助っ人参上
「おい!」
アルフレートに向かって吠えるゴルテオは、表情はうまく読み取れないが明らかに目に怒りをたたえている。
「エルフが何故人間のガキ共と一緒にいるのか知らないが、じゃあこの場に何をしにきた!?」
ゴルテオの問いにアルフレートは嬉しそうに口元を緩ませた。
「お前達を叩きに来たんだよ。ライカンスロープごときが調子に乗るなよ?」
……うわあ、超傲慢。そして超悪そう。事前にガブリエル隊長に『絶対に口出ししないように』としつこい程言っていた訳は分かったが、なんでアルフレートってこんなに偉そうなの……?
彼以外がドン引きで見ているというのにアルフレートは満足げだ。
「その男を手に掛ければ殺す。ミーナに手を出しても殺す。私にはその力がある。どうせやり合うなら手っ取り早い方が良いだろう?お互いにな」
「……いいぜ!俺は乗った、エルフさんよ!」
嬉しそうなのはハーネルだ。
「端から俺はやり合えれば良いんだよ!まどろっこしいのは無しにしてえな!」
そう言うとすらり、とロングソードを引き抜く。黄金色の刀身が妖しい光を放った。
「よし、それでは男とミーナを同時に走らせる。方向は……」
アルフレートはそう言うと「あっちだ」と暗闇の中を指差す。
「生き残った奴が二人を連れて帰る。勿論、用が無いなら置いて帰れば良い。さ、男のロープを解け」
アルフレートが話し終わるとゴルテオは少し間を置いた後、背中から大きなシミターを引き抜いた。そのままサムの背中に押し当てるとロープが地面に落ちる。いよいよだ。
「……行け!」
ゴルテオが一際大きな声で吠える。それを合図にサム、そしてわたしも誰もいない荒野へと駆け出した。
わたし達と獣人達の陣取る間を駆け抜け、月の方向にひた走るサムをわたしも追いかける。息が辛い。しかし声を潜めなければならない。舌を噛みそうだ。
そろそろか!?
そう思った時、案の定、背中に感じる寒気に似た気配に、わたしは倒れ込みながらも振り返る。
ゴルテオの腕を伸ばしながらわたしを取り押さえようとする姿に、わたしは無我夢中で唱えておいた呪文を放った。
「フレイムランス!」
「な……」
至近距離で放たれた赤い槍は容赦なくゴルテオの肩を貫いた。酷く不快な臭いと獣の咆哮が体を震わせた。
「貴様、娘じゃないな!?」
牙を剥くゴルテオは怒りをあらわにシミターを振り上げたが、それは利き腕ではなくなっている。それでも迫力に圧されてわたしは目をつぶってしまった。剣が振り下ろされる気配と風圧、そしてガラスの軋むような耳障りな音がする。
「くそっ!結界か!」
そう、ゴルテオのシミターを跳ね返したのはアルフレートが予めわたしに施した結界魔法。物理攻撃に一度しか効果は無いが、充分だ。迫りくる気配に今度はゴルテオが振り返る。
「許しませんよー!」
巨大ウォーハンマーを振りかぶりつつ走ってくるイルヴァにゴルテオは舌打ちした。二人の武器がぶつかり合った時、向こうでもハーネルとヘクターが戦いを始めたのが見える。 ガブリエル隊長は?と見渡すと重い金属鎧をがちゃがちゃ言わせ、どすんどすんと土煙をあげながらこちらに走ってくるではないか。すごい鈍いんですけど。
「助太刀いたすぞー!」
ガブリエル隊長の叫ぶ声を聞いた後、視界に入った上空のうごめく気配にわたしは上を仰ぎ見る。
「大変!またあのキモいのが降ってくるわよ!」
わたしが大声を張り上げるとガブリエル隊長も空を見上げた。上空を漂うのは前に見た灰色の雲。ただの雲ではない。どういう魔術なのかゾンビのような兵隊が次々と降ってくるのだ。わたしは向こうの岩場に仁王立ちになるローブの男に視線を走らせる。
「やっぱりあいつみたいね」
わたしは誰に言うでもなく呟くと、ハンナさんの腕を掴むローブの男を睨みつけた。
ぼとり、ぼとり、と嫌な音が聞こえ始める。聞き覚えのあるあの音だ。
「あひーっ!何ですか、これ!気持ち悪いー!」
悲鳴を上げたのはサムだった。
「一体一体は大した事無いわ!捕まらないように気をつけて、落ち着いて倒していって!」
わたしが呪文を唱え始めながら注意を促すと、悲鳴で返事が返ってくる。
「倒してって!僕に言ってるんですか!?エネルギーボルトも使えない僕に!」
な、何だと……?サムって本当に『料理人』の力しか無いわけ?
「私が片付ける!」
ガブリエル隊長が早速、辺りの人形を叩き切りながら頼もしい声を上げた。イルヴァはゴルテオで手一杯だし、助かった。
「エネルギーボルト!」
わたしの放った魔法の光球が人形の一体にぶつかる。すると溶けるように土に崩れていった。 イルヴァの方に目を向けるとゴルテオと打ち合ったままだ。片腕は失ったままだが、それでもひけを取らないワーウルフに寒気が走る。二人の戦いを邪魔しないよう、わたしとガブリエル隊長が灰色のもの言わぬ人形を片付けていく。その間をサムが駆け回る、といった状況が暫く続いた。ちらりと向こうを見ると、ハーネルとヘクターの周りをアルフレート、フロロ、ローザが駆け回っているというこちらとあまり変わらない状況のようだ。
この雲の魔法って、ずっとコントロールしてれば無限に人形を生み出していくんだろうか。そんな疑問が頭をかすめ、わたしはローブの男のいる岩場に目を移す。その瞬間、驚きの為に自分の口からひゅっ、という音が漏れた。
「やばいわよ!」
ローブの男は未だぐったりと動かないハンナさんの腕を引きずり、何処かに移動しようとしているではないか。慌てて追いかけようと足を踏み出すが、人形達はわらわらとそれを邪魔してくる。
わたしは舌打ちすると背中から短剣を取るが、剣の扱いなどないので闇雲に振り回すだけだ。いちいち呪文を唱えるのも面倒になってきたのでこっちの方が手っ取り早いと思ったんだけど、流石に役に立たないか。
もう一度呪文の詠唱にかかるが、そんなことをしている間にもハンナさんは引き摺られていってしまう。ど、どうしよう。ローブの男に向かって何か放ってみるか。でもハンナさんに当たったらまずいよね!?
ぐるぐると回る思考に気を取られていたのか、がしりと腕を掴まれる感覚に悲鳴をあげる。
「ひょえええ!気持ち悪いっての!」
人形が冷たい手でわたしの腕を掴んでいる。振りほどこうと暴れるが、意外と力強い。
「リジア殿!今参るぞ!ちょっと我慢してくれい!」
ガブリエル隊長が剣を振り回しつつこちらに駆けてくる。我慢して済むなら我慢するが、自分を取り囲む人形の数にパニックになりそうになった。
「ちょー!早く早く!」
足首を掴まれた感覚にガブリエル隊長へ叫んだ時だった。
「サンライトアロー!」
聞き覚えのある声で呪文が放たれる。予想外の方向からの光のシャワーがわたしを囲む人形達を貫いていった。すぐに別の人形達がわたしに迫ってくるが、わたしは唱え終わった呪文を解放する。
「フレイムウィップ!」
赤い帯状の一線がわたしを中心に円を描いて舞うと、周囲の人形を土に還していく。やばい、わたしカッコイイ!
「ぐはあ!」
ガブリエル隊長の悲鳴で我に返る。あ、隊長巻き込まれてる。そういやわたしに向かってきてたんだっけ……。
「何やってんのー?」
呆れた声にわたしは振り返る。
「サラ!」
振り向いた先、先程の光の矢によってわたしを救ってくれたと思われる人物が、わたしに向かって手を振っていた。
「リジアー!ようやく追い付いたよー!」
栗色の髪を揺らしながらわたしに駆け寄る少女はラシャのプリースト、サラ。その横にいる赤い髪鮮やかな魔術師が、呻くガブリエル隊長を指差す。
「なに、後はこのおっさんブチのめせばいいの?」
「ち、ち、ちがうわよ!」
慌てるわたしにサラも続いた。
「違うわよ、セリス。どう見ても鎧にある紋章がフロー神のものじゃない」
冷静でしっかりとした突っ込みにほっとするが、すぐに二人に尋ねる。
「二人がここにいるってことは……」
「やーっと取っ捕まえたぜー!」
それを遮り、響き渡る声にわたしは岩場に目を向けた。岩の積み重なる上、緑の髪が揺れている。ぐったりとするハンナさんを抱えて高笑いをするのはアントン!ハンナさんが元いた場所にはローブの男が腕を押さえて立っている。奪い取ったということか。
やるじゃん、とわたしが不覚にも感心した時、アントンがわたし達を見下ろしながらにやーっと笑う。
「なんだよ、こんだけの人数相手に手間取り過ぎじゃねえの?情けねえなあ!」
むっとしたわたしはアントンに声を張り上げた。
「かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!……」
「お、おいやめろ!帰れコールを巻き起こそうとするんじゃねえ!」
こいつ、自分でも人徳無いの分かってるんだな。アントンの慌てようにそう思う。
「頼もしい援軍が来たものだな!」
いつの間にか復活していたガブリエル隊長が後ろを指差す。見ると器用な動きで人形達を一体一体、ロングソードで確実に仕留めているイリヤ、それにイルヴァに加勢に入ろうとするデイビスの姿があった。
「何だよこいつは!やべえな!」
ゴルテオのシミターを大きなバトルアックスで受け止めながらデイビスが叫ぶ。しかし口元は笑みがこぼれていたりする。その背後で地味に黙々と人形相手をするイリヤとの差が面白い。
えーっと、後は……。
「助けてくださいー!!」
残る一人のメンバーをわたしが頭に浮かべていると、その問題の人物が人形達に押しつぶされている。
「ヴェラ!」
わたし、サラ、セリスの呪文で人形を倒していくとヴェラの無惨な姿が現れた。この場に表れて数分で、よくぞここまで土ぼこりだらけになれるものだ。
「ううー、ひどい……」
「ひどくない!泣いてる暇あったら立ち上がる!」
セリスの叱咤にめそめそと立ち上がるヴェラ。その彼女の腕を掴むとわたしは語りかける。
「頼みがあるの。この僧侶の人、サムっていうんだけど、彼を連れて一足早くラグディスの町に戻っていてくれない?」
わたしのお願いにヴェラはぱちぱちと瞬きする。次の瞬間には笑顔になり、わたしの手を取った。
「指令ってやつですね!やってみせましょう!」
どうやら彼女の心に響く申し出だったらしく、どーんと胸を叩くと、妙に機嫌良くサムに向かっておいでおいでをし始める。サムがえっちらおっちらやってくるとその腕を掴み、ヴェラは満面の笑みで振り返る。
「それではサムさんを無事、町まで連れて行きます!」
「お、お願いします」
サムもやたら上機嫌の彼女に不安げな顔だ。走り去ろうとする二人にわたしは声を掛ける。
「そっちじゃないわ!逆方向よ!」
「わ、わざとですよ!」
焦りながらわたしに答えるヴェラと彼女に引っ張られるがままのサムを見て思う。
大丈夫だろうか……。