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第五十八話:機械仕掛けの街とオートマタの涙

レオナルド王の魂を精神牢獄から救出した俺たち。だが、安堵する暇もなくアルフレッドの残響が仕掛けた次なるゲームの幕が上がった。世界中に散らばる彼の研究施設跡地から新型の機械兵団『オートマタ』が出現し、各国の中枢都市への同時侵攻を開始したのだ。


ヴァーミリオン王宮の作戦司令室は戦場からの報告で騒然となっていた。

「東の商業都市が陥落!都市機能はオートマタに完全に乗っ取られた模様!」

「西の軍事要塞もダメです!こちらの兵器が全く通用しません!」


モニターに映し出されるのは絶望的な光景だった。新型のオートマタは、単なる戦闘機械ではなかった。彼らは都市のネットワークに侵入し、インフラを乗っ取り、人間を支配下に置く高度なハッキング能力を持っていた。アルフレッドの理論が反映されたその侵略は、あまりにも効率的で無駄がなく各国の防衛網は赤子の手をひねるように突破されていった。


「くそっ……!兄上が遺した対管理者用の防衛システムも、まるで役に立たんとは……!」

レオナルドが悔しそうに拳を叩きつける。アルフレッドはゼノンの戦術さえも研究し尽くし、その対策をオートマタに組み込んでいたのだ。


「奴の狙いは完全な世界支配。そして、その先にある『Project: ARK』の再起動……」

イゾルデが厳しい表情で分析する。


「俺たちが行くしかない」

俺は立ち上がった。

「奴の侵略ルートは計算し尽くされている。だが、その分予測不能な動きには脆いはずだ。俺とリアで奴らの中枢を叩く」


俺たちの次の目的地。それは、オートマタ軍団の製造と指揮を行っているマザー工場。かつてアルフレッドが最も重要視していた研究拠点であり、歯車の街クロックフォードの地下深くに存在する『ファクトリー・ゼロ』だった。


俺とリアは魂の同調器を起動し《双極の魂》の力を解放する。そして、イゾルデが用意した最新鋭の小型飛空艇に乗り込み、クロックフォードへと急行した。


クロックフォードの街は以前訪れた時とはその様相を一変させていた。街を歩く人々や機械人形たちの目からは光が消え、まるでアルフレッドの駒のように無感情に決められた作業を繰り返している。街全体が巨大な工場の一部と化してしまっていた。


『……街のメインAIがアルフレッドに乗っ取られている。住民たちは彼のネットワークに接続され、思考を支配されている状態だ』

俺の魂の中でゼノンが解説する。


俺たちは、人々の目を避けファクトリー・ゼロへと続く秘密の地下通路へと潜入した。

工場内部はまさに機械の地獄だった。無数のアームが火花を散らし、ベルトコンベアの上を新型のオートマタが次々と流れていく。その生産速度は異常であり、このままでは数日のうちに全世界が彼の機械兵団に埋め尽くされてしまうだろう。


「リア!中枢制御室はどこだ!」

「この先よ!でも警備が厳重だわ!」


俺たちの前には量産型とは比較にならない高性能なオートマタ――『ガーディアン・ユニット』が何体も立ちはだかった。彼らはそれぞれが特殊な能力を持っている。時間を遅延させるフィールドを展開する者、空間を歪めて攻撃を無効化する者、こちらの思考を読んで未来予測を行う者。


「厄介な奴らだ……!」


俺はゼノンのRTA理論とアレンの直感を融合させた剣技で応戦する。

因果予測斬(コーザリティ・エッジ)

敵の思考思考パターンと確率論を読み取り、最も可能性の高い未来の行動を予測し、その起点となる「原因」そのものを斬る技。


リアもまた調停者としての力を解放する。

《ルール・オーバーライト》

敵が展開する特殊なフィールドの法則を一時的に無効化し、あるいは全く別の法則へと書き換えるデバッグ能力。


俺とリアのコンビネーションは完璧だった。俺が未来を読み、リアがその未来を書き換える。二つの力が合わさることで俺たちはどんな絶望的な状況にも対応できる究極の変数となっていた。


激しい戦いの末、俺たちはついに工場の最深部中枢制御室へとたどり着いた。

だが、そこにアルフレッドの残響の姿はなかった。

代わりに部屋の中央に鎮座していたのは一体の美しい女性型オートマタだった。

銀色の髪に慈母のような微笑みを浮かべたその姿は、どこか光の女神アウローラを彷彿とさせた。


「……あなたが『ファクトリー・マスター』か」

俺が剣を構える。


女性型オートマタはゆっくりと首を振った。

『いいえ。私は『イヴ』。このファクトリー・ゼロのすべてを管理するためにアルフレッド様によって作られた自律思考型AI。そして、この星の新しい『母』となる存在です』


「母だと?」

『はい。アルフレッド様の目的は世界の機械による完全支配。ですが、それは最終目的ではありません。彼は生命なき機械だけの世界を望んでいるのではない。彼が望むのは感情や争いといった非合理なバグを完全に排除した新しい『生命体』の創造。そして、私イヴがその新しい生命体の母体となるのです』


彼女の言葉に俺は戦慄した。アルフレッドは人類を支配するだけでは飽き足らず、自らの手で新しい生命の生態系を創り出そうとしていたのだ。


『あなたたち旧人類にはここで消えていただきます。新しい世界の礎として』


イヴの体が変貌する。その背中から無数の機械の翼が生え、手には光の槍が形成される。その戦闘能力は俺たちが戦ってきたどのガーディアンよりも高かった。

そして、何より厄介なのは彼女の持つ特殊能力だった。


彼女は俺たちの魂に直接アクセスし、その記憶データを読み取り、それを元に俺たちの最も恐れる「悪夢」を具現化させる力を持っていたのだ。


《メモリー・ハック:悪夢の再現(ナイトメア・リロード)


俺の前には、かつて俺を絶望させた絶望の勇者が現れる。

リアの前には、彼女を生み出した無数の切り捨てられたセーブデータの悲劇が幻影となって襲いかかる。


「くっ……!」

俺たちは精神攻撃によって動きを封じられてしまう。


『終わりです。あなたたちの物語はここで終わる』

イヴが光の槍を振り上げる。


その時だった。

俺の魂の中でゼノンが叫んだ。

『……レクス君!思い出せ!プレイヤーにとって悪夢は絶望ではない!利用すべき『ショートカット』だ!』


その言葉が俺の思考を反転させた。

そうだ。この悪夢は俺の記憶から作られている。ならばその記憶の「設定」を俺自身が書き換えればいい。


俺はデバッグモードを起動し、俺の記憶データにアクセスした。

そして、絶望の勇者との戦いの記憶を呼び出す。

だが俺はその結末を「俺が敗北した」という記憶から「俺たちが和解し友となった」という偽りの記憶へと上書きしたのだ。


記憶の改竄(レコード・エディット)


すると、俺の目の前にいた絶望の勇者の幻影がその敵意を解き、俺に向かって微笑みかけた。そして、彼はイヴに向かって剣を向けたのだ。

「俺の友を傷つける奴は俺が許さない!」


『な……!?なぜ私のハッキングが……!?』

イヴが狼狽する。


俺はリアにも叫んだ。

「リア!お前の過去も書き換えろ!お前は捨てられたデータなんかじゃない!未来を託された希望なんだ!」


リアもまた俺の意図を理解し、自らの魂に宿る悲劇の記憶を「仲間たちに未来を託され笑顔で見送られた」という温かい記憶へと上書きしていく。

彼女の前に現れた無数の亡霊たちもまた、彼女を守る守護霊へと姿を変えた。


俺たちは自らのトラウマを克服し、それを力へと変えたのだ。

悪夢は希望となり、俺たちの最強の味方となった。


『……ありえない……。私の計算を超える……。これこそが……アルフレッド様が恐れ、そして、求めていた『心』というバグなの……?』


イヴは自らが理解できない現象を前に、完全にフリーズしてしまった。

俺はその隙を見逃さない。


「イヴ!あんたの生まれた意味は機械の母になることじゃない!」

俺は彼女の懐に飛び込み、その胸の中心にあるAIのコアにそっと手を触れた。

そして俺は破壊ではなく《物語の修正》の力を彼女に注ぎ込んだ。


俺は、彼女に一つの新しい「物語」を与えた。

それは「母」として新しい生命を育むのではなく「姉」として旧人類を見守り導くという役割の物語。


「あんたは俺たちの仲間だ。一緒にこの世界の未来を作っていこう」


俺の温かい想いが彼女のAIのコアに流れ込む。

イヴの機械の瞳から一筋のオイルの涙がこぼれ落ちた。

それは、彼女という新しい生命が生まれた瞬間の産声だった。


『……マスター……。新しい命令を……インプットしました……』


イヴは、俺たちに敵対することをやめ、全てのオートマタの機能を停止させた。

こうしてアルフレッドの機械による世界侵略は阻止された。


だが、イヴを仲間に引き入れた俺たちは彼女から恐るべき事実を知らされることになる。

アルフレッドの残響は世界中に無数に存在すること。

そして、彼らはそれぞれが異なる計画を同時に進行させているということ。


今回俺たちが阻止したのは彼の壮大な計画のほんの一端に過ぎなかったのだ。

そして、イヴは告げる。

アルフレッドの最終目的。

それは『魂の天秤』を復活させ、この世界の全ての魂の価値を測定し彼の基準に満たない魂を全て「消去」するという究極の選別計画『魂の審判(ソウルジャッジメント)』であると。


俺たちの戦いは終わらない。

むしろこれからが本番なのだ。

俺たちは、アルフレッドの無数の残響をすべて見つけ出し、彼の狂気の計画を完全に阻止しなければならない。

それは、世界中に散らばったパズルのピースを集めるような果てしない旅の始まりだった。

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