孤児院の噂【ギルド編】
神殿に戻ると先ほど駆けつけてくれた見張りの二人が待っていた。その間にいるのは見知った顔、フロロ。
「どうした?」
おっさんが聞くと見張りの一人がフロロを指差す。
「はい、見慣れない顔の者がいたので」
「それ、あたしの仲間よ」
ローザが手を挙げる。フロロがテンプルナイト二人を睨みつけた。
「だから言ったろ!」
ぷりぷりと怒るフロロにおっさんが頭を下げ謝る。
「すまない、時期が時期だから警戒するように言っているんだ。で、片付いたのか?」
「は、大した魔物ではなかったので直ぐに」
見張りの返事におっさんは少し考えるように間を置いた。
「そうか……、実は単なる夜盗とは思えん連中が町に潜伏している可能性がある。警戒を強めなきゃならんな」
おっさんがそう言って一人頷いているとローザが声を掛ける。
「あたし達は部屋で休ませてもらうわ。ありがとう、ガブリエル隊長」
「うむ、疲れを明日に残さんように!風呂に浸かれよ!」
おっさんの熱い返事を貰い、わたし達は神殿内に入る。未だ話し合いを続けるテンプルナイト三人の姿を振り返り、わたしは尋ねた。
「……ガブリエル隊長?」
「そ、神殿の護衛隊長さんよ」
ローザの返事はおっさん呼ばわりする事を反省してしまうものだった。隊長さんね……、王子様が来るとの事だし彼に余計な心配事を増やしてしまったかもしれない。そんな事を考えてながら神殿内の廊下を歩いていると、アルフレートがフロロに尋ねる声がする。
「どうだったんだ?」
盗賊ギルドに、町の孤児院について話しを聞きにいっていたはずのフロロは無言で頭を掻いている。廊下の角を曲がるとぽつりと呟いた。
「なんつーか、期待した話しは聞けなかったっていうのが正直なところ」
フロロの言いようにわたし達は顔を見合わせてしまう。フロロにはこちらも期待していた分、それじゃ困っちゃうんだけど。
部屋の前に来るとわたしは扉を開ける。飛び付いてきた影にわたしは慌てて足を踏ん張った。
「お帰りなさい!大丈夫だった?」
心配顔でわたしを見上げるミーナの頭を軽く撫でる。後ろにいるサイモンの目が少し潤んでいることに苦笑してしまった。
「ふーん、じゃあそっちもいくつか収穫はあったわけだ」
フロロが言うのは、わたし達が話した獣人達の話し。獣人二人の名前と彼らが言った『あのガキ』という台詞だ。偽名やコードネームでなければ巨体のワーウルフがゴルテオ、黒豹男の名前がハーネルのはずだ。まあ完全に裏社会で生きているであろうあの二人の名前が分かったところで、わたし達が会話の中で言いやすくなっただけなんだが。普段は商店でみかん売ってます、なんてことはあるわけがない。
あのガキ、とは確実にミーナのことだ。わたしがミーナを連れて逃げ出そうとした時、明らかにハーネルの様子が変わったからだ。それに加えて不思議なのが「今までになく本気で来ていた」というヘクターの話しだった。ヘクターとイルヴァ曰く、今までがほんの小手調べだったのだと思わせる程、明らかな殺意を持って来ていたらしい。
「アルフレートのサポート無かったら危なかった」
とヘクターはぽつり呟く。彼の様子に不安な空気が漂ってしまった。するとアルフレートがフロロを突く。「話せ」と言っているのだろう。
「ギルドで聞いて来た話しはさ、一言で言えばすこぶる評判が良い、って感じみたいだったね」
ベッドの上で胡座をかきながらフロロの言った台詞にわたしは目をぱちぱちとさせる。
「え、孤児院の話しでしょ?」
思わず聞き返すわたしにフロロは大きく頷いた。
「確かに数年前までは胡散臭い噂でいっぱいだったみたいなんだ。犯罪の臭いもするんでギルドの方でも潜り込んだりしてたみたいだよ」
盗賊ギルドはギルドに属さない者がもし、盗賊としての仕事の範疇に入る行為をすれば、厳しい制裁を行う。どこからが犯罪者でどこまでがシーフの仕事になるのか、わたしにはよく分からない。が、ギルドを敵に回した者がどうなるのかは何と無く分かる。よくて町から追放、普通は寝首に気をつけるはめになるはずだ。
「変ったきっかけが気になるな。ギルドと衝突するか、ギルドの奴が警備隊に垂れ込みでもしたのかね?」
アルフレートが聞くとフロロは首を振る。
「うんにゃ、経営者が代わったんで様子が丸きり変わったらしい。……とりあえずわかりやすいように順を追っていくか」
フロロはそう言うとコホン、と咳ばらいした。
「孤児院の始まりはなんと三十年以上も昔、子供のいない夫婦が身寄りの無い子供を引き取っていたのがどんどん膨らんでいったんだと。ここまでなら美談になるけどね、問題はその夫婦がえらい変わり者だったってことだ。悲劇の始まりってやつだーね」
真面目な話しだがフロロの語り口調が可笑しかったのか、サイモンが「ふふ」と笑いミーナに叩かれる。
「夫婦が引き取った子供は十人以上、それだけ子供が増えると面倒見きれるもんじゃない。順に生まれるならまだしも同じ年頃の幼子ばっかりだからね。それにただ単に家族を迎えるにしても異常な数だろ?町の人間にも怪訝な目でみるのが増えてきたらしい」
フロロの言葉にミーナが首を傾げた。
「十人でしょう?マザーターニアはもっと多い人数を面倒見てるわよ?」
「子供を迎え入れる体勢整えてマザーターニアみたいな人格者が『孤児院』の看板掲げてりゃ、別に問題ないさ。これは話しが別、さっき言ったろ?変わり者夫婦だったって」
フロロはそう答えるとにやりと笑った。
「ろくに面倒見ずに周りに迷惑かけまくりとか?」
ローザが聞くもフロロはまた首を振る。
「それが逆さ。幼子がたくさんいる家とは思えない程静まり返っていて、子供達が姿を見せたと思えば生気の無いような顔をしていたんだと」 「……マザーターニアの話しと被るな」
ヘクターが呟く。
「俺もそう思った。まあ、マザーターニアが聞いたのはもうちょっと後の様子になるけどね。……で、そういう普通じゃない様子に周りの住民も放っておけなくなるんだな。子供達を助けたいっていうのが一番だろうけど、ここまでこの夫婦が目をつけられるのには理由があった。何だと思うよ?」
フロロが皆を見回すとイルヴァが彼の頬を抓る。
「勿体振るおチビですねー」
「いてて!我慢の無い奴だな……」
フロロはぶつぶつ言いながら頬を摩った。そして急に真顔に戻ると指を立てる。
「その夫婦には前々から、邪教徒なんじゃないかって噂があったのさ」
暫し沈黙が部屋を覆う。邪教徒、といってもサイヴァとは限らないが繋がりが見えてきた予感に、わたしはぞくりとした腕を撫でると「そりゃ目付けられるわ」と呟いていた。フロロも大きく頷く。
「別にこの町だって住民全てがフロー信仰なわけじゃない。フロー信者以外は迫害受けるような偏った所なら話しは別だけどね。でもそうじゃないんだ。ってことはやっぱりおかしな空気があったんだろう、この夫婦に」
えへん、と咳ばらい一つフロロは話しを続ける。
「でも不思議な事に、ある日を境に子供の人数が減っている。残りは目撃された情報を整理すると八人。一番多いときは十七人にまで膨れ上がってたそうだから半分以下になったわけだ。理由はギルドの人間も分からないらしい。想像だけど『近所の住民が連れ出したんだじゃないか』ってことだ」
「その位の時代ってまだ、革命後の混乱を引き摺ってたわよね。警備団だとか公的なものを頼るより自分達で動いちゃおうって意識があったんじゃない?」
ローザの意見に皆、頷いた。でもやっぱり半分は残っちゃったわけだ。昔の話しだと分かっていても、その残された子供達の方が心配になってしまう。
「で、流石に周りの目が厳しいことに気付いたのか夫婦の家が正式に『孤児院』を名乗るようになる。これが今から二十五年前、経営者もこの夫婦でなく養子の手続きを取った子供に代替わりしてる。この孤児院がマザーターニアが言ってたものだね」
「評判の良くない孤児院ね。でもそうなると随分持ちこたえたんじゃない?ミーナの歳を考えれば二十年近くは存続したんでしょ?」
わたしはミーナを見つつ尋ねる。ミーナが今九歳、マザーターニアがミーナと出会ったのが六、七年前ぐらいか。
「そういう事になるね。でも孤児院の豹変はミーナがフェンズリーに行ってからすぐみたい。また経営者が代わって、これが現在の孤児院だね。前と違って子供達の様子も明るい。囁かれる噂は消え去り、住民の心配も無くなったわけだ。建物も見てきたけど綺麗な屋敷、って感じだったよ」
ふうん、とわたしは頷く。どんどん実態を隠すのが上手くなってきているだけなんじゃないだろうか。わたしの正直な感想なこんなものだった。
「他に分かったことは?」
ヘクターが尋ねるとフロロは肩を竦める。
「余計な金が掛かりそうなんで聞かなかった。……怒るなよ!ここまでの情報、タダで聞いてきた方がすごいんだぜ!?」
威張られてもケチ臭いことしたのには変わりないじゃないか。わたしは無言でフロロを睨みつけた。
「まあフロロにだけ負担させてもしょうがない。こっからは我々で動こうじゃないか」
珍しくアルフレートがフロロを庇う。暫し考えるように天井に目を向けていたが、ぱっとわたしを見た。
「明日、孤児院に行くぞ」
「え、わたし?」
驚いて声を上げるわたしにアルフレートは頷く。ローザがわたしとアルフレートの顔を見た。
「二人だけで行くの?」
「ぞろぞろ行って怪しまれないとでも思うか?それに神殿から離れない方が良いんだろう?」
アルフレートはローザの問いに無表情のまま答えるとミーナを指差した。確かにミーナは神殿から出ない方が良いだろうし、そうなると部外者だけになるよりはローザも残った方が良い。皆で揃って行動することもないか……。でもなんでわたし?顔に出ていたのかアルフレートがにやにや笑う。
「お前、明日は私に敬語使えよ」
「な、なんでよー!」
謎の台詞を残したまま、アルフレートは部屋を出て行ってしまう。そうなるともう話し合いは終わり、という空気になってしまった。
「じゃあ、とりあえず今日はここまでだね」
ヘクターも立ち上がるとサイモンを手招きする。サイモンは目をこすりながら扉に向かって行った。
「はあ、じゃあ休みましょうか」
ローザは溜息をつくと、そのままベッドに潜り込もうとしていたフロロの襟足を掴み、表に連れて行く。
「アンタはあっちでしょ。ずうずうしい」
ローザに運ばれながら去って行くフロロの「ナーゴ」という猫撫で声が、閉まる直前の扉から小さく聞こえてきた。