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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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傀儡の雨

「あれ?フロロ、もういいの?」

 わたしは半分程、料理を片付けたテーブルを前に、いそいそと椅子を立つフロロに声をかけた。

「良い具合に夜も更けてきたことだし、盗賊ギルドに顔出してくる。孤児院の情報集めてくるから遅くなるだろうね。先に休んでてくれよ」

 そう言うと足音なく部屋を出て行く。この町にもギルドはあるのか。無い町なんて存在しないんだろうけど、やっぱりこの町と盗賊ギルドって似合わないなあ。

 わたしは彼に「気をつけて」と言いそびれた事をぼんやり考えながら、閉められたドアを見ていた。

「あのオオカミさん達はまた来ますかねー?」

 イルヴァが言うのは道中襲撃してきた獣人達の事だろう。

「どうだろう……麓の宿でレオン達の方に現れたのに、こっちには何も無かったって事はやっぱりあの二人が目的なのかもね」

 わたしは皿に残った最後のトマトを口にほうり込みながら答える。結局、馬車が似ているから巻き込まれたのではないか。中にいるのも『金髪の子供』という要素の被りがある。そう答えたはいいが、わたしは自分でもあまりすっきりとはしていなかった。




「ねー、ヘクター兄ちゃん……」

「わかったわかった」

 神殿に帰る途中、サイモンがねだるようにヘクターの腕を引っ張る。

「何の話し?」

 ローザの問いにわたしは苦笑した。

「剣技を教えて欲しいんですって」

「イルヴァも協力しましょうか?」

 イルヴァの発言にわたしとローザは無言で首を傾げる。イルヴァだとなんつーか、手加減しなさそうで不安が残るんだよな。

 ふとミーナが空を見上げている姿に気が付いた。

「……あらら、曇ってきてるのね」

 わたしは雲の合間から見え隠れしている月を見て声にする。

「なんか、変じゃない?」

 ミーナが呟いた。そう言われて改めて暗い夜空に視線を移すものの、綿を引き伸ばしたような雲が流れる様子しか伺えない。

「何が……」

 聞き終わる前にアルフレートに肩を叩かれる。

「走れ」

「え、ちょっと……」

 わたしは説明を求める手を引っ込める。背中をひやりと何かが走った。アルフレートの口からこぼれる呪文の詠唱が耳に入って来たからだ。

「ミーナ!」

 わたしはミーナの手を掴むと走り出す。「な、何よー!?」と叫ぶローザ。何か感じとったのかイルヴァ、ヘクターもサイモンの腕を取り走り出した。

 ぼとり、重い落下音にわたしは後ろに目を向ける。無人の夜道に何かいる。粘土で適当に作ったような出来損ないの灰色の人形のようなものが奇妙な動きを見せていた。骨折した体を無理矢理引きずるような、背筋が寒くなる不気味な動き。ぼとり、ぼとりと連続で聞こえる嫌な音にわたしは空を見上げる。

「あ……」

 思わず声が漏れてしまった。頭上に広がるのは雲一つ無い満天の星空。その意味を朧げながら理解出来たところで、わたしは後ろを見る。

 少し後ろの通りを覆う薄雲から無数に落ちて来る灰色の人形達は、案の定わたし達に向かって醜い手足を伸ばしてきていた。

「教会まで走るぞ!」

 先頭を行くヘクターの声に全員が頷いた時だった。先の角からゆっくりと現れた影に心臓が止まりそうになる。

「また、相手してもらうぜ」

 そう言って笑った……ように見える顔をしたのはあの黒豹男。腰から金色のロングソードを引き抜くひゅるりという音が響いた。

「……ま、今日で最後だけどな」

 嫌な台詞と共に黒豹男の体が跳ねる。ヘクターがサイモンを突き飛ばした。鋼のぶつかる耳障りな音がする。黒豹男の一打を受け止めながらヘクターが叫んだ。

「イルヴァ!」

 風が吹き抜けていった感覚がした後、ガキン!という鈍い音。

「任せてくださーい」

 イルヴァがウォーハンマーを掲げ、柄の部分で受け止めていたのは黒いシミターだった。

「良い反応するな」

 大柄のワーウルフはイルヴァを見て目を細める。

 まいったまいった、などと言いたくなる状況にわたしは汗ばんだグローブを握りしめた。再び聞こえる剣の交差する音に、わたしはミーナの手を掴むと叫ぶ。

「ローザちゃん!サイモン!教会に走るわよ!」

 わたしの声にぴくりと体を振るわせたのは獣人達だった。

「させるか!」

 こちらへ踏み出す黒豹男の足下に光の矢が刺さる。アルフレートがにやりと笑った。

「早く行け」

 脇道を指差すアルフレートにわたしは頷くと、ミーナの手を掴みながら走り出した。わたし達がやるべきことはミーナを守ること。それに、このままだとヘクター達にも余計な気を使わせてしまうだけだ。わたしは聞こえ続ける鋼の交差する音には振り向かないように走り続けた。




「あああ、あいつら!け、結局!私が目的だったの!?」

 わたしの横を走りながら叫ぶミーナに首を振りつつ答える。

「わわわかんない、けどそうみたいね!」

「兄ちゃん達、大丈夫なの?」

 泣きそうな声を上げるのはサイモンだ。

「良いから、今は教会に走るのよ!」

 ローザは怒鳴ると「次、右!」と指をさす。地の利がある人が一緒で良かった。

「ミーナ!獣人の目的がミーナだろうと『私がいなくなれば』とか考えちゃ駄目よ!?」

 ローザのズレた心配にずっこけそうになるが、

「ごごごめん、全然考えてなかった!」

 ミーナの返事に安心する。良い子じゃないか。

「ひっ!」

 ミーナが悲鳴をあげる。小さい路地、目の前に立ちはだかったのはあの灰色の不気味な人形。フロロよりは大きいが妙に小さいサイズがまた不気味。のたりのたりと体を揺らしながらゆっくりとした動きでこちらに向かってくる。その数三体。このくらいならイケるかもしれない、そう考えてわたしは呪文を唱え始めた。が、わたしが完成させるより早く隣から力ある言葉が放たれる。

「サンライトアロー!」

 ローザの呪文によって出現した光の矢がシャワーのように人形に襲い掛かる。花火のようなジリジリという音を立て突き刺さった矢に、次々と倒れていった。

「リジアはこんな町中で魔法使わないで!」

 再び走り出しながら叫んだローザにわたしはむっとする。

「こ、こんな状況でもソレ言うの!?」

 わたしは走る横に見える、立ち並ぶ住居がファイアーボールで大破する想像をしながら、抗議の声を通りに響かせた。




 バタン!とドアが閉まる。速攻でその場に崩れるわたし、ローザ、ミーナにサイモン。神殿の裏口から入ったのは炊事場なのだろう。釜や水場といった台所の一揃えが広い範囲に広がっていて、暗い中に野菜の山も見える。ひんやりする床に頬を付けたくなるがあまり綺麗ではないだろう。ゆっくりと立ち上がった。

「ど、どうされたんです?」

 おずおずと声を掛けてきたのは若い僧侶。使用済みの皿を積み上げたものを両手で抱えていた。

「し、至急、戦闘の心得のある人をお願い。夜盗が出たわ」

 ローザが息を整えるように深い息を吐きながら言うと、僧侶は目を丸くする。

「え、え、夜盗って、アズナヴールさん……」

「ローザってお呼び!」

 きっ、と睨みつけるローザが格好良くないのはオカマだからか。そうなのか。それでも若い僧侶は「ひ!」と小さく悲鳴を上げると慌てて奥に走って行く。

「ミーナ達も奥へ。部屋に戻ってなさい」

 わたしが言うと二人は不安げにこちらを見た。

「リジア達は……?」

「さっきの所に戻るわ」

 ミーナが何か言いた気にわたしを見ていると、奥からがしゃんがしゃんと重そうな音が近付いて来る。

「夜盗が出たとは本当か!」

 やって来たのは光り輝くフルプレートアーマーに身を包んだ年配の男性。顎の形に体格の良さが現れている。テンプルナイトってやつだろうか。聖騎士ってなんでこういう時代錯誤な装備が多いのかしら、という感想は言わないでおく。

「本当よ。今あたしの仲間が戦ってる。すぐに来て!」

 ローザが言うと聖騎士は大きく頷いた。

「ここをフローのお膝元と知っての狼藉か!すぐに討伐に向かおう!」

 強くソードの柄を握りしめる聖騎士を見て「また変なキャラが出て来ちゃったな」と思ったりする。

「この子達をお願い」

 わたしは若い僧侶にミーナとサイモンを指し示すと扉に手を掛けた。とりあえず子供達を匿えたという事に妙に肩の力が抜ける。

「気をつけてね!」

 ミーナの声を受けながら、わたしは再び星空の元へと出る。中庭を抜け、薄い木の勝手口から神殿の外へ戻ると、

「な……」

わたしとローザは同時に呻いてしまった。聖騎士のおっさんが叫ぶ。

「な、なんだこいつらは!」

 神殿を取り囲むようにいたのはあの灰色の人形。叫び声に反応したのか、こちらに向かって来た。

「貴様ら!今宵が最後の悪あがきと思え!」

 おっさんの余計な口上に引きつつも、任せることにする。

「せい!」

おっさんの剣の振るいに一番近くにいた人形が倒れる。素早い動きで指笛を鳴らすと、また剣を構えた。

「今、見回りが来る!」

 その言葉の通り、しばらくすると同じように重い鎧姿のテンプルナイトが二人程こちらに向かってくる。その間にもおっさんは剣を振るい続けている。人形達が見た目とは裏腹に大したことは無いのもあるが、流石は神殿のテンプルナイトといったところか。面白いように倒れて行く人形達は、やがて地面に溶けるように消えていく。

「な、何だこいつらは!」

 駆け付けた見張りの戦士も同じように驚きの声を上げた。

「ここを頼む!町に被害を出すなよ!」

「はっ!」

 おっさんの命令に二人の見張りは勇ましい返事で答える。おっさんは偉い人だったらしい。

「こっちよ!」

 ローザが通りを指差し、わたし達は夜の町を駆け出した。

「神殿の方は大丈夫なんですか!?」

 わたしが走りながら尋ねるとおっさんは首を振る。

「……神殿には結界がある」

 何と無く言いにくそうなのは神殿だけが特別に保護の力を受けているからだろうか。

「それよりあの気味の悪いのは何だ!?」

「知りません!」

 おっさんの問いに叫び返すわたし。半分は嘘になる。あれが何なのかなんてわたしにも分からないが、出現した経緯は分かる。あの獣人達の仲間、ミーナを狙う集団の奴らがやったに違いないのだが……。始めに雲が出現した場所、アルフレート達と分かれてから路地裏で遭遇した場所、そして神殿裏。そんな広範囲に渡る呪文を使うってどんな相手なのよ。今更ながらわたしは背筋が寒くなる。皆は無事なんだろうか……。

 焦りから足が早くなったのか、

「ま、待ってくれえ!慌てるでない!」

おっさんが遅れ気味な事に気が付かなかった。そりゃあんな重鎧姿だったら、わたし達と同じペースで走れるわけない。ローザが舌打ち混じりに振り返った時だった。

「あ、あそこか!」

 おっさんが猛烈な勢いでスピードを上げる。闘牛かと思うような凄まじいさにわたしは思わず脇に避けてしまった。

「うおおおおお!」

 唸り声と共におっさんが突っ込んでいく先、わたしは目を移した所で息を飲む。誰か膝をついている。その前には黒いシミターを振り上げたワーウルフの姿。膝をつく人物がイルヴァだと分かったところで、ワーウルフの方も雄叫びをあげるおっさんに気が付き、飛び退いた。

 と、そこへ光の一線が走った。どすり、という鈍い音とワーウルフのうめき声。肩から光の矢が刺さっている。通りの先、アルフレートがマナの粒子を残り香のように漂わせながら手を突き出す姿があった。

「くそ……」

 ワーウルフは肩を押さえつつ民家の壁に飛び乗る。見た目からは想像できない軽い身のこなしだ。

「貴様ら!何やっとるか!」

 外見から獣人達を敵と判断したのかおっさんが叫ぶも、ワーウルフはシカトしたまま声を張り上げた。

「退くぞ!」

 アルフレートより更に先にいた黒豹男の肩が震えるのが見える。それを見逃さずヘクターがロングソードを振るうが軽く避けられてしまった。

「マジかよ、ゴルテオ!あの『ガキ』はどうすんだよ!」

「ハーネル!」

 ワーウルフの一際大きな怒声にわたしまでびくりとなってしまった。その隙をつかれたのか、ワーウルフは壁の上を器用に走って行ってしまう。

「……ちっ」

 黒豹男もその後を追って行こうとする。

「フレイムランス!」

 わたしの放った魔法の槍が、熱波をまき散らしながら獣人達の背中に向かって行った。が、

「く……」

ワーウルフは怪我を負ったはずの右肩を回し、シミターを振るうとそれを叩き落とす。あっと言う間に小さくなっていく影にヘクターが走り出そうとするのをアルフレートが止めた。

「無理するな」

 その言葉にヘクターの肩の力が抜けるのが分かった。目を瞑り、はーっと息を吐くとその場に座り込んでしまう。

「大丈夫!?」

 わたしは慌てて駆け寄る。すごい汗だ。冷え込んだ外気に似つかわしくない額に張り付く髪。そういやわたしも走りっ放しで汗だくだった。こんな冷え込んだ夜だというのに。わたしの場合は冷や汗も含まれるのだが。

「大丈夫、疲れただけだから」

 眉間に皺寄せ、ヘクターはもう一度大きく息をついた。わたしはほっとすると後ろを振り向く。

「深い傷は無いみたいだな」

 イルヴァの元にしゃがみ込み、おっさんが様子を診ている。イルヴァもすごい汗だ。顔は無表情だが息が荒い。

「逃げられちゃいました」

 残念そうに呟くが、まずまず元気そうで良かった。

「あんたは?大丈夫……そうね」

 ローザがアルフレートに近付きながら言うと「私だって疲れた」というむっとした返事がされる。その時、ぴーぴーという澄んだ音が通りに響いて来た。

「片付いたみたいだな」

 おっさんが立ち上がる。神殿の方の見張りが発した指笛の音だったようだ。

「戻りながら話しを聞こう」

 おっさんの言葉にわたし達は立ち上がり、ゆっくりと頷いた。




「姿を見たのはあの獣人二人だけ、と?」

 夜道を歩きながらのおっさんの問いに、ヘクターが頷く。

「あのような魔法生物を生み出す魔術師には見えなかったが。ということは三人以上いる集団の可能性の方が高いな。どうせ人が集まるこの時期を狙った姑息な夜盗だとは思うが……」

 思うが?と聞きたくなる少し意味深な沈黙の後、うんうんと頷くおっさんにわたしはどの程度まで説明するか迷う。が、ローザが黙っている事だし、余計な話しはしないでおこう。下手にこっちの事情を説明すれば、警備上ミーナを神殿に置いておけない、など言われしまう可能性もある。

 神殿まで歩きながらイルヴァがしげしげと自分の体を見ていた。肩口の傷跡も無くなっている。ということは、このおっさんはかなり高レベルの神官ってことだ。この人こそ魔法使うようには見えないんだけどな。

 ぽつり、と頬に当たる感触にわたしは空を見上げる。今度こそ正真正銘、本物の雲が空を覆っていた。いつの間に、とわたしはぼんやり思う。

「降ってきたな」

 おっさんの呟き通り、次第に雨粒が民家の屋根を打つ音がし始めた。示し合わせるかのように自然とわたし達は駆け出していた。

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