冒険へ出掛けよう
出席予定の授業も終わり、わたしはミーティングに参加する為に階段へと走る。その時、
「リジア・ファウラー」
聞き覚えのある声に背筋が伸びる。曲がり角からやってきたのは眼鏡を光らせたコルネリウス教官だった。タイトスカートから伸びた足をきびきび動かしこちらに向かってくる。
「メンバー編成書も提出して、承認されたようですね。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
怒られているわけでもないのに緊張してしまう。今日は嫌な汗をよくかく日だ。
「彼のような学年でも期待のかかる生徒が入ったということは、貴方達にもそれなりの期待が寄せられるということです。これまでのような行いではいけないということですよ」
もう一度教官の眼鏡が光る。わたしは可笑しくもないのに笑顔で歪む顔で「はあ」と答えた。すると教官の目線がわたしの後ろへと動く。つられて振り返ると、黄緑色の髪の下に陰鬱とした表情を浮かべるディーナが歩いてくるところだった。
あの後、メンバーを見つけられたんだろうか。というか話し掛ける段階をクリア出来たのだろうか、と思っているとコルネリウス教官がディーナの名前を呼んだ。ディーナがはっと顔を上げる。
「貴方もパーティが決まってなかったわよね、ディーナ。どうしました?」
「あ、あのう、私……」
しばらくもじもじとしていたディーナだったが、答えにくそうに口を開く。
「私、『研究科』への試験を受けてみようと思って……」
それを聞いてわたしは正直、残念だな、と思っていた。特に仲が良いわけではないけど、彼女が普段の聞こえてくる会話では通常のクラス、つまりわたしと同じように冒険者を目指す道を希望していたことを知っていたからだ。
頑張ろうよ、という言葉をかけるもの白々しい気がする。それに全く運だけでパーティを組んでしまったわたしが言うもの気が引けた。そしてこのまま会話に参加してていいのだろうか、と教官を見ると、びっ!と指示棒が伸びるところを見てしまった。
「いいですか?」
きらりと光る眼鏡にわたしとディーナは飛び上がる。教官のこの仕草が出る時は怒っている時だ。
「貴方、進級前の面談では通常のソーサラークラスにそのまま残ることを希望していましたよね?もちろん研究科は六期生から用意される制度です。一年あるのだし、希望が変わる生徒もいるでしょう。しかし、貴方のその姿勢がよろしくない」
ぱし!と自らの手に指示棒を叩きつけるコルネリウス教官にディーナ、そしてわたしの姿勢も伸びる。
「前々から貴方が迷う素振りを少しでも見せていたなら、私も納得しましょう。でも貴方はつい先日まで冒険業に赴く希望を話し、旅の日々を夢見て未来を語っていましたよね?さあ、どういうことでしょう?それに、そのような姿勢で入ってくる生徒を研究に日々まい進する研究生達が受け入れてくれるでしょうか。彼らは彼らでエリートなんですよ?」
「あ、あの私……」
何故かディーナがわたしに救いを求める目を向けてくる。が、この教官に反論するなんて冗談じゃない。
「……貴方また諦めましたね?」
教官のすっと細めた目がディーナに突き刺さる。すると、
「ご、ごめんなさい!私無理です!男の子に話し掛けるなんて出来ません!」
顔を覆ってディーナが泣き出す。うわあ、うわあ……。
「よろしい!」
一際大きな声が響き渡り、わたしは再び飛び上がる。指示棒がディーナの顔に伸び、彼女も驚きで涙が引っ込んだようだった。
「よくぞ正直に不安の核を口にしました!貴方はいつも何が怖いのかも言わずに逃げているばかりでしたね、ディーナ。『男の子に話し掛けるのが怖い』よく分かります。年頃ですもの。でもね、長い人生を考えるとくっだらない!実にくだらない問題です!」
ここでこほん、と一つ咳払いするとコルネリウス教官はディーナの肩を叩く。
「私がディーナに言いたいのは、立ちはだかる問題を口にすること。問題を明確にして対処すること。何事もやってみてから、それで駄目なら諦めましょう。まずは人見知りの対処方法から考えていきましょうか」
この言葉を受けてこくりと頷くディーナに、わたしは思わず拍手する。が、鐘の音にはっとした。いかん、わたしはわたしでやる事をやらなければ。
わたしはこっそり一礼すると『男なんて怖くない!』という講義に移り変わりつつあるその場を後にした。
「さあ今日はこれを埋めていくわよ」
カフェテリアの片隅、昼時は過ぎた為生徒の数は少ないが、遅い昼食を取っている先輩の姿もある。その中、集まったわたし達にローザが掲げて見せたのはまたも一枚の用紙だった。
「何これ?」
わたしが聞くとローザは大きく頷いて見せる。
「個人のスキルを記入していくの。やりながらお互いに確認し合えるしね。これを教官に見せると、それに基づいたクエストを紹介してくれるわけ。まあ『演習』はどれも大したものは無いだろうから、とりあえず形だけって感じじゃないかしら」
説明を聞きながら記入用紙を見る。名前を書く欄と白い空白のマスが六人分ある。あとは教官のサインを記入する余白だけの簡単なものだ。
「じゃあ手始めにあたしから行くわよ」
そう言ってローザはぽん、と手を叩く。
「プリーストクラス所属なんだから当たり前だけど、専門は『神聖魔法』よ。大地母神フローからの慈悲を頂く形態ね。他の魔法もそれなりに基本は抑えてるけど、得意分野は治癒だとかそういうものだと思って頂戴」
追加で「さしずめ癒しの女神ってところかしら~」と言うとフロロが顔を歪める。
「何よ、その顔。あんたの擦り傷、どんだけ治してきたと思ってるのよ!……次、どうぞ」
ローザは隣りにいるイルヴァに手のひらを向けた。イルヴァがウォーハンマーを手に取り、立ち上がる。
「イルヴァはハンマーさんしか使えません。授業で一通りの武器を使いますけど、ソードもスピアもヘタクソです」
「……終わり?」
確認するローザにイルヴァは「あ、あと力持ちです」と拳を握ってみせた。
「じゃあ、次」
ローザの声に、
「私は何でも出来る」
「俺も何でも出来る」
と妖精二人が胸を張る。わたしとローザはわざとらしい程、大きく溜息をついた。
「何で一々突っ込まないと出来ないかな……あんた達のその細い腕でイルヴァのウォーハンマー振り回せるの!?」
「いいわよリジア……、じゃあ得意なことを教えてちょうだい」
ローザの言い直しにアルフレートは胸を張る。
「精霊魔法だ。なぜなら私は精霊を統べる者、エルフだからな」
そう答えてから「なんだ今の子供に聞くみたいな言い方は」と身を乗り出すが、隣りにいるフロロがそれを遮った。
「モロロ族っていうとどんな印象持ってるよ、にいちゃん?」
フロロに指差され、ヘクターは目を丸くすると飲んでいたカップをテーブルに置く。
「すばしっこくて器用だね。盗賊ギルドに行くと半分が君達だって話も聞いたことあるよ。シーフに成るために生まれた種族みたいだな」
「そういうこと!その中でもとびきり優秀なのが俺なんだな。……で、アンタは何をしてくれるんだい?」
フロロの言葉に話し手がヘクターへと移る。一度、腰に携えたソードの柄を触るとヘクターは口を開いた。
「イルヴァと似た感じかな。俺も剣の扱いには自信があるけど、他は駄目だ」
「一個自信があるって言えるものがあるなら十分じゃんよ」
フロロの意見には同感だ。わたしはというと、何を売りにすればいいのかな。皆の視線を集める中、言葉に詰まる。アルフレートが「校舎破壊だ」と言ったり、フロロが「デーモンとかオカルトめいた話しになると長いぜ」などとうるさい。するとヘクターがこちらに顔を向ける。
「受けてる授業でいいんじゃないかな。この紙に書くのも、そういうことだと思うよ」
そう言ってローザの持つ用紙を指差す。なるほど、そういうことなら、とわたしは頷いた。
「ローザちゃんみたいな神聖魔法は使えないけど、他の魔法なら一通り習ってるよ。専門は『古代語魔法』。あとは言語学とか地理学とか、そういう分野は得意かな」
ローザがぱちぱちと手を叩く。わたしはほっと息をついた。ヘクターの前で話すこともそうだけど、皆に改まって自己紹介するのも恥ずかしいものだな、と思う。
ローザは記入用紙を置き、ペンを握り締めてにっこり笑った。
「じゃあ!書いていくわよ!いよいよだわ~!演習クエストは『お使い』か『モンスターの巣の掃除』くらいだけど、ある程度選ばせてもらえるんですって~」
「なんだ、そんなものか。もっと大きな獲物を狙いたい。血沸き、肉踊るような……」
アルフレートのうっとり顔を押しのけてフロロが手を上げる。
「俺、あったかいところがいい~」
「イルヴァは海に行きたいです~」
一気に騒がしくなるメンバーをヘクターはにこにこと見ていた。わたしはその様子を眺め、何とも言えない安堵感に包まれるが、ふと思い出す。
……そういえば、ヘクターに『リーダーになってください』って肝心な部分を伝えてない気がするんだけど。いいのかな。
「……まあいいか」
わたしはそう呟く。微笑む彼の横顔を見ながら、今更逃げられても困るのだ、と拳を握り締めるのだった。