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第六十七話:鏡像の英雄と物語の所有権

アーク・ハートの心臓部。そこはもはや物理的な空間ではない。世界中の人々の魂が繋がる広大な精神ネットワーク。全ての意識が交差する情報の海だった。その中心で俺と究極のデジタル生命体『アーク・ブレイブ』との最後の戦いが始まった。


アーク・ブレイブは勇者アレンの姿をしている。だが、その瞳に宿るのはアルフレッドの冷徹な知性。そしてその全身から放たれるオーラはアレンの聖なる力とアルフレッドの魔導科学が融合した、禍々しい紫電だった。彼は、ゼノンのRTA理論、アレンの戦闘データ、そして、アルフレッドの科学力という三つの最強の力を併せ持つ、文字通りの「ラスボス」だった。


『さあ、始めようかレクス君。この世界の物語の所有権を賭けた最後のゲームを』


アーク・ブレイブはアレンが使っていたはずの聖剣を構える。だが、その刀身は物理的な刃ではなく無数のプログラムコードが螺旋状に絡み合ったデータブレードへと変貌していた。

彼はその剣を振るい、この精神ネットワークそのものを切り裂くような斬撃を放ってきた。


《コード・ディバイダー》


その斬撃は、俺と仲間たちの魂の繋がりを断ち切ろうとする。俺たちの絆を破壊し、俺を孤立させようという狙いだ。


「させるか!」


俺はとっさにリアと魂の同調を強め、彼女の調停者としての力を借りる。

絆の(リンク・)防壁(プロテクション)

俺たちの魂の周りに精神的なダメージを無効化するシールドを展開し、アーク・ブレイブの攻撃を防ぐ。


だが、彼の攻撃はそれだけではなかった。

『君の仲間たちの魂は今、このネットワークに無防備に晒されている。彼らの『物語』を少し編集させてもらうとしよう』


アーク・ブレイブが指を鳴らすと、現実世界で俺たちを支援してくれていたレオナルドやイゾルデ、デュークたちの精神に異変が起こり始めた。

レオナルドの脳裏にはゼノンに王位を奪われるという最悪のIFの記憶が蘇り、彼は俺に対して猜疑心を抱き始める。

イゾルデの心にはアルフレッドへの断ち切れない情が呼び覚まされ、彼女は俺たちの戦いを躊躇するようになる。


彼は、俺たちの仲間たちのトラウマや弱さをハッキングし、彼らの物語をバッドエンドへと強制的に書き換えていくのだ。


「みんなしっかりしろ!奴の精神攻撃だ!」

俺は叫ぶが声は届かない。


『無駄だ。人の心などというものは脆い。少しの疑惑と絶望を与えれば簡単に壊れてしまう。完璧な論理の前ではね』

アーク・ブレイブの言葉は、かつてRTAプレイヤーだった頃のゼノンの思想そのものだった。


『そうだ、レクス君。こいつはかつての俺自身なのだ』

俺の魂の中でゼノンが静かに語る。

『アレンの力を手に入れたもしもの俺。効率と正義を履き違えた究極の独裁者。こいつを倒すことは俺自身の過去を清算することでもある』


俺は覚悟を決めた。仲間たちのことはリアに任せるしかない。リアの調停者としての力なら時間を稼ぐことはできるはずだ。俺がやるべきことはただ一つ。目の前の最強の敵を倒すこと。


俺は、ゼノンとアレン、そして、俺自身の魂を再び同調させる。

《双極の魂》の力を最大まで引き出し、俺の姿もまた変貌していった。

右半身はゼノンの観測者を思わせる星空のローブ。

左半身はアレンの勇者を思わせる黄金の鎧。

そしてその中心には俺レクスとしての意志が虹色の光となって輝いている。

それは三位一体の最終形態だった。


《トリニティ・ロード》


「お前の歪んだ物語は俺が終わらせる!」


俺は二本の剣――聖剣と星辰の剣を構え、アーク・ブレイブへと突撃した。

ここから先は純粋な力と技、そして意志のぶつかり合い。

精神ネットワークという無限の舞台で、二人の融合した英雄による神話的な死闘が繰り広げられる。


アーク・ブレイブはアレンの剣技を完璧に再現し、さらにアルフレッドのハッキング能力でその威力を増幅させてくる。彼が振るうデータブレードは世界の理そのものを書き換え「当たる」という結果を強制的に作り出す予測不能の攻撃だった。


俺はゼノンの未来予測とRTAで培ったフレーム単位での回避技術でそれを紙一重でかわしていく。そして、アレンの聖なる力で彼のハッキング能力を中和し、攻撃の法則を正常なものへと戻す。


攻防一体の超高速バトル。

それは、もはや人間の目には捉えられない光と情報の応酬だった。


『なぜだ!?なぜ私の完璧な攻撃を読める!?』

アーク・ブレイブが初めて動揺を見せる。

「言ったはずだ。あんたは俺自身だってな。あんたが何を考え、どう動くか。俺には手に取るように分かるんだよ!」


俺は彼の思考パターンを逆手に取り、彼の攻撃のさらに先を予測し、カウンターを叩き込んでいく。

それはゼノンのRTA理論をさらに超えた領域。

相手の思考を模倣し、その上で感情という不確定要素を加えて相手の予測を上回る究極の心理戦。


模倣者の超越(トレース・オーバー)


俺の剣が、初めてアーク・ブレイブの体を捉えた。

だが、彼はダメージを受けながらも不気味に笑っていた。

『……そうか。ようやく理解した。君は私に勝てない。なぜなら、君が私を攻撃すればするほど君は私に近づいていくからだ』


彼の言葉の意味を俺はすぐに理解した。

俺が彼の思考を読めば読むほど、俺の思考もまた彼の論理的な思考に汚染されていく。俺が彼の力を理解すればするほど、俺の魂もまた、彼のようになっていく。

この戦いは、長引けば長引くほど俺が俺でなくなってしまう危険な賭けだったのだ。


俺のオーラにわずかに紫電が混じり始める。アレンの魂がアルフレッドの狂気に染まり始めている証拠だった。


(……くそっ!このままじゃ!)


その時だった。

俺の魂に温かい光が流れ込んできた。

リアだ。

彼女は俺にかけられた精神汚染を調停者としての力で浄化してくれていたのだ。

そして、彼女だけではない。

レオナルドやイゾルデ、デューク。そして世界中の人々の魂が俺を応援してくれていた。アーク・ブレイブの精神攻撃に屈することなく自らの意志で偽りの記憶を振り払ったのだ。


「レクス!聞こえるか!」

レオナルドの声が響く。

「お前は一人ではない!我々がお前の盾となる!」


仲間たちの想いが俺の魂を繋ぎ止め、俺が俺であり続けるための錨となってくれた。


「……ありがとうみんな」


俺は涙を拭った。そして、最後の覚悟を決める。

この戦いを終わらせる方法は一つしかない。

アルフレッドの魂をアレンの体から引き剥がし、解放すること。


俺はアーク・ブレイブに語りかけた。

「アルフレッド。もう終わりにしよう。お前の妹が本当に望んでいたのはこんな世界じゃないはずだ」


俺はその言葉と共に、俺が持つ全ての物語の力――仲間たちの想い、人々の祈り、そしてゼノンが夢見たハッピーエンドを一つの技へと昇華させた。

それは攻撃ではない。

究極の《物語の修正》。


作者へ(レター・トゥ)の手紙(・オーサー)


俺の想いは光の奔流となり、アーク・ブレイブを包み込む。

その光の中で彼は見た。

もし、彼がゼノンと決別せずその才能を正しい道のために使っていたら。

妹の死を乗り越え、仲間たちと共に平和な世界を築いていたかもしれない温かいIFの物語を。


『……ああ……。こんな……こんな未来も……あったのか……』


アーク・ブレイブの姿がアレンとアルフレッドの二つに分離していく。

アルフレッドの魂は涙を流していた。百年の狂気からようやく解放されたのだ。

『……ありがとう……レクス君……。そして……すまなかった……ゼノン……』

彼は光の粒子となって消えていった。


だが、残されたアレンの器は暴走を始めた。

アルフレッドという制御を失ったことで絶望の勇者の力が、再び顔を出したのだ。

「……終わらせない……。俺の物語は……絶望でなければ……!」


暴走する勇者の魂を止めるため、俺は彼を強く抱きしめた。

そして、俺の魂そのものを彼に注ぎ込む。

アレンとゼノン、そしてレクス。

三つの魂が完全に一つになり彼の絶望を内側から包み込み、溶かしていく。


光が収まった時、そこには静かに眠るアレンの姿をした器だけが残されていた。

彼の魂は救われた。だが、彼は目覚めない。


俺たちの戦いはまだ終わっていなかった。

アルフレッドが遺した最後の遺産。

そして、この世界の根幹に関わる最大の謎。

『魂の天秤』の真の機能。

それを巡る戦いが、今まさに始まろうとしていた。

そして、その鍵を握るのは眠り続ける絶望の勇者だった別世界のアレンの魂の中に隠されていたのだ。

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