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The angel became a person

「グッモーニン ラジオの前のみなさん。 寒い朝だけどご機嫌いかがかな?」

 ラジオから流れてくる声が、一人暮らしの1LDKの僕の部屋に響き渡る。その声が、徐々に僕を夢の世界から呼び覚ました。

「今朝の気温は二十五度! この冬一番の寒さだね! このスタジオも……」

 うるさい。寒いのは子どもの頃から嫌いだ。僕は二度寝をする為に毛布を握りしめた。小さい頃からシロクマの人形の腕をつかんでいた癖が、いまだに抜けない。

 しかし、次にラジオから聞こえた声で、僕は薄らと目を開ける気になった。

「外一面真っ白だ」

 ゆっくりと起き上がりながら、寝ぼけた頭で真っ先に思い出した言葉をいつの間にか呟いていた。

「……ゆき」

 どうしてこんなこと思ったんだろう。不思議に思いながら寝癖頭に手を置いていたら、自分が空腹なことに気づく。そういえば、コンフレークは切らしていたとおもう。

「……何か買いにいくか」


 *


「………寒い」

 雪の降る道を歩きながら呟いた。

「……寒すぎるよ。だから雪はいやなんだ!」

 僕はパーカーのポケットに手を突っ込んで、更にマフラーに顔を埋める。

「あー寒いー、つめたいー、雪なんか嫌いだよもー!」

 誰に聞こえるわけじゃないのに、何回も寒い寒いと愚痴をこぼす。

 ……今は、僕の愚痴を聞いてくれる人はいないんだ。


 雪が降ると思い出す。

 大雪の日に空からやってきた彼女は、

 ある日突然いなくなった。


『あれだけ一緒にいたくせに、挨拶もなしに失礼じゃないか』

 本当は寂しいのに、強がって何回もそう思った。

 忘れたフリして呼んでみたり、

 一緒に行った場所に行ってみたり、

 おもいつく限り探してみたけれどいなかった。

 大方神様に連れ戻されたか、僕に愛想を尽かして帰ったんだろう。

 充分にあり得ることだった。ここ最近の僕の態度は酷かった。

 ……だって、彼女は天使だもの。

 本当は戻らなきゃいけないって、言ってたじゃないか。

 君がいなくなってから、初めての雪の日。

 そんなことを考えながら歩いていたら、自分でも気がつかないうちに涙をこぼしていた。

 立ち止まって、腕でぐしっと涙を拭う。雪に濡れたパーカーの腕は、ちっとも温かくなくて。僕は、昔転んだ時に涙を拭いた、彼女の温かい羽を思い出してしまった。

 

 僕が泣き虫だって知ってたくせに、

 今は、拭ってくれる羽もない


 *


 ドサッ

 やけに大きな音をたてて、コンビニの袋はテーブルの上にのっかった。

 そのまま朝食を取るにはなれず、僕はカーテンの絞まった窓を見つめていた。ふと、ラジオのパーソナリティの言葉を思い出す。

「『外一面真っ白』か……」

 僕の頭の中は、初めて彼女とあった時の光景が浮かんでいた。

「……なんて…ね」

 内心ではあり得ないと思いながらも、微かな期待をもとに僕は、窓に歩み寄ってカーテンを開けてそっとガラスを押した。

 その景色は十九年間変わることのない、雪景色に染まる街並みだった。

 現実を突きつけられ、自分自身を小馬鹿にするように鼻で笑って、数秒間だけその景色を見ていた。

 その数秒間の間に、奇跡は起きた。

 空から白い物体が落ちてきたのだった。正確にいうと、それは真っ白なシーツに包まれた『人』で、一瞬の内に微かに見えた金髪の頭から急降下で真っ逆さまに落ちていって……。

 僕の部屋へと入って来た。

「ぎゃああああぁぁぁぁ!」

 驚きのあまり、僕は思わず悲鳴を上げる。

「し、死体! 死体が落ちて来た! なんのホラー映画だよ……怖すぎるよ! 僕は犯人じゃないからな!」

 相変わらず驚きながらその場に立ち尽くしていると、しばらくしてその人はもぞっと身動きをひとつして、僕は安堵のため息を吐いた。

「よ、よかった…生きてるじゃないか。 オイ君! 大丈夫かい?」

 恐る恐るその人に近づく。奇跡的に生きてるとしたら、助けなきゃいけない。

「けど良かった。 これで僕が殺人犯だと疑われることは……」

 安心の微笑みを口元に浮かべながら近寄ると、僕は起き上がろうとするその人に見覚えがある気がした。

 いや、僕はこの人を知っている。

 金髪のウェーブのかかった髪、緑色の瞳……、間違えるはずがない。

「……セリア?」

 躊躇うように小声で呟いたのは自信がないからではなかった。ただ、目の前にいる人の身に何が起きたのか。いや、本当はもう一度姿を現してくれた君の存在が嬉しくも、どう反応したらいいか分からなかったからだ。


 僕が呟いてから、彼女はゆっくりと僕を見上げた。その瞳には大粒の涙がたまっていて、それがぽろぽろ落ちて床を濡らした。

 突然の再会に焦って、僕は頬赤らめて俯いてしまった。なんて言えばいいのか分からなくて、必死に言葉を選んでいた。

 しかし、僕が何かを言う前に、セリアは屈んでいた僕にガバッと抱きついてきた。

「ちょ、ちょっとセリア! どうしたんだいきなり!」

 さっきとは違った意味で驚きを隠せない。

「……大体、君はいままでどこに……」

 いつまでもほろほろと泣き止まずに涙を流すセリアを落ち着けようと、背中に手を回して摩ろうとした。

 すると、背中を触った指先にはザリッとした触覚が残った。

「……あれ?」僕は胸にうずくまるセリアの肩越しに背中を見て目を丸くする。

「君……、羽どうしたの?」

 彼女は口をあけて言葉を発しようとする。しかし、その口から出てくるのはひゅーひゅーと乾いた息と、途切れ途切れに聞こえる小さな単語だけだった。

 僕の額から冷や汗が流れるのを感じた。

「……す……てた……」

 ひゅーと掠れる息とともに、彼女が言った。もはや、よく耳を澄まさなければ聞こえないぐらい小さな声だった。

「え……!」

 僕は驚嘆の声を出しながら、セリアの肩をつかんでゆっくりと引き離した。

「声どうしたの? しゃべれないの?」

 僕の質問に、セリアはしゃくりあげて静かに泣くばかり。

 風邪?けが?と僕から聞くと、彼女はどちらとも小さな頭をふるふると横にふった。

「じゃあ、一体どうしたん……」

 セリアは僕の膝に手を置いて、言葉を遮った。そしてゆっくりと静かに口を開く。

「……うえ…に…………置い……て…き……た」

 僕は「どうして…」と聞きたかったけれど、言葉をのんだ。彼女は泣きながら口角をあげ、微笑んだ。

「あなたと……いれるなら、いらない……かな……って……」

 セリアはボロボロと涙を流したまま、ちいさく笑った。

 そんな彼女に驚かされながら、僕は、しばらくその強くて優しい『人間』をしばし見つけていた。

「……まったく」僕の顔は火照って赤くなる。

 そして、もらい泣きをしながら顔いっぱいに笑顔を浮かべて、震える彼女を抱きしめた。

「おかえり、セリア!」


 ───それは

    二年前の雪の日でした。


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