない。

「……う」

 溢れかえる人の中に、声の主であるはずのマーゴの姿は見当たら無かった。




「ミーナ、大丈夫?」

 わたしはハンナさんの眠るベッドの脇で、彼女の手を握りしめるミーナの髪を撫でた。

「うん、大丈夫」

 ふ、と笑うミーナは疲れているようにも見えるが、道中よりは元気そうだ。サイモンが暇そうに祈祷を続ける神官の顔を眺めている。床に広がる魔法陣が緊迫感と痛々しさを感じた。

「……リジア、ありがとう」

 ミーナの声にわたしは彼女の顔を見る。

「何が?」

「全部、全部だよ」

 照れくさそうに笑うミーナの言葉はわたしまで恥ずかしくさせる。

 『帰れ』か。あの人、マーゴは何をしたいのだろう。




「おう、来たか」

 本の山の中、わたしが来るのを分かっていたかのような声を上げるのはアルフレート。

「法王のお出迎えもしないでこんな所にいたのね」

 わたしはそう言うと、ちらりと書庫の係員に目をやる。アルシオーネさんから許可を貰ったらしいが、やはり部外者が資料をあれこれ引っ張り出しているのは気になるにちがいない。受付にあたるデスクにいるものの、ちらちらと気にする様子でこちらを見ている。

「爺さんを迎えたところで何も面白くない」

 アルフレートは分厚い本をパラパラとめくりながらぼやいた。……まあそうかもしれないけど。

「何を調べてるの?」

 わたしの質問にアルフレートは少し顔を上げるとにやっと笑う。

「ここに来る途中、サイヴァの心臓の話しをしただろう」

「あー……」

 ラグディスのあるメイヨーク山にはサイヴァの心臓が眠ってる、とかいう話しだ。でも伝説とか言ってなかったっけ?

 わたしはアルフレートが積み上げたのであろう机の上の本の山から一冊を抜き取る。『神殿録』とある。パラパラと見るにこの神殿の歴史のようだ。

「全く神職者の潔癖具合には呆れるな」

 アルフレートは眉間に深い皺を作りながら呟いた。わたしは本から顔を上げる。

「なんで?」

「サイヴァ、邪、といった単語を記すのも嫌らしい。思った以上に記述が無いんだよ」

 わたしは意外だと感じ、それをアルフレートに伝える。

「その伝説が本当なら、もっと大々的に宣伝する勢いなのかと思ってた。聖なる戦い、とか言ってフローの聖騎士が邪神を打ち倒すような話しをこれでもかってぐらい盛り込むの」

「ラシャあたりならそうかもな……。あいつら自分達の正義の為なら戦争を『聖戦』とか言うような危険思想の持ち主だ」

 アルフレートの毒舌はスルーさせてもらう事にする。

「で、何か分かったの?」

 この質問には返事が返ってこない。明確な答えがまだ見付かっていないということなんだろうが、返事くらいしろよ、と思う。わたしは本を眺め続けるアルフレートを見ながら言葉を投げ掛ける。

「マーゴが来たわ」

 わたしの低い呟きに今度は顔を上げると、アルフレートは目を細めた。わたしは言葉を続ける。

「早く帰れ、って言われた。ハンナさんとミーナを連れて、今すぐ」

「……帰れと言われても明日がメインイベントじゃないか」

 本をめくりながらのアルフレートの言葉にわたしは頷く。

「わたし、サイヴァの神官がどうやって選ばれるか思い出したのよね」

 アルフレートは「ほー」と茶化すような声を上げると押し黙る。話せ、ということだろう。

「女王が決めるのよ」

 少し前に邪教徒、教団といったおどろおどろしいものに興味が湧き、関連書物を読みあさった事があったのだ。大抵は過去に起きた猟奇事件の記述だったが、教団内部の仕組みにちょっとだけ触れているものもあった。

「教団のトップには必ず女がなるの。サイヴァは女神だから。で、その女王が神官を選ぶのよ」

「蜘蛛の本体が足を八本選ぶんだな?……あの夢うつつの女か」

 アルフレートの呟きはリョージャのことだろう。上手い表現だな、と思う。

「足と思われるのは獣人二人と、もう一人いたローブ姿の男か。それにマーゴ、ハンナ」

アルフレートは指を折りながら言うとわたしの顔を見た。反論が無いか確かめたのだろう。ハンナさんは正確には『神官候補』だろうけどね。

「あと三人か」

「アルフレートが倒しちゃったネクロマンサーがいたじゃない」

 わたしが言うとアルフレートは嫌なものでも思いだしたかのように眉をしかめた。

「あと二人」

「法王と一緒にいた中に一人いるんだと思う。日程をずらすような動きをとった仲間がいるはずよ」

「私もそう思う。……あと一人」

 珍しく深く肯定するそぶりを見せるアルフレート。わたしは一度大きく息をついた。

「あと一人が……レオンだったのだと思う」

 ちらり、とアルフレートはわたしの顔を見た後、読んでいた本を机に置いた。

「『だった』のだと思う、ね。過去形なわけだ」

 アルフレートはそう言うと窓の外を見る。書物を置いているからかカーテンが引かれているが、隙間を小鳥が飛んでいくのが見えた。

「ミーナか」

 アルフレートがもう一度こちらを見て言った言葉に、わたしは大きく頷いた。

「……この街に来てからよ、ミーナが本格的に狙われるようになったのは。道中、明らかに本気じゃない様子でちょっかい掛けてきたのはレオンに『自分は狙われている』と思わせるだけだったのだと思う。サントリナからの奇襲だぞ、っていうことね。始めに馬車が狙われた時は本当に『派手な馬車に金髪の子供が乗ったグループ』っていうだけで、どっちが標的なのか向こうも分かってなかったんじゃないかしら」

 もちろんマーゴやリョージャ、孤児院に残っていた二人はレオンの顔も知っているのだろうが、レオンが孤児院を出てから仲間になった獣人達は知らなかったのではないか。……わたしとミーナを間違えるくらいだし。

「女王はこの町に来たミーナを見て、はっきりと標的を変更したのよ。なんでレオン以上の『お気に入り』になったのかはわからないけどね」  わたしの話に、しばらく思案顔だったアルフレートがふ、とこちらを見た。

「それじゃ一人足りない事になるな」

 彼の言葉にわたしは指を折りつつ数え直し、首を傾げてしまった。

「なんで?獣人二人にマーゴ、ハンナさん、ネクロマンサーの男に……」

 わたしはそこまで言って動きが止まる。

「あ、ネクロマンサーの男は倒しちゃってるじゃん」

「そう、だから一人足りないんだよ、正確には『足りなくなった』」

 アルフレートはそう答えるとベンチ型の椅子に座り込んだ。

「まあミーナとレオン、両方捕まえとけば済む話しだがな。……もう一つある」

「何?」

「獣人達の去り際だよ。外部からの召喚……、リョージャかそれとも他の誰かは知らないが、彼らはあのような人間離れした技で帰っていったというのに、何故あのネクロマンサーは姿を見られただけで自爆なんてしたんだ?」

 自爆、ですか……。うわあ見なくて良かった。しかし何故、と聞かれてもわたしにはさっぱり分からない。アルフレートが何を疑問に思っているのかも。

「帰るか?」

 アルフレートの言葉にわたしはきょとん、としてしまう。部屋に?と聞こうとした時、彼は信じられないことを口にした。

「ハンナとミーナを連れて先にウェリスペルトに帰るか?どうしても式参加を、と言うならローザと私だけ残れば良い」

 暫しぽかん、とした後、わたしは目を吊り上げる。

「な、何言ってんのよ。帰るわけないでしょう」

 そう答えたは良いが、それで良いんだろうか。アルフレートの提案はひどく冷たいものにも聞こえるし、至極真っ当な意見にも思えた。

 アルフレートは少しだけ眉を上げると「そう言うだろうな」と呟く。沈黙が広がる。腕を組みアルフレートがふう、と息をついた時だった。

「おいっすおいっすおいっすー!」

 元気よく声を上げながら部屋に駆け込んで来る一つの影。

「お静かに!」

 係の男性が注意するが、気にもとめない様子でフロロがわたし達の間に滑り込んできた。

「ハンナママ、起きたってよ」

「ほんと!?」

 わたしは驚いて目を見開く。フロロがこくこくと頷いた。

「予定より早かったな」

 アルフレートはそう言うと立ち上がり、扉へ向かう。

「片しておいてくれ」

 係の男性はアルフレートの言葉に「え!」と頬をひくつかせた。散らばる大量の書物と格闘する書記官に悪いとは思いつつ三人揃って廊下に出る。自然と早歩きになる中、先頭を歩くフロロにわたしは質問する。

「ハンナさんの状態は?特に変な様子は無い?」

「別に問題ないみたいよ。少しぼーっとする、とは言ってたけど」

 それを聞いてわたしはほっと胸を撫で下ろした。




 治療所のある西側に来ると一般の患者らしき人が廊下に並んでいる。ローザの話しだと治療院としても神殿は大事な役割を持っているとのことだった。その間を通り、一番奥の部屋の前までくると何やら啜り泣く声がする。

 アルフレートが扉を開け放つ。部屋の中央にあるベッドの上、抱き合うミーナとハンナさんの姿があった。ベッドの下にある魔法陣の端に二人以上に涙を流すローザの姿。アルフレートが呆れ顔で近付くと、ローザはその肩に寄りかかった。

「ホント、よかったわあ。感動の再会ってやつよお」

 ぐずぐずと泣くローザをアルフレートが嫌な顔で眺める。予想していた事とはいえ、この泣き上戸はどうにかならないのか。

 ふとベッドの脇で所在無さげにしているサイモンが目に入る。嫌な気持ち、というわけではないのだろうがどうしていいのか分からないのだろう。彼の気持ちを考えるとわたしは切なくなってしまった。

 ハンナさんと目が合う。ミーナをゆっくりと離すと、ぺこりと頭を下げた。あらためて顔を眺めるが綺麗な人だ。

「ミーナがお世話になりました。私まで心配かけてしまって、何と言えばいいのか……」

 額に手を当てながら首を振るハンナさんにアルフレートが近付く。

「色々聞きたいことがあるのだが、もう体は?」

「大丈夫です」

 そう答えるとハンナさんはゆっくりと足を床に下ろした。

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