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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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静かな指示

 部屋に戻る途中、わたしはローザの腕を突く。

「ん?」

と顔を向ける彼女にわたしは告げた。

「レオンの部屋に行ってみるわ」

 少し考える素振りを見せた後、ローザは頷く。

「分かったわ。でも時間が時間だから、あんまり長居しないようにね」

「うん」

 わたしはそう答えると階段を上がる皆と分かれ、一人廊下を歩くことにする。

 もう旅人に貸し出すための部屋は大部分が埋まっているのか、ひんやりとするだけだった南塔の廊下も随分と騒がしい。きっと認定式が終った後は掃除とかも大変なんだろうな、なんて事を考えながら目的の部屋を探し出す。

 一度深呼吸すると、わたしは扉をノックした。

 ほんの少しの間の後、がちゃり、とノブを回す音。そしてウーラが顔を出した。顔を見せた瞬間、気のせいか眉間に皺寄せていた気がするが、わたしの顔を見ると目を大きくする。

「貴方でしたか」

 ウーラの口元が笑みの形を作ったのを見て、わたしはほっとした。

「どうぞ」

 そう言われて招き入れられた部屋の中央、ベッドの脇にある小さな椅子に座る人物にわたしは驚いて指差しそうになる。向こうもこちらを見て少しだけ体をぴくりとさせたが、すぐに無表情のいつもの顔でベッドに横たわる人物に目を戻す。ベッドで静かに寝息を立てているのはレオン。それを見つめるブルーノの横顔は、やっぱり何を考えているのか分からなかった。 「レオンが生きていて、嬉しい?」

 そーっと尋ねたわたしの声にブルーノはゆっくりと振り返る。

「ああ、嬉しいとも。生きていて、幸せになっていた。そして王室には戻らないという賢明な判断が出来る程に賢くなっていてくれた」

その答えにわたしは思わず眉をしかめる。

「それはエミール王子の為?」

「いや、レオン様の為だ」

 きっぱりそう告げるとブルーノは立ち上がった。

「失礼した」

 ブルーノがそう言うとウーラは「いいえ」とだけ答える。

 部屋を出て行くブルーノを見届ける。ばたん、という扉の閉まる固い音が部屋に響いた。やっぱりサントリナの王室でも色々あるんだろうな、という事を考えてしまった。

「どうぞ」

 ウーラがさっきまでブルーノが座っていた椅子を勧めてくれる。彼女自身は壁際に置いてある木製のチェストに座り込んだ。長い足が組まれ、傍らにあるバスタードソードと合わせると絵画のようだ。

「貴方達も追われていたのね」

 わたしの呟きに頷いた後、ウーラは少し首を傾げる。

「貴方達『も』?」

「わたし達も護衛の旅だったの。あの金髪の女の子、分かる?」

 わたしが両手で頭の上に耳を作るとウーラは「ああ……」と頷いた。

「知らないかも知れないけど、あの獣人達は何者なの?」

 そう尋ねてみるがウーラは戸惑ったように首を振る。そうか……、彼女達からすればサントリナからの刺客だと思っていたんだもんね。

「彼ら、多分……いやもう断定してもいい。あの孤児院からの刺客よ」

「え……」

 わたしの言葉にウーラは驚いたようだが、よく飲み込めないという様子が強い。わたしはミーナの話しとサムがさらわれた際の彼らの寄越した手紙の話しをかいつまんで聞かせた。

「レオンの事は疑ってないけど、あの孤児院は危険よ。今も裏ではサイヴァ教団として活動してる。それに彼らの示し続ける日にちがもう明後日に迫ってるの。ミーナもハンナさんもこの神殿にいれば安心だとは思うけど、彼らが何を目的に動いてるのかがまだ全然分からない」

「そう言われても……私には何が何だか」

 ウーラが困った顔でわたしを見た時だった。

「全く、寝てられやしない」

 むくり、とレオンが起き上がり、不機嫌そうな顔で溜息をついた。

 枕を直しつつ背もたれを作り、座る体勢になるレオンにわたしは慌てる。

「ご、ごめん、起こしちゃったね」

 そう謝るが、レオンは黙って首を振った。

「あの孤児院の話しを聞きにきたんだろう?ウーラじゃ分からん。私が話す」

「でも……」

 大丈夫なの?と聞こうとするわたしを手で制すと「お茶」とウーラに命令するレオン。偉そうなのは変わらないんだなあ。

 ウーラがカップに注いできたお茶を飲み干すとレオンはふう、と息をつく。そしてわたしの顔を見て、その目を天井に向けた。

「私はあの孤児院で七歳まで過ごした」

「その後シェイルノースのオルグレンさんに引き取られたのね?」

 わたしの質問にレオンは深く頷く。

「引き取られてすぐ、両親に尋ねた事がある。何故私を引き取ることにしたのか、と。養子を取る理由じゃない。両親は子供が出来ない体だったから、それは知っていた。私が聞きたかったのは『なぜあの中から私を選んだのか』ということだった。孤児院の子供の中でも可愛気は無かったからな」

 何となく想像がついて頷きそうになるが止めておく。意味なく機嫌を損ねることもない。

「両親の答えは『一番寂しそうだったからよ』というあまり納得のいくものじゃなかった。聞いた時はこの両親に懐くことは無いだろうな、と思ったよ。子供に言うには正直過ぎる答えじゃないか。……でも今は感謝している。そんな風に馬鹿正直にぶつかってくれたことを。あの屋敷から私を連れ出してくれたことを」

「……当時から、あまり居心地の良いものでは無かった?」

 わたしが聞くのは孤児院の暮らしの事だ。レオンはすぐに飲み込めたようで目を伏せ、小さく頷いた。

「正直に言ってあまり記憶が無いんだ。あるのは暗く甘い匂いの漂う屋敷内と、物心ついた時から言われ続けた自分の身分、両親を恨めという言葉」

 酷い。わたしは唇を噛む。きっと王室に復讐に向かわせる駒を作りたかったんだわ。全ては混乱、混沌の為?

「理解を超えてるわ……」

 理解する気も無いが、わたしは気付くと呟いていた。

「物心つく頃だから三歳ぐらいの時になるのか?その頃にはすっかり感情が乏しくなっていた気がするな」

 レオンの話しに何かが思い出される。三歳ぐらいの時に誰かも何かあったとか、そういう話しがあったような……。

「あ!」

 わたしの大声にレオン、ウーラもびくりとした。

「ミーナよ、ミーナ!ああああのさ!三歳ぐらいの女の子がいなくなった事件とか無かった!?えーっとレオンが今十二歳?なんだから……貴方が六歳の頃!」

「み、ミーナ?名前は分からんが、そんな事もあった気がするな、そういえば」

 レオンは記憶を辿るように目をつぶる。

「不思議に思ったんだ。日々子供は何処かに消えていくものだと思っていたから、なぜ一人いなくなっただけで騒がしいのか。『まだ終わってなかったのに』とかそんな会話が漏れ聞こえて……、私は『終わって』いるのかな?とか疑問に思ったんだった」

 ミーナの事だ。間違いない。日々子供がいなくなるのは洗脳が終わった子供が新天地に向かうだけ。ミーナは……きっと洗脳が終わる前にマザーターニアが連れ出したからだわ。

「じゃあ、あの獣人達に見覚えは無かったのね?ゴルテオにハーネルって名前に聞き覚えは?」

 わたしのこの質問にもレオンは首を振る。

「無い……、人間以外の種族自体見なかった」

 そうなるとあの獣人二人は最近になって仲間になったのかしら。  あと質問は、と考えたところで聞きにくい事を思い出す。

「マーゴさんは……何者?」

 わたしがそっと尋ねると、レオンは頬をぴくりとさせ、大きく息を吐いた。

「兄であり父だった、って言ってたでしょう?」

 わたしはそう言うと一度飲み込む。

「孤児院で彼に会ったわ」

 わたしが告げるとレオンは目を見開くが、「ああ、あの時か」と呟いた。孤児院の前で鉢合わせたのを思い出したらしい。

「普通の物静かな青年、って感じだったけど」

「物静かというより常に言葉を選んでいるような人だな」

 そう言ってレオンは苦笑する。しばらくの沈黙の後、レオンは語り出した。

「そんな彼でも孤児院時代の私にとっては、唯一人間らしい感情に触れられる人だった。静かで抑揚の無い喋り方でも喜怒哀楽があって、優しかった。彼がいてくれたからシェイルノースに越してから人間に戻れたのかもしれない」

「今は孤児院の経営を彼がやってるらしいけど、あのリョージャって女性は?」

 わたしは一人隔絶された世界にいるような雰囲気の彼女を思い出し聞いてみる。レオンは少し顔をしかめた。

「リョージャはあの孤児院の女王さ。気まぐれでいつも演技掛かった喋り方をする女で好きじゃない」

「ずっとトップにいるってことね?」

「そうなるな。私が物心ついた頃にはすでに最高責任者の立ち位置だったんじゃないだろうか。とはいっても薄ら笑いを浮かべて屋敷をうろうろしてる彼女しか知らない」

 ふうん……、じゃあ初代『みつばちの家』から孤児院を譲り受けたのが彼女ってことか……。となると彼女は初代経営者時代にいた子供になる。

「『青空のお家』に変わった時に経営者も代替わりしたはずなんだけど、それがマーゴになるのかしら。町での評判も上がったっていうの考えると、唯一まともな人間である彼の功績なのかもね」

 私の呟きにレオンも頷いている。たしかリョージャが『院長』なんて言われ方で、マーゴに経営なんかは任せてるって話しだったし。

「マーゴは孤児院生まれなのかしら。彼は引取先を作らずにずっとあそこに残っているんだもんね」

 わたしは聞きながら思う。レオンはそこまで詳しくは知らないか。レオンは「かもしれない」と答えた後、わたしの顔を見る。

「彼は優しくて良い人だった。でもな、一番危険な人物かもしれないんだ」

 レオンの言葉にわたしは少し驚く。

「なぜそう思うの?」

「シェイルノースに越してから、サントリナへの興味は薄れてしまっていたんだが、それは彼らには都合が悪かったんだと思う。一月前、私の元へ訪ねてきたというのは彼だ」

 わたしははっとする。ブルーノが語っていた野盗の仲間、ってマーゴのことだったのか。

「ずっと続く私への襲撃は、サントリナに残る王子が仕向けているということ、王子は一月後の認定式にやって来るという事を伝えて帰っていった」

「……その時、変なお香を嗅がされなかった?」

 わたしが聞くとレオンは驚いたようだった。

「そうだ、でも不信にも思わなかった。あの孤児院では日常的にやっている儀式のようなものだったんだ。お祈りの際に必ず嗅がされる」

 なるほどね、それでレオンをラグディスに向かわせて混乱を引き起こさせるって計画か。考えてみればレオンには王室に興味が無くなって、本来の目的とは違った理由で王子を訪ねても、イリヤがいてくれなかったら危なかったんじゃないだろうか……。ならず者としてばっさり、何て事も充分考えられるし、そのレオンの衣服からあの指輪が発見されたりしたら……『王子は双子殺しだった!』なんて噂が立ったり、ねえ。

 そう考えるとわたしはぶるりと身を震わせた。

「彼が危険だと思うもう一つの理由がある」

 レオンの言葉にわたしは身を乗り出す。

「何、何?」

「彼は唯一人間らしかったが、あの孤児院を一番愛しているのも彼だったと思う」

 レオンの呟くような声にわたしは理由を聞きたかったが、止めておいた。彼もきっときちんとした理由は無いが『そう思った』のだろう。

 ふう、と深い溜息をつくレオンにわたしは告げる。

「どうもありがとう。すごく助かったわ」

「もう良いのか?」

 そう聞き返すレオンにわたしは大きく頷いた。

 わたしが立ち上がりウーラにも礼を言うと、レオンがベッドの上から声を掛けてくる。

「ありがとう」

 扉に向かっていた足を止め、わたしは振り返った。

「な、何?どうしたの?」

 レオンは布団に目を落としたまま答える。

「君は一度も私を疑うような目で見なかったから」

 それを聞いてわたしは急に照れくさくなる。ウーラを目が合うと、彼女はにっこりと微笑んだ。

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