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第四十四話:次元の捕食者と壊れた物語

アルフレッドの魂を百年という永い呪縛から解放した、その刹那。俺の魂に突き刺さった赤い光、それは絶望の狼煙だった。次元の亀裂から現れた『捕食者』と名乗る存在は、管理者やメビウスとは比較にならないほど直接的で純粋な「飢え」そのものだった。


『素晴らしい物語(ディナー)だ。光も闇も混沌も愛も憎しみも全てが渾然一体となった極上のフルコース。我々『ヴォイド・イーターズ』が長らく探し求めていた至高の世界だ』


その声は単一の個人のものではない。無数の意識が重なり合った集合意識体のような不気味な響きを持っていた。彼らは次元を渡り歩き、その世界の「物語」――生命が紡ぐ感情や歴史のエネルギーを喰らい尽くす宇宙的災害。それが捕食者ヴォイド・イーターズの正体だった。


俺の魂は、彼らの侵入を許したゲートと化してしまっていた。アルフレッドの精神世界を崩壊させたエネルギーが次元の亀裂をこじ開け、彼らをこの世界へと招き入れてしまったのだ。


「レクス!」


現実世界では、リアが俺の体に駆け寄ってくる。時計塔クロノス・ギアは主を失い、沈黙している。だが、それも束の間だった。俺の体をゲートとしてヴォイド・イーターズの力が現実世界へと溢れ出し始めたのだ。


クロックフォードの空が真っ赤に染まり、空間がガラスのようにひび割れていく。ひび割れの向こう側には無数の目が蠢く、異次元の光景が広がっていた。


『さあ祝宴を始めよう。まずはこの世界の主役たちから味わわせてもらうとしようか』


ヴォイド・イーターズの意識が俺の魂を乗っ取り、現実世界へとその力を顕現させる。俺の背中から血のような色の触手が何本も生え出し、それがリアや駆けつけたレオナルドの軍隊へと襲いかかった。


「くっ……!なんて力だ!」


レオナルドの聖剣が触手を切り裂くが、その断面からすぐに新しい触手が再生する。リアの《理の崩壊》も通用しない。彼らは、この世界そのものの外側の存在。リアの力が及ばないのだ。


俺は、自分の体の中で必死に抵抗する。だが、アルフレッドの残響との魂の戦いで消耗しきった俺の魂は、ヴォイド・イーターズの圧倒的な力の前に赤子同然だった。


『無駄な抵抗だ、小僧。お前の魂は、最高の器であり最高の食前酒だ。まずは、お前からじっくりと味わってやろう』


俺の魂が根こそぎ喰われようとした、その時。

俺の魂の最も深い場所で静かに眠っていた「最後の欠片」が目覚めた。

それはゼノンでもアレンでもない。

この世界、「アストラル・サーガ」に転生する前の俺――地球という世界で生きていた、ただの青年としての「俺」の記憶だった。


(……うるさいな……。人がせっかく最高のエンディングを迎えて静かに眠ろうとしてるってのに……。どこのどいつだ……俺のゲームに土足で踏み込んでくる無粋な奴は……)


RTAプレイヤーとしての冷徹さも守護者としての悲壮感もない。ただ自分の愛するゲームを邪魔されて、純粋に「キレている」ゲーマーの魂。

その、あまりにも異質で個人的な怒りのエネルギーが、ヴォイド・イーターズの支配に一瞬だけ亀裂を入れた。


俺は、その隙を見逃さなかった。

「……リア!レオナルド!聞こえるか!」

俺は最後の力を振り絞り、仲間に語りかける。

「こいつらは物語を喰う!なら、俺たちが物語そのものになればいい!」


俺の突拍子もない言葉に二人は戸惑う。

「どういうことだレクス君!?」

「説明してる時間はない!俺を信じてくれ!」


俺は自らの魂を解放し、最後の切り札を切った。それは囁きの森で一度だけ使ったあの禁断の技。

箱庭の(ミニチュア・)創世(ジェネシス)

だが、今度の規模は森一つではない。このクロックフォードの街全体を俺たちの「物語」の舞台へと書き換えるのだ。


俺の魂に眠るゼノンの観測者としての知識とアレンの勇者としての心が融合し、そして、

ゲーマーとしての俺の「物語を愛する心」が触媒となった。


「――顕現せよ!俺たちの物語!『アストラル・サーガ』!」


俺の宣言と共にクロックフォードの街が光に包まれ、その姿を変貌させていった。

歯車の街は、光り輝く伝説の王都へ。

蒸気機関の鉄道は、空を飛ぶ飛空艇へ。

機械人形たちは、剣と魔法を操る騎士や魔術師へ。

そして俺たちの仲間もまた、物語の登場人物としてその役割を与えられていく。


レオナルドは、国を導く賢王。

アークライト家は、すべてを見通す大魔導師。

リアは、運命さえも切り裂く影の暗殺者。

そしてアレンの魂を受け継ぐ俺レクスは、光と闇の力を併せ持つ最後の勇者。


俺たちは、自らの存在そのものをヴォイド・イーターズが喰らうべき「物語」として定義し、差し出したのだ。


《物語の具現化・最終章(ファイナルチャプター)


『……ほう。自ら食われに来るとはな。面白い。だが、それも無駄だ。どんな物語も我々の前ではただの食糧に過ぎん』


ヴォイド・イーターズは俺の体を操り、物語の「ラスボス」として俺たちの前に立ちはだかった。その姿は、かつてゼノンが演じた悪役王子の姿と酷似していた。だが、その手には星辰の剣ではなくあらゆる物語を喰らい尽くす混沌の渦が握られている。


「行くぞみんな!こいつは俺たちの物語だ!結末は俺たちが決める!」


俺の号令で、最後の戦いが始まった。

それはもはや物理法則や魔術法則の戦いではない。

物語と物語のぶつかり合い。「設定」と「設定」の殴り合いだった。


レオナルドが王の号令で軍隊を鼓舞すれば、ヴォイド・イーターズは王の権威を失墜させる「噂」という概念攻撃で対抗する。

アークライトが大魔法で天変地異を起こせば、ヴォイド・イーターズはそれを「神々の気まぐれ」という設定で無効化する。


まさに神話の戦い。

俺たちは次々と仲間を失い、追い詰められていく。ヴォイド・イーターズの「物語を喰らう」力はあまりにも強力だった。俺たちが作り出した設定が、次々と喰われ無力化されていくのだ。


「くっ……!このままじゃ……!」

絶望しかけた俺の耳に、声が聞こえた。

『――諦めるなレクス。物語にはまだ続きがある』

ゼノンの声だった。彼の魂は俺と一体化し、俺に語りかけてくる。


『物語には『伏線』というものがあるだろう?まだ回収していない伏線が、俺たちの物語にはいくつも残っているはずだ』


伏線。その言葉に俺はハッとした。

そうだ。まだだ。まだ俺たちの物語には語られていないページがある。


俺は、天に向かって叫んだ。

「まだだ!俺たちの仲間はこれだけじゃない!東方の国ヒノモトより援軍来たる!」


俺がそう宣言した瞬間。

戦場の東の空が裂け、そこから無数のサムライとニンジャを乗せた巨大な飛空戦艦が現れた。その先頭には、くノ一カエデとサムライゲンジの姿があった。

彼らは百年前の英雄ではない。彼らの子孫であり、その技と魂を受け継いだ新世代の戦士たちだった。


『……なんだと?そんな援軍、データにはないぞ!』

ヴォイド・イーターズが初めて動揺する。


俺は不敵に笑った。

「当たり前だ。これは俺が今考えた後付け設定だからな!」


そうだ。俺たちの《物語の具現化》は固定されたものではない。戦いの中で、リアルタイムに新しい設定を「創造」し物語を紡いでいくことができるのだ。

これはもはや戦いではない。

俺とヴォイド・イーターズ、どちらがより面白い物語を即興で作り上げられるかという、クリエイティブな勝負だった。


「まだ終わりじゃないぜ!地中からはドワーフの古代兵器が!海からはマーマンの海竜部隊が!」

俺は、次々と新しい援軍を「創造」していく。


『……小賢しい真似を!ならば、我々も物語を創造しよう!突如として降り注ぐ大いなる厄災!古代竜の復活!』

ヴォイド・イーターズもまた、絶望的な展開を次々と生み出していく。


戦場はもはや混沌としていた。

英雄、魔王竜、巨大ロボット、魔法少女、宇宙戦艦。あらゆる物語の概念が入り乱れ、壮大なバトルロワイヤルを繰り広げていた。


だが、その混沌の中心で俺は確信していた。

勝てる、と。


なぜなら、ヴォイド・イーターズが生み出す物語は所詮「破壊」と「絶望」の物語。パターンが単調なのだ。

だが、俺たちの物語には「希望」「友情」「愛」「勇気」といった無数の可能性がある。物語の豊かさで俺たちが負けるはずがなかった。


そして、俺は最後の伏線を回収することにした。

それはゼノンがRTAの果てに本当に見たかった、たった一つのエンディング。


俺はヴォイド・イーターズが作り出した古代竜の攻撃からリアを庇い、深手を負ったフリをした。

「……ぐっ……!ここまでか……!」


俺が倒れたのを見て、ヴォイド・イーターズは勝利を確信した。

『終わりだ勇者!お前の物語もここで完結だ!』


彼が俺にとどめを刺そうとした、その瞬間。

俺の背後から眩いばかりの光が放たれた。


そこには死んだはずの百年前の英雄たち――アレン、ガレス、そして光の女神の姿をしたセレスティーヌが立っていた。


『な……!?なぜ死んだはずの者たちが!』

「言ったはずだぜ。これは“俺たち”の物語だってな」


俺は、立ち上がり笑った。

「そして、俺たちの物語はな『誰も死なないハッピーエンド』なんだよ!」


《英雄の帰還》


それは、ゼノンが魂の奥底でずっと願っていた奇跡。俺はそれを物語の力で具現化させたのだ。


百年前の英雄と現代の英雄。

二つの時代の光が一つとなり、ヴォイド・イーターズへと襲いかかる。

それは、あらゆる絶望を覆す希望の光の奔流だった。


『……ああ……なんという……なんという物語だ……!喰らいたくない……!この美しい物語を……終わらせたくない……!』


ヴォイド・イーターズは、生まれて初めて「食欲」以外の感情を抱いた。

それは「感動」だった。

彼は戦うことをやめ、自らその光の中へと身を投じ物語の一部となることを選んだ。


こうして次元を超えた戦いは終わった。

俺たちが作り出した物語の世界も光の中へと溶けていき、クロックフォードの街は元の姿へと戻った。

だが、人々の心には確かに刻まれていた。

自分たちが紡いだ物語が世界を救ったのだという熱い記憶が。


俺たちのギルド『黎明の翼』の戦いは続く。

だが、それはもはやバグを修正するだけの暗い戦いではない。

世界中に散らばる小さな物語の種を見つけ、それを人々と共に育み、世界をより豊かで面白い場所にしていくための希望に満ちた旅路だ。


そして、俺の魂の中ではゼノンが満足げに呟いていた。

『……ああ。最高のエンディングだった。クリアタイムは最悪だったがな』


俺は、空を見上げ笑った。

俺たちのゲームは終わらない。

もっと面白くて、最高のエンディングを目指して。

俺たちの物語はこれからも続いていくのだ。

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