切れるお姉さま
「何だかよく分からんが、よく分かった」
メザリオ教官はそう言って大きく息を吐いた。
「分からないならもう一度お話ししましょうか!?」
わたし達の話しを聞き終え、難しい顔をしている教官にポリーナが黒いローブを激しく揺らしながら詰め寄る。が、教官は手を振り「座りなさい」と場にいる全員に伝える。渋々、という様子で皆が空いた席に着いた。
「正直に言って今、私はがっかりしている」
メザリオ教官が良く通る声で言った第一声にカフェテリア内は静まり返る。ポリーナを始め、シーフの少年も他の生徒も眉を下げ、周りを伺うよう見合わせた。
「私がこの学園に来て日々生徒に物事を教え、五年間という長い間授業を受け持った生徒達が今主張している事は、私の理想とは掛け離れたものだったからだ」
「で、でもバランスの良いパーティを、と言ったのは教官ですよ?」
ポリーナが手を挙げる。教官は髭を撫でつつ頷いた。
「ではバランスの良いパーティとはどんなものだろうか。成績の優秀な魔術師に成績の良いシーフ、誰もが腕を認める戦士。こんなものかね?」
メザリオ教官は言い終わるなり「私は違うと思う」と否定した。
「腕の良し悪しはとても重要な事だ。難度の高いダンジョンに挑む場合を考えても、誰か一人が足を引っ張ったばかりに全滅、なんて事態が容易に想像出来る。では『何をもって優秀とするか』について考えてみよう」
教官はポリーナ、そしてわたしを指差す。わたしもポリーナもびくり、と身を引いた。
「まずリジアとポリーナ。リジアは……まあ皆も知っているように魔法の使用、特に制御に関して非常に苦労している生徒だ。そしてポリーナ、彼女はクラスの中でも魔法の使用に関してとても器用だ。不得意分野も無くバランスが良い」
言われたポリーナは胸を張り、横目でわたしを見てくる。むっとするが教官の話しが続くので、そちらに集中する。
「しかし学科になるとそうとも言えないと、私はそう評価している。リジアのレポートはどの分野でも毎回、きっちり理論立っていて出来る範囲は狭くとも表題に沿ったものが出来上がってくる。着眼点や選ぶテーマも面白い。そしてポリーナ、君はレポートも優秀だ。優秀な生徒が選びそうなテーマを選び、どこか見覚えのあるものが多い。一番頂けないのは、言葉巧みにごまかしが多い事。理解していないのに理解したかのようなごまかしが多い」
ポリーナは徐々に身を小さくする。教官は一つ咳ばらいをした。
「魔法とは未知なるマナを解明しつつ、発動するもの。今のやり方だといつか躓くぞ?……かといって現在の評価が変わるわけではないので、勘違いしないように」
教官のきっちりとした釘刺しにわたしも身を縮ませる。
「次、シーフクラスの君だ。フィラヴィオ君だったかな?」
先程までのわたし達への詰め寄り様はどこへやら、シーフの少年は頭を下げる。
「君もクラス内では優秀な生徒だと聞いているよ。器用で体力測定値も申し分無く、真面目だと」
フィラヴィオは少し目を輝かせるが、ポリーナの話しを聞いていたので「油断できない」というように上目遣いで教官を見た。
「ただ成績に残せない要素、というのがシーフにおいては重要だと思われる。例えば盗賊の重要であり基本的な仕事『聞き込み』だ。君のように肩に力が入り、メモを構えた状態で詰め寄って来て、学園の事を聞かれても私なら警戒するね」
肩を落とすフィラヴィオの頭に教官はぽん、と手を置いた。
「しかし何事にも妥協せずに熱心になるというのはとても良いことだ。その長所は捨てないでいて欲しい。……一人一人に言葉を送りたいが、時間もあることだ。最後にしよう」
そう言って教官はヘクターを見る。少し驚いた顔をする本人よりも周りの空気が凍りつく。
「ヘクター・ブラックモア、君は『何を考えているか分からない』と言われた経験は?君は自分の気持ちを周りに伝えるのが苦手に見える」
「そうだと思います」
ヘクターは苦笑した。その答えに教官は満足そうに頷き、暫くゆっくりと歩き回る。
「このように人間の優劣など、色々な要素が組み合わさりすぎて測れないものだ。少々我の強いメンバーにヘクターのような子が入るというのは、私はとても面白いと思うよ」
教官が言い終わると詰め寄ってきていた生徒の全員が気まずそうに顔を合わせ、次第に溜息をつきながら立ち上がる。がっかりして疲れきったように肩を落とす皆へ、教官は手を叩いた。
「まあまあ、そう気を落とさずに。今言ったように一つ着眼点をずらせば君らに合った優秀なメンバーは必ず見つかるよ。メンバー内での『輪』を作る、これも忘れないでいて欲しい」
そう締めくくり、長い演説を終えたメザリオ教官は満足そうに髭を触るのだった。
カフェテリアから出て行く最後の一人を見送り、にこにことご満悦顔だったメザリオ教官にローザが近づく。そして身を寄せるようにしてから肩を叩いた。
「嬉しい評価をどうもありがとうございます!で、これ、承認していただけるってことでよろしいですよね?」
満面の笑みでローザが広げて見せたのはメンバー編成書。わたし達がじっと見つめる中、教官はぽりぽりと頬を書き、大きく息を吐いた。
「成り行きとはいえ、そうだな」
そう答えると腰を屈め、テーブルに腕をついてペンを走らせる。メンバーの名前が並ぶ最後に達筆な文字でサインを書きこんだ。思わず全員で拍手する。やったやった!などと騒ぐわたし達を暫く見ていたが、ふと思い立ったように教官はヘクターの方に向き直った。
「それで一つ気になったんだが、どうしてまたこのメンバーに入りたいなんて思ったんだ?」
ぴたりと全員が止まる。わたしも凄く気になっていたことだ。全員の視線を浴びる中、ヘクターはゆっくりと口を開く。
「あー、……面白そうだから?」
その答えにローザと教官は頬を引きつらせ、イルヴァとフロロは手を叩き合う。アルフレートが「『から?』って聞かれてもな」とぼやく横で、わたしはちょっと変わった人だな……などと考えてしまった。
翌朝、騒がしい学園廊下を欠伸しながらやってくると、わたしは手荷物を入れる為に廊下に設置されたロッカーを開ける。そしてすぐさま固まってしまった。
「まあ、凄いこと」
あまり思ってなさそうな声に振り返ると、わたしのすぐ後ろに立っていたのはクラスメイトのキーラ。朝からお色気満点な顔で美しい金髪をかき上げる。
「聞いたわよ、学園の人気者を引っ張ってくるのに成功したんですってね?」
にこっと笑うキーラは何だか楽しそうに見えた。わたしは「ま、まあ」と口ごもる。
「教官からも認められたみたいで良かったじゃない。でも、そのロッカーへの悪戯は序章と思った方が良いのかも」
キーラが言うのはわたしのロッカーの中の惨状のことだ。もう一度確かめる為に振り返る。
外から見た時は普段と変わらず綺麗だったというのに、中は酷い有様だ。まず目に付くのが背面部分に大きく書かれた『呪う』の文字。物騒な言葉が物騒な赤い字で書かれていた。
「これ、血……じゃないわよね?」
キーラが眉をひそめる。
「じゃないと信じたいわね」
わたしは答えながら中の側面に目を移す。びっしりと黒インクで書かれた文字は『破壊魔女』やら『問題児』などのくだらない落書きに始まり、「絶対に認めない、なぜなら~」という気合の入った長文まである。
キーラの「それ何?」という言葉に扉の裏側を見ると、何かのレポート用紙が貼り付けてあった。表紙を見ると「マナと四大元素」というお堅いタイトルにポリーナの名前が記されていた。思わずわたしは苦笑してしまう。キーラが不思議そうに首を傾げた。
「どういうこと?」
「優等生の負けず嫌いが発動したんでしょ」
ぱらぱらと中を見ると徹夜で書いたのか荒い字が並んでいた。最後のページに「どうだ!」と書いてある。これ、評価しなきゃいけないんだろうか?
「荷物は荒らされてない?」
キーラが元々入れっ放しにしていた辞書やテキストを確認する。「大丈夫そうね」と呟くと、こちらを見てにこっと笑った。
「もし荷物にまで被害が及んだらちゃんと言うのよ?その時は私も暴れてあげる。私、こういうの大嫌いなの」
にこにこと言うも言葉の最後には殺気を感じてしまった。この見た目の彼女だもの。きっと今までした苦労があるのだろう。わたしはというと生まれて初めて浴びた嫉妬という馴染みないものに「物語の主人公みたいだな」とぼんやり考えていた。
「そういえばキーラはメンバー決まったの?」
わたしが尋ねるとキーラは一瞬の沈黙を見せ、髪をかき上げつつ答える。
「まあね、前々から約束があったから」
余裕の言葉である。さすが同級生以外からもモテる女は違う。キーラの長い睫毛を見ていると、廊下の窓から何かが覗いたのに気がついた。
「またフロロ、そんな所に乗って」
わたしは窓枠に腕を乗せ、外から廊下に身を乗り出す猫耳男を睨む。
「連絡だよ。今日も授業終わった奴から集まって、ミーティングだ」
言い終わるなりふっと消える姿に悲鳴を上げそうになる。慌てて窓に駆け寄り表を見ると、元気に中庭を駆けていくモロロ族四人がいた。ここ三階なんですけど。
「気合入ってるわねー。ミーティング重ねる過程で仲良くなれるといいわね」
意味ありげな笑みでこちらを見るキーラにわたしは慌てる。
「な、何でよ、そんな不純な動機で仲間になったと思われたくないもん」
それを聞いて「誰とは言ってないのに」と笑いながらキーラは去っていく。朝から変な汗を一杯かいてしまった。