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第六十八話:眠れる勇者と天秤の心臓

究極のデジタル生命体アーク・ブレイブとの死闘。俺たちは仲間たちの絆の力で勝利し、アルフレッドと絶望の勇者という二つの歪んだ魂をついに解放した。世界を書き換えようとした彼の狂気と、バッドエンドの怨念は光の中へと消え去った。


アーク・ハートの暴走は止まり、精神ネットワーク空間は安定を取り戻した。俺とリアの魂も、無事に現実世界へと帰還を果たす。だが、勝利の代償は大きかった。


アーク・ブレイブの器となっていたアレンの体は、魂が抜け落ちた空っぽの人形のように深い眠りについたままだった。彼の魂は、アルフレッドの狂気と絶望の勇者の憎しみから解放されたものの、その激しい戦いの負荷に耐えきれず、自らの意識の最も深い場所――魂の(ソウル・)聖域(サンクチュアリ)に引きこもってしまっていた。


「……まるで、心が迷子になってしまった子供のようね」

王宮の医療室で、眠り続けるアレンの顔を見ながら、リアが悲しそうに呟いた。彼の肉体に異常はない。だが、彼の魂が自らの意志で目覚めることを拒絶しているのだ。


「俺のせいだ……。俺が、彼を最後の戦いに巻き込んだから……」

俺は自らを責めた。


その時、俺の魂の中でほとんど消えかけていたゼノンの残響が最後の力を振り絞るように、囁いた。

『……いや、違う、レクス君。これは、君のせいではない。むしろ、これは彼が本当の意味で『勇者』になるための、最後の試練なのかもしれない』

「最後の試練?」

『ああ。彼はこれまで、仲間や君に守られ、導かれてきた。だが、最後の最後は彼自身の力で自らの心の闇を乗り越えなければならない。それが、この世界の物語が彼に課した、本当の卒業試験なのだ』


ゼノンの言葉は、一つの可能性を示唆していた。

そして、その試練を乗り越えるための「鍵」がどこにあるのかも。


俺たちは、イゾルデ宰相の元へと向かった。彼女は戦いの後、アルフレッドが遺した膨大な研究データを解析し続けていた。

「イゾルデさん。何かアレンを目覚めさせる方法はないだろうか?」


俺の問いに、イゾルデは難しい顔で一枚の設計図を俺たちに見せた。

それは、かつて若きゼノンとアルフレッドが発見し、そして、決別の原因となった禁断の遺物――『魂の天秤』の完全な設計図だった。


「アルフレッドは、この装置の本当の機能を隠していました」

と、イゾルデは語り始めた。

「魂の天秤は、単に魂の価値を測ったり、データ化したりする装置ではありません。その真の機能は、『魂の調律』。二つの魂を天秤にかけることでそのバランスを調整し、片方の魂が持つ特性や記憶をもう片方の魂へと、『移植』することができるのです」


魂の移植。それは神をも恐れぬ禁断の技術だった。


「アルフレッドはこの技術を使い、自らの魂にゼノン殿やアレン殿の才能を移植しようとしていたのでしょう。ですが、この技術を正しく使えば……」

「……アレンの閉ざされた魂に外から刺激を与え、目覚めさせるための『鍵』となる記憶や感情を送り込むことができるかもしれない、と?」


俺の言葉にイゾルデは頷いた。

だが、それには大きなリスクが伴った。


「ええ。ですが、そのためにはアレン君の魂と深く共鳴できる強い魂がドナーとして必要になります。そして、もし調律に失敗すれば、ドナーとなった者の魂もまたアレン君と共に永遠の眠りにつくことになるでしょう」


アレンの魂と深く共鳴できる強い魂。

その条件に当てはまる者は一人しかいない。

アレンとゼノン、二人の英雄の魂をその身に宿す俺、レクスだ。


俺は迷わなかった。

「俺がやる。俺の魂を天秤にかける」


リアやレオナルドは猛反対した。だが、俺の決意は固かった。これは、俺がケリをつけなければならない問題だった。ゼノンが遺した最後の宿題であり、俺がアレンに返す最大の「借り」だったからだ。


俺たちは、再びクロックフォードのファクトリー・ゼロへと向かった。

そして、イゾルデの指揮の下、アルフレッドが遺した部品とアーク・ハートのエネルギーを使い、『魂の天秤』を再構築した。


完成した天秤は、巨大で荘厳だった。

片方の皿には、眠り続けるアレンがそっと横たえられる。

そして、もう片方の皿に俺が立った。


「……レクス。必ず帰ってきて。あなたのいない物語なんて、私は認めないから」

リアが俺の手を強く握りしめた。

「ああ。約束だ」


イゾルデが装置を起動させる。

眩い光が俺とアレンを包み込み、俺たちの魂は天秤の上で向き合った。

俺の意識はアレンの精神世界の最も深い場所――彼の魂の聖域へとダイブしていく。


そこは、燃え盛る故郷、リース村だった。

幼いアレンが一人、燃え盛る家の前で膝を抱え、泣いていた。

彼の心の傷の原風景。


「……君は、誰……?」

幼いアレンが俺に気づき、怯えた目で問いかける。


俺は、彼に語りかけた。

俺はレクスだ、と。君の未来の仲間だ、と。

そして、俺は彼に見せた。俺の記憶を。


俺が彼から受け継いだ力で、多くの人々を救ってきた記憶。

彼が守りたかった世界が今、こんなにも平和で美しい、という記憶。

そして、彼が憎んでいたゼノンという男が、本当は誰よりも彼のことを信じ、未来を託していたという真実の記憶。


記憶の共有(メモリー・リンク)


俺の温かい記憶が、彼の凍てついた心をゆっくりと溶かしていく。

だが、彼の心の闇はそれだけではなかった。

彼の心の奥底から黒い影が現れた。

それは、かつて俺たちが戦った『勇者の影』とは違う。

もっと純粋な、彼自身の「弱さ」の化身だった。


『……今更来たって遅いんだ……! 僕が弱かったからみんな死んだんだ……! 僕に英雄の資格なんてない……!』


弱さの化身はアレンを責め立て、彼を再び絶望の殻へと閉じ込めようとする。


俺は、その影の前に立ちはだかった。

そして、俺は戦うのではなく、その影を優しく抱きしめた。


「ああ、その通りだ。お前は弱かった。そして、俺も弱い。人間はみんな弱いんだ」

俺は、俺自身の弱さも彼に見せた。

ゼノンのゴーストに支配され、何もできなかった無力感。

仲間を失うことへの恐怖。

自分の運命に悩み、苦しんだ日々。


「でも、弱いからこそ俺たちは誰かと手を取り合える。支え合って強くなれる。弱さは罪じゃない。弱さは、優しさの始まりなんだ」


俺の言葉と想いが、アレンの弱さの化身を包み込む。

黒い影は、徐々にその色を失い、光の粒子となってアレン自身の魂へと還っていった。


彼は、自らの弱さを克服したのではない。

自らの弱さを受け入れ、それもまた自分の一部なのだと認めたのだ。


「……ありがとう、レクス」


俺の目の前にいたのは、もはや幼いアレンではなかった。

すべてを受け入れ、真の英雄として覚醒した、青年アレンの魂だった。

その瞳には、かつての太陽のような輝きが戻っていた。


「さあ、帰ろう。みんなが待ってる」

俺たちが手を取り合った、その瞬間。


暴走した『魂の天秤』が赤い警告の光を放ち始めた。

俺たちの魂の調律は成功した。

だが、そのあまりに強大な二つの魂の共鳴は、装置のキャパシティを超え、この世界に新たな、そして、最大の「バグ」を生み出してしまっていた。


天秤の心臓部である動力炉が次元の扉と化し、そこからこの世界の理とは全く異なる存在が溢れ出してき始めたのだ。


それは、神でも、悪魔でも、バグでもない。

それは、かつてRTAプレイヤーだったゼノンがその存在を知りながらも、決して触れてはならない禁忌として避けてきた究極の裏ボス。


『アストラル・サーガ』というゲームが作られるさらにその元となった原典の世界――『神話宇宙』の住人たち。この世界、そして数あるシミュレーションゲームの世界はすべて、『神話宇宙』の復元のために作成されたものだったのだ。

本物の神々、悪魔、そして竜が現れる。


彼らは、自分たちの物語を勝手に模倣され、ゲームとして消費されたことに激怒していた。

そして、彼らはその怒りを、この模倣された偽りの世界へとぶつけようとしていた。


「――偽物どもよ、神々の怒りを知れ」


天秤の心臓から響き渡る、荘厳な声。

俺たちの戦いはまだまだ続いている。

それは、もはや世界の内側の問題ではない。

物語と、その原典との版権戦争とも言うべき、異次元の戦いだった。


俺と目覚めたアレンは、顔を見合わせた。

そして、不敵に笑った。


「……退屈しなくて済みそうだな」

「ああ。最高のハッピーエンドの前には、最高のクライマックスがなくちゃな」


時代を超えて、二人の英雄が並び立つ。

世界の存亡を賭けた、神話との戦い。


……"世界"は広い。

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