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第六十話:偽りの平和と模倣された英雄

アカシック・ライブラリでの戦いを終え、アルフレッドの『知』の残響を解放した俺たち。だが、その勝利は新たな脅威の存在を浮き彫りにしただけだった。絶望の勇者が生き永らえ、俺たちが救うべきアルフレッドの残響たちに寄生し、その力を吸収している。俺たちの旅は二つの敵を同時に相手にするという、極めて困難なものとなっていた。


ヴァーミリオンに帰還した俺たちは、イヴからもたらされた次の情報に目を通していた。

「次の残響の反応は大陸南部の自由都市連合、その首都『リベルタス』から検出されています」

イヴがホログラムの地図を指し示す。

「この残響はアルフレッドの『政治』と『経済』の側面を司るもの。彼は、今やリベルタスの経済を裏から牛耳り、その富で巨大な私設軍隊を組織している模様です。その軍隊の名は『ネオ・アークナイツ』」


「ネオ・アークナイツだと?」

レオナルドが眉をひそめる。アークナイツとはかつてヴァーミリオン王国に仕え、ゼノンのクーデターに最後まで抵抗した忠義の騎士団の名前だった。


「ええ」とイヴは肯定する。「アルフレッドの残響は人心掌握に長けています。彼は、正義や秩序といった耳触りの良い言葉を使い、人々を扇動し自らの理想郷を実現するための駒を集めているのです。彼が作り上げようとしているのは武力ではなく、偽りの平和によって人々を支配する管理社会です」


それは、かつて聖女セレスティーヌがやろうとしたことと酷似していた。だが、アルフレッドのそれはより巧妙で悪質だった。彼は人々の善意や正義感さえも利用し、彼らが自ら望んで管理されるように仕向けているのだ。


「……また面倒な相手だな」

俺は溜息をついた。力でねじ伏せるだけでは解決しない。彼の築き上げた偽りの平和の「嘘」を暴き、人々の目を覚まさせなければならない。


俺とリアは身分を隠し、一介の旅人として自由都市リベルタスへと潜入した。

街は噂通りの活気に満ち溢れていた。失業者はなく治安は完璧。街行く人々の顔には満足げな笑みが浮かんでいる。一見すると完璧な理想都市だ。


だが、俺の観測者の目とリアの調停者の感覚はその平和の裏に潜む巨大な「違和感」を感じ取っていた。

街の豊かさは異常だった。資源の乏しいこの都市がなぜこれほどまでに繁栄できるのか。

そして、人々の笑顔。それはあまりにも均一的で、まるで同じ幸福のプログラムをインストールされたかのように個性が感じられない。


『……街全体が巨大なサンドボックスだ』

俺の魂の中でゼノンが分析する。

『アルフレッドはこの街の経済システムに直接介入し、富を強制的に再分配している。そして、人々の精神に微弱な干渉を行い、不満や怒りといった負の感情を抑制しているのだ。これは彼がARKでやろうとしていたことの小規模な実験場だ』


俺たちは街の情報を集めるため、地下に存在するレジスタンス組織と接触を試みた。

レジスタンスのアジトで俺たちを迎えたのは意外な人物だった。


「……お前は……!?」

その男の顔を見て、俺は驚愕した。

彼はガレスと瓜二つの顔をしていたのだ。

だが、その目にはガレスの持つ不屈の光はなく、ただひたすらに冷たい復讐の炎だけが揺らめいていた。


「俺はガレスではない。俺は『復讐者(アベンジャー)』。この偽りの楽園を作り上げた支配者に全てを奪われた男だ」


彼もまた、別の世界線から来た存在だった。

彼の世界では勇者アレンはゼノンの策略に敗れ、死んだ。そして、ガレスはアレンの復讐を誓い、修羅の道を歩み続けた。だが、彼の復讐は果たされることなく世界はアルフレッドによって支配された。彼は最後まで抵抗を続けたが力及ばず、このリベルタスの街へと流れ着いたのだという。


復讐者ガレスは語る。

この街の支配者、アルフレッドの残響――彼は自らを『調停者(アービター)』と名乗っている――彼は月に一度、コロシアムで公開討論会を開いていると。そこでは彼に不満を持つ者が、直接意見を述べることができる。そして、もしその意見が正当だと認められれば彼の政策は変更される。だが、これまで一度も彼の論理を打ち破った者はいないという。


「奴は言葉だけで人を殺す。奴の完璧な論理はどんな正義も、理想も打ち砕き、人々を絶望させ、心を折るんだ」


俺は決意した。

「俺がその討論会に出る」


「無謀だ」と復讐者ガレスは反対する。

「あんたも奴の言葉の罠に嵌められるだけだ!」

「やってみなきゃ分からないさ。それに、俺には最強のディベーターがついてる」


俺は魂の中のゼノンに語りかけた。

RTAプレイヤーとしてあらゆるロジックを熟知した彼ならば、アルフレッドの完璧な論理に対抗できるかもしれない。


数日後。リベルタスのコロシアム。

中央の演台にはアルフレッドの残響『調停者』が穏やかな笑みを浮かべて立っている。

「さて、本日の反対意見者はいるかね?」


俺は観衆の中から立ち上がり演台へと向かった。

「俺がいる」


会場がざわめく。

調停者は俺を見ると興味深そうに目を細めた。

「ほう君がレクス君か。噂は聞いているよ。私の仲間たちを解放してくれたそうだね。感謝するよ。彼らのデータは、我が計画の貴重なサンプルとなった」


彼の言葉には一切の皮肉がなかった。彼は本気で俺に感謝しているのだ。その歪んだ価値観が彼の恐ろしさを物語っていた。


討論が始まった。

俺は、ゼノンの知識を借りて、彼の政策の矛盾点を次々と指摘していく。富の再分配による労働意欲の低下。負の感情の抑制による人間の精神的な退化。

だが、調停者はその全てを冷静に論破していく。


『確かに個人の自由や成長は阻害されるかもしれない。だが、それによって得られる全体の幸福と安定。そのどちらがより価値があるかね?少数の犠牲によって大多数が永遠の平和を享受できる。これこそが最も効率的な『正義』ではないのかね?』


彼の完璧な功利主義の論理。

それは、あまりにも正しく、そして、あまりにも非人間的だった。

観衆もまた、彼の言葉に頷き始め、俺は次第に追い詰められていく。


(……くそっ!理屈じゃ勝てない……!)


その時、俺の魂の中でアレンの魂が囁いた。

(――理屈で勝てないなら心でぶつかるしかないだろ!)


そうだ。俺はゼノンだけじゃない。俺はアレンの心も持っている。

俺は討論をやめた。

そして。俺は観衆に向かって語り始めた。


俺自身の物語を。

何の力もなかった村人の少年が仲間と出会い、悲しみを知り、それでも立ち上がってきた物語を。

失敗してもいい。間違ってもいい。不完全だからこそ、人は誰かを求め手を取り合えるのだと。

完璧な幸福よりも、傷つきながらも掴み取る小さな喜びの方がずっと尊いのだと。


俺の魂からの叫び。

それは、非論理的で感情的な演説。

だが、それは調停者の完璧な論理よりも強く人々の心を揺さぶった。

人々の瞳に失われていたはずの個性の光が戻り始める。


『……なんだ……これは……。私の計算にない……人々の感情パラメータが……異常上昇していく……!』

調停者が初めて動揺する。


その時、彼の足元から絶望の勇者の影が噴き出し、彼を喰らおうとする。彼の論理が揺らいだことで寄生していたバグが暴走を始めたのだ。


だが、その影を止めたのは復讐者ガレスだった。

「てめえの相手は俺だ!」

彼はアレンの物語を聞いて、自らの復讐心がどれほど虚しいものだったかを悟ったのだ。


二人の、ガレスの魂を持つ者がコロシアムで激突する。

そして、俺は調停者に向き直った。


「アルフレッド!お前の負けだ!」

俺は、彼に最後の技を放つ。

それは討論の「勝ち負け」を決めるものではない。

彼に「選択」を迫る技だった。


《最後の問い》


俺は、俺の魂を彼に見せた。

光も、闇も、善も、悪も、全てを内包した不完全な俺の魂を。

「あんたが本当に作りたいのはどっちだ?完璧で退屈な箱庭か?それとも、不完全で予測不能なこのクソみたいな世界の続きか?」


俺の問いは、彼の魂の根幹を揺さぶった。

彼は、妹を失った悲しみから完璧な世界を求めた。だが、その妹が本当に望んでいたのはそんな世界だったのか?


調停者の姿が、若き日のアルフレッドの姿へと変わっていく。

彼の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

「……私は……ただ……妹に……もう一度……笑って……ほしかっただけなんだ……」


彼の魂は救われた。

そして、彼に寄生していた絶望の勇者の影もまた、復讐者ガレスとの戦いの中で自らの過ちに気づき、光の中へと消えていった。


こうして偽りの平和都市は解放された。

人々は、これから自分たちの手で本当の未来を築いていかねばならない。それは苦難の道だろう。だが、彼らの顔には希望の光が宿っていた。


俺たちの戦いは続く。

アルフレッドの残響はまだ世界中にいる。

そして、絶望の勇者の欠片もまた。


だが、俺はもう迷わない。

俺たちの武器は、力でも論理でもない。

不完全さを受け入れ、それでも明日を信じる「心」という名の物語、そのものなのだから。

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