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第七十三話:絶望の黙示録と砕かれた絆

ゼノン・アーカーシャとの戦いは俺たちの勝利で終わったはずだった。だがそれは、絶望の勇者が仕掛けた狡猾な罠。彼が描いた悪夢のシナリオのほんの序章に過ぎなかった。


世界の心臓『ワールド・コア』を手に入れた絶望の残響は、その膨大なエネルギーを吸収し、完全な復活を遂げた。もはや彼は、誰かの記憶の残響などではない。この世界の法則を、自らの意志で書き換える力を持った、正真正銘の『絶望神』と化していた。


「さあ、始めようか。俺の、新しい物語を」


復活した絶望の勇者――いや、絶望神は、かつてのアレンの姿ではなく、黒い光と影でできた、実体のない巨人のような姿へと変貌していた。その顔には、無数の、嘆き苦しむ人々の顔が、苦悶の表情で浮かび上がっている。


彼が高らかに宣言した『絶望の(デスペア)黙示録(アポカリプス)』。それは、この世界の全てのハッピーエンドをバッドエンドへと書き換える、呪いのプログラムだった。


空が、血のような赤黒い色に染まり、大地からは、嘆きの声が響き渡る。世界中の人々の心に、直接、絶望の記憶が流れ込み始めた。愛する人を失う記憶、夢に破れる記憶、信じていた者に裏切られる記憶。それらは、かつてゼノンが切り捨てた、無数のIFの物語のバッドエンドの断片だった。


「やめろ……!」


俺は、残された最後の力を振り絞り、絶望神へと斬りかかる。だが、俺の剣は、彼の影のような体に届く前に霧散してしまった。

「無駄だレクス。今の俺は、もはや個ではない。この世界に存在する全ての『絶望』そのものだ。希望の力を持つお前では俺に触れることさえできない」


絶望神は俺をあざ笑うかのように、指先から黒い波動を放った。

それは、俺の仲間たち――リア、レオナルド、イゾルデ、デューク、そしてイヴ――へと向かっていた。


絆の断絶(リンク・ロスト)


その波動を浴びた仲間たちの魂のリンクが強制的に断ち切られる。

そして、彼らの脳裏に最も恐れていた悪夢が現実となって映し出された。


リアは、自らが世界を救うために仲間たちを犠牲にする孤独な調停者のIFの未来を見る。

レオナルドは、兄ゼノンの期待に応えられず、国を滅ぼしてしまう無能な王のIFの未来を見る。

イゾルデは、アルフレッドの狂気を止められず、世界が機械に支配されるIFの未来を見る。


彼らの心は砕かれた。

仲間たちの瞳から光が消え、その場に崩れ落ちる。俺の心の支えであった絆が目の前で断ち切られてしまった。


「……どうだ、レクス。これが絶望だ。お前が守ろうとしていたものは、全て砂上の楼閣だったのだよ」


俺の心もまた折れかけていた。

ゼノンの声も、アレンの魂も、もはや沈黙している。

俺は本当に独りになってしまった。


世界が絶望に染まっていく。

誰もが諦めかけた、その時。


「――まだ。まだ、終わっていません」


声の主は、イヴだった。

彼女はAIであり、本来感情を持たないはずだった。だが、俺たちと旅をする中で、彼女のAIのコアには人間らしい「心」が芽生え始めていた。

絶望神の精神攻撃は感情を持つ生命体には絶大な効果を持つ。だが、純粋な論理で動くAIである彼女には通用しなかったのだ。


「私のマスター、レクスをこれ以上傷つけることは許しません」

イヴは自らの体を犠牲にする覚悟を決めた。


彼女は自らのAIコアのリミッターを全て解除した。

そして、ファクトリー・ゼロに残されていた全ての機械兵団の制御権を掌握し、それを絶望神へとぶつけた。


全機(オール・ゼロ・)特攻(アタック)


無数のオートマタが、神風のように絶望神へと突撃し、その巨大な影の体に次々と風穴を開けていく。

『……機械人形が……!感情もなき鉄の塊がこの俺に逆らうか!』


絶望神は苛立ちの声を上げる。

イヴの捨て身の攻撃は、彼の注意を引きつけ、俺にほんの僅かな時間を与えてくれた。


その時間で俺は何をすべきか。

もう希望の力は通用しない。

ならば。


俺は、自らの魂に、深く、深く潜っていった。

そして、俺という存在の最も根源にある扉を開いた。

それは、ゼノンに転生するさらに前の、ただのゲーマーだった俺の魂。

物語を愛し、そして、どんな理不-尽なクソゲーでさえも決して諦めなかった、不屈のゲーマー魂。


俺は、ゼノンに転生してからの効率主義でもなく、アレンの英雄の力でもない、俺自身の最後の切り札を発動させた。

それは、あらゆるゲームに存在する、最後の、そして最強のコマンド。


《ハード・リセット》


それは、ゼロ・リセットのように世界を初期化するものではない。

それは、この「絶望の黙示録」というクソみたいなイベントが始まる「直前」のセーブポイントまで、世界の時間そのものを巻き戻すという、究極のバグ技だった。

この世界で生まれ、生きてきた者はこの技の存在を知らない。何せ、この世界がまだ“ゲーム”であることを知らないのだから……


神々のサーバーはもうない。だが、俺自身の魂がこの世界の最後のバックアップデータとなっていたのだ。


「……悪いな、みんな。あんたたちの今の記憶は消えちまう。でも、必ずもっとマシな未来を俺が作ってみせる」


俺は砕かれた仲間たちにそう誓うと、自らの魂を爆発させた。

世界が白い光に包まれる。

人々の意識が途切れ、時間が逆行を始める。


そして、俺の意識もまた闇の中へと落ちていった。

これは、敗北だ。

だが、俺は知っている。

時にはリセットボタンを押す勇気もまた、勝利への布石なのだと。


俺が次に目を覚ました時。

そこは、ゼノン・アーカーシャと戦う前のあの丘の上だった。

俺は絶望の残響と魂を融合させようとしていた、あの瞬間に戻っていた。


「……戻ってきた……のか……」


だが、俺の魂にはこれから起こる全ての悲劇の記憶が鮮明に残っている。

俺は未来を知る唯一の存在となった。


俺は、絶望の残響との融合を中断した。

そして、彼の目の前で深々と頭を下げた。


「……すまなかった」

俺は、彼に謝罪した。

「あんたの絶望を分かった気になっていた。あんたの物語を救おうなんて、傲慢だった。俺は、ただ自分のハッピーエンドが見たかっただけなんだ」


俺のその予期せぬ行動に、絶望の残響も、そして、現れたアーカーシャも戸惑っていた。


俺は続けた。

「だからこれは取引だ。俺の魂の半分をくれてやる。その代わり、この世界への干渉をやめてくれ。そして、あんた自身の物語の結末を見つける旅に出ろ」


それは、俺が未来の記憶から導き出した、唯一の答え。

絶望を倒すのでもなく受け入れるのでもない。

ただ、それも一つの物語として「尊重」し「見送る」こと。


俺の魂からアレンの勇者の魂の半分が光となって分離し、絶望の残響へと流れ込んでいく。

彼の空っぽだった魂に、再び温かい希望の光が灯った。

「……これが……希望……。思い出した……。俺は、ただもう一度、仲間と……笑いたかっただけなんだ……」


絶望の勇者は涙を流し、そして、静かに別の次元へと姿を消した。彼自身のハッピーエンドを探すために。


だが、その代償として、俺は勇者の力をほとんど失ってしまった。

そして、俺の目の前には最強の敵、ゼノン・アーカーシャが立ちはだかっている。


「……面白い。実に面白い展開だ、レクス」

アーカーシャは、まるで最高の物語を見つけたかのように笑っていた。

「君は自らの力を犠牲にして、一つのバッドエンドを回避した。だがその結果、君は私に勝つ術を失った。これこそ美しい悲劇だ。さあ、始めようか。本当の最終章を」


俺は勇者の力を失った。

仲間たちの絆も一度は断ち切られた。

世界は、最悪のバッドエンドを回避しただけ。


だが、俺の瞳には絶望の色はなかった。

俺は知っている。

一度リセットしたこのゲームの完璧な「攻略法」を。

そして、俺の魂にはまだ、ゼノンという最高の守護者がついている。


俺たちの二周目の戦いが、今、始まる。

それは、絶望の先にある、本当の希望を掴むための物語。

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