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第六十一話:海に沈んだ王国と忘れられた女王

リベルタスの偽りの平和を解放した俺たち。だが、息つく間もなくイヴからもたらされた次の情報は、俺たちを更なる謎の深淵へと誘った。


「次のアルフレッドの残響の反応は…座標上、大陸南西部の深海から検出されています」


イヴが映し出すホログラムの海図。その一点が赤く点滅している。

「深海…?研究施設がそんな場所に?」

リアが訝しげに眉をひそめる。


『…いや、ありえる』

俺の魂の中でゼノンが重い口調で言った。

『俺の記憶が正しければ、その座標にはかつて一つの王国が存在した。高度な水棲魔術文明を誇った人魚の国『アクアフォール』。だが、その国は百年前、原因不明の大災害によって、一夜にして海に沈んだとされている。俺のでも攻略ルートでさえ、その謎は解明されておらず常に避けていた危険地帯だ』


一夜にして海に沈んだ人魚の国。そして、そこに潜むアルフレッドの残響。二つの無関係に見える事象が俺の中で不吉な線となって繋がり始めていた。


「この残響はアルフレッドの『魔術』、特に生命創造の分野を司るものだと思われます」とイヴが分析を続ける。「彼はアクアフォールの遺跡に眠る古代の生命創造の秘術を狙っているのかもしれません」


アルフレッドが生命創造の秘術を手に入れればどうなるか。彼が生み出したAIイヴやオートマタ軍団がさらに進化し、あるいは全く新しい生態系を創り出してしまうかもしれない。俺たちは最悪の事態を阻止するため、レオナルド王に最新鋭の潜水艇を用意してもらい、深海都市アクアフォールへと向かった。


潜水艇が深海へと潜っていく。陽の光も届かない暗黒の世界。だが、やがて俺たちの目の前に幻想的な光景が広がった。

サンゴや発光する海藻でできた建物が立ち並び、巨大な泡のドームが都市全体を覆っている。そこが海に沈んだ王国、アクアフォールだった。


都市は廃墟となっていたが、不気味なほどその原型を留めていた。そして、街を徘徊しているのは魚の頭を持つ獣人や半透明のクラゲのような生物。それらはマキナのバグともアルフレッドの機械兵とも違う、未知のモンスターだった。


「…なんてこと。このモンスターたち…元は人間よ」

リアが調停者としての力でその本質を見抜き、戦慄の声を上げた。

「この都市の住民たちが何かによって強制的に変異させられた姿だわ…!」


俺たちは潜水艇を降り、特殊な魔導具で水中でも呼吸できるようにして都市の探索を開始した。

街のあちこちには当時の住民たちの日記や記録が残されていた。それらを読み解いていくうちに、俺たちはこの国を襲った悲劇の真相を知ることになる。


百年前、アクアフォールは病に苦しんでいた。原因不明の奇病が国中に蔓延し、人魚たちの美しい鱗は剥がれ落ち、魂が衰弱していく。女王自身もその病に侵され、王国は滅亡の危機に瀕していた。

そんな時、彼らの前に一人の賢者が現れた。彼は、王国の病を癒やす方法を知っていると言った。その賢者こそ、若き日のアルフレッドだった。


彼は女王に一つの計画を提案した。それは、国民全員の肉体を一度捨てさせ、魂をデータ化し、清浄な海水の魔力の中に保存する。そして、病の原因が完全に消え去った後、新しい肉体を用意し魂を戻す、という壮大なものだった。

女王は民を救いたい一心でその計画を受け入れた。だが、それはアルフレッドの罠だった。


彼の本当の目的は人魚という特殊な生命体の魂のデータを収集すること。そして、この都市そのものを自らの生命創造実験のための巨大な培養槽に作り変えることだった。

彼は、国民の魂をデータ化した後、約束を破り、彼らの魂を異形のモンスターへと作り変え、永遠にこの海底都市を彷徨う実験動物にしてしまったのだ。


「……ひどすぎる……」

俺は怒りに拳を握りしめた。


『……俺のせいだ』

とゼノンが呟いた。

『俺があの時、アルフレッドを止めきれなかったから…。俺が彼と決別せず、もっと彼の孤独に寄り添っていればこんな悲劇は起きなかったのかもしれない……』


ゼノンの後悔が俺の魂にも伝わってくる。

俺たちは、王国の中心にある女王の神殿へと向かった。そこにアルフレッドの残響がいるはずだ。


神殿の最深部、玉座の間。

そこには氷の棺の中で眠る美しい人魚の女王と、そして、その傍らに立つアルフレッドの『魔術』の残響がいた。その姿は若き日の彼のままだが、その瞳には科学者としての探究心ではなく、魔術の深淵を覗き込んだ者の狂気が宿っていた。


「来たかねイレギュラーたち。我が実験場へようこそ」


彼の周囲には、彼が創り出した最高傑作であろうキメラのような合成魔獣たちが唸り声を上げていた。


「アルフレッド!よくもこの国を!」

「人聞きの悪いことを言うな。私は彼らを救ったのだよ。病による緩やかな死の代わりに永遠の命を与えてやった。彼らは私の作り出す新しい生態系の礎となるのだ。感謝こそされど、恨まれる謂れはない」


彼の歪んだ論理はもはや人の心を持ち合わせていない。

「問答無用!」

俺とリアは同時に飛び出した。


アルフレッドの残響は、自らは動かず合成魔獣たちに俺たちを攻撃させる。

禁忌の合成獣(キメラ・ロード)

獅子の頭にドラゴンの翼蛇の尾を持つ怪物。その口から放たれる炎、氷、雷の三属性ブレスは強力無比だった。


俺は、ゼノンの観測者としての力でブレスの軌道を予測し、アレンの勇者の力でそのエネルギーを相殺する。

リアは調停者としての力で合成魔獣の体の組成――異なる生物のデータが無理やり繋ぎ合わされている接合部分の脆弱性を見抜き、そこを的確に攻撃していく。


だが、キメラは倒しても倒してもアルフレッドの魔術によって即座に再生してしまう。

「無駄だよ。この神殿は私の魔力で満ちている。私の創造物は無限に蘇る」


その時だった。

俺たちの背後にある氷の棺が内側から淡い光を放ち始めた。

そして、俺たちの脳内に直接声が響いてきた。


『……聞こえますか……外の世界の者たちよ……』


それは、眠っているはずの女王の魂の声だった。

彼女の魂はアルフレッドに肉体を封じられながらも、かろうじて意識を保っていたのだ。


『……あの方を止めてください……。ですが、殺さないで……。彼もまた…孤独な魂なのです……』


女王は自分をこんな姿にしたアルフレッドを憎んでいなかった。むしろ、彼の魂の孤独に同情していたのだ。


『……私の最後の力を貴方たちに託します。この国に伝わる究極の水棲魔術……。それは、破壊の力ではありません。全てを受け入れ、溶かし、そして、浄化する母なる海の力……』


女王の魂が、俺とリアの魂に流れ込んでくる。

俺たちの体にアクアフォールの秘術が宿った。


母なる海の(マザー・オーシャンズ)抱擁(・グレイス)


俺たちの体から、穏やかで温かい水のオーラが溢れ出す。

そのオーラに触れた合成魔獣たちは、その凶暴性を失い、まるで母親に抱かれた赤子のように安らかな表情になって動きを止めた。


『な……!?私の創造物が!私の支配を離れていく!?』

アルフレッドが狼狽する。


俺は、彼に語りかけた。

「お前の負けだ、アルフレッド。お前の魔術は生命を支配し、作り変えることしかできない。だが、女王の魔術は生命そのものを肯定し、受け入れる力だ。あんたの孤独な魂さえも」


俺は、母なる海の抱擁の力をアルフレッドの残響へと向けた。

それは攻撃ではない。

彼の狂気の根源にある孤独と悲しみを癒やすための浄化の光だった。


「ああ……。この温かい光は……。母上……?」

彼の魂が、幼い頃の記憶――病気の妹を看病してくれた母親の温もりを思い出す。

彼の狂気の鎧がゆっくりと剥がれ落ちていく。


だが、その瞬間。

彼の魂から再びあの黒い影――絶望の勇者の欠片が噴き出した。

『邪魔をするな!その魂は我が王の糧となるべきものだ!』


影は、アルフレッドの魔術の知識を吸収し、さらに強大な姿となって俺たちに襲いかかる。

だが、俺はもう驚かなかった。


「……お前が出てくることも計算済みだ」


俺は、ゼノンのRTA理論の真髄を発動させた。

それは「負けイベントの利用」。

一見絶望的に見える状況を逆に利用し、最強のカウンターを叩き込む高等戦術だ。


俺は、わざと絶望の勇者の影に女王から託された力の大部分を吸収させた。

『愚かな!自ら力を差し出すとは!』

影は勝ち誇ったように笑う。


だが、彼が吸収した力はただのエネルギーではなかった。

それは「母性」という名の究極の浄化プログラムだったのだ。

絶望と憎しみで凝り固まった彼の魂は、母なる海の無償の愛に触れ、その存在意義そのものから揺さぶりをかけられる。


『……なんだ……この感覚は……。憎しみが……溶けていく……。俺は……一体……何のために……戦って……?』


影の動きが鈍る。

俺はその一瞬の隙を見逃さなかった。


俺は最後の力を振り絞り、この海底神殿の因果そのものを書き換える。

それは、アルフレッドと女王、そして、絶望の勇者の三者の魂を強制的に対話させるための舞台を作り出す技だった。


魂の法廷(トライアル・ソウル)


三つの魂が、俺の作り出した精神世界で向き合う。

そこで何が語られたのか俺には分からない。

だが、しばらくして光が収まった時、そこには穏やかな表情で眠る女王と光の粒子となって消えていくアルフレッドと絶望の勇者の魂があった。

彼らは最後の最後で互いを理解し、許し合ったのだろう。


こうして、アクアフォールの悲劇は百年という時を経てようやく終わりを告げた。

変異させられていた国民たちも元の魂の姿に戻り、女王と共に静かな眠りについた。


俺とリアは地上へと帰還する。

また一つ、アルフレッドの残響を解放した。

だが、俺たちの心は晴れなかった。

絶望の勇者はまだ世界中にその欠片をばら撒いている。そして、彼の行動はもはや単なる復活のためのエネルギー集めではないように思えた。


彼は、まるで何か壮大な「儀式」の準備をしているかのように、各地のパワースポットにその楔を打ち込んでいる。

その儀式の目的とは何か。


俺たちの戦いは、アルフレッドの残響を追う旅から絶望の勇者が企む真の目的を阻止する旅へとその様相を変えようとしていた。

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