取引開始
「じゃあ行くメンバーだけど……」
ヘクターが言うとサイモンが立ち上がる。分かっていたがついて行く気だな、とわたしが思った時、
「私も行くぞ!」
大声を上げたのはガブリエル隊長だった。びっくりしてサイモンも固まっている。
「騎士団の全員で攻め込みたい、と言いたいところだが、エミール王子の件もあって神殿の守りを手薄にするわけにもいかん。少ない人数で最も手練の人間が同行した方が良いだろう!それならこの私だ!」
えへん、と胸を張るガブリエル隊長に『こういうキャラでとことん使えない奴なら面白いのに』と思うが、残念ながらガブリエル隊長の腕は本物だ。
「申し出はありがたいし受けようと思いますが、今朝みたいに隠し事はやめてくださいよ?」
ヘクターの突っ込みにガブリエル隊長は眉を下げる。が、「任せておきたまえ」とすぐに胸を張り直した。
「ぼ、僕も行くよ!」
勢いを削がれた感はあったがサイモンが手を上げる。その発言にはヘクターに他のメンバーも渋い顔だ。
「ミーナが行くなら僕も行く!絶対ついていくから!」
困った子だな、とわたしが宥めようとするとアルフレートが先に口を開く。
「ミーナは行かない。それならお前も来る意味は無いな」
「え、ちょっと!」
ミーナが信じられないという顔でアルフレートを見た。確かに敵陣に突っ込むだけならミーナも待っていて欲しいところではあるんだけど、今回はミーナがいないと話しにならないんじゃ……。
「お前の小ささが役に立つ日が来るとはな」
アルフレートはそう言うとわたしを見てにやー、と笑う。な、なんですと?
「リジアが身代わりになるってこと!?」
ローザが半分責めるような口調で言うと、アルフレートに向き直った。
「いくらなんでも無理があるわよ。小さいっていってもミーナとリジアじゃ……」
そこまで言うとローザはわたしとミーナを見比べる。
「……多分、無理があるわよ、たぶん」
「なんで勢い無くなっていくのよ」
わたしはローザを睨みつけた。いくらわたしが小さいっていってもミーナとじゃ頭一つ二つ分……は無いけど、そのくらい違うぞ!
「勿論、多少苦しいのは承知だ。だから出発は夜にする。幸いフロロを抜かしたらリジアは我々の中じゃ子供サイズだ。ぱっと見は分からない」
「ち、ちょっとお~、わたしだって傷ついてるんだからね、そういう言葉には」
頭をよしよしと撫でてくるイルヴァの手を振り払いながらわたしはアルフレートに言うが、彼はシカトしたまま話し続ける。
「我々が取引の場に行って持ち込みたい状況はなんだ?」
その質問に答えがくる前にアルフレートは指を立て、ゆっくりと言い放つ。
「相手との合戦だよ」
その言葉にイルヴァが拳を振り上げた。
「任せてくださいー」
「人質の交換に行くのではない。やるかやられるか、だ。そうなった時に余計な気を使う要素はなるべく排除しなくてはならん」
確かにやり合いになればミーナ、サイモンを警護するなんて余裕があるかどうか……。でもその言い方は無いんじゃない?わたしがうなだれるミーナを見て文句を言おうとすると、そのミーナがぱっと顔を上げた。
「気をつけて、行ってきてね」
それを聞いてアルフレートはにやりと笑う。
「頭の良い子は好きだよ。……さ、出発は暗くなってからだ。ゆっくりと準備にかかるとするか」
「腕がなるぞ!」
叫ぶガブリエル隊長にアルシオーネさんは呆れた顔だ。
「あなたは仮眠を取っておきなさい。ずっと起きっぱなしじゃ助っ人どころか足を引っ張りかねないわよ」
皆が立ち上がる中、わたしの隣でヘクターが大きく溜息をついた。
闇の中を皆、無言で歩く。わたしはフードから垂れる髪がくすぐったくて、何度も髪を首から払いのけた。
荒野を歩く先頭は危うく寝過ごしそうになったガブリエル隊長だ。松明を持ち歩く姿は昔の騎士みたいに見える。そういうわたしの姿は、というと足元までの黒いローブにフードを被り、少しでも小さく見えるよう(いつもの努力と逆だわ……)髪は下ろしている。金髪をよく目立たさせる為でもある。
「ほんとに寂しい所ですねえ」
闇が広がるばかりの荒野を眺めてイルヴァが呟いた。周りは木も生えない岩場があるだけの無機質にも感じる景色。その上、町を少し離れただけでこの暗闇だ。いやがおうでも緊張が高まってくる。
「リジア、平気?」
ローザが心配そうな顔で振り返ってきた。わたしは無言で頷いてみせる。声を出さないわたしにヘクターがぽんぽんと頭に手を置いてきた。
あうう、皆に心配されてるわけね。
「作戦の要なんだから頼んだぞ。良いか?キーパーソン」
にやにや笑っているのはアルフレートだ。わざと緊張感を煽らせる言い方に腹が立つ。おかげで気持ちも解れたけど。
「生き物の気配がしてきたな。こっからはお静かにお願いしますよ」
フロロがガブリエル隊長の肩から向こうを眺めて注意を促す。一瞬の空気の張り詰める感覚の後、皆の靴音だけが響き渡り始めた。ガシャンガシャン、という馴れない音に思う。……金属鎧ってやっぱりうるさいな。わたしはガブリエル隊長の足元を睨んでしまった。 しばらく歩き続けるとふわふわと明かりが揺れているのが見えてきた。ガブリエル隊長が振り向き、ゆっくりと頷いている。「あそこだ」と言っているのだろう。いつの間にか隣を歩いていたローザがわたしの手をやや震えがちにぎゅうっと掴む。乙女だわ。
わたしの方はといえば、暗闇に見えてきた明かりと、そこに敵がいるということが何ともミスマッチな感覚がして、ぼーっと見てしまっていた。
緩やかな下り坂になっている岩場を歩いてすぐ、連なる岩の間に明かりが集まる場所が確認出来るようになってきた。よく見ると洞窟、とまではいかないが確かに雨風を避けるには丁度良さそうな場所に黒い人影がある。すでにこちらに気付いているようで全員がこちらを向いて立っていた。
「よう、思ったよりは早かったな。もうちょっと時間稼ぐと読んでたんだが」
友人との待ち合わせのような場違いな弾んだ声を掛けてきたのは、何度目の顔合わせになるのか、黒豹男のハーネルだった。一歩後ろにいるのはワーウルフのゴルテオ。その隣にいる、横に体格の良いローブ姿は魔術師だろうか。頭まで覆う藍色のローブで口元さえもよく見えない。
魔術師ということは……もしかしたらこいつがあの粘土人形の雨を降らせるなんて離れ業やった奴なんじゃないの?だとしたら相当な使い手のはずだ。
わたしがそう考えを巡らせていた時、そのローブ姿の男が一人の女性の腕を掴んでいるのに気が付き、思わず息を飲んだ。
「……ハンナさん」
ローザが微かに聞こえる程度の呟きを漏らす。そう、腕を掴まれた状態で困惑気にわたし達を見回す女性はミーナのお母さん、ハンナさんだった。固まるわたし達の気配に気付いていないのか、ガブリエル隊長はずずい、と前に出ると大声を張り上げる。
「貴様らー!こんな卑劣な真似をしてただで済むと思うなよ!私はフロー神殿護衛騎士団の長である!神妙にいたせい!お天道様は見ているのだー!」
「お天道様、出てねえじゃん」
冷静な突っ込みを入れるのはフロロだ。味方が背後から撃ってどうする。
「貴方はちょっと黙ってなさい」
アルフレートがガブリエル隊長を押し退けると、獣人達に向かって普段の彼以上に偉そうに胸を張った。
「先ずは人質を」
アルフレートは冷静な声で呼び掛ける。するとゴルテオが暗闇の中から一人の蓑虫のような状態の男性を引っ張ってきた。体はロープでぐるぐる巻きにされ、さるぐつわを頬に食い込ませている痛々しい姿は、間違いなくサムのものだ。ただ元気はあるようでもごもごと必死に声を出そうとしている。
「サム!」
ガブリエル隊長が足を踏み出すと、ゴルテオが「おっと!」と手で制してきた。
「早まるなよ?そちら側にも交換の人間を出してもらう」
ゴルテオの言い方も焦りの色はない淡々としたものだ。これは取引の場。取り乱した方の負けなのだ。わたしは鼓動を早くしながらも、足を一歩前にする。当然だけど、その足は震えていた。わたしはそのまま頭に被っていたフードを取る。本当にごまかせるんだろうか。手には汗でいっぱいだ。が、獣人達は特に激昂するような様子は見せず、ゴルテオは目を細める。
「金髪に緑の瞳、か。確かに」
その言葉にとりあえず息をつくわたし。アルフレートの話しによると、元々獣人達は人間の顔を識別する能力は乏しいとのことだ。それはわたし達からみた彼らでも同じ事が言えるのだけど。しかし続く言葉に心臓が跳ね上がる。
「おい女、こいつが娘で間違いないな?」
ゴルテオはハンナさんに尋ねる。ハンナさんは依然として動揺する顔でわたしとゴルテオを見比べていた。
や、やばくない?ハンナさんがここにいるというのがまず予測していなかった事態なんだけど、ハンナさんは……味方と考えていいんだよね?どうすんの?
一瞬の静寂の後、ハンナさんは自分の腕を掴むローブ姿の男に怒りをあらわにした。
「どういうこと……?これは何の場なの?私が来ればミーナには手を出さないと言ったじゃない!」
悲鳴のような怒声を上げ、男に掴みかかろうと空いている手を振り上げるハンナさんの体が、急にがくん!と倒れる。
「ハンナさん!」
思わず、といったようにローザが身を乗り出すのをアルフレートが止める。ゴルテオもローブの男に「おい!」と抗議の声を上げた。
「……眠らせただけだ」
低い低いうめき声のような返事に、
「ならいいが……」
ゴルテオが舌打ち混じりに返す。あまり仲はよくないようだ。
「まあいい、さあ娘を渡せ。そうすれば男は解放する」
ゴルテオが腕を振り上げ響かせる声にアルフレートが前に出た。
「何の冗談だ?人質の交換は同時にやってもらう。こちらの指示通りに動くんだ」
アルフレートの高圧的な態度にゴルテオ、そしてハーネルの動きが止まる。そしてゴルテオは目をすっと細めた。
「……何の冗談だ?」
「冗談なんかじゃないさ。指示を出すのはこちらだと言ってるんだ。主導権はこちらにある」
それを聞いて笑い出したのは黒豹男のハーネルだった。
「おい、あんまり笑わせるなよ!お前らは娘に手は出せない。俺達は躊躇無くこの男を殺せる。取引に応じざるをえないのはそっちだぞ?」
「だからそれが間違いなんだよ。我々はその男がどうなろうと知ったこっちゃない。どうせ神殿で初めて会った年齢も知らないような間柄だ。ミーナをお前達に渡すぐらいならその男はくれてやる」
アルフレートの言う淡々としたオソロシイ台詞に、誰よりも慌てだしたのはサムだった。急にジタバタと体をくねらせるとさるぐつわの緩んだ隙間から悲鳴のような声を上げる。
「さ、サム・ヒューズ、に、二十六歳!にじゅうろくですよお!」
必死な様子に脅して悪いな、と思う半面「意外といってたんだな……」というどうでもいい感想を頭に浮かべてしまった。