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第五十一話:戦乱の世界と偽りの聖女

創造主(オリジン)の追跡が始まった。俺の存在そのものが災厄のトリガーとなり、俺が今いるこの戦乱の世界にもその魔の手が伸びようとしている。そして、俺が去った元の世界では、残されたバグが活性化し、再び混乱が始まっているという。二つの世界を救う。そのあまりにも重い使命を背負い、俺はリズの村を後にして一人、荒野を歩き始めた。


『……どうするつもりだレクス君。創造主から逃げながらこの世界の歪みも正すと?無謀だ。一人のプレイヤーとして言わせてもらえば、完全に詰んでいる』


俺の魂の中でゼノンが冷静に分析する。だが、彼の声には以前のような冷たさはない。むしろこの絶望的な状況をどう攻略するかという挑戦者のような響きがあった。


「ああ詰んでるさ。でもやるしかないんだろ。あんたがやり残した『誰も死なないハッピーエンド』ってやつを達成して、俺が終わらせてやる」


俺の言葉にゼノンは何も答えなかった。だが、彼の魂がわずかに温かくなったような気がした。


俺の当面の目的は二つ。

一つは、この世界に干渉し始めた創造主の呪いを食い止めること。

もう一つはこの世界の二大国家『剣の国』と『魔法の国』の長きにわたる戦争を止めさせることだ。戦争という巨大な負の感情は、創造主の呪いを増幅させる最高の触媒となる。


俺は、まず情報を集めるためこの世界で最も大きな中立都市『クロスゲート』へと向かった。そこは、様々な国の人々や亜人種が行き交う情報の交差点。ここなら何か手がかりが見つかるはずだ。


クロスゲートの酒場で、俺は興味深い噂を耳にした。

「聞いたか?魔法の国に『聖女』が現れたらしいぜ」

「ああ、なんでも、どんな傷や病も癒やす奇跡の力を持ってるとか」

「その聖女様のおかげで魔法の国は連戦連勝。もうすぐこの戦争も終わるかもな」


聖女。その言葉に俺の胸がざわついた。俺のいた世界のセレスティーヌを思い出したからだ。


『……偶然にしては出来すぎている』とゼノンが警告する。『このタイミングで聖女だと?十中八九創造主が仕向けた駒だろう。人々の信仰心を集め、それをエネルギーとしてこの世界への干渉を強めるためのアンテナだ』


ゼノンの推測は、恐らく正しい。創造主はただ俺を追うだけではない。この世界の物語そのものを支配し、俺を追い詰めるための舞台を整えようとしているのだ。


俺は、聖女の正体を確かめるため、魔法の国へと向かうことを決意した。

その道中、俺は再びこの世界の「歪み」を目の当たりにする。

剣の国の軍隊が、捕虜にした魔法の国の兵士たちを虐待していた。理由もなく村を焼き払っていた。彼らの瞳には正義も誇りもない。ただ純粋な憎しみと破壊衝動だけが渦巻いていた。戦争が人の心をここまで歪ませてしまっていた。


俺は、見ていられず介入しようとした。

だが、その時俺の体が金縛りにあったように動かなくなった。

創造主の呪いだ。俺がこの世界の因果に大きく干渉しようとすると呪いが発動し、俺の存在を消去しようとする。


『……まずいな。力の使いすぎは禁物だ。今の君が世界に対して行使できる力にはリミットがあるらしい』


俺は、歯ぎしりすることしかできなかった。目の前で繰り広げられる悲劇を、ただ見ているしかない無力感。それは、かつてゼノンが味わった絶望と同じだった。


俺が苦しんでいると、どこからともなく一陣の風が吹いた。

そして、風と共に現れたのは獣の耳と尻尾を持つ少女――リズだった。

彼女は、一人で村を出て俺を追いかけてきたのだ。


「レクス!やっぱりここにいた!」

「リズ!?なぜ!」

「当たり前でしょ!あんた一人に世界の運命なんて背負わせるわけないじゃない!私も戦う!あんたの物語のヒロインなんだから!」


彼女はそう言うと、驚くべき能力を発現させた。

彼女の体から翠色のオーラが立ち上り、それが周囲の自然――木々や大地や風――と共鳴し始める。

大自然との対話(ネイチャーウィスパー)

リズは、自然の力を借りて剣の国の兵士たちの動きを封じ始めた。地面から蔓が伸びて、彼らを縛り上げ、突風が彼らの武器を吹き飛ばす。彼女は獣人族の中でも、特に自然との親和性が高い特別な血筋だったのだ。


「すごいじゃないかリズ……!」

「これくらい当然よ!さあ行くわよレクス!」


俺たちは共に戦い、兵士たちを無力化し、捕虜たちを解放した。

リズという頼もしい仲間を得て、俺の心に再び光が灯る。そうだ、俺は一人じゃない。


俺とリズは、共に魔法の国へと向かった。

魔法の国の首都は、噂の聖女の出現で熱狂的な興奮に包まれていた。民衆は、彼女を「光の御子」と呼び、その奇跡を称えていた。


俺たちは民衆に紛れて、聖女が演説を行うという広場へと向かった。

やがて教会のバルコニーに聖女が姿を現す。

その姿を見て、俺は絶句した。


そこに立っていたのは、セレスティーヌと瓜二つの容姿をした少女だった。

だが、その瞳にはアウローラのような慈愛はない。ただ人々を支配しようとする冷たい野心と、そして、その奥に潜む深い「恐怖」の色が見えた。


聖女は、民衆に向かって奇跡を見せ始めた。手をかざすだけで傷ついた兵士の傷が癒え、空から光の雨が降り注ぎ、枯れた噴水に水が満ちる。民衆は、熱狂し彼女に祈りを捧げる。


『……見ろ、レクス君。あれが創造主のやり方だ』とゼノンが解説する。『あの聖女は、恐らくこの世界のどこかにいた普通の少女だ。創造主は彼女に力を与え、聖女という『ロール』を演じさせている。そして、民衆の信仰心をエネルギーとして吸い上げ、それを次元の壁を越えるための力に変換しているのだ』


俺は《感情の調律》を使い、偽りの聖女の心の中を覗き見た。

その心の奥は恐怖に満ちていた。彼女は、創造主という得体の知れない存在に逆らえず、ただ言われるがままに奇跡を演じている操り人形に過ぎなかった。彼女もまた、被害者なのだ。


演説が終わり、聖女が教会の中へと戻っていく。

俺とリズは夜になるのを待ち、教会への潜入を試みた。


教会の内部は、聖女を守るための狂信的な聖騎士たちで固められていた。

「見つからずに最深部へ行くしかないわね」

リズが囁く。彼女の自然と対話する力は、気配を消し、隠密行動を行うのにも適していた。


俺たちはリズの先導で影から影へと飛び移り、聖騎士たちの警備網をくぐり抜けていく。

そして、ついに聖女がいるという最上階の祈りの間へとたどり着いた。


だが、そこには聖女の姿はなかった。

代わりに、部屋の中央には巨大な水晶が浮かび、それが民衆から集めた信仰心を禍々しい紫色のエネルギーへと変換していた。そして、そのエネルギーは次元の亀裂へと注ぎ込まれ、創造主の力をこの世界に召喚するための儀式を行っていた。


「罠だったのよ!」

リアの声が脳裏に響く。俺の元の世界のリアが魂の糸を通じて警告を送ってきてくれたのだ。

『レクス!その聖女は囮よ!創造主の本当の狙いは貴方が持つゼノンの魂!彼らは、貴方が来るのを待って、貴方の魂に宿るゼノンの知識、バグの力を奪おうとしている!』


その瞬間、祈りの間の扉が固く閉ざされ、聖騎士たちが俺たちを取り囲んだ。

そして、部屋の中央の水晶から偽りの聖女の絶望的な声が響き渡った。


『……ごめんなさい……。私は逆らえなかった……。あの方の命令には……』


水晶から放たれた紫色の光の鎖が俺の体を縛り上げる。それは、俺の魂の中のゼノンのゴースト――RTAプレイヤーとしてのバグの知識、力――それだけを抜き取ろうとする特殊な捕獲術式だった。


「レクス!」

リズが俺を助けようとするが、聖騎士たちに阻まれる。


俺の意識が遠のいていく。ゼノンの魂が俺から引き剥がされていく感覚。

もし奴らにこの力を奪われれば、創造主はプレイヤーがもつバグ技を完全に掌握し、次元を超えてあらゆる物語を意のままに書き換えることが可能になってしまうだろう。言うなれば、プレイヤーが有利になるグリッチが運営にバレて修正されてしまう、といったところだ。


絶体絶命。

その時だった。


俺の魂の奥底で、ずっと沈黙していた「最後の欠片」が再び、目覚めた。

それは、転生前のRTA以前に、ゲーム自体を愛す、ゲーマーとしての俺の魂。

物語を愛し、理不尽な展開を何よりも嫌う純粋な怒りの魂。


(……またかよ……。せっかくいい感じに進んできたってのに、また横から茶々入れてきて……。いい加減にしろよなクソ運営が……!)


俺の魂が怒りに燃え上がる。

そして、俺は無意識のうちに叫んでいた。

プレイヤーが最後の最後に使う禁断のコマンドを。


「――デバッグモードを強制起動!」


その言葉がトリガーとなった。

俺の魂を縛っていた紫の光の鎖が弾け飛ぶ。

俺の体から、黄金でも虹色でもない真っ白なオーラが噴き出した。

それはあらゆる設定やルールを無視し、この世界の根幹プログラムに直接アクセスするための「管理者権限」だった。


俺は、ゼノンからこのゲームの知識を受け継いだ。

アレンから物語の主人公としての資格を受け継いだ。

そして、今俺は、転生前の自分自身からこの世界の「裏技」を使う権利を受け継いだのだ。


俺は、もはやただの勇者ではない。

物語のバグを利用し、神々の作ったルールさえも書き換える最後のイレギュラー。

『バグ・プレイヤー』として覚醒した瞬間だった。

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