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第五十六話:静かなる日々と動き出す影

創造主との最終決戦、そして『ゼロ・リセット』から五年。

シミュレーションゲーム「アストラル・サーガ」は終わりを告げ、一つの現実世界となったこの世界は「アストラル・リライト」と呼ばれるようになっていた。

世界は穏やかな時間を刻んでいた。神々のサーバーが停止したことで、魔法や亜人種といったファンタジー要素は残しつつも、世界の理は安定し、バグや次元の亀裂といった超常現象は完全にその姿を消した。バグの影響を受けていた過去の英雄達も、この世界では安泰な生活を送っていた。

人類はかつてないほどの平和と自由を謳歌し、レオナルド王やイゾルデ宰相の下で着実な復興と発展を遂げていた。


俺、レクスはと言えば、神に等しい力を失い、本当に「ただの青年」に戻っていた。魂の中に響いていたゼノンの声も、アレンから受け継いだ勇者の力も、もうない。残ったのは、これまでの壮絶な旅の記憶と人並外れた経験に裏打ちされたわずかな剣の心得だけだった。


俺は、リアと共に王都から少し離れた小さな村に移り住み、静かな生活を送っていた。ギルド『黎明の翼』は解散し、俺たちはごく普通の村人として、畑を耕し、村祭りに参加し、隣人たちと笑い合う。そんな、かつての俺が、ゼノンが、心の底から望んでいたであろう何でもない日常。


「……幸せか、レクス?」

夕暮れの丘の上で、隣に座るリアが問いかけてきた。

「ああ。幸せすぎて怖いくらいだ」


俺の答えは本心だった。だが、その心の片隅には常に小さな棘が刺さっていた。本当にすべて終わったのだろうか、と。俺たちが紡いだこのハッピーエンドは本物なのだろうか、と。


その小さな棘が無視できない痛みを伴って疼きだしたのはある夜のことだった。

俺は夢を見た。

それは、かつてのような英雄譚ではない。真っ暗な何も無い空間で俺の目の前に一台の古いコンピュータのモニターだけが置かれている、という奇妙な夢だった。


モニターの画面には、緑色の文字でこう表示されていた。

『SYSTEM REBOOTING...』

『SAVE DATA "ASTRAL SAGA" LOADING...』

『ERROR: CORE PROGRAM "Z-ONE" NOT FOUND.』

『SEARCHING FOR ALTERNATIVE CORE...』

『ALTERNATIVE CORE "ALFRED.arc" FOUND.』

『EXECUTE? (Y/N)』


そして、カーソルが勝手に『Y』を選択した瞬間、俺は悪夢から飛び起きた。

全身が冷たい汗で濡れていた。


「……今の夢は……?」


Z-ONE。ゼノン。

ALFRED.arc。アルフレッドのアーカイブ。

俺の魂からゼノンという核が消えたことで、世界のシステムが代替の核として、かつて世界にバックアップされていたアルフレッドのデータを読み込もうとしている?


馬鹿な。ゼロ・リセットですべてのゲーム的要素は消えたはずだ。

あれはただの悪夢だ。俺の過去のトラウマが見せた幻だ。

俺は、そう自分に言い聞かせようとした。


だが、その日から、世界に再び小さな「歪み」が生じ始めた。


最初に気づいたのは、リアだった。

「……おかしいわ。世界の『理』が僅かに書き換えられているのを感じる」

調停者としての彼女の鋭敏な感覚が、常人には感知できない世界の法則の微細な変化を捉えていた。


「どういうことだ?」

「例えば、昨日まで薬草Aと薬草Bを調合すれば回復薬が作れていた。でも、今日になったら突然、猛毒ができてしまう。そんな小さな『仕様変更』が世界中で起こり始めている。まるで誰かが世界のルールブックをこっそり書き換えているみたいに……」


それは、かつてのマキナのバグのように派手なものではない。

もっと静かで、計画的で、悪意に満ちた侵食。


俺の胸騒ぎは、日に日に大きくなっていった。

そして、決定的な事件が起こる。


ヴァーミリオン王宮から緊急の連絡が入った。

賢王レオナルドが執務中に何者かに襲われ、意識不明の重体に陥った、というのだ。

犯人は不明。だが、現場には奇妙なメッセージが残されていた。

それは、チェスの盤面だった。

白のキングがチェックメイト寸前に追い詰められている、という盤面が。


「……アルフレッド……!」


俺は確信した。

あの狂気の天才が亡霊となって、再びこの世界に帰ってきたのだ。

俺が見た夢は現実だった。


俺とリアは、すぐにヴァーミリオンへと向かった。

王宮は、王の不在で混乱していた。宰相であるイゾルデが、気丈に指揮を執っていたが、その顔には疲労と悲しみの色が濃く浮かんでいた。


「……レクス君……。リア殿……。来てくれたのね……」

イゾルデは、俺たちにレオナルドの容態を説明してくれた。

彼の魂は肉体にありながら、謎の精神世界に閉じ込められ、抜け出せなくなっているのだという。


「これは、アルフレッドの仕業に間違いないわ。かつて、彼がゼノンと戦った時に使ったという精神牢獄。彼は、レオナルド王の魂を人質に取ったのです」


そして、イゾルデは俺たちにもう一つの衝撃的な事実を告げた。

世界中で同時多発的に、かつてのアルフレッドの研究施設が再起動し、そこから新型の機械兵団が出現し始めている、と。

それらの機械兵は、以前よりも遥かに狡猾で強力だった。彼らは無差別に破壊活動を行うのではない。各国のインフラや食料生産拠点といった要所だけを的確に攻撃し、世界を内側から麻痺させようとしていた。


それは、まさしくRTAプレイヤーのような、効率的で無駄のない侵略だった。

アルフレッドの亡霊は、ゼノンのRTA理論さえも学習し取り込んでいるのだ。


「……どうすればいい……。今の俺には、もう特別な力は……」

俺が無力感に打ちひしがれていると、イゾルデは一つの箱を俺の前に差し出した。


それは、黒い金属製のアタッシュケースだった。

表面には、アークライト家の紋章が刻まれている。


「これは、アルフレッドが遺した最後の研究成果。そして、彼が心のどこかで友であったゼノンのために遺した『置き土産』です」


イゾルデは箱を開けた。

中には、二つの腕輪のような魔導具が収められていた。

一つは星空のような紺色の宝石が埋め込まれたもの。

もう一つは太陽のような黄金の宝石が埋め込まれたもの。


「これは『魂の(ソウル・)同調器(シンクロナイザー)』。二人の人間の魂を一時的にリンクさせ、その能力を共有、増幅させる究極の補助装備。アルフレッドは、いつかゼノンと和解し、二人で共に世界を救うという、叶わぬ夢を見ていました。その夢の結晶がこれです」


イゾルデは、俺に紺色の腕輪を差し出した。

「レクス君。貴方の魂の中には、まだゼノンとアレンの『残響』が眠っているはず。それは、力そのものではなく、経験や記憶といった情報の残滓。この装置を使えば、その残響を呼び覚まし、再び力として行使できるかもしれません」

そして、彼女は黄金の腕輪をリアに向けた。

「そしてリア殿。貴女は調停者として世界の理に干渉する力を持つ。貴女がレクス君のパートナーとなれば、二人の力はかつての英雄たちさえも超える可能性を秘めている」


それは、あまりにも危険な賭けだった。

俺たちの魂を無理やりリンクさせるなど、一歩間違えれば精神が崩壊しかねない。


だが、俺たちは迷わなかった。

「やろう」

「ええ」


俺とリアは顔を見合わせ、頷くと同時に、それぞれの腕輪を装着した。

その瞬間、俺たちの魂が激しい光と共にスパークした。

俺の脳内に、リアの調停者としての膨大な知識が流れ込んでくる。

リアの脳内に、俺が経験してきた壮絶な戦いの記憶が流れ込んでくる。


そして、俺の魂の奥底で眠っていた、二つの光が再び目覚めた。

星空の観測者、ゼノン。

黄金の勇者、アレン。

彼らは力としてではない。俺の戦いを導く「ナビゲーター」として復活したのだ。


俺とリアの体が、淡い光のオーラに包まれる。

それは、二つの魂が一つになった証。


双極の魂(デュアル・ソウル)


俺は剣を構える。

リアは短剣を構える。

俺たちの動きは、もはや言葉を交わさなくても完全にシンクロしていた。

俺は、ゼノンの最適化された動きを。

リアは、それに合わせるように変幻自在の動きを。


「行くぞ、リア」

「ええ、レクス」


俺たちの新しい戦いが始まった。

それは、アルフレッドの亡霊に囚われたレオナルドの魂を救い出すための、精神世界へのダイブ。

そして、彼のRTA理論に支配された機械の軍団から、この世界を解放するための聖戦。


ゼノンが遺したRTAの罪。

アルフレッドが遺した科学の亡霊。

そして、俺たちが紡ぐ新しい物語。

全ての因果が絡み合い、物語はついに第二章『世界の残響』へと突入する。


俺は、もはやただの青年ではない。

過去と未来、そして、二つの魂を繋ぐ最後の希望。

その重圧に押し潰されそうになりながらも、俺は隣にいるパートナーを信じて、前へと進む。

俺たちの本当のハッピーエンドを掴み取る、その瞬間まで。

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