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第八話:混沌のジョーカーと崩壊の序曲

イゾルデを駒に加え、レオナルドの動きを封じ込めたことで、俺の計画は再び安定軌道に乗ったように見えた。エルドラドでは、アレンとガレスが率いる「自由の翼」と名乗る反乱軍が着実に勢力を拡大。王都では、俺が「悪役王子」としての悪評を不動のものにし、彼らが決起するための大義名分を完璧に塗り固めていく。すべてがチェス盤の上の駒のように、俺の筋書き通りに進んでいた。


だが、その完璧な盤面に、最初の亀裂が入ったのは、イゾルデを配下に加えて一週間後の夜だった。


「主! 地下牢獄で、異変です!」


影蜘蛛の一人が、血相を変えて俺の部屋に飛び込んできた。その報告を聞いた瞬間、俺は嫌な予感を覚えた。王宮の地下牢獄は、俺の《支配者の劇場》の魔力糸が届きにくい、数少ない死角の一つだったからだ。


「何があった」

「それが……最深部、囚人番号『ゼロ』の独房から、看守たちが誰も戻らない、と。内部の様子も、一切不明。ただ、牢獄の入り口まで、凄まじい邪気が漏れ出しているとのことです!」


囚人番号「ゼロ」。公式記録には存在しない、いわば都市伝説のような囚人。先代の国王――俺の祖父の代に、国家転覆を謀った罪で幽閉された、史上最悪の魔術師だと噂されている。だが、その詳細は一切不明。俺も、転生してからその存在を調べようとしたが、関連資料はすべて処分されており、知ることはできなかった。原作ゲームにも、そんなキャラクターは登場しない。


(イレギュラーか? それとも、俺の知らない原作の隠しキャラか?)


どちらにせよ、危険な存在であることに変わりはない。俺は即座にイゾルデを呼び出し、現場へと急行した。


地下牢獄の入り口に立った瞬間、俺は息を呑んだ。空気が、違う。まるで粘度の高い液体のように、重く、淀んでいる。そして、全身の肌を粟立たせるような、純粋な悪意の波動。これは、魔力ではない。セレスティーヌの聖域とも違う。もっと混沌として、無秩序で、ただそこに存在するだけで周囲を汚染していくような、呪詛そのものだ。


「……なんて、おぞましい気配……」


隣に立つイゾルデが、顔を青くして呟く。彼女の重力魔術さえも、この異質な邪気の前では正常に機能しないのか、その足元が僅かに揺らいでいる。


俺は《支配者の劇場》を最大出力で展開し、邪気の正体を探ろうとする。だが、魔力糸が邪気に触れた瞬間、まるで強酸に触れたかのように、先端から溶けて消滅していく。干渉が、できない。


「イゾルデ、お前はここで待機しろ。万一のことがあれば、お前の重力魔術でこの地下牢獄ごと圧し潰せ。許可する」

「主!?」

「これは命令だ。この邪気を、地上に出すわけにはいかない」


俺はイゾルデの制止を振り切り、一人で牢獄の奥へと進んだ。通路の壁には、無残に殺された看守たちの死体が転がっている。だが、その死に様は異常だった。外傷はない。まるで、魂だけを根こそぎ抜き取られたかのように、全員が恐怖に目を見開いたまま、ミイラのように干からびていた。


最深部、囚人番号「ゼロ」の独房。その鉄格子は、内側から捻じ曲げられていた。

そして、その暗闇の中に、一人の男が立っていた。


痩せこけた体。床まで届く、不潔な白髪。だが、その瞳だけが、狂気に満ちた蒼い光を爛々と輝かせている。男の全身からは、あのおぞましい邪気が、黒いオーラのように立ち上っていた。


「ククク……来たか、ゼノン王子。待ちわびたぞ」


男は、初めて会うはずの俺の名を、当たり前のように口にした。


「……貴様が、囚人番号『ゼロ』か」

「いかにも。だが、その名は好かん。我が名は『マキナ』。この世界の理を壊し、すべてを混沌に還す者だ」


マキナと名乗る男は、嬉しそうに両腕を広げた。その腕には、無数の傷跡と、血で描かれた不可解な紋様がびっしりと刻まれている。


「お前がこの騒ぎの元凶か。目的は何だ」

「目的? ククク、目的などない。理由もない。俺はただ、混沌を愛しているだけだ。秩序、調和、物語……そういったものが、虫唾が走るほど嫌いでな。お前が必死に守ろうとしているその『物語』とやらを、ぐちゃぐちゃに壊してやろうと思って、少しばかり牢から出てきた」


やはり、俺の行動を知っている。こいつは一体、何者なんだ。


「貴様も、転生者か?」

「転生者? ハッ、違うな。俺は、お前たちのような『外側』からの闖入者ではない。俺は、この世界の『内側』から生まれた、バグだ。いわば、物語そのものが生み出した、アンチプログラムさ」


マキナの言葉は、にわかには信じがたいものだった。物語が、自らを破壊するための存在を生み出す? そんなことがあり得るのか。


「お前のその力、魔力ではないな。それは一体何だ?」

「これは《混沌(カオス)》そのものだ。万物が生まれる前の、そしてすべてが滅んだ後の、原初のエネルギー。お前たちの使う魔力なんぞは、この混沌から生まれた、出来損ないの紛い物に過ぎん」


マキナはそう言うと、指先から黒い邪気の塊を放ってきた。

俺は即座に魔力糸の壁で防御しようとするが、壁は紙のようにあっさりと貫通され、邪気は俺の肩を掠めた。


「ぐっ……!?」


激痛が走る。ただの傷ではない。俺の肉体と、そして魂そのものを、根元から腐らせていくような、呪詛の痛み。傷口から黒い紋様が、血管を伝って広がっていく。


「ククク、効くだろう? それは魔力では癒せんぞ。混沌は、秩序あるものを喰らう。それが理だ」


俺は即座に、自分の魔力糸を針のように変え、傷口周辺の神経と血管を焼き切った。これ以上の侵食を防ぐための、荒療治だ。激痛に耐えながら、俺はマキナを睨み据える。


(こいつは、ヤバい。セレスティーヌとは次元が違う。俺の力が、ほとんど通用しない……!)


《支配者の劇場》は、あくまで魔力を支配する技術だ。魔力の理の外にある混沌の力には、干渉のしようがない。相性が、最悪すぎる。


「さて、王子。お前のその完璧な計画とやらを、どう壊してやろうか。まずは手始めに……そうだな。お前が大事に育てている、勇者の卵でも、潰しに行くとしようか」


マキナがエルドラドの方向を向いた瞬間、俺は迷わず動いた。アレンだけは、絶対にこいつに会わせてはならない。


俺は肩の痛みを無視し、全魔力を一つの技に収束させる。俺の最強の攻撃技、《貫く神意の針(ロンギヌスニードル)》。セレスティーティーヌの聖域さえ貫いた、絶対的な一撃。


だが、マキナはそれを、笑いながら、指一本で受け止めた。


「無駄だと言っているだろう?」


俺の魔力の槍は、彼の指先に触れた瞬間、すべての秩序を失い、霧散してしまった。絶望的なまでの、力量差。


「なっ……!?」

「お前の力は、いわば完璧に設計された『機械』だ。だが、俺の混沌は、あらゆる機械を錆びつかせ、破壊する『バグ』そのもの。お前に、俺は倒せん」


マキナは俺の腹部に、邪気を纏った掌底を打ち込んできた。俺は吹き飛ばされ、牢獄の壁に叩きつけられる。意識が、遠のいていく。


「さて、では行ってくるとしよう。ああ、心配するな。すぐには殺さんよ。お前の大事な勇者が、仲間を一人、また一人と失い、絶望の淵で泣き叫ぶ姿を、特等席で見せてやる。お前が守ろうとした物語が、無残に壊れていく様を、その目に焼き付けてやろう!」


マキナは高笑いを残し、壁をすり抜けるようにして、地上へと姿を消した。その邪悪な気配が、エルドラドの方向へ向かっていくのを、俺は薄れゆく意識の中で感じることしかできなかった。


どれくらい時間が経っただろうか。

俺を心配して駆け込んできたイゾルデの声で、俺は意識を取り戻した。


「主! しっかりしてください! この傷は……!?」

「……イゾルデ。緊急事態だ。今すぐ、アレンたちに、このことを伝えろ」


俺は、自らの血で、床にマキナの姿と、彼が使っていた《混沌》の紋様を描いた。


「この男が、エルドラドへ向かった。私の力が通用しない、規格外の化け物だ。アレンたちに、決して戦うな、と。全力で逃げろ、と伝えろ。お前の重力魔術で、彼らを強制的に転移させてでも、奴から引き離せ」


「で、ですが、主のそのお身体では……!」

「俺のことはいい! 早く行け! 一刻を争う!」


俺の鬼気迫る様子に、イゾルデは唇を噛み締め、頷くと、すぐにその場から転移して消えた。


一人残された俺は、自らの無力さに打ち震えていた。

チェス盤の上のプレイヤー気取りでいた、自分自身への嘲笑。マキナという、ルール無用のジョーカーの登場で、俺の計画は、もはや崩壊寸前だった。


(どうすればいい……? 俺に、あいつを止める術はないのか……?)


脳裏に、マキナの言葉が蘇る。

『お前の力は、完璧に設計された「機械」だ』

『俺の混沌は、あらゆる機械を破壊する「バグ」だ』


そうだ、俺の力は、あまりにも秩序的で、完成されすぎている。だからこそ、無秩序な混沌の前では無力。

ならば、答えは一つしかないのではないか?


バグを倒すには、同じバグをぶつけるしかない。

秩序ある力でダメなら、こちらも、理の外の力を使うしかない。


俺の脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。それは、あまりにも危険な賭け。下手をすれば、俺自身の精神が崩壊し、マキナ以上の混沌の化身になりかねない、禁断の技。


《支配者の劇場》は、魔力糸で外部を支配する技術だ。だが、その糸を、自分の内側――自らの魂と、魔力の根源である「魔力心臓」に接続したら、どうなるか?

外部をコントロールするのではなく、自分自身というシステムを、無理やりオーバークロックさせ、リミッターを解除する。それは、もはや魔術の領域を超えた、自爆覚悟のドーピング。


俺は、その禁じ手に、震える手で触れようとしていた。


「ククク……やるしか、ないじゃないか……」


乾いた笑いが、薄暗い地下牢獄に響く。

悪役を演じ、世界を救う? 笑わせる。

俺は、ただ、愛する物語が壊されるのを、黙って見ていることなどできないだけだ。


「待っていろ、マキナ。お前という最悪のバグは、俺というバグが、責任をもってデリートしてやる……!」


俺は自らの胸に手を当て、魔力糸を、自らの魂の中心核へと、ゆっくりと、しかし確実に、突き刺していった。


《禁断上演・オーバードライブ:魂喰らいの(ソウル・イーター)道化(・クラウン)


凄まじい激痛と、情報の奔流が、俺の全身を駆け巡る。視界が明滅し、意識が千切れそうになる。だが、それと同時に、俺の体の内側から、これまでとは比較にならないほどの、膨大な力が湧き上がってくるのを感じていた。


肩の傷口を蝕んでいた混沌の呪詛が、俺の内側から溢れ出す暴走した魔力によって、無理やり押し出されていく。


これは、劇薬だ。俺は、もう二度と、元の自分には戻れないかもしれない。


だが、後悔はなかった。

悪役として死ぬはずだった俺の命だ。愛する物語を守るために使えるなら、安いものだ。


俺は、暴走する力をねじ伏せながら、ゆっくりと立ち上がった。その瞳は、もはや赤ではなく、あらゆる光を飲み込むような、漆黒に染まっていた。


盤面は、ひっくり返された。

ならば、もう一度、俺がひっくり返してやる。

混沌のジョーカーがルールを壊すなら、俺は、盤そのものを破壊してでも、勝利する。


孤独な道化の戦いは、今、破滅への序曲を奏で始めた。

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