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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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祈りの地ラグディス

 巡拝と鍛練の町、祈りと癒しの町ラグディス。その様子はわたしが思い描いていた通りだったと言っていい。町の中にまで漂う霧が、茶の道と白で統一された建物とのコントラストを柔和なものにしている。歩く人の多くは白のローブを着た巡拝者。ちらほらと見える町人らしき人々もどこか神秘的に見える、と言ったら雰囲気に飲まれ過ぎだろうか。

「ありがとう、中々楽しかった」

 馬車を下りた所でレオンから差し出された手をわたしは握る。わたしと変わらない小さな手に、彼が子供だということを漸く思い出した。

「では、また」

 ウーラが馬の手綱を握りながら頭を下げた。

「ええ、『また』ね」

 わたしは手を上げて答える。認定式までこの町に留まるなら、また会う事になるに違いない。二人の姿を見送りながら灰色の空を見ていると、後ろから背中を突かれた。振り返るとアメジスト色の瞳がこちらを覗き込んでいる。

「あのー……」

「ご飯、でしょ?」

 口を開きかけたイルヴァにわたしが言うと、こくこくと頷いた。

「おーっす、おつかれー」

 ミーナと手を繋いだフロロがこちらに手を上げる。

「馬車は?」

 ローザが尋ねると町の入り口方向を指差した。

「預かってもらってる。どうせ邪魔だろ?」

 フロロの言う通りしばらくこの町に留まるなら、馬車は預かってもらえた方が良いだろう。

「……どうだった?」

 ヘクターの声にわたしは彼の顔を見る。

「わたしにはあんまり収穫は無かったかなあ。話しの大半が分からなかったし。ローザちゃんは?」

 わたしが聞くとローザは肩を竦める。

「それも含めてまずはゆっくり話したいわね。……何処か入りましょ」

 そう言って通りを指差す。

「ほら、行くぞ」

 アルフレートが口を開けっ放しで町を見渡すサイモンの背中を叩いた。サイモンは慌てて歩き出す。

「何でもっと突っ込んで聞かなかったんだ?」

 アルフレートが言うとローザは首を振った。

「話しを聞いてるうちに、ちょっとね。あたしも『何に狙われてるのか』とか突っ込む気満々だったんだけど」

「知り合いだったんで尻込みした?」

 フロロが呆れた声を上げる。つーか、やっぱこの二人、聞き耳立ててたわけだ。

「それも含めて話すわよ。……ここでいい?」

 ローザが指し示すのは一軒のレストラン。表にもテーブルを置いているようなカフェに近い雰囲気だ。しかし表席にはお客はいない。オープンテラスが似合う町並みではないからかな。

「良い匂いしますよー」

 鼻を動かすイルヴァの頭をローザが叩く。

「お行儀悪いことしない。さ、入って」

 ぞろぞろと入ると中はまずまずお客が入っていた。厨房らしき所から恰幅の良いおじさんが顔を出し、目を丸くする。

「……こいつは驚いた。アズナヴールのお坊ちゃんじゃねえか」

「『お嬢様』よ。……部屋、空いてる?」

 知り合いらしくローザがおじさんと話し出す。おじさんはお腹を摩りながら奥にある階段を指差した。

「空いてるぜ。もしかして認定式に来たのか?これで何代目の神官の誕生になるんだい?あんたの家は」

 ローザはちらりとわたし達の方を見ると階段を指す。『先に行ってろ』ということだろう。話しを続ける店主とローザの横を通り、店の二階へと上がる事にした。

「ここでいいのかな?」

 フロロが階段上がって直ぐの扉を指差す。隣にも扉はあるが、そちらは明らかに倉庫の気配だ。

「良いんじゃない?……ああ、やっぱりここだ」

 開け放たれた扉の中を覗いて、わたしは少し胸が高鳴る。真っ白の壁に簡素な飾り付け。大きな円卓がある他は窓も無い。何だか『密談』という雰囲気がする部屋だ。自分も物語の中の登場人物になって秘密の話し合いをするような、そんな気分になる。学園長も利用しているということは、この部屋で色々な悪巧み……じゃなかった。話し合いをしたりしているんだろうか。

 席に着いてメニューを開いていると、ローザが入って来た。

「あ、何かあたしのお祝いで料理出してくれるらしいから、メニュー選ばないでいいわよ」

 これは又してもご馳走の予感。一瞬、何のお祝いだっけ?と聞きそうになってしまった事は黙っておく事にする。

「結局、認定式まで何日有るんだ?」

 アルフレートの問いにローザがグラスを置きながら答える。

「あと三日ね。早く着き過ぎたかもしれないわ。あたしが一番乗りかも」

「って事は例の数字は『5』のはずだな」

 フロロが言った言葉に皆、少し表情が硬くなった。

「……数字が続いていれば、ね」

 わたしの呟きにローザが首を傾げる。

「どういうこと?」

「ハンナさんがいなくなっちゃったからよ。数字が0になったら何か起きるんじゃないか、って皆思ってたわけでしょ?その裏を突かれたのかもしれない。……後でデイビス達に連絡取らなきゃ、まだ何とも言えないけど」

 わたしは自分に言い聞かすように口篭った。 「ところで神官候補ってどのくらいいるの?」

 わたしが聞くとローザは少し考えるような素振りを見せる。

「……多分五、六人ってところじゃない?」

「あ、そんなもんなんだ?」

 ヘクターの驚いた声にわたしも同調する。学校の卒業式みたいな雰囲気を想像していたので、もっとぞろぞろといるイメージだったのだ。

「司祭候補はいっぱいいるわよ。推薦も要らないし、年数経ってれば自動的に上がれる位だから」

 ローザが再びグラスに手を伸ばした時、扉がノックされる。続けて扉が開かれると、大きなお皿を両手に抱えた店主が入って来た。

「さあさあ、遠慮無く腹一杯食べてってくれ。後であの大神官様に告げ口されちゃ敵わないからな」

「言わないわよ」

 からからと笑う店主をローザが呆れたように睨みつける。

「……大神官様?」

 小声で耳打ちしてくるヘクターにわたしは頷く。

「学園長のこと」

 わたしは自分で答えながら『すごい人なんだな』とあらためてキラキラとする学園長の顔を思い出していた。

「しかしまた随分なご一行様だな」

 店主のおじさんは大皿にでん!と乗った肉の塊を切りながらわたし達の顔見回し、ミーナとサイモンを見る。

「この子達はちょっと預かる事になってるの。勉強の為に連れて来たのよ」

 ローザが聞かれる前に説明すると、店主は目を細めた。

「……ふうん、あんたら親子はやっぱり似てるな」

 何だかとっても意味深な言葉。早くも訳ありだと見破ったようだ。学園長と付き合いが長いのかもしれない。

「それじゃ、ごゆっくり」

 そう言って店主が消えるとローザはふう、と息をつく。

「じゃあレオンの話しに入りましょうか。あたしがひっかかったのは二つ」

 ローザはそう言うと左手で二本の指を上げた。

「やたら教会内部の話しを聞きたがってたのよ。始めは緊張からなるべく情報を集めておこう、っていう……受験生みたいな感覚?そういう感じなのかな、って思ってたんだけど」

「違ったと?」

 アルフレートの問いにローザは大きく頷いた。ミーナとサイモンが目の前の料理に口を付けていいものか迷う様子をしている事に気が付く。わたしは手で食べるように促した。

「質問がえぐいのよ……。それこそあの年頃の子が気にすることじゃないようなことばっかりで」

「もー何が言いたいんですか?」

 ローザの鈍い口調に痺れを切らしたのはイルヴァ。ローザは少し言いにくそうにテーブルに目を落とした後、口を開いた。

「結構危険な人間かもしれない、って事よ。レオンも、ウーラもね」

 一瞬、部屋が静まり返る。何となく思っていたことを口に出された感があった。

「例えばどんな事を聞かれたんだ?」

 訝しい気にヘクターが尋ねる。

「『現法王を抜かしたらどの一派が一番力があるんだ?』とか、あの歳の子が聞くと思う?」

 ローザの答えにヘクターはうっ、と言葉を詰まらせた。そんな事聞いてたんだ。ぼーっとしてないでちゃんと聞いていれば良かった……。

「他に強烈なのだけ上げていくけど『神官候補に挙がるのは結局世襲制なのか』とか『神の前では皆平等、とは言っているが王族が来たらどうせ扱いは別なんだろう』とか言ってたわね……。あたしに悪意は無いから気にしないで欲しい、って謝ってはいたけど」

「将来有望なお坊ちゃんじゃないか」

 感心気なアルフレートにローザは呆れた顔だ。

「だけどやっぱり不気味だったわよ。たぶん予想だけど、その中でいくつか本当に答えが聞きたい質問があったのよ。それをごまかす為にインパクトの強い質問を重ねてたんだと思う。かなり頭回るわよ」

「神殿内部の話しが多かったみたいだけど?」

 フロロがローストビーフを器用に切り分けながら意味深な笑みを見せる。

「やっぱり聞いてたの?まあ、あたしがひっかかった二つ目もそこなんだけど」

「内部の様子を探るって、騒動起こす気でもあるのかな?」

 わたしが言うとローザは首を捻った。

「それもあるけど……、あたしが気になったのは『親に聞いてこなかったのかしら』ってことなのよ。あの年頃で司祭の認定受ける子なんて、ほとんどがうちみたいに親の代から信仰してる家庭の子なわけ。神殿の様子だとか注意しなきゃいけない事なんて親に聞いてくればいい話しじゃない?だからそれとなく家庭の話しに持って行ったのよ」

「何だっけ、オルレインさんだっけ?」

 わたしの呟きをローザが苦々しく訂正する。

「『オルグレン』さんよ。別に家柄に関しては隠すような感じは無かったわ。すんなり名前も出したし、あたしが知っていたんで驚いてる……っていうより戸惑ってる風ではあったけど」

 わたしは急に膜を張ってしまったレオンを思い出していた。あれは確かに困惑の色の方が強かったかもしれない。

「でも、あたし思い出しちゃったのよ」

 ローザはそう言うと注目を浴びるように話しを止め、再び口を開く。

「オルグレン夫妻って、二人とも黒髪なのよ」

 一瞬室内が静まり返る。全員の頭にレオンの姿が浮かんでいたに違いない。すなわち、彼の綺麗に整ったウェーブかかった金髪を。

「……いや、でもまさかあの子供が『詐欺』とかそういうことは」

 ヘクターが苦笑した。

「あたしだってそう思うわよ。シェイルノース地方の旧貴族騙るうま味もわからないし。でもこれまでの事であの二人組には怪しい空気はあったわけだから、何だか警戒しちゃって」

 頬に手を当て溜息をつくローザにわたしは手を振った。

「いやいや、でも髪色が違うくらい……、隔世遺伝とかあるし……確率は低そうだけど。それに養子って可能性だって……」

 わたしはそこまで言って、はたと動きが止まる。

『養子!』

 わたしとローザの声が重なった。

「……点が線で結ばれつつあるじゃないか、面白い」

 アルフレートが満足そうにニヤリと笑い、グラスの中身をぐいっと飲み干した。

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