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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第四話 ラグディスに眠る八つ足女王
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オルグレン家

 ふわふわのベッドに身を沈めると、お風呂で火照った体を冷やすように窓からの風を受ける。

「ねえリジア」

 すでに布団を被っていたローザがこちらにくるりと体を向けてきた。

「んー、どした?」

 わたしは頭に巻いていたタオルを解きながら答える。

「ミーナ、ラグディスに行きたくないようなこと言ってた?」

 ローザの言葉にわたしは驚いて彼女を見た後、イルヴァと一緒にダブルベッドで寝息を立てているミーナを見た。ローザは時々こんな風に勘の鋭いところを見せる。

「……何か、マザーターニアの話しを聞いてたらしくて。もしかしたら本当の両親がラグディスにいたりするかも、って思っちゃったみたいよ。ほら、もしかしたら連れ去られてきた子供かもって話しがあったでしょう」

 ローザは黙ってわたしの話しを聞いている。わたしは話しを続けた。

「もしミーナが故意による捨て子だった場合でも両親は生きてる可能性が高いわけだけど、やっぱり両親と離れることになった理由によって随分気持ちが違うもんなんじゃないかな。……せっかく良いお父さんお母さんが出来て幸せだったのに、本当の両親も自分の事を探してたとしたらって考えて混乱しちゃったんだと思うよ」

「なる程ね……」

 ローザはふ、と目を伏せた。

「あたしね、今回ミーナを連れて来たこと自体が間違ってたんじゃないかって思い始めてたのよ」

 ローザの言葉にわたしは頷くべきか迷う。責任は感じないで欲しいな、と思いながら今度はわたしが黙って話しを聞く。

「連れ出した方が危険だったかもしれないと思って。ウェリスペルトの中の小さな集団が相手だと頭のどこかで考えてたのかも知れないわ。『とりあえず一緒に町を離れましょう』なんて言っちゃったけど、ハンナさんはいなくなるしあのまま屋敷にいた方が良かったのかもしれない。そんな風に思ってたのよ」

「思って『た』?」

 わたしが思わず聞き返すとローザはこくん、と頷いた。

「ラグディスに行けば、全てが紐とけるんじゃないかと思うの。何か見えない糸で繋がっているような感覚があるのよ」

 強い意思を感じる蒼い瞳に、何かフローから啓示でも授かったのかな、と考える。

「わたしもどの道、何か危険が遠ざかる結果にならないとラグディスからは帰れないな、と思ってたとこ」

 わたしは言いながら今回の旅を考えていた。生憎わたしにはローザのような勘は働いたりしていなかったが、気持ち良く旅の帰途に着きたかった。せめて敵の正体でも掴めればいいんだけど。

「……ねえ、ローザちゃんは誰がハンナさんを連れ去ったんだと思う?」

「誰って、ミーナを狙ってる集団の一味でしょ?」

「でもそうなるとかなり大きな集団よね。わたし達の方にも現れて……あの獣人達ね?ウェリスペルトの方にも連絡を取る仲間がいるんだから」

「確かにそうなるわね」

 ローザは深く頷いた。わたしの手を取ると真剣な顔になる。

「規模が大きな気配が見えたら学園に連絡入れた方がいいわね。もしかしたらあたし達に手を引くよう言ってくるかもしれないけど、協力者を送ってくれるような配慮も期待出来るし」

 その言葉にわたしはくすぐったくなる。ローザもわたしが今回の出来事に固執していると誤解しているのかもしれない。

「ねえローザちゃん……」

 わたしが言葉を続けようとした時だった。ガシャン!と硝子の割れる音がする。わたしは弾かれたようにベッドから起き上がった。

「な、何!?」

 部屋の窓を見てから思い直す。ここの窓は開きっ放しだ。それに音の大きさからしてここではない。もっと……遠くの音だった。窓から身を乗り出してみるとバルコニーにフロロとヘクターがいるのが確認出来る。わたしは振り返りローザと顔を合わせる。二人してバルコニーに駆けて出てみるとヘクターがわたし達の方に振り返り、通りを指差した。

「ウーラと……あのワーウルフじゃない」

 通りに蠢く二つの見覚えのある影に、わたしは喉から擦れた声を絞り出した。

 ウーラの大きなバスタードソードとワーウルフの持つ黒光りするシミターがぶつかり合う度、鈍い音と火花が散る。宿からの明かり以外無い暗闇の中、動く影は気を抜くとどちらがどちらか分からなくなりそうだ。

「襲撃受けたな。俺、あの坊ちゃんの様子見てくるわ」

 フロロはそう言うと、器用にバルコニーからバルコニーに飛び移りながら下に行ってしまう。

「ち、ちょっと!?」

 文句を言おうとするローザの腕をわたしは掴んだ。

「中から行きましょう」

 わたしが言うとローザは頷く。

 部屋の中に戻ると、お風呂上がりのアルフレートが腰に手を当て瓶入りの飲料を飲み干していた。

「……どうした?」

 呑気な質問にわたしは部屋を駆けながら答える。

「あのワーウルフが襲撃してきたみたいなの!下にいるウーラ達のところよ」

「そうみたいだな」

「知ってたの!?」

 わたしの驚きに「凄いだろ」という言葉が返ってくる。わたしがイライラを隠さないでいると、

「ほっといて行きましょ」

ローザに袖を引っ張られた。

「他に気配は?」

 ヘクターの声にわたしとローザは振り返る。そ、そうか、こっちにも来るかもしれないのか。

「無い」

 アルフレートのあっさりとした答えを聞くと揃って部屋を出る。

 階段を駆け下りていると、

「俺は表に行くから」

ヘクターに言われてそのまま二手に分かれた。廊下を走りながらふと思う。

「部屋、どこだっけ?」

 たった今考えていたことをローザに言われ、わたしは立ち止まった。

「……わかんない」

 バルコニーから下を眺めた時見えた、割れた窓の位置から大体は分かる。が、大体で開けてみたら違っていました、ではちょっとまずい。何しろ今夜は宿は満室だったはずなのだ。騒ぎが起きているのが通りの方だからか、廊下に顔を出す人もいないようだ。不安から部屋に篭っているのかもしれない。

「参ったわね。フロロ呼んでみようか。あいつ耳良いし」

 わたしがそう提案すると、一瞬の間の後フロロが突き当たりから二番目の部屋のドアから顔を出した。

「呼んだ?」

 ……良かった、適当に開けないで。アタリを付けていた部屋とは少々違うドアから見える仲間の顔に、わたしはほっと息ついた。

「えーっと、平気?」

 ローザが聞くとフロロは扉を開け放つ。むすっとした顔のレオンが立っていた。なぜ不機嫌かはさておき、とりあえず安心する。

「お前達、何用なんだ」

 きっ、とこちらを睨む瞳。しかし水玉パジャマが可愛らしい。

「だから心配して来てやったんだって言ってるだろ、このちびすけ」

 呆れたように言うフロロにレオンは顔を赤らめる。

「お、お前の方がちびじゃないか!大体頼んでなど……」

 レオンの口の動きが止まった。わたし達も廊下を振り返る。階段の方向からウーラとヘクターが戻って来たのだ。二人とも怪我はなさそうだが、晴れた顔つきではない。

「逃げられた。俺が出て行かない方が良かったかもしれない」

 ヘクターの苦い顔にウーラが首を振る。

「いえ……、助かりました」

 取り敢えずのお礼のような感じだったが、ヘクターは「いえ」と手を振った。二対一になった途端、不利を悟って逃げたということだろうか。……毎回思ってたんだけど、やけに逃げ際があっさりしているんだよね。そう、取り敢えず襲撃したという事実を作っているような……。

 わたしがそんなことを考えていると、レオンがウーラの腕を引っ張り部屋の中に押し込む。ばたん!と勢いよく閉められる扉に、わたし達はぽかんとしてしまった。

「か、感じ悪いわねえ!」

 ローザがぷりぷりと怒るのを皆で宥める。

「……何かあったんですか?」

 隣の部屋のドアから顔だけを出して恐る恐る聞いてきたおじさんに、わたしは曖昧な笑顔でごまかすしかなかった。




 倒れるように眠り込んだ翌朝、未だ続くローザのレオンに対する愚痴を聞きながら朝食を取る。明け方、霧が出たので残念ながらバルコニーで食事とはいかなかった。オレンジジュースがやたら美味しかったところに宿の値段を感じつつ、出発することにする。

「うわ、涼しい」

 宿を出るなりわたしは口にした。着いた時は夜だから気温が低いのかと思っていたのだが、朝日が完全に顔を出したこの時間でも大分涼しい。風が吹くと寒いくらいだ。陽射しも何だか頼りない。天候に恵まれなかったのではない。ローザの話しだと、一年中いつ訪れてもこんな天気らしい。ますます陰鬱したイメージの土地だな、とわたしは灰色の山を見上げ首を傾げた。

「寒い?」

 ヘクターに聞かれてわたしは首を振る。

「あ、大丈夫。ありがとー」

 そう答えたものの『寒い』と答えたらどうだったんだろう、と少し気になってしまった。今から言っても遅いだろうか……。

 歩いてすぐの停留所に来ると、自分達の馬車を探す。フロロが宿に預けていた馬を連れて来てくれた。何だか毛並みがツヤツヤと綺麗になっている。こんなところにまでサービスの違いが出るとは恐れ入る。

「霧が晴れて良かったわ。日中には向こうに着くだろうけど、足元が悪かったら馬も心配だし」

 ローザがそう言いながら、馬車の中にフローラを置いた時だった。

「おい」

 後ろからした声にわたしは一瞬硬直した後、ゆっくり振り返る。声から予想出来た顔がそこにはあった。

「お前、服装からしてフロー信者だな?」

 ちびのくせに偉そうに腕を組んだレオンが、わたしの横にいるローザを見ている。

「そうだけど?」

 負けじとローザも胸を張り、レオンを見下した。しかし怯む様子はない。

「どうせラグディスに向かうのだろう?どうだ、こちらの馬車に乗って行かないか?話しをしたい」

 思ってもみない申し出じゃないか。しかしローザは明らかに『嫌』という顔でこちらを見ている。わたしは『駄目、行ってこい』という合図を首を振ることで伝える。が、ローザがわたしのローブの袖を摘む。『あんたも来い』という合図だろう。わたしは仕方ない、というように大きく溜息をついた。




 揺れる馬車内は山の傾斜によって微妙に傾いている。わたし達の馬車より大きく開いた御者席に通じる窓から、ウーラの長い髪が揺れているのが見えた。後ろからはわたし達の白い馬車が着いてきている。御者席にいるのはフロロとアルフレート。もしかしたら化け物じみた聴力の二人にはこちらの会話が聞こえるのかもしれない。

「認定式に行くのか?」

 おもむろに口を開いたのはレオンの方だった。

「そうだけど、あんたもじゃないの?」

 やたらつんけんとした口調で返すローザに、レオンの方も臍を曲げるのではないかと思ったが、あまり表情に変化はない。そういえば怒った顔かこんな無表情の顔しか見ていないな、とわたしは思う。

「もう何度も神殿には行っているのか?」

 レオンがローザの顔を見上げた。

「まあ、そりゃあね。何、あんたもしかして緊張してるの?」

 ローザの口元が緩む。馬鹿にしたのではない。年下の彼を少しかわいいと思ったようだった。

「大丈夫よお、確かに神殿の大きさとか佇まいにそれだけでビビっちゃうもんだけど、胸張ってればいいのよ」

「そうか、そうだな」

 けらけらと笑うローザにそう答えるレオンは、前にちらりと見たひどく大人びた顔。わたしは言いようの無い不安に二人を眺めるだけだった。レオンが悪人に見えたわけではない。でも、じわりと湧く妙な黒いもの。これは何なのだろう。

 ローザとレオンが神殿の話しや教会の内部の仕組みなど、信者同士の会話になってしまったのでわたしは一人、窓の外の景色を見る。遅くとも昼過ぎには向こうに着く、という話しだったのでラグディスは近いはずだが、未だ姿は見えない。うっすらと掛かった霧のせいだろう。

「やだ、あんたオルグレンさんの所の子だったの?」

 ローザの声にわたしははっとして馬車内に意識を戻す。

「父を知っているのか?」

 レオンの声は心なしか固い。それどころか何か見えない膜でも張ったかのように空気が緊張したものに変わっていた。今日は彼にしては柔らかい空気だったはずなのだが。

 しかしそれを隠そうとする気配もある。わたしはなるべく気付かない振りをすることにした。

「知り合いだったのね」

 わたしが軽い調子で尋ねるとローザが頷く。

「家に何度か来たことのある方の息子さんみたい。フロー信者の方でね、シェイルノースの方はラシャ信仰が多いからお父様の所に話しを聞きにわざわざみえたことがあるのよ」

 ローザの話しによると北の方にはラシャの教会が多くフローの教会が少ない。中々遠出が出来ない為に学園長の説法を聞きに年に何度か来ている、ということらしい。

「大神官様は学園長なんてこともやっていたのか」

 レオンの驚いた声にこちらも驚いてしまう。そうか、普通の人から見るとそういう見方になるのか。

「寒くはないですか?」

 ウーラからの声に前を見た。

「大丈夫ですよ。……あっ!」

 窓から見た光景にわたしは息を飲む。蜃気楼、まず浮かんだ言葉がこれだった。灰色と茶に染まる大地の上にレースのような霧が幾重にも連なる更に上、唐突に現れた真っ白な神殿が影を揺らしている。こういう場所にある方が威厳がある、か。確かにそうかもしれない。わたしは腕に立った鳥肌を摩りながら考えていた。

「さあて、着いたらもう一個の戦いが始まるわね」

 ふう、と息をつくローザの方へわたしは振り返る。

「戦い?」

 わたしの問いにローザは少しわざとらしく頷いた。

「そ、言ってなかったけど『向こう』じゃあたし、嫌われ者だから」

「なぜ?」

 そう聞いたのはレオンだった。

「なぜ、ってフローの教えに背いてるからよ。あたしが」

「あー……」

 わたしはレオンの手前、言っていいものか迷う。フローは『産めや増やせや』の神である。つまり、まあそういうことだ。

「成る程」

 どうやら飲み込めたらしくレオンが頷いている。興味深気にローザを眺める彼は、やっぱり大人びて見えた。

「あたしは慣れてるから良いけど、かっとして言い返しそうなあんたとアルフレートあたりが心配なのよ……。いい?嫌味の一つも飛び出すだろうけど、噛み付いたりしないでよ?」

 ローザの小言にわたしは不満な顔を返す。なんでわたしとアルフレートなのよ。

「仲間なんてそんなものじゃないのか?」

 レオンの問い掛けはクサイ台詞のようでいて、本当に疑問に思っているような感じだった。わたしとローザは思わず顔を見合わせてしまった。

「そうね、そうかもしれないわ」

 ローザがレオンに苦笑する顔は、何だか不思議な含みを感じるものだった。

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