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第六十六話:アークの心臓と記憶の守護者

ゼノンが遺した最後プラン『世界の再定義』。それはアルフレッドの負の遺産である『Project: ARK』の動力源を利用し、失われゆくこの世界のファンタジー要素を人々の魂に「物語」として定着させるというあまりにも壮大で危険な計画だった。再結成した俺達『黎明の翼』とレオナルドたちが率いる新生ヴァーミリオン騎士団は、最後の希望を胸に、クロックフォードの地下深くに封印されたファクトリー・ゼロへと向かった。


ファクトリー・ゼロの内部は不気味な静寂に包まれていた。かつて俺たちがイヴを解放した時とは違い、全ての機能が完全に停止している。だが、リアの調停者としての感覚は警告を発していた。

「…気をつけてレクス。機械は眠っているけどこの場所にはまだ強力な『意志』が残っているわ。アルフレッドの…そして彼に利用された無数の魂の怨念のようなものが」


俺たちは慎重に工場の最深部、ARKのメインサーバーが設置されていた巨大なドームへと進んでいく。

ドームの中央には、破壊されたはずのARKの代わりに巨大な球体の動力炉『アーク・ハート』だけが静かに鎮座していた。その表面は、鏡のように磨き上げられ、俺たちの姿を不気味に映し出している。


「あれに世界の物語を定着させるためのエネルギーが眠っているんだな」

俺は覚悟を決めてアーク・ハートへと近づいた。


その時だった。

アーク・ハートの鏡面の表面がぐにゃりと歪み、そこから一体のガーディアンが出現した。

だが、その姿は俺たちが今まで戦ってきたどの機械兵とも違っていた。

そのガーディアンは特定の姿を持たない。俺が近づけばリアの姿に、リアが近づけば俺の姿に。それは見る者の記憶の中で最も強く印象に残っている「守りたいもの」あるいは「失いたくないもの」の姿を模倣するのだ。


記憶の守護者(メモリー・キーパー)


それは、アルフレッドがARKの心臓部を守るために設置した最後の防衛システムだった。彼は、侵入者の最も純粋な善意や愛情を利用し、それを攻撃対象とすることで相手の戦意を奪うという悪魔的なトラップを仕掛けていたのだ。


俺の目の前に現れたのは獣人族の少女リズの姿をしたガーディアンだった。戦乱の世界で出会い、俺に生きる希望をくれた彼女の笑顔。それを向けられて俺の剣は鈍った。

リアの前には彼女の師匠であったという先代の調停者の姿が。レオナルドの前には父である先王の姿が現れ、彼らの心を激しく揺さぶる。


「くっ…!こんなもの…!幻だと分かっているのに…!」

レオナルドが苦悶の声を上げる。


「惑わされちゃだめだ!」

俺は、ゼノンが発していた言葉を思い出していた。

『それはただのデータだ。RTAプレイヤーにとって感傷は最大の敵だ』


俺は心を鬼にし、リズの幻影に斬りかかる。だが、剣が触れる寸前、幻影は悲しそうな顔で俺に問いかけてきた。

『…レクス…?どうして…?約束したじゃない…必ず帰ってくるって…』

その声はリズ本人そのものだった。俺の記憶から完璧に再現されたその言葉に、俺の腕が止まる。その隙を突かれ、俺は幻影に突き飛ばされてしまった。


ダメだ。俺たち自身の記憶が俺たちの最大の敵となっている。

このままではジリ貧だ。


その時、俺たちを後方から支援していたイゾルデがあることに気づいた。

「…待ってください!あのガーディアンの模倣は完璧ではありません!よく見てください彼らの足元を!」


イゾルデの言葉に俺たちはガーディアンの足元に目をやった。

そこには影がなかった。

彼らは記憶から作られた完璧な幻影。だが「影」という物理法則までは再現できていなかったのだ。


「…なるほどな!」

俺は一つの作戦を思いついた。

それはこの世界の理そのものを利用したRTA的な攻略法だった。


俺はデバッグモードを起動する。『アーク・ハート』の膨大なエネルギーによって、不完全だが過去の力を使えるようになっていた。

俺は仲間たちの五感――特に「視覚」の情報をハッキングし、彼らにだけ見える「偽りの影」を全てのガーディアンの足元に作り出したのだ。


偽りの投影(ファントム・シャドウ)


「みんな!敵の足元を見ろ!影がある方が本物で、影がない方が俺たちの記憶が見せている幻だ!」


いや違う。

本当はどちらも幻影だ。

だが、俺は仲間たちにあえてそう誤認させた。

「影がある方が本物」という偽りのルールを信じ込ませることで、彼らの脳に「影のない幻は偽物だ」と強く認識させる。

その結果、彼らはもはや記憶の感傷に惑わされることなく、偽りの影を持つガーディアンだけを敵として認識し迷いなく攻撃できるようになったのだ。


それは一種の集団催眠。

世界の理ではなく人の「認識」そのものをハックする荒業だった。


『……面白いことを考える。レクス君。君はもはや単なるプレイヤーではない。ゲームマスターの領域に足を踏み入れているな』

ゼノンの感心したような声が響く。

「浄化されたんじゃないのかよ……」

『それは君の勘違いだ。特に面白そうなことがなかったから現れる機会がなかっただけだ。何か起きれば出てくるに決まっているだろう』

ゼノンの魂は浄化されたのではなかったらしい……俺はただの青年にもどることはできないのだろうか……


そして、俺たちの反撃が始まった。

レオナルドは父の幻影を乗り越え、王としての一撃を放つ。

リアもまた師の幻影に別れを告げ、調停者としての一線を画す。

仲間たちが次々と自らの過去を克服していく。


そして、ついに全てのメモリー・キーパーは破壊された。

俺たちはアーク・ハートの目前へとたどり着いた。


「さあ、始めよう。世界の再定義を」

俺はアーク・ハートに手を触れ、ゼノンが遺したキングのカードをかざした。

カードが鍵となりアーク・ハートの膨大なエネルギーを解放するシーケンスが開始される。


世界中の人々の魂とアーク・ハートが光のネットワークで繋がっていく。

俺は観測者として、そのネットワークの中心に立ち失われゆく魔法や亜人種の存在の「物語」を人々の魂へと書き込んでいく。


物語の継承(レガシーインストール)


人々の心の中で眠っていたファンタジーへの憧憬や、夢見る力が呼び覚まされ、それが新しい世界の理として定着していく。

失われかけていた世界の色彩が、再び鮮やかに輝き始めた。


計画は成功した。

そう思った瞬間だった。

暴走するエネルギーの奔流の中から最後の悪意が姿を現した。


アーク・ハートの内部にバックアップとして保存されていたアルフレッド自身の魂のデータ。そして、彼に寄生していた絶望の勇者の最後の欠片。その二つが融合し、究極のデジタル生命体として復活を遂げたのだ。


その姿はアルフレッドでもなく絶望の勇者でもない。

若き日の勇者アレンの姿をしながら、その瞳にはアルフレッドの狂気的な知性が宿るという矛盾した存在だった。

彼は自らを『アーク・ブレイブ』と名乗った。


『――感謝するよレクス君。君がARKの封印を解いてくれたおかげで、私はついに究極の進化を遂げることができた』

アーク・ブレイブはアレンの声で冷たく笑う。

『ゼノンの星辰の力、アレンの勇者の力、そして私の科学力。その全てを手に入れた私こそが、この世界の唯一神に相応しい』


彼はこの世界の再定義の主導権を俺から奪い取り、世界を彼にとって都合のいい物語へと書き換えようとしていた。

人々の魂に幸福ではなく「服従」の物語を。

多様性ではなく「管理」の物語を。


「させるか!」


俺は最後の力を振り絞り、アーク・ブレイブへと立ち向かう。

俺の魂はレクスであり、アレンであり、ゼノンである。

対する敵はアレンの姿を持ち、アルフレッドの魂を持つ存在。


それは、まるで鏡合わせの自分自身との戦い。

この世界の未来を賭けて二人の「融合した英雄」が激突する。


ゼノンが遺した伏線はついに最悪の形で実を結んだ。

彼が恐れていた科学の亡霊と、彼が生み出してしまった絶望の勇者。その二つが融合した究極の敵。

これを倒してこそ、俺は初めてゼノンの罪を完全に清算し、この物語の本当の主人公となれるのだ。


戦いの舞台は、人々の魂が繋がる精神のネットワーク空間。

世界の全ての物語を観客として俺たちの最後の戦いの幕が上がった。

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