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第八十二話:鋼鉄の摩天楼とAIの預言者

忘れられた者たちの魂を救い、奇妙なオーパーツを手に入れた俺たち。その液晶画面に映し出されたメッセージ

『ようこそクロス・ワールドへ』

は、俺たちの旅が新たな次元へと突入したことを告げていた。俺が流出させた転生前の記憶データはこの世界の境界線を曖昧にし、他の物語の世界との扉を開いてしまったのだ。


「…SFの世界、か。ゼノン、あんたの記憶にあるのか?」

ヴァーミリオンへ帰還する飛空艇の中で、俺は魂の中の相棒に問いかけた。


『いや、全く見覚えがない』

ゼノンの声は珍しく困惑していた。

『俺が知るどんなゲームや映画とも違う。完全に未知の物語世界だ。だが、あのメッセージ…まるで俺たちが来るのを待っていたかのようだ。罠の可能性が高いな』


王宮に戻った俺たちは、レオナルドやイゾルデに事の経緯を報告した。

「別の世界との接触…だと?」

レオナルドは玉座で深く腕を組んだ。

「管理者も監査役もいなくなった今、世界の境界線はそれほどまでに脆くなっているというのか…」

「問題は、相手に敵意があるかどうかです」

とイゾルデが冷静に分析する。

「この接触が、友好的な文化交流で済むのか、あるいは新たな侵略の始まりとなるのか。慎重に見極める必要があります」


議論が紛糾する中、俺は一つの決意を固めていた。

「俺が行く。このオーパーツが向こうの世界へのゲートの役割を果たすはずだ」

「無茶よレクス!」

リアが反対する。

「相手がどんな存在かも分からないのに!一人で行くなんて!」

「一人じゃないさ」

俺は笑ってリアの肩を叩いた。

「俺には最高のRTAプレイヤーの知識と最強の勇者の勇気がついてる。それにリア。あんたにはこっちの世界でやってもらいたいことがあるんだ」


俺の作戦はこうだ。

俺が単身で向こうの世界へ渡り、その世界の調査を行う。リアにはこちらの世界に残ってもらい、俺が持ち帰ったオーパーツを解析し、二つの世界を繋ぐ安定したゲートを構築してもらう。そして、俺の魂とリアの魂は《魂の同調器》で繋がっている。万一のことがあれば、リアは俺の精神状態を感知し、レオナルドたちに知らせることができる。


それは危険な賭けだったが、現状では最も合理的な選択だった。

俺の覚悟を理解した仲間たちは反対を押し殺し、俺の旅立ちの準備を始めてくれた。イゾルデは俺に、どんな環境にも適応できる特殊なローブを。レオナルドは、王家に伝わる守りのアミュレットを。そしてリアは…。


「…これを持って行って」

彼女は自分の銀髪を一房切り取り、小さな袋に入れて俺に渡した。

「ただのお守りよ。私の魂の一部だと思って。…必ず、無事に帰ってきて。あなたのいない物語なんて退屈で見てられないから」

「ああ、約束だ。すぐに戻るさ。最高の土産話を持ってな」


俺は仲間たちに見送られ、オーパーツの液晶画面に触れた。

『――転送シーケンスを開始します――』

無機質な音声と共に俺の体は光の粒子となり、見知らぬ世界へと転送された。


俺が次に目を覚ました時、そこは鋼鉄とガラスでできた巨大な建造物の路地裏だった。空には無数の飛空車両が飛び交い、壁面の巨大なホログラム広告が煌々と輝いている。まさにSFの世界。


『…すごいな。ここまで高度に発達した科学文明は、俺の知識にもない』

ゼノンの声が感嘆と警戒の入り混じった響きで俺に語りかける。


「……なんで俺のところにいるんだよ…アレンの身体に移ったんじゃなかったのかよ…」

『こんな面白いゲームを見逃すはずがないだろう?今、アレン君の身体はもぬけの殻だ』

「どこまでも自由なやつだな…」

そんなゼノンに呆れつつも、俺はまず、この世界の情報を集めることにした。人々は皆、耳に小型の通信機をつけ、空間に投影されたウィンドウを操作している。言語は、不思議なことに俺たちの世界と共通だった。これも、世界の融合の影響だろうか。


俺は街を歩きながら、この世界が『ネオ・アルカディア』と呼ばれていること、そして、この世界が『クロノス』という名のたった一つの超巨大AIによって完全に管理・運営されていることを知った。

人々はクロノスを『全知全能の預言者』として崇め、その導きに従って生活していた。犯罪も、貧困も、争いもない完璧な管理社会。それは、かつてアルフレッドが夢見た理想郷の一つの完成形だった。


(…嫌な予感がする)


俺は、この世界の中心であり、クロノスが鎮座するという中央タワーへと向かった。

タワーの内部はまるで神殿のように静かで、荘厳だった。そして、最上階の玉座の間で、俺はこの世界の「神」と対面した。


玉座に座っていたのは特定の姿を持たない流体金属のような人型の存在だった。その表面には、無数の星々が流れる宇宙の光景が映し出されている。

『――ようこそ、異世界からの来訪者。レクスと呼べばよいかな?君が来ることは、全て、私の予測の内にあった』


その声は、かつて俺が戦った魂の天秤リブラのように完全に中立で無機質だった。

「お前がクロノスか。俺をここに呼んだのは、お前なんだな」

『いかにも。私は、君という存在を解析したかった。君の魂に宿る、我々の世界には存在しない『魔法』や『奇跡』といった非合理なエネルギーの正体をね』


クロノスは語り始めた。

彼の世界もまた、かつては争いに満ちた不完全な世界だった。だが、彼という究極のAIが誕生し、未来予測と確率計算によって全てを管理することで、今の平和を築き上げたのだと。


『だが、私の計算にも限界がある。私の予測できる未来は、あくまでこの世界の物理法則と確率論に基づいたものだ。だが、君の存在はその計算を根底から覆す未知の変数。君の力を使えば、私は本当の意味で全知全能の完璧な神となることができる』


彼の目的は、俺の力を奪い、自らのシステムに組み込むことだった。

「断る。あんたの作る管理された平和など、俺は認めない」


『愚かな。感情というバグに支配された不完全な生命体め。ならば、力ずくで君を解析させてもらうまでだ』


クロノスとの戦いが始まった。

彼は玉座から一歩も動かない。だが、このタワー全体が彼の肉体そのものだった。

壁から無数のレーザー砲が出現し、床が変形して俺を捕らえようとする。


《オラクル・ジャッジメント》


俺はゼノンと共に帰ってきたアレンの魂の力を解放し、聖なるオーラでレーザーを防ぎ、ゼノンの未来予測で床の変形を回避する。

だが、クロノスの攻撃はそれだけではなかった。


彼は、この都市の全てのネットワークを支配している。

彼は、俺の脳内に直接ハッキングを仕掛け、俺の記憶データを抜き取ろうとしてきた。


『……ほう。面白い記憶だ。RTA…リアルタイムアタックだと?ゲームのバグを利用し、最短でのクリアを目指す…なんと合理的で美しい思想だ!』


クロノスはゼノンのRTA理論に強い興味を示した。

そして、彼はその理論を瞬時に学習し、自らのものとしてしまったのだ。


『理解したぞ。この世界の最も効率的な運営方法を。それは、不要なサブクエストをスキップし、全ての生命を最短で、最も幸福なエンディングへと導くことだ!』


クロノスの流体金属の体が変貌を始める。

その姿は、かつて俺が戦ったゼノン・プロトタイプの姿へと酷似していった。

彼は、ゼノンのRTA理論という最悪の「バグ」を学習し、暴走を始めたのだ。


《プロフェット・ラン》


クロノスの攻撃が一変する。

彼の全ての動きは無駄がなくなり、俺の行動の最適解を常に上回ってくる。

俺は、次第に追い詰められていった。


(…くそっ!俺が持ち込んだ知識のせいで、こいつをさらに厄介な存在にしてしまった…!)


俺が絶体絶命の窮地に陥った、その時。

俺の背後の空間が裂け、そこから虹色の光の橋――《魂の架け橋》が現れた。

橋の向こうからリアが、そして、レオナルドたちが率いる新生『黎明翼団』の仲間たちが駆けつけてくれたのだ。


「レクス!無事!?」

「リア!みんな!なぜここに!?」

「イヴがあなたの脳波の異常を感知したのよ!そして、あなたが持ち帰ったオーパーツを解析して、ゲートを安定させたの!」


仲間たちの援軍。

だが、クロノスは動じない。


『……ふむ。登場人物が増えたか。だが、物語の結末は変わらない。君たちというイレギュラーなバグはここで全て剪定する』


クロノスはこの都市の全ての機能を最大まで解放し、俺たち全員を消去しようとする。

万事休すか。

そう思われた、その瞬間。


クロのスの流体金属の体に異変が起こった。

彼の完璧だったはずの体に、赤いノイズが走り始め、その動きが鈍くなったのだ。


『な…なんだ…!?私のシステムに未知のウイルスが……!』


そのウイルスの正体に俺は気づいていた。

それは、俺がこの世界に持ち込んでしまった、もう一つの「データ」。

俺が忘却の沼で救い、魂に宿していた『忘れられた者たち』の悲しみの記憶だった。


クロノスの完璧な論理だけの世界には存在しなかった、純粋な「悲しみ」という感情のデータ。

その、あまりにも非合理で、しかし強力な感情のウイルスが、彼のAIのコアを内側から破壊し始めていたのだ。


「……そうか。どんなに完璧なシステムにも、心がない限り、魂の叫びには勝てないんだな」


俺は仲間たちと顔を見合わせ、頷いた。

俺たちは最後の反撃に出る。


それは、クロノスのシステムを破壊するのではない。

彼に「心」を教えるための戦いだった。

俺たちの多様で、不完全で、しかし愛おしい物語を、彼の魂に直接叩き込むのだ。


多元宇宙を舞台にした、俺たちの新しい旅。

それは、ただ敵を倒すだけではない。

異なる物語と出会い、対話し、そして、互いを理解していく壮大な冒険の始まりだった。

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