ロイヤルスイート
「さあいっぱい食べなさい!あたしが作ったわけじゃないけど!」
広げたお弁当を前に、ローザがサイモンとミーナへフォークを渡す。気まずい空気を払うべくハイテンションなんだと思うが、ローザの努力も虚しくミーナはサイモンの方を一切見ない。
「ほれ、食べないとこの姉ちゃんが全部食べちゃうぞ」
フロロがイルヴァを指差すと、漸く二人は手を伸ばした。
「……どうだったの?」
わたしは隣にいるヘクターに耳打ちする。
「んー、今回は仕方ないから一緒に行くとして、まあ結構怒っておいたから分かってくれたと思う」
本当かなあ……。この人の『怒る』程、怪しいものは無い気がするんだけど。わたしの顔から何か読み取ったのかヘクターが頭をぽん、と撫でてきた。何か、ごまかされている気がする。
「リジア、顔赤いですよ?」
イルヴァが不思議そうに聞いてきた。
「う、うるさいわね」
わたしはごまかすようにバスケットの中のパンに手を伸ばす。
「このスプレッド美味かったよ」
フロロが小瓶を差し出してきた。
「へー、じゃあ付けてみよ」
差し出された茶色の瓶の中身はオレンジとチョコレートの匂いがする。わたしが匂いを吸い込んでいると更に皿が押し付けられた。
「……何よこれ」
皿に転がる野菜類は明らかにサンドイッチに挟んであったものだ。
「それあげる代わりに食べてよ」
しれっと言うフロロにわたしは皿を押しつけかえす。
「なんでそうなるのよ!大体『あげる』って何!?」
「リジアは俺と違ってもう少し大きくなった方が良いだろ!」
「……うるさいわよ、あんた達」
ローザの冷たい声にわたしとフロロの動きが止まった。
「……変な空気だから和ませてやろうと思ったのに」
口を曲げるフロロに、やり方は反論したいがわたしも同じ気持ちだった。
再び動き出した馬車の中、アルフレートがサイモンの方へ身を乗り出す。
「少年、君も少しは役に立ちたいだろう?少し話しをしようか」
相変わらず相手を思いやらない言い方にサイモンもたじろいでいたが、うんうんと頷いた。
「君から見て、ミーナの孤児院にいる時代はどうだった?誰かに監視されているような気配を感じることがあったり、連れ去られるような危険な目にあったことが実はあったとか、そういうミーナは知らない事実は無いか?」
「そ、そんな事は無いよ!僕は孤児院の中じゃ年上の方だから、色んな話しを聞くけど」
「ミーナは他の子供と変わらない子だった、と?」
アルフレートの問いにウンウンと頷くサイモンを見て、ミーナもほっとしたように息を吐く。
「なら次の質問だ。ミーナが孤児院を出てからはどうだ?急に見覚えの無い人物が訪ねてくるようになったりとかは?」
サイモンはううーんと唸ると眉を寄せたまま固まってしまう。
「……とりあえず、最近になって来るようになった人を挙げていけば?」
わたしが助け舟を出すとサイモンは指を折っていった。
「えーっと、カートも新しいお家に行くことになりそうなんだ。だからそこのおじさんとおばさんが週に一度来るよ。あと、一番年上のジェフとミラが来年から働きに出るから、そこの人が何度か来たよ。ジェフは家具工場に行ってミラはお花屋さんだって、すごいよね!」
「関係なさそうね」
ミーナが発した冷たい声に皆、うっと固まる。サイモンは慌てるように手を振った。
「あっあとはマザーターニアの昔の友達がフェンズリーに越して来たんだ。その人も最近よく来るよ」
「サナ夫人でしょ、私がいる時から来てたわ」
ふう、と息をつくミーナにサイモンはしゅん、とうなだれる。気まずさからわたしとローザが意味なく背筋を伸ばした時だった。サイモンが手を叩く。
「あ!変な人来たよ!一回だけだけど。マザーターニアに教会の事聞いてすぐ帰っちゃったけど、すごく面白い見た目だったんだ」
「面白い?」
アルフレートが目を細める。
「うん、普通の男の人なんだけど、耳だけウサギさんみたいなんだ。長くてフワフワしてた」
それを聞いてサイモン以外のメンバーが思わずヘクターを見る。
「な、な、なんでだよ」
「条件反射だろ、別に本気で疑ったわけじゃない」
アルフレートが焦るヘクターにニヤニヤと笑いながら首を振った。
「どう?何とか着きそう?」
馬車の小窓から御者席にいるフロロに声を掛ける。イルヴァが気持ち良さそうに寝息をかいている姿があった。
「まあ間に合うんじゃないかな、襲撃なんかが無ければ」
既に赤くなった空を見上げながらフロロが答える。あんまり遅くなると部屋が空いていない可能性があるのだ。ローザの話しによると司祭と神官の認定式があるこの時期は一番ラグディスとその周辺に人が集まる時期らしい。認定式に出る本人だけでなく、わたし達のようにその仲間、家族もやってくるからだろう。
「そういえば初めて襲撃が無かったのね」
ローザがほっとしたように呟いた。
「一人減ったのが結構な痛手だったのかもね」
わたしが言うとアルフレートも頷く。
「動きを考えていたのがあの魔術師だったのかもな。あとは明らかに『使われる側』の獣人二人だ」
「それって結構失礼な発言じゃ……」
わたしは言いかけたところでミーナとサイモンがこっくりこっくりと船を漕いでいるのに気が付いた。ローザが膝掛けを出しながら溜息をつく。
「早く仲直りして欲しいわねえ」
「……ミーナはもどかしいんだと思う。ただでさえわたし達にお世話になってる状況なのに、サイモンが『僕が守るよ!』なんて言ってるもんだから。何で分かってくれないんだろう、って感じじゃないかな」
勿論、お世話になってるなんて考えて欲しくはないんだけど。わたしが言うとローザが首を振った。
「男って馬鹿よねえ!」
えーっと、それは突っ込んだ方が良いのか?
黒く光る豪華馬車の前でわたしとローザは横目でお互いの顔を見る。
「……見なかった事にする?」
わたしの小声にローザが頷く。
「そうね、見なかった事にしましょ」
ラグディスの町を頂くメイヨーク山、その麓にある時期限定の宿場までやってきたわたし達。宿が並ぶ通りに入る前に、馬車を置く為やって来た停留所でまたしてもレオンとウーラ、あの二人組の馬車を発見してしまったのだ。
「でも考えてみれば一緒になる可能性の方が高かったのよね。道順からして」
ローザの言う通り首都に寄るかフェンズリーに寄るかの違いだけで、ラグディスに向かうならここで休んで行くのが普通だ。
「やっぱり認定式に向かってるって事だよね?」
「まあそれしか考えにくいわよね」
わたしの疑問にローザも頷く。
「部屋見つかったぜ!うひょー危なかったんだぜ、最後の一軒でさ」
フロロの駆けてくる音にわたしは振り向いた。一足早く先に行っていたフロロが白い紙を振りながらやって来る。
「何、これ?」
その紙を差し出されたローザが眉をひそめた。
「宿代の伝票、混み合うシーズンだから即金で払ってくれる客から入れるってさ」
「……たかっ!」
ローザがそんな声を上げる金額、わたしは怖くて見る気になれない。
「しょうがないだろー、こんな時間になってるんだし、八人泊まれるような所はここしか無かったんだよ」
暗くなった空を指差し口を尖らせるフロロと唸るローザをわたしが見比べていると、サイモンと一緒にいたヘクターが話しに入ってくる。
「野宿する?馬車もあるし」
わたしも一晩くらいはそれで良いかな、と思う。移動は馬車な分、楽だし。
「いや、いいわ。どうせラグディスに着いたらお金掛からないんだし……」
「掛からない?」
ローザの言ったことにわたしは首を傾げた。
「そ、神官候補からは神殿に泊まらせて貰えるのよ。それに今みたいな状況の時に、町としての形が出来てないような所で、野宿なんかさせられないわ」
そして「ミーナには平気な顔しておきなさいよ」と付け加える。かっこいいオカマだな、おい。
「さあ行くわよ!」
ローザが残りのメンバーを集める声が響いた。
「なんか凄い所ね……」
ミーナが戸惑い半分の、感嘆の声を上げる。
「そ、そうでもないわよ。遠慮無く寛いでね」
ローザが引き攣る頬を押さえながら笑顔で答えた。
通された部屋は一言で言って「場違い」。ローザには似合っているが残りのメンバーはやたら浮きまくっている。大きな大理石テーブルのあるダイニングのような部屋に、広い寝室が二部屋、それぞれにちゃんとソファーとコーヒーテーブルまで揃っている。わたしは未経験な部屋の作りだ。宿の外観からして凄かったのだ。宿が立ち並ぶ通りの一番はじに位置するこの宿は一際大きく、小さなお城のようなデザインだった。その最上階にある部屋は多分「ロイヤルスイート」ってやつじゃないだろうか。きっと普通はこの部屋にお金持ちの夫婦二人とか家族とかで泊まるんだろうな。わたしはやたらキラキラとする室内を見回した。
「顔が映ってる!」
サイモンも自分の身長ぐらいあるような、花が生けてあるピカピカの壷を眺めてはしゃいでいる。
「お食事はこちらか、下のレストランでも可能ですが」
部屋を案内してくれた真っ白の制服の男性が尋ねてきた。わたしは今いる部屋のダイニングらしき一角、大きなテーブルを指差す。
「ここでですか?」
「それかあちらのバルコニーでも。この辺りは日が沈めば涼しいですよ」
「あ、それ素敵じゃないの~」
ローザが乗ってくる。
「それではあちらにご用意いたしましょう」
男性はにっこりと微笑んだ。わたしは気になっていた事を尋ねてみることにする。
「この宿も期間限定なんですよね?その、こんな豪華なのに」
わたしの子供染みた質問にも男性はにっこり微笑んだまま答える。
「ラグディスには場所柄、他国の王族なども多く訪れます。私どものこの宿にも需要は多いのですよ」
聞けばここの本店は首都にあるとのことだった。そのチェーン店が時期限定に稼ぎに来ているということなのだろう。
「王族かあ」
もしかしたらラグディスでも見かけたりする?わたしは望み薄な期待をとりあえず持っておくことにした。
「まあったく!早く言えばいいじゃないの!」
ぶりぶりと怒るローザ。
「すいません」
大きなベッドに俯せになり、小声で謝罪するヘクター。それを取り囲むわたし達、というちょっと不思議な光景。ローザはぶつぶつと言いながらヘクターの腰に手を当てている。呪文と文句が入り混じる不思議な詠唱が室内に響き渡る。
先程、腰に手を当てているヘクターにわたしが思わず「大丈夫?」と聞いてしまったのだ。それをローザは聞き逃さなかった。もの凄い勢いでヘクターの腕を取り、寝室に引っ張って行ったのだ。
「ヘクターさん、まだ大きくなるんですか?」
何故かワクワクした様子でイルヴァが尋ねる。
「……まあもう少し伸びることは確かだと思うけど、この歳になってからの成長痛って激しい運動のせいなのよね」
ローザが答えた。へー、そうなんだ。わたしも知らなかった事に思わず感心してしまう。
「激しい運動だってさ。いやらしいな」
うけけ、と笑うアルフレートの頭をフロロが叩く。ってことはファイタークラスにはこういう持病が多かったりするのかな。わたし達と違って大分アクティブだし。
「我慢が一番良くないわよ。剣の鍛練も結構だけど、痛い時は休む!それと素直にあたしに言う事!直ぐに治療出来る事なんだから。変にそのままにすると一生ものになるわよ?」
「はい、すいません」
素直に謝るヘクターにローザが大きく息を吐いた。
「僕も覚えておこう……」
サイモンが呟く。ミーナがちらりとそれを見た気がした。
わたしが再び目を戻すとローザの手の平が一際輝く。すう、と光がヘクターの体に吸い込まれていった。
「はい、終わり!どう?」
ローザの一声にヘクターは起き上がり、腰を伸ばす。
「うわー、全然痛くない。すごいな」
「ありがとう」と言うヘクターにローザが胸を張った。
いいなあ、わたしも回復術が得意分野だったら良かったのに。少し本気で神への信仰を考えそうになる。神聖魔法だったら魔力の暴走も少なそうだし。まあこんな不純な動機じゃ、力は授かれそうにないけど。
「あ、丁度準備も終わったみたいだよ」
フロロが窓からバルコニーを覗く。そう言われてみれば良い匂いがする。わーいご飯だご飯だ。しかも高級ディナーだ。前回の冒険に比べて嘘みたいに贅沢してるなー、とわたしは足取りが軽くなる。
「……私、回復術の勉強も考えておこうかな」
ミーナの呟きに、思わず足が止まる。わたしはミーナの頭をぽんぽんと叩いた。
「何でもやってみるのが一番良いわよ」
わたしが言うとミーナは少し考えるそぶりを見せた後、大きく頷く。実際、攻守共に出来るタイプのキーラのような魔術師は結構羨ましかったりする。わたしには勉強するもなにもセンスそのものが無かったから尚更だ。
バルコニーに出るとテーブルに並んだグラス類が蝋燭の光を反射している。
「お洒落して来たかったですね」
イルヴァの台詞はとても女の子らしいものだったが、イルヴァの『お洒落』とは?と考えると怖いものがある。
「俺ここ、とーっぴ!」
フロロがお誕生日席に飛び込んだ。
「わたしフロロの近くやだかんね!野菜が降ってくる」
わたしは反対側のはじに座る。
「好き嫌いは良くないぞ!」
「あんたに言われたくない!」
わたしとフロロが言い合っている間にも、皆、席につく。サイモンが座った後、その彼の隣に座るミーナに彼自身驚いた顔をしていた。ミーナって、わたしより大人な気がするな。
「じゃあ乾杯しましょうか」
ローザがにこにことグラスを持ち上げる。乾杯といっても中身はジュースなんだけど。一人遠慮なくワインを頼んだアルフレートがグラスを持ち上げるとにやりと笑った。
「では、我々の平穏の来ない毎日に乾杯といくか」
皆動きがうっ、と止まる。そうなんだよね、何故かわたし達が旅に出ると単純には行かないことばっかりだし。言葉は悪いが疫病神になった気分になる。
「……ローザのお祝いでいいんじゃないの?」
ヘクターが言うとイルヴァが頬を膨らました。
「もー、何でも良いですよ。お腹空きましたあ!」
「じゃあ我々の素晴らしい仲間に、乾杯」
アルフレートの珍しい台詞に全員がグラスを傾ける。きん、という清んだ音に暫しの平穏な時間が開始された。
真っ赤で小振りのトマトがゴロゴロと入ったカプレーゼに、チーズがたっぷりかかったサラダ。案の定フロロは丸ごとアルフレートに譲っている。いつもあの二人で分け合ってれば良いんだと思うよ。
「しっかし、デイビス達はまた人探しってことよねー」
わたしは思わず彼等の不幸を口にしてしまう。バンダレンでも依頼人のフッキさんがいなくなって、ずっと探し回ってたんだよね。
「ってことは今回も見つけられないんだな、けけけ」
フロロはそう言ってから口を押さえる。ローザが目を吊り上げ睨みつけた。
「せめて手掛かりが見付かればいいんだけど」
わたしはミーナの目を伏せる顔を見て呟いた。
「あんだけ人の多い町で、しかも昼間だろう?いなくなったのは。手掛かりを残さない方が難しい」
アルフレートはそう言うが、その難しいことを成し遂げる相手だったら?そんな事を考えてしまう。
「ユハナさんの方も心配だわ。参ってなきゃいいけど」
ローザの言葉に皆頷く。フェンズリーでのヴィジョンのやり取りで、顔を出さなかったのが気になっていたのだ。本当ならミーナの顔を見たかったと思うのだが。