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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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「雲が晴れたぞ!」

 ガブリエル隊長の声にわたしは空を見た。その言葉の通り、先程まで頭上を覆っていた厚雲は消え去り、普段通り薄い雲に隠れ気味の月が見える。

「じゃあ今いる分で打ち止めね!」

 未だ少し残る灰色人形を見渡し、そう答えながらわたしははっとして岩場へ目を移した。

 いない!?ローブの男が消え去っている。アントンとハンナさんの姿も見えないということは、戦闘に入るのに場所を移したか。それとも……。

 ハーネルとぶつかっている組の方向が騒がしくなっている気配に、わたしは嫌な予感がする。

「ここ、お願いね!」

 わたしはガブリエル隊長とサラ達に声を掛けると、ハーネル達がいる方向へと走り出した。

 暴れている間に随分と離れてしまっていたらしい。しばらく駆けていくとようやく皆の姿が見えてくる。が、それは想像とは掛け離れた奇妙な光景だった。

 まずハンナさんを横たえ、何か呪文をかけているローザ。その横には何故か寝そべっているアルフレートとフロロ。怪我をしている雰囲気ではない。呑気な顔である方向を見ている。問題はその見ている方向にあるものだ。何かを激しく言い争う三人。鋭い目を更に吊り上げて怒鳴るアントンに、それに応戦するハーネル。その脇でため息をついているヘクターがいる。

 な、何なの?

「ちょっとちょっと!どうなってるのよ!」

 わたしはローザの所へ走ると言い争う三人を指差し尋ねる。ローザははあ、と大きく息を吐いた。

「知らないわよ。何とかしてよ、あの馬鹿を」

「獣人とやり合いたいんだってさ、あの兄ちゃん」

 地面に寝そべるフロロが欠伸しつつ答える。

「ヘクターを倒すのも俺の役目!なんだと」

 アルフレートも横になり、膝小僧を掻きながら追加した。

「は、はあ?意味分かんないんだけど」

 正直な感想を述べるが、三人は『俺だってわかんねーよ』という顔を返してくる。

 えーっとようするに、ヘクターとハーネルが対峙してる所に横槍して『全部俺の獲物ー!』となったと。そんでもって『てゆーかコイツ(ヘクター)倒すのは俺だから。何勝手な事してんのこの大猫』って事だろうか。ば、馬鹿の考える事はよく分からん。しかし律儀にアントンの相手をして怒鳴り合ってるハーネルも大馬鹿なんじゃなかろうか。

「ちょっとアントン!なんであのローブ姿の男、逃がしちゃったのよー!」

 わたしが怒鳴るとアントンははっとした顔を上げる。が、すぐに「う、うるせー!」と怒鳴り返してきた。

「べ、別に頼まれてねえぞ!なに人のせいにしてんだ!」

「だったらその獣人の相手も頼んでないわよ!」

 わたしの正しい突っ込みにアントンは顔を真っ赤にし、ハーネルはなぜか嬉しそうに顔をほころばせる。

「お嬢ちゃん、あんたは分かってんじゃねえか。邪魔してきたのはコイツだっていうのによ、ぎゃーすか騒ぎやがって、馬鹿め」

 ハーネルに馬鹿め、と言われた瞬間、アントンが「殺す!」と掴み掛かる。それをヘクターが襟首掴んで止めるという変な状況。

「はああーあ」

 アルフレートが大きく長い欠伸をした。彼でなくてもそうしたくなる。わたしが大きく息を吐き出し、腰に手を当てた時だった。ぴくり、とフロロの耳が動き、上半身を起こす。

「な、何よ、急に」

 ローザが軽く睨むが、フロロはヘクター達の方を見たまま動かない。

 ……りーん、ちりーん……

 え?何この音。

 わたしは鈴のような澄んだ高音に辺りを見回した。

「……ちっ、時間かよ。馬鹿に付き合わされてる間に終っちまった」

 ハーネルが舌打ちと共に吐き出した言葉に全員の動きが止まる。ヘクターが地面に目をやるとはっとした顔になり、アントンの腕を引っ張る。

「何すんだよ!」

 その手を振りほどこうとしたアントンの動きもハーネルの足下を見るなり止まった。

 黒い煙、とでもいえばいいのだろうか。地面から沸き上がる影がぞわぞわと触手を伸ばすように立ち上り、ハーネルを包んでいく。アルフレートが勢いよく立ち上がるとハーネルに向けて呪文を放った。

「ヴァイスダート」

 勢いよく放たれた光の矢はハーネルにぶつかり四散する。しかし、後に残ったのは何も変わらないハーネルの姿。いや、足下から伸びる影が大分彼を浸食していた。

「じゃあな、楽しかったぜ」

 にい、と笑うと影が完全に体を包んでしまう。耳に不快なぎいぎいという音を最後に、ハーネルの姿は消えてしまっていた。

 後に広がる嫌な沈黙を前に全員がしばらく固まってしまっていた。

「どうなってんだよ!」

 叫ぶアントンにアルフレートは煩わしそうに手を振る。その時、

「おおーい!どうなってんだ!消えちまったぜ!?」

同じ台詞を叫びながら向こうからやってくるデイビスに、アルフレートは溜息を隠そうとしなかった。サラ、セリス、イリヤも続いてやって来る。皆が揃ったというのに当たり前だが顔は晴れなかった。

「どこか移動してしまったのか?」

 ヘクターが尋ねるとアルフレートは頷き、皆の顔を見る。

「精霊や神獣が召喚される際、どうなるか知っているか?」

 その質問にはわたしが手を挙げた。

「その精霊の近くにゲートが現れて、無理矢理引っ張り込むんでしょ?それで契約者の前に出現するの」

 わたしは残念ながらまだ、召喚魔法は使えないがアルフレートが使っているのを見たことがある。大きな魔法陣が広がっていてかっこよかったな。あの魔法陣がゲートなのだと思う。

「それに近い動きを感じた」

 アルフレートの素っ気ない呟きにサラが訝んだ顔になる。

「近い、ってあの獣人達が何処かに召喚されていった、ってこと?」

「じゃないか、ってことだ」

 アルフレートはそう言うと未だハンナさんの脇にしゃがみ込むローザに声を掛ける。

「どうだ、まだ駄目か?」

 その言葉に驚いてわたしはハンナさんを見た。顔色は悪くないが目を開けていない。眠らせただけ、というあのローブの男の台詞を疑いもしなかったけど大丈夫なんだろうか。心配になり近くに寄って顔を覗き込む。やはり頬は赤みがさしていて健康には見える。胸が上下する動きを見る限り、意識が戻らないだけのようだ。

「眠りの魔法を掛けられただけなのかと思ったら……ちょっと呪術の類いっぽいのよね」

 ローザはそう言うと顔をしかめる。サラもそれを聞いてハンナさんの元に跪き、手を取った。

「……一見穏やかそうに見えるけど、大分、中の気が乱れてるわね。解除にはきちんとした儀式をした方がいいんじゃないかしら」

 サラの提案にローザも頷く。二人がそう言うんじゃそうするしかないのだろう。

「おおーい!どうなったのだー!?」

 今更、というタイミングでガブリエル隊長が現れる。どすどすと走る足下は煙が舞っていそうだ。

「帰るぞ」

 アルフレートの素っ気ない言い様にガブリエル隊長は「なぬ!?」と目を丸くする。

「そういやヴェラは?」

 セリスの質問にわたしは答えようと口を開くが、どうも嫌な予感がする。……ちゃんと帰ってるよね、あの二人。そう眉間に皺寄せた時だった。

「あ、あれ?なんでここに戻ってきたんでしょう」

 目の前に表れたヴェラに立ちくらみがする。

「だから僕が言ったじゃないですかあ。月の方向見れば町はあっちだってえ」

 泣きそうなサムに心の中でひたすら謝る。完全に人選を間違えてたわ。はああ、と全員がため息をついた後、デイビスがハンナさんを抱えて帰る役を引き受けてくれ、ぞろぞろと町へ帰ることにする。

「で、セリス達はずっとハンナさんを追いかけてきてくれたの?」

 隣りを歩く赤い髪が美しい彼女に問いかけると「そういうこと」と頷いた。

「ウェリスペルトでの聞き込みで首都行きのバスに乗ったのは分かったから、首都までは真っ直ぐだったんだけどね。その先が手間取っちゃって。どうやらあのローブの男と合流してたみたいで情報掴むのが遅れたのよ」

「『私が来ればミーナには手を出さないと言ったのに』だっけ」

 わたしが呟くとセリスも考えるように腕を組む。

「なんか良いように言いくるめられたって感じだったわね」

「問題はハンナさんが本当に孤児院出身で、あの孤児院のことを覚えてるかなんだけど、この状態じゃどうしょうもないわね」

「は?孤児院の出なの?あの孤児院って?」

 セリスの質問にはっとする。そっか、何も知らせてないんだっけ。

「話し合いは町に着いてからにしようぜ。腹減っちまってしょうがねえよ」

 ざわつく中、デイビスが大きく溜息をついた。




「いやあ、助かりました。お礼っていうと何ですが、どんどん食べてください」

 顔色が良い具合に戻ったサムがシチューを配ってくれる。厨房室の一角はちょっとした食堂のように賑わった。

「でもサムは関係ないのに可哀想だったよね、ごめんね」

 わたしが謝るもサムは勢いよく首を振る。

「悪いのは人質を取るようなマネをする彼らです。あなた方が謝る必要はありません」

 おお、なんか僧侶っぽい言い方じゃない、とわたしは失礼な事を考えてしまった。

「しかしこれだけの手練が揃うとは。リュシアン殿は良い仕事をしているのだな!」

 ガブリエル隊長も満足げにエールを傾けている。

「リュシアンって?」

 セリスの耳打ちにわたしも小声で答える。

「うちの学園長よ。あのキラキラオーラのお父様」

「あー……、なんかぴったりな名前……」

 こういう感覚はセリスとは気が合うのかもしれない。

 熱い豆のシチューを頬張ると、ローザが肩を回しながら厨房室に入ってきた。

「はあ、やれやれ」

「おかえり、どうだった?」

 わたしが彼女の分のシチューを手渡し尋ねると、はあ、という溜息が返ってくる。

「今、夜勤の神官に頼んできたけど、朝になって人数が揃った状態で解呪の儀式をして、目覚めは早くて二日後だって」

「え!そんなに掛かるの?」

 わたしが思わず目を見開くとローザも頷く。

「あの短時間でそれだけの呪術を掛けるって、ちょっと……いや大分やばい奴よね」

「あのローブの男?」

 イリヤも入ってきた。

「そう、なんで逃げたのか知らないけど、相当なやり手のはずなのよ」

「獣人達を呼び寄せたのもそいつじゃないか?」

 ヘクターの質問には皆頷きかえす。そう考えるのが自然だもの。人を召喚、なんて見た事も聞いた事もない技だし。

「それよりミーナが心配ね。今、ハンナさんに付き添ってるけど早いとこ解決してあげないと可哀想だわ」

 そうなのだ。ハンナさんを連れて戻ってきたわたし達を喜んではくれたものの、目を覚まさない母親に表情は固かった。

「こっちの動きはある程度分かったけどよ」

 わたし達の旅の話しをあらかた聞いたデイビスが空になったスープ皿をテーブルに置いた。

「それで明日からはどう行動していくつもりなんだ?俺達は何をすればいい?」

「認定式までには必ず騒ぎが起こる。その時、手を貸してくれればそれでいい」

 アルフレートがそう言うもののデイビスは少し眉を傾ける。

「でもよ……」

 デイビスがそう言い濁した時、わたしは昼間の事を思い出した。

「あ、そうだった!学園長、こっちに向かってるんだって」

 わたしが言うと皆、一斉にこちらを見る。

「リュシアン殿が?今回の式典は『学園の用事の為』と本人が出席を辞退していたのに」

 ガブリエル隊長はそう言いながらも笑顔だ。仲が良いんだろうか。

「来なきゃならない事情が出来たのかもしれない。出発に慌てていたらしいから」

 ヘクターが追加の言葉を出す。ローザが首を傾げた。

「珍しいわね……。天地がひっくり返ってもしらっとしてそうな人なのに」

 その言い様は他人事のようで少しおかしくもあったが、不安になるにも充分なものだった。

 皆の皿が空になったところでサムにお礼を言うと彼は照れ臭そうに笑った。

「今夜は神殿から出るなよ!爺さんには私が食事を持って行こう!」

というガブリエル隊長の声を聞きながら、揃って廊下に出る。すると向こうから歩いてくる姿にぎくりとしてしまった。向こうもわたし達を見ると露骨に顔をしかめる。フォルフ神官だ。

「また人数が増えるとは……恥ずかしい奴らめ。アルシオーネ様も何を考えているのか」

 ぶつぶつと言いながら睨んでくるフォルフ神官の横を黙って通り過ぎようとすると、

「料理番が一人いなくなったとかいう噂があるようだが、お前達のせいじゃないだろうな……」

本気で疑っているようではなかったが、彼の低い呟きにわたしはどきりとしてしまった。

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