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第五十話:創造主の呪いとゼロからの物語

観測者の玉座から帰還した俺を待っていたのは、仲間たちの安堵の表情と、そして、俺自身の魂に刻まれた絶対的な死の宣告だった。創造主(オリジン)から受けた呪い。それは、俺という存在そのものをこの世界の因果律から切り離し、ゆっくりと消滅させていくという不可避のデリートプログラムだった。


俺の体の輪郭が、時折ノイズのように揺らめき半透明になる。仲間たちには、笑顔で「力の使いすぎだ」と誤魔化したが、俺には分かっていた。俺に残された時間は、あまりにも少ない。


『……すまないレクス君。俺が仕込んだ最後のバグ技が裏目に出た』


俺の魂の中でゼノンが悔恨の声を漏らす。《神殺しのパラドックス》は、確かに創造主の動きを一時的に止めた。だが、その代償として創造主の怒りと呪いのすべてを、俺という一点に集中させてしまったのだ。


『奴は無限ループからいずれ脱出する。そして、その時奴は必ずお前を消しに来る。お前というイレギュラーなセーブデータが存在する限り、奴は安心して新しいゲームを始められないからな』


夜、リアだけをアジトに呼び出し、俺はすべてを打ち明けた。俺の命が尽きかけていること。そして、いずれ創造主が再びこの世界に現れるであろうことを。


リアは黙って俺の話を聞いていた。そして、涙を浮かべるでもなく、ただ静かに、そして強い意志を宿した瞳で俺を見つめた。

「……逃げなさいレクス」

「え……?」

「この世界から逃げるのよ。あなたの魂は、もうこの世界の因果に縛られていない。あなたの力なら、別の物語、別の世界線へ跳躍できるはず。そこで新しい人生を生きるの。誰もあなたを知らない場所で」


それは、俺にとって最も優しい提案だった。そして、最も残酷な提案でもあった。仲間たちを、この世界を、再び危機に晒して自分だけが生き延びろというのか。


「できるわけないだろ。俺はこの世界を……あんたたちを置いていくなんて」

「いいえ、あなたが行くのよ」

リアは、俺の胸にそっと手を当てた。

「あなたは生きなくちゃいけない。あなたが生きている限り、ゼノンが夢見た『誰も死なないハッピーエンド』の可能性は消えない。そして、あなたが生きている限り、私たちも諦めない。いつか、必ずあなたをその呪いから解放する方法を見つけ出してみせるから」


彼女は俺に「未来」を託そうとしていた。俺という存在を別の物語へと避難させ、その間にこの世界で創造主を迎え撃つ準備をすると言うのだ。


「……それは俺が臆病者として逃げるということだ」

「違うわ。それは最も勇敢な『戦略的撤退』よ。RTAプレイヤーの魂を持つあなたなら分かるはず。時には負けイベントを受け入れ、次のチャンスのためにレベル上げに徹することも必要だって」


リアの言葉に、俺の魂の中のゼノンが反応する。

『……彼女の言う通りだレクス君。これはRTAにおける『ルート変更』だ。一度ミスをしたこのルートでは、ゲームオーバーが確定している。ならば、一度このシナリオから離脱し、別の場所で再起を図る。それが唯一のクリアへの道だ』


俺は迷った。だが、リアの真剣な瞳とゼノンの合理的な判断に抗うことはできなかった。

俺は頷いた。

「……分かった。でも、必ず戻ってくる。あんたたちが助けを必要とするときには必ず」

「ええ信じてる」


俺たちは、最後の夜を二人で静かに過ごした。

そして、夜が明ける頃、俺は最後の力を振り絞り、自らの魂をこの世界から切り離す儀式を始めた。

それは《万象の扉》を開き、別の物語へと旅立つための究極の転移術。


物語から(エグザイル・)の逃亡(ストーリー)


俺の体が、光の粒子となり消えかけていく。

「……さよならだ、リア。レオナルドたちによろしく伝えてくれ」

「……ええ。いってらっしゃいレクス。あなたの物語の続きをここで待ってるから」


リアは、最後まで笑顔だった。

俺の意識が、完全にこの世界から離れるその瞬間、俺は見てしまった。

彼女の頬を伝う一筋の涙を。


俺が次に目を覚ました時、そこは見知らぬ森の中だった。

空気の匂いが違う。空の色が違う。星々の配置が違う。

ここは、俺のいた世界ではない全く別の物語の世界だ。


俺の体は、完全に実体を取り戻していた。創造主の呪いの進行も止まっている。だが、俺の魂と元の世界との繋がりは、か細い糸一本でかろうじて繋がっているだけだった。


『……転移は成功したようだ。だが、エネルギーを使い果たした。しばらくは力を回復させる必要があるな』

ゼノンの声も弱々しい。


俺は、これからどうすればいいのか。

途方に暮れながら森を歩いていると、一人の少女に出会った。

彼女は、獣の耳と尻尾を持つ亜人種――獣人族の少女だった。彼女は、この森で薬草を摘んでいる最中だったという。


「あなた旅の人?こんな森の奥でどうしたの?」


彼女の屈託のない笑顔と優しい声に、俺のささくれ立った心が少しだけ癒やされた。

俺は、この世界でリズと名乗る彼女の村に世話になることになった。


この世界は『剣の国』と『魔法の国』という二つの大国が長年争いを続けている戦乱の世界だった。俺のいた世界とは違い、魔法や亜人種は存在するものの、その技術レベルは低く、人々は常に戦争の恐怖に怯えながら暮らしていた。


俺は、この世界で力を使うことを禁じた。俺の力がこの世界の物語に余計な干渉をし、バグを生むことを恐れたからだ。俺は、ただの「レクス」として村で静かに暮らし始めた。畑を耕し、村の子供たちに文字を教える。そんな穏やかな日々。


だが、運命は俺に平穏を許してはくれなかった。

ある日、剣の国の軍隊がリズの村を襲撃した。彼らの目的は村に住む獣人族を奴隷として連れ去ることだった。

村人たちは抵抗するが正規軍の圧倒的な戦力の前に次々と倒れていく。リズもまた兵士に捕らえられ、その目に絶望の色が浮かんだ。


俺は見ていられなかった。

もう誰も失いたくない。

目の前で悲劇が起こるのを黙って見ていることなどできない。


俺は禁を破った。

俺の魂の奥底で、アレンとゼノンの力が再び目覚める。

俺は、一本の木の枝を拾いそれを剣として構えた。


「――そこまでだ」


俺の体から放たれる圧倒的なオーラに兵士たちが怯む。

「何者だ貴様!」

隊長格の男が叫ぶ。


俺は答えない。

ただ、静かに木の枝を振るった。

その一振りはもはや剣技ではない。

俺がこれまでの旅で紡いできた物語そのものだった。


《名もなき英雄の譚詩曲》


木の枝から放たれた衝撃波は、兵士たちの武器だけを正確に弾き飛ばし、彼らの戦意を完全に喪失させた。誰も傷つけず、しかし誰もがその絶対的な力の差を理解した。


「……ひっ……!化け物だ……!」

兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


村人たちは俺を救世主として崇めた。リズもまた憧れの眼差しで俺を見つめてくる。

だが、俺の心は晴れなかった。

俺は、また物語に干渉してしまった。

この世界の運命を捻じ曲げてしまった。


その夜。

俺の魂と元の世界を繋ぐ糸が激しく震えた。

リアからの緊急通信だった。


『レクス!聞こえる!?』

「リア!無事だったのか!」

『ええ!でも大変なことに……!あなたが元の世界からいなくなったことで力の均衡が崩れ、各地に残っていたバグの残滓が一斉に活性化を始めたの!そして……』


リアの声が途切れる。

そして、次に聞こえてきたのは絶望に満ちたレオナルドの声だった。

『……レクス君……。創造主が……オリジンが……再び動き始めた……!奴の呪いは君を追って次元を超え始めている……!』


俺がこの世界で力を使ったことで、創造主は俺の居場所を特定してしまったのだ。

そして、俺を消去するためにこの世界にもその干渉を始めようとしていた。


俺がいた世界も。

俺が今いる世界も。

両方の世界が同時に危機に瀕していた。


俺は天を仰いだ。

逃げることはできない。

戦うしかないのだ。

創造主という絶対的な作者そのものと。


俺は、リズに別れを告げた。

「……行かなくちゃいけない」

「どこへ……?」

「俺の物語の続きを紡ぎに。そしてあんたたちの物語を守るために」


俺は、二つの世界を救うための無謀な戦いを始める決意をした。

それはもはやRTAではない。

決められた結末のない無限の物語の中から、たった一つのハッピーエンドを探すための果てしない旅。


俺は一人、荒野へと歩き出す。

背後でリズが叫んでいた。

「必ず帰ってきて、救世主!あなたのヒロインは私なんだから!」


その言葉を胸に、俺は笑った。

ああ、帰るとも。

俺の物語のエンディングは、俺自身が決める。

そして、そのエンディングにはあんたたちの笑顔が必ずある。


孤独な観測者の次なる戦いが、今始まる。

悪役王子ゼノンとして、命をかけて守り抜いた勇者アレンとして、それらすべてを受け継ぎ、第二の転生を果たしたレクスとして。もう、ゲームをしていただけの"青年"ではない。三人の人生を受け継いだ"主人公"

なのだから。

そして、これは、無数の世界線を股にかけた壮大な鬼ごっこなのだ。

神から逃げそしていつか神を討つためのゼロからの物語だった。

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