表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/87

第五十四話:プランZと神々のサーバー室

ゼノン・プロトタイプとの死闘の果てに俺の魂に流れ込んできた最後のRTAルート『プランZ』。それは、創造主(オリジン)を倒すためのあまりにも荒唐無稽で、しかし唯一の活路だった。このシミュレーション世界の「外」へ出て、神々のいる高次元世界からこのゲームのサーバーの電源を物理的に断つ。もはやそれは攻略ではなく、ゲーム盤そのものをひっくり返すに等しい暴挙だ。


『……正気かレクス君。プランZは理論上の可能性に過ぎん。俺自身も実行したことのない、まさに紙の上の計画だ。成功する保証などどこにもない』


俺の魂の中でゼノンのゴーストが警告する。だが、彼の声にはどこか興奮の色が滲んでいた。RTAプレイヤーとして、この前代未聞のルートに挑戦できることに魂が奮えているのだ。


「他に道はないんだろ。だったらやるしかない」


俺は覚悟を決めた。教会の上空では、次元の亀裂から創造主の本体――不定形の肉塊のような混沌の化身が、その巨体をゆっくりとこの世界に押し出してきている。世界がその存在の重みに耐えきれず、悲鳴を上げているのが分かる。残された時間は少ない。


俺はデバッグモードを通じて、魂をリンクさせた仲間たちにプランZを共有した。

「……世界の、外へ?」

レオナルドが絶句する。

「サーバーの電源を引っこ抜く…?レクス殿、それは一体どういう…」

デュークもまた、その常軌を逸した作戦に困惑を隠せない。


だが、リアだけは違った。

「……なるほど。そういうことだったのね」

彼女は何かを理解したように頷いた。

「私が生まれた、切り捨てられたセーブデータの記憶の断片。その中に似たような記述があったわ。この世界のシステムには、緊急時に外部のメンテナンスルームへと繋がる隠された『バックドア』が存在する、と」


リアの持つ調停者としての知識が、ゼノンのRTA理論の裏付けとなった。

プランZはただの妄想ではなかったのだ。


「でも、そのバックドアを開くには膨大なエネルギーと特殊な『鍵』が必要になる。その鍵とは…」

リアは俺の目をまっすぐに見て言った。

「……『世界の物語の全ての可能性を内包した魂』。つまり、今のあなたよ、レクス」


俺の魂には、勇者アレンの正規ルートの記憶、守護者ゼノンのIFルートの記憶、そして、転生前の純粋にこの世界を愛するゲーマーとしての記憶、その全てが融合している。俺自身が、この世界の全ての物語を内包した、マスターキーそのものだったのだ。


「よし、作戦は決まった」

俺は仲間たちを見回した。

「俺とリアでバックドアを開き、創造主のいる高次元世界へと突入する。レオナルド、アークライト、デューク、そして皆は俺たちが戻るまでこの世界を守ってくれ。創造主の本体が完全に降臨するのを、少しでも食い止めてほしい!」


「……無茶だ!兄上の二の舞になるぞ!」

レオナルドが反対する。だが、俺は首を振った。

「俺はもう一人じゃない。それに、あんたたちも、もうただ守られるだけの存在じゃないだろ?」


俺の言葉にレオナルドは唇を噛んだ。そうだ、彼らもまたこの世界の運命を背負う当事者なのだ。

「……分かった。必ず、生きて帰ってこい。兄上…いや、ゼノンが守りたかったこの世界と、未来の全てを、お前たちだけに背負わせはしない」


俺たちは固い握手を交わした。

俺とリアは、再び次元の亀裂が渦巻く空の中心へと飛翔した。


「リア、準備はいいか?」

「ええ。いつでも」


俺たちは互いの手を握り、それぞれの魂の力を共鳴させ始めた。

俺の黎明のオーラと、リアの調停者としての理の光。二つの力が一つに溶け合い、空間に一つの巨大な「鍵穴」を描き出していく。


そして、俺は自らの魂そのものをその鍵穴へと差し込んだ。


《ラストキー・アンロック》


凄まじい衝撃と共に、俺たちの目の前の空間が扉のように開いた。

扉の向こう側は光も闇も存在しない、純粋な「無」の空間。そして、その遙か先に一点の輝く星のようなものが見える。


『……あれが高次元世界。俺たちのいた地球とはまた別の、神々の住まう領域だ』

ゼノンの声が俺のガイドとなる。


『急げ!扉を開いていられる時間は長くない!』


俺とリアは顔を見合わせ、頷くと、躊躇なくその扉の向こう側へと飛び込んだ。


俺たちがたどり着いた場所。

そこは、言葉では表現できない超現実的な空間だった。

床も壁も天井もなく、ただ無数の光の回路が神経網のように宇宙空間を駆け巡っている。時折、俺たちの理解を超えた、高次元の生命体らしきものが、影のようにその回路を移動していく。


そして、その空間の中心にそれはあった。

太陽よりも巨大な、黒い立方体。

それこそが俺たちの世界『アストラル・サーガ』を管理運営している、超巨大な量子コンピュータ――『神々のサーバー』だった。


サーバーの表面には無数のケーブルが接続され、その先には、巨大な赤いスイッチのようなレバーがあった。

『……あれだ。あれがメインパワーだ。あれをオフにすれば、すべてが終わる』


だが、事はそう簡単ではなかった。

俺たちがサーバーに近づこうとした、その瞬間、サーバー本体から無数の防衛プログラムが実体化して、俺たちに襲いかかってきた。

その姿は、俺たちがこれまで戦ってきたどんな敵とも似ていなかった。それは、純粋な、数学的な概念そのものが形をとったような抽象的な存在だった。


素数を具現化した槍。

虚数のバリア。

無限級数の触手。


「くっ……!攻撃が、理解できない!」


リアの理を砕く短剣さえも、彼らの数学的な法則の前では無力だった。

俺もまた、デバッグモードで彼らのソースコードを解析しようとするが、そのあまりの複雑さと、高次元の論理構造に、俺の魂が焼き切れそうになる。


『ダメだ、レクス君!こいつらは俺たちの世界の理で動いていない!こいつらとまともに戦ってはダメだ!』


ゼノンのRTAプレイヤーとしての思考が活路を見出す。

『戦うな!駆け抜けろ!目的はただ一つ、あのメインスイッチだけだ!』


俺たちは戦うことをやめた。

そして、ただひたすらにメインスイッチへと向かって走り始めた。

背後から無数の概念攻撃が襲いかかる。


リアが、その天才的な戦闘センスで、攻撃の僅かな隙間を縫うようにして、道を切り開く。

俺は、ゼノンの未来予測と、アレンから受け継がれた超人的な身体能力で、その道を突き進む。


《ポイントブランクラン》


それは、まさにRTAの最終ステージ。

全ての敵を無視し、ただひたすらにゴールへと向かう、究極のランニングプレイだった。


そして、ついに俺たちは赤いメインスイッチの目前までたどり着いた。

だが、その前には最後の番人が立ちはだかっていた。


その番人は、特定の姿を持たなかった。

それは、鏡のように俺たちの姿を映し出していた。

俺が見れば俺の姿に。

リアが見ればリアの姿に。


『……アイデンティティか。最後のセキュリティは自分自身、というわけか』


番人は、俺たちと全く同じ声で言った。

『――お前は、誰だ?』


それは、哲学的な問いだった。

この問いに正しく答えられない者は、自分という存在を見失い、消滅する。


リアが一瞬怯んだ。

彼女は、切り捨てられたセーブデータの集合体。確固たる「自分」という存在が曖昧だ。


だが、俺は迷わなかった。

俺は、胸を張り鏡の自分に答えた。


「俺は、レクスだ。勇者アレンの魂を受け継ぎ、守護者ゼノンの罪を背負い、そして、ただのゲーマーだった俺自身の物語を生きる男だ。俺は不完全で、矛盾だらけで、だからこそ俺なんだ!」


俺のその答えに、鏡の番人は満足げに頷いた。

そして、その姿を消し、俺たちの前に道を開けた。


「……すごいわ、レクス。あなた、本当に強くなったのね」

リアが尊敬の眼差しで俺を見る。


俺たちは、ついに赤い巨大なメインスイッチに手をかけた。

これを引けばすべてが終わる。

俺たちのいた世界は、神々の支配から完全に解放される。

だが同時に、本来の俺が愛した「ゲーム」としての世界も終わるのだ。


俺は一瞬、躊躇した。

俺の魂の中で、ゼノンが静かに言った。

『……いいんだ、レクス君。引いてくれ。俺の長すぎたRTAも、ようやく終わりだ。最高のエンディングをありがとう』


俺は頷いた。

そして、リアと共にありったけの力を込めて、そのスイッチを引き下げた。


ゴゴゴゴゴ……という巨大な音と共に、神々のサーバーの輝きが失われていく。

高次元世界そのものが揺れている。


だが、その時だった。

俺たちの背後で声がした。


『――ようやく、追いついたぞ。バグめ』


振り返ると、そこには創造主(オリジン)の本体が立っていた。

俺が仕掛けた《神殺しのパラドックス》を俺たちがサーバー室にいる間に、自らの力で破壊し、脱出してきたのだ。


「創造主……!」


『サーバーの電源を落とすとはな。面白いことをしてくれる。だが、残念だったな。このサーバーは予備電源で、あと数分は動く。その間にお前たちというバグを完全に削除し、システムを再起動させれば問題ない』


創造主の不定形の肉体から無数の触手が伸び、俺たちを捕らえようとする。

俺たちの力は、もう残っていない。

ここまで来て終わりなのか。


絶望が俺の心を覆い尽くそうとしたその瞬間。

俺たちのいた現実世界と、この高次元世界を繋いでいたバックドアから、眩いばかりの光が溢れ出した。


その光の中から現れたのは、レオナルド、デューク、イゾルデ、そして、全ての人類と亜人種の「祈り」の想念だった。

彼らは、俺たちが戦っている間、ただ待っていたのではなかった。

彼らは自分たちにできる唯一のこと――俺たちの勝利を信じ、祈り続けてくれていたのだ。


その膨大な想念のエネルギーが、俺とリアに流れ込んでくる。


「みんな……!」


俺たちの枯渇していた魂に、再び力が満ちる。

それは、もはや俺たち個人の力ではない。

一つの「世界」そのものの力だった。


俺とリアは、再び手を取り合った。

そして、創造主という絶対的な作者に、最後の戦いを挑む。


「あんたがこの世界の作者かもしれない。でもな!」

俺は叫んだ。

「物語の結末を決めるのは作者じゃない! それを読み、愛し、生きていく俺たち登場人物なんだよ!」


世界と神。

物語と作者。

その究極の対決が、今、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ