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第五十七話:精神牢獄とチェス盤の悪夢

アルフレッドが遺した究極の魔導具『魂の(ソウル・)同調器(シンクロナイザー)』。それを装着した俺とリアの魂は完全にリンクし、新たな力《双極の魂(デュアル・ソウル)》として覚醒した。俺の魂の中で、ナビゲーターとして蘇ったゼノンとアレンの導きを受け、俺たちはアルフレッドの亡霊に囚われたレオナルド王の魂を救出するため彼の精神世界へとダイブすることを決意した。


ダイブの方法は、かつて俺がアルフレッドの精神に干渉した《魂の接続(ソウル・ハック)》。だが今度は俺一人ではない。リアという最高のパートナー、そして、二人の英雄の魂が一緒だ。


ヴァーミリオン王宮の一室。イゾルデが用意した魔術装置の中央で、俺とリアは手を繋ぎ、精神を集中させる。

「……準備はいいか、リア」

「ええ。あなたの背中は私が守る」


俺たちの意識が肉体を離れ、光のデータとなり、レオナルドの魂が囚われているという精神牢獄へと向かっていく。

その世界は、俺たちの想像を絶する悪夢の光景だった。


そこは無限に広がる白と黒のチェック柄の盤上。チェス盤の世界だった。空には不気味な赤い月が浮かび、盤上には巨大でグロテスクなチェスの駒たちがレオナルドの魂を弄ぶかのように追い詰めていた。キングであるレオナルドは盤の隅に追い詰められ、チェックメイト寸前の絶望的な状況に陥っていた。


そして、その盤面を見下ろすように巨大な玉座に座っていたのは若き日のアルフレッドの姿をした残響(エコー)だった。

『やあ、来たかねレクス君、リア君。私のゲームへようこそ』


アルフレッドは、優雅にチェスの駒を動かしながら俺たちを迎えた。

『見ての通り、レオナルド王には私の思考実験に付き合ってもらっている。テーマは『絶対的な論理の前で人の意志はどこまで抵抗できるか』。なかなか興味深いデータが取れているよ』


彼の言葉には悪意がない。ただ純粋な科学者としての探究心だけがあった。それ故に、彼の狂気は底が知れなかった。


「レオナルドを解放しろ!」

俺は叫び、チェスの駒――巨大なナイトの駒に斬りかかる。だが、俺の剣は駒に弾かれ、逆にその巨大な蹄に蹴り飛ばされてしまった。


『無駄だ。この世界は私のルールで動いている。君たちはこのチェス盤の上ではただの『ポーン』に過ぎない。キングである私に逆らうことはできないのだよ』


アルフレッドが指を鳴らすと、盤上の黒い駒たちが一斉に俺たちへと襲いかかってきた。ルークの巨体が突進し、ビショップが魔術的な光線を放ち、クイーンが絶対的な威圧感で俺たちの動きを封じる。


「くっ……!強い!」

リアもまた、短剣で応戦するが数の差は歴然だった。


その時、俺の魂の中でゼノンが囁いた。

『……レクス君落ち着け。チェスにはチェスの戦い方がある。力押しだけでは勝てん。盤面全体を読み、相手の二手、三手先を読むんだ。ゲームの基本だろう?』


ゼノンの言葉に、俺はハッとした。そうだ、ここはアルフレッドが作ったゲーム盤。ならば、必ず攻略法があるはずだ。

俺は、デバッグモードの視点を起動し、このチェス盤の世界のソースコードを解析し始めた。


『アレン君の魂も力を貸してくれ。君の直感力が必要だ』

ゼノンは、俺の中で眠るもう一人の英雄にも呼びかける。

アレンの魂がそれに呼応し、俺の思考に彼の天才的な戦闘センスと勝負勘が流れ込んでくる。


論理のゼノン。

直感のアレン。

そして、その二つを束ねる俺レクス。

三つの魂が一つになり、この悪夢のチェスゲームの解析に挑む。


そして、俺たちは見つけた。

この世界のルールブックに書かれていない隠された「仕様」を。


「リア!聞こえるか!」

俺は魂のリンクを通じて、リアに作戦を伝える。

「この世界の駒は確かに強い!でも奴らは決められた動きしかできない!ナイトはL字に!ビショップは斜めに!その動きを逆手に取るんだ!」


俺たちの反撃が始まった。

リアは、その変幻自在の動きでナイトの死角に潜り込み、ビショップの直線的な攻撃を誘い同士討ちをさせる。

俺は、ゼノンの未来予測でルークの突進を完璧にかわし、その背後に回り込み、弱点である動力核を破壊する。


《盤面支配》


俺とリアの動きは、まるで熟練のチェスプレイヤーのようだった。一つ一つの駒を確実に仕留め、盤面の有利を少しずつ築き上げていく。


『……ほう。私の駒の動きを完全に読んでいるだと?面白い。だがそれも想定内だ』


アルフレッドは動じない。彼は、玉座から立ち上がると、自ら盤上へと降りてきた。

『ならばプレイヤー自身が駒となって戦うとしよう。私のロールは『王にして全能ーキング・アンド・ゴッド』だ』


アルフレッドの姿が変貌する。その体は、キングでありながらクイーンの全方位移動、ビショップの射程、ルークの突破力、ナイトの奇襲性、その全てを併せ持つ究極の駒へと変わった。


絶対王権(アブソリュートキング)


「冗談でしょ……!あんなのどうやって倒すのよ!」

リアが悲鳴を上げる。


アルフレッドは、圧倒的な力で俺たちを追い詰めていく。彼の動きは、ゼノンの未来予測さえも上回り、アレンの直感でも捉えきれない。

俺たちは、再び絶体絶命の窮地に陥った。


(……ダメだ。チェスのルールで戦っている限り、キングであるあいつには絶対に勝てない……)


俺の心が折れかけたその時。

盤の隅で震えていたレオナルドが叫んだ。

「……諦めるな……!アレン殿!レクス君!」

彼は、アルフレッドの精神支配に必死に抵抗し、俺たちに語りかけてくる。

「……チェスは……キングを……取ったら……終わりだ……。だが……現実の戦いは……違う……!王が……倒れても……その意志を継ぐ者が……いれば……国は……滅びない……!」


レオナルドの魂の叫び。

その言葉が俺に最大の逆転のヒントを与えてくれた。


「……そうか。そうだったのか……」

俺は笑った。

「アルフレッド。あんたは大きな間違いを犯している。俺たちはあんたのゲームの『駒』じゃない。俺たちは……」


俺はリアと顔を見合わせ頷く。

そして、俺たちはアルフレッドから背を向けて走り出した。

俺たちが向かった先は、敵のキングであるアルフレッドではない。

味方のキングであるレオナルドの元だった。


『……何を!?キングを見捨てて逃げるか!愚かな!』

アルフレッドが俺たちの理解不能な行動に戸惑う。


俺たちは、レオナルドの前に立つと彼に向かって深々と頭を下げた。

そして、俺とリア、俺の魂の中のゼノンとアレン。四つの魂の力を一つにしてレオナルドへと注ぎ込んだ。


王権神授(ディヴァイン・ライト)


「レオナルド!あんたこそがこの世界の本当の王だ!あんたの民を想う心が、このくだらないゲームを終わらせる最後の鍵なんだ!」


俺たちの想いを受け、レオナルドの魂が眩い光を放ち始めた。彼の絶望は希望へと変わり、無力感は王としての誇りへと変わる。

そして、彼は自らの意志で立ち上がった。


「……ありがとう皆。もう迷わない。私は私の民とこの世界を守る王だ!」


レオナルドの覚醒。

それは、このチェス盤の世界のルールそのものを根底から揺るがした。

アルフレッドが設定した「キングは無力な守られるだけの存在」というルールが、レオナルド自身の意志の力によって「キングは仲間を導き鼓舞する最強のリーダー」という新しいルールへと書き換えられたのだ。


『……馬鹿な……!ゲームのルールが……プレイヤーの意志で……書き換えられていく……!?』

アルフレッドが狼狽する。


レオナルドは聖剣を構え、全軍に号令をかけた。

「全軍、私に続け!この偽りの王を討ち取り我々の世界を取り戻すのだ!」


彼の号令に応え、盤上で倒れていた白い駒たちが再び立ち上がる。そして、彼らはもはやチェスの駒の動きではなく、自由な意志を持った戦士として黒い駒たちに反撃を開始した。

このゲームの主役がアルフレッドからレオナルドへと移った瞬間だった。


「さあ、決着をつけようアルフレッド」

俺とリア、そして覚醒したレオナルド。

三人の力が一つとなり、アルフレッドへと立ち向かう。


『認めん……認めんぞ!私の完璧な論理が……!こんな非合理な絆の力に……!』


アルフレッドは最後の抵抗として、この精神世界そのものを崩壊させ、俺たちを道連れにしようとする。

だが、それはレオナルドが放った王の一撃によって阻まれた。


「お前の孤独なゲームはもう終わりだ。アルフレッド」


レオナルドの聖剣がアルフレッドの魂を貫く。

だが、それは破壊の一撃ではなかった。

彼の魂を孤独の呪縛から解放するための救済の一撃だった。


「……ああ……。そうか……。私は……ただ……誰かに……チェックメイトと……言ってほしかっただけなのかもしれないな……。孤独な……王様ごっこは……もう……おしまいか……。対戦相手になってくれてありがとう……」


レオナルドに寄生していたアルフレッドの残響は、最後に穏やかな笑みを浮かべ、そして光の粒子となって消えていった。

チェス盤の世界が崩壊し、俺たちの意識は現実世界へと引き戻された。


現実世界では、レオナルドが静かに目を覚ました。

「……ただいま戻った」

その顔にはもう迷いはなかった。一つの大きな試練を乗り越え、真の王として覚醒した男の顔だった。


こうして俺たちは、アルフレッドの最初の罠を打ち破った。

だが、これは始まりに過ぎない。

彼の残響は世界中に潜んでいる。そして、彼の仕掛けた悪夢のゲームはまだ始まったばかりなのだ。


俺たちの魂の同調器がかすかに光る。

次の戦いがもう、すぐそこまで迫っていることを告げるかのように。

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