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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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少年はかく語りき

「で、なんでお坊ちゃんが持ってんの?」

 フロロが場違いにぽやーっとした声を上げる。わざと空気を壊したのだ。早く教えろ、ということだろう。

「サントリナでは十二年前、双子の王子が誕生したはずだろう?それともそんな事実さえ隠されていたのかな?」

 レオンの挑発するような台詞に「あ」と声を漏らしたのはわたしの隣りに座るヘクターだった。

「そ、そうだ、双子が生まれる予定だったんだ。お腹が大きくて大変だ、とか大人が会話してたのは覚えてる。あれ、でもどうしたんだっけ……」

 サントリナにいた彼だけど王子が生まれる時はまだ三、四歳?じゃあ記憶が曖昧なのも仕方が無い。

「その双子の片割れが、貴方だと……?」

 王子が擦れた声で聞くがレオンは彼を睨みつけるだけだった。答えは出ているようなものだが、わたしも心臓の鼓動が早くなってしまう。 「サントリナでは双子は不吉なものらしいな」

 レオンの言葉にわたしはヘクターを見る。彼は目を大きくして首を振った。ブルーノが感情の無い声で答える。

「そのような言い伝えは無い」

「では先程の話しは?双子の王子が生まれたのは?『無かったこと』になっているのかもな」

 レオンが聞き返すとブルーノは大きく息を吐いた。

「……事実だ。十二年前、王妃は双子を生んだ」

「ブルーノ!」

 王子が大声を上げ立ち上がり、ブルーノに拳を叩き付ける。 「私は聞かされていないぞ!なぜだ!どうして、それならどうして今、彼は城にいないんだ!」

「捨てられたからだ」

 レオンの声に王子ははっとしたように振り返り、涙を浮かべる目で声の主を見た。

「双子は必ず王位継承権を巡って争う、自身も弟に暗殺されかけた国王が私を捨てたのだ」

「違う!」

 そう叫ぶブルーノの顔は青い。初めて見せる感情の色。

「殺されたのだ。生まれて十日目、乳母が目を離した隙に。その頃、町に出没していた山賊の手によるものだと考えられた。私は現場を見ている!」

「手にかけられたところを?その目で見たのかね?」

 アルフレートの冷めた言いようにブルーノは彼を見た。

「……いや、血だまりのベッドと、泣いているエミール様を」

 当時の現場を思い出しているのか、ブルーノは片手で顔を覆いうめくように呟いた。

「ならず者が忍び込んで赤ん坊を殺していった、と。指輪を盗まれたのもその時かな?物色してる最中に泣き出したかなにかで手にかけたのか……。ふうん、随分、都合良く片方だけを消していってくれたものだな。君も疑問に思ってるんじゃないか?その日からずっと」

 アルフレートの質問に、ブルーノはイリヤをちらりと見るだけで答えない。いや、答えているようなものか。

「で、その殺された事になっている王子の名は?」

 矢継ぎ早に質問するアルフレートを嫌なものを見るかのようにブルーノは睨む。

「レオンだ」

 それを聞いてすぐさま、

「おい少年、お前は誰に名を貰い、その話しを聞いたんだ?」

アルフレートは今度はレオンを指差す。レオンは少し間を置いた後、口を開く。

「……私を育ててくれた人だ」

「シェイルノースにいるという両親のことか?」

「いや、違う」

 アルフレートの質問に答えるレオンの顔は紙のように白い。どうしたの?急に歯切れの悪くなったレオンを見てわたしは心配になってくる。

「私が答えます」

 青い顔のままテーブルを睨みつける主人を見たからか、ウーラが口を開いた。

「レオン様は孤児として七歳までこの町の孤児院におられた。その後オルグレン夫妻の養子となり、今のシェイルノースに三人で暮らしている」

 ウーラがそこまで言い終わると、レオンは呼吸が楽になったかのように息をつく。もう一度口を開きかけたウーラを手で制すと自分で話し出した。

「十歳の誕生日からだ。町の外で、外出先で、夜寝静まった後で、一人になると何者かに襲われるようになった。私の両親はウーラを雇い、彼女に護衛される毎日が始まった。理由は分かっていたさ。この顔と流れる血とその指輪だ。正直に言ってシェイルノースに住む前は、いつかサントリナの城に出向いてやって名乗り出てやろうと思っていた。『俺は生きて戻ってきたぞ』とな。でも今は違う」

 レオンは一息つくと真っ直ぐ前を見る。

「私は父と母を愛している。サントリナにはもう興味が無いんだ。証拠にそんなものはくれてやる。持って返ってくれ」

 そう言って震える手で指差すのは、王子が右手に持っている古ぼけた指輪だった。

 レオンは王子だった。

 ブルーノが否定しないことからもそれは事実だとわかる。それ程、指輪が特別な物だったんだろうか。それとも二人がこれだけそっくりだからだろうか。それとも……とうに疑っていたから?しかしその事実はレオンを苦しめていた。両親と平穏な暮らしをしたい、という願いがあるから。なんだかミーナとだぶってしまう。

 静まり返る室内に躊躇しながらも、わたしはレオンに声を掛ける。

「それを……言う為にここに来たのね?」

 レオンは深く頷いた。わたしはちらりとイリヤを見る。レオンが嘘をついていたかいないかなんてイリヤの赤くなった目を見れば分かる。結構涙もろいんだな。わたしも泣きそうだったりするが。

「サントリナに戻るつもりは無いのですか?」

 王子の言い方はほっとしたよりも残念そうに聞こえた。

「無い。だからそれを伝えたくてこの場に来たのだ。何度も言わせるな」

 レオンはそう言うと「もう一つ」と付け加える。

「てっきり君が刺客を送っていたのだと思っていた。それは勘違いだったようだ。それは謝る」

 急に頭を下げられ、戸惑う表情の王子を見て思う。こんなあどけない王子にそんなまね出来ないよね。というか王子は自分が双子だったこと自体知らなかったんだし。

「じゃあ誰がレオンを狙うような事……」

 そこまで言ってわたしはブルーノを見てしまった。それに気が付いたのか、ブルーノは少々むっとした様子になる。

「まさか国王を疑っているわけではあるまいな?国王も王妃も、私も、国民も『あの日』にレオン様は亡くなられたと思っていたのだぞ?」

 様付けに変わった事にブルーノの心の移り変わりようを感じてしまう。でも誰が……。王子達には全然関係ない事だったのかしら。

「蒔かれた種、ね」

 気になる台詞を呟いたのはアルシオーネさんだった。わたしが溜息をつくアルシオーネさんを見ていると、

「ようするにさあ」

フロロが声を上げた。

「サントリナの方では十二年前にレオンは死んだものだと思ってて、最近のごたごたは偽物の仕業だと思ってたと。で、レオンの方は自分は王子だって知ってて、やたら危ない目にあうのはごめんだから文句っつーか『王位には興味ないからやめてくれ』って言いに来たってこと?」

「簡単に言うとそうなるな」

 アルフレートが答える。

「でもさあ、将来ごたごた起きないようにレオンは捨てられたと思ってたわけだ。でもなんでそれで指輪を『持たせられた』と思ったの?将来……って今か、『俺は本物の王子だぞ!』って名乗り出るのに都合良いアイテムなんか、捨てる人間が持たせてくれるわけねーじゃん」

 フロロはそう言うと頭の上で手を組んだ。

「だからそれは勘違いだったわけじゃない」

 わたしは答えながら疑問が湧く。レオンは捨てられたわけじゃないのよね。サントリナに『双子は不吉』なんて言い伝えは無くて、そう教えられていただけで……って誰に?

「誰に……聞かされていたの?」

 わたしはレオンの顔を見る。彼の顔は真っ青だった。

 ブルーノが語った『あの日』の話し。目を離した隙にレオンはいなくなり、その跡は血まみれになったベッド。でもレオンは生きてるじゃない。山賊がやったのだとすれば、何の為にそんな工作を?不自然すぎる。それに本当に物取り目的で入ってきたのだとすれば、指輪を盗み、なぜレオンにそれが渡ったのか。答えは簡単じゃないか。この混乱を蒔く為だ。

「誰に聞かされていたの、あなたは捨てられた子供だと、あなたの命を狙うのはサントリナにいるあなたの片割れだと」

 ブルーノは言っていた。『野盗の仲間がこの少年と落ち合っていた』と。その時、神殿に行くよう聞かされていたんじゃないだろうか。

「ねえレオン……」

 わたしが彼に呼びかけた時だった。がたん!と音を立て、勢いよくレオンは椅子から立ち上がる。

「マーゴだよ!彼は私の兄であり父だった!父さん母さんに会うまで、彼は私の唯一の存在だった!」

 そう叫ぶとレオンはふらりと倒れ込む。

「レオン様!」

 ウーラがしっかりとそれを受け止める。彼女の腕の中、だらりと力無く伸びた手が、彼が意識を失った事を示していた。わたしは自分の手が震えているのに気が付く。

「……少し休ませてください。まだ何かありましたら、部屋まで来ていただければ私がお答えします」

 そう言うとウーラはレオンを抱いたまま部屋の入り口へと向かう。

「聡明なるドラゴネルよ」

 アルフレートがドアノブに手を掛けたウーラに声を掛けた。

「少年が明らかに様子がおかしくなったのは、一昨日からでは無かったかね?」

「……そうかもしれんな」

 ウーラは仏頂面で素っ気なく答えると、そのまま部屋を出て行ってしまった。




「怒濤の展開ってえやつだったのねえ~」

 夕食の席、グラスを傾けながらローザが溜息をついた。ハンナさんの儀式に参加していた彼女とサラも、今は他の神官に任せて戻ってきたのだ。ミーナはまだ治療所に残っていて、そちらで食事を取るとのこと。早く目が覚めたハンナさんと再会させてあげたいな、と思う。

 食堂のテーブルは縦に長い。なので一つのテーブルにわたし達、デイビス達も揃うことが出来た。

「しかしあの少年が王子の片割れとは、なあ」

 何故かわたし達と同じテーブルに着くガブリエル隊長が感慨深げに息をつく。

「……わたし、レオンを追い込み過ぎたんじゃないかと思って」

 食事の手を止め、わたしは下を見る。疑問を晴らしたいのはあっても、何もあそこまでしつこく聞かなくても良かったかもしれない。

 隣のヘクターが首を振る。

「リジア、それはちが……」

「慰めるつもりは無いがそれは違うな」

 声を遮られたヘクターがアルフレートを見る。偉そうに踏ん反り返るエルフをわたしも睨んだ。慰めろよ、ここは。

「少々おしゃべりしにくい状態にされていたんだよ、レオンは」

 それを聞いても首を傾げるわたしに、アルフレートは舌打ちを隠さない。

「お前、私と孤児院に行った時のことをもう忘れたのか?」

 孤児院って……『青空のお家』のことだろうけど。と、わたしの頭にぼんやりと思い返される匂い。

「あの媚薬ね?」

 わたしが声を上げるとセリスが身を乗り出してくる。

「何、媚薬って?」

 この単語に反応するところが何て言うか……。

「あの孤児院では変なお香が充満してて、それで外部から遮断しているみたいなのよ」

 わたしが簡単に答えるとセリスはふーん、と何かを考える顔になる。興味ありげな様子が怖い。

「まあそれだけじゃなく、多分まじない的な何かを掛けられていたっぽいな」

 アルフレートの言葉にローザ、サラも眉を寄せる。

「ハンナさんの症状とかぶる気がするわね。呪術的というか」

 サラが嫌な顔を露骨に表した。

「それより俺はあのうさぎたんが気になるなー」

 大きなソーセージを刺したフォークをふりふり、フロロがにやりと笑う。わたしもうんうんと頷くとアルフレートに向き直る。

「ブルーノに何個か質問してたじゃない?あれどういう意味だったのよ」

「どんな質問だったかな」

 恍けるアルフレートにわたしが憤慨していると、

「うさぎたんって誰だよ」

アントンが割って入ってきた。

「だから王子のお付きのこと!どういう種族なのか知らないけど、長い耳生えてたでしょ!」

 わたしが答えるとアントンは眉を寄せ舌打ちする。

「ああ!?王子の事は片ついたんじゃねえのかよ、あとはレオンってガキの口割らせりゃいいんじゃねえの!?」

 アントンがそう叫ぶが、食器の音が鳴り響くだけで誰も応えない。するとアントンはいきなりイリヤの頭を殴りつけた。

「いてえ!」

「お前ぐらいは『そうだね』って相づち打てや!」

「なんで俺!?」

「おーい座れよ、食事中くらい……」

 デイビスが窘めるとアントンは渋々といったように席につく。やっぱリーダーの言う事は聞くのね。

 しかしこう人数が増えると、戦力が増えたのは良いけど話しが進まないったらないわ。

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