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第四十三話:観測者の記憶と最初の分岐点

クロックフォードの時計塔『クロノス・ギア』の動力炉に巣食う、アルフレッドの残響。彼が突きつけてきた絶望的な二択――街ごと滅びるか、彼の計画に協力するか。俺とリアは為す術もなく、一旦、アジトである教会へと戻り、対策を練っていた。


「……打つ手なし、ね」


リアは、テーブルに広げたクロックフォードの設計図を睨みながら溜息をついた。

「クロノス・ギアは街の生命線そのもの。物理的に破壊すれば、街は死ぬ。かといって、ゴーストであるアルフレッドに、直接攻撃する手段もない。完全に詰んでるわ」


「何か方法はあるはずだ。どんな完璧なシステムにも、必ず穴はある」

俺は、そう言いながらも焦りを隠せなかった。その時、俺の脳裏に、かつてゼノンがアレンに言った言葉が蘇った。

『お前の本当の敵は、目の前の分かりやすい『悪』だけではない。世界は、お前が思うより、ずっと複雑で悪意に満ちている』


そうだ、ゼノンならこんな時どうしただろうか。

俺は目を閉じ、自らの魂の奥深くへと意識を沈めていった。

俺の中には、まだゼノンの膨大な知識と経験が眠っているはずだ。RTAプレイヤーとして、あらゆるゲームのバグと仕様を知り尽くした、彼の記憶が。


俺は、彼の記憶のアーカイブの中から「アルフレッド」というキーワードで検索をかけた。

すると、俺の意識は見たこともない過去の光景へと引きずり込まれていった。


そこは、俺が転生する、ずっと前。

ゼノンが、まだ悪役王子を演じることを決意する前の、若き日の姿だった。

彼は、王宮の一室で、一人の若き魔術師とチェスを指しながら、熱心に語り合っていた。その魔術師こそ、若き日のアルフレッドだった。


『――だから言っているだろう、アルフレッド。君のその理論は危険すぎる』

若きゼノンは眉をひそめ、そう言った。

『魂をデータ化し、永遠の苦痛なき世界を作る? それは救済ではない。ただの停滞だ。生命とは、不完全で、非効率で、時に苦痛を伴うからこそ美しいのではないか』


『殿下は理想論者ですな』

若きアルフレッドは、穏やかに笑いながらチェスの駒を進める。

『ですが、その不完全さ故に、人々は争い、憎しみ合い、死んでいく。私は、それが耐えられないのです。私の科学と魔術があれば、そのすべての悲劇を終わらせることができる。誰一人、傷つくことのない完璧な調和の世界を作れるのです』


二人は親友だった。

ゼノンは転生者としての未来の知識を。

アルフレッドは、この世界における天才的な魔導科学の才能を。

互いにその才能を認め合い、夜を徹して、この世界をより良くするための方法を語り合っていたのだ。


だが、二人の目指す道は根本的に違っていた。

ゼノンは物語の流れを尊重し、その中で犠牲を最小限に抑える「修正主義」の立場。

アルフレッドは、物語そのものを破壊し、自らの手で完璧な世界を創造しようとする「創造主義」の立場。


その決定的な亀裂が生まれたのは、ある事件がきっかけだった。

二人は古代の遺跡で、一つの禁断のアーティファクトを発見する。

それは『魂の天秤』と呼ばれる生命の魂の重さを測定できるという、神々の時代の装置だった。


アルフレッドは、その装置に魅了された。

彼はこの装置を使えば、魂をより効率的にデータ化できると考えた。

だが、ゼノンはその装置の危険な本質を見抜いていた。


『やめろ、アルフレッド! その装置は、魂の価値を測るものではない! 魂そのものを分解し、その情報を吸い上げるだけの、ただの捕食装置だ!』


だが、アルフレッドは聞かなかった。

彼は実験と称し、一匹の小さな動物を天秤にかけた。

その結果、動物は魂を吸い尽くされ即死した。

そして天秤には、その動物の一生分の記憶と感情が膨大なデータとなって表示された。


『……素晴らしい……! これさえあれば、私のARKは完成する……!』

狂気に満ちた目で、そう呟くアルフレッド。


その時、ゼノンは決別を決意した。

この男は友ではない。世界の理、踏み越えようとしている危険な狂人だ、と。

ゼノンとしての力の一端を使い、遺跡ごと『魂の天秤』を破壊しようとした。


だが、アルフレッドの方が一枚上手だった。

彼は、ゼノンが転生者であり、この世界の理の外の力を持つことを見抜いていた。

そして、その力を利用するため、密かにゼノンの研究も進めていたのだ。


アルフレッドは、ゼノンの力を逆利用するトラップを発動させた。

その結果、破壊されるはずだった『魂の天秤』は暴走。

二人は、天秤が作り出した精神世界へと閉じ込められてしまったのだ。


その精神世界で、二人は最後の対決をした。

それは、剣でも魔法でもない。互いの理想と意志をぶつけ合う、魂の戦いだった。


その戦いの中で、ゼノンは見てしまった。

アルフレッドの魂の最も深い場所にある、巨大な「傷」を。

彼は幼い頃、治るはずのない病で最愛の妹を失っていたのだ。

その無力感、理不尽な死への絶望。それこそが、彼を狂気の研究へと駆り立てた本当の動機だった。


彼は妹を生き返らせたいのではない。

妹が死んだような悲劇が、二度と起こらない完璧な世界を作りたかったのだ。


だが、ゼノンは彼のその歪んだ願いを肯定することはできなかった。

彼はアルフレッドを倒し、精神世界から脱出する。

そして、この日を境に、二人が再び友として語り合うことはなかった。さらに、この日からゼノンは精神がおかしくなってしまった。正確に言えば、RTAの事だけを考えた冷徹なゼノンの魂が植え付けられてしまっていた。


ゼノンは、アルフレッドの計画を阻止するため、そして、彼が暴走するきっかけとなったこの世界の不完全なシナリオそのものを修正するため、自らが、最大の「悪」となり物語を管理するという、孤独な戦いへと進むことを決意した。

アルフレッドは、ゼノンという唯一の理解者を失い、その研究をさらに加速させ、狂気の深淵へと堕ちていった。


これが、二人の最初の分岐点。

俺は、ゼノンの記憶を追体験し、すべてを理解した。


「……レクス! 大丈夫!?」


リアの心配そうな声で、俺は意識を現実へと引き戻した。

俺の目からは涙が溢れていた。それは、ゼノンの悲しみが俺の魂と共鳴した証だった。


「……分かったよ、リア。アルフレッドを止める方法が」


俺は立ち上がった。

俺の瞳には、もはや迷いはなかった。


「アルフレッドはゴーストだ。そして、この時計塔は彼の巨大な肉体そのもの。彼を倒すには、この時計塔ごと彼の魂を浄化するしかない。だが、物理的な破壊はできない。ならば……」


俺は、リアに俺の作戦を告げた。

それは、あまりにも無謀で危険な賭けだった。


俺は、再び時計塔の最上階へと向かう。

そして、俺の魂を、このクロノス・ギアの動力炉に直接接続させる。

いわば、俺自身がアルフレッドのシステムにハッキングを仕掛けるのだ。


そして、俺は彼の精神世界へとダイブし、彼ともう一度「対話」する。

百年前、ゼノンが拒絶した彼の魂の救済。

それを、今度は俺がやり遂げる。


「……正気なの、レクス!? そんなことをしたら、あなたの魂が彼の狂気に飲み込まれてしまうかもしれないのよ!?」

「それでもやるしかない。力で彼をねじ伏せても、第二、第三のアルフレッドが生まれるだけだ。彼の悲しみの連鎖を断ち切らない限り、この戦いは終わらないんだ」


俺の覚悟をリアは理解してくれた。

「……分かったわ。あなたの魂が帰ってくる場所は、私が必ず守る。だから、必ず生きて帰ってきて」

「ああ、約束する」


俺は一人、再びクロノス・ギアへと向かった。

最上階、動力制御室。

アルフレッドの残響が俺を待っていた。


『……戻ってきたか。答えは出たかね?』

「ああ。答えは出た。お前の仲間にはならない。だが、お前を倒すのでもない。俺はお前を……」


俺は、言葉を切った。

そして動力炉に手を触れる。


「――救いに来た。アルフレッド」


俺の魂が、動力炉のシステムへと流れ込んでいく。

俺の意識が光のデータとなって機械のネットワークの中へとダイブしていく。


魂の接続(ソウル・ハック)


俺の目の前に広がる精神世界。

そこには、若き日のアルフレッドが一人、佇んでいた。

彼の周囲には、彼が理想とする完璧な調和の世界が広がっている。

だが、その完璧な世界の片隅で、一人の少女が静かに横たわっていた。彼の最愛の妹。

彼の理想郷は、彼女が救われない、という一点において根本的に破綻していたのだ。


「君がレクス君か。私の心の中にまで入ってくるとはな。だが、無駄だ。私の意志は変わらない」


「そうかい? なら少し昔話に付き合ってもらうぜ」


俺は、彼に語りかけた。

それは、俺の言葉ではない。

俺の魂の中で眠っていたゼノンの言葉だった。


俺は、ゼノンの代弁者として、百年前、彼らが伝えられなかった本当の想いをアルフレッドに告げた。

ゼノンがどれだけ彼の才能を認め、友として大切に思っていたか。

そして、彼の悲しみに寄り添えなかったことをどれだけ後悔していたか。


俺の言葉は、ゼノンの魂の記憶とリンクし、その情景を、この精神世界に映し出していく。


「……やめろ……。やめてくれ……」


アルフレッドの完璧だった精神世界に亀裂が走り始める。

彼の心の一番脆い部分。

ゼノンという、唯一の友を失った孤独。


そこに、俺は最後の一手を打った。

俺は、アレンの魂の力を解放した。


それは、アルフレッドの妹の魂を呼び覚ます力ではない。

それは、アルフレッド自身に彼の妹の本当の「願い」を見せる力だった。


俺の光に包まれ、アルフレッドの目の前に彼の妹の幻影が現れる。

彼女は悲しそうに微笑み、そして言った。


『……お兄ちゃん。もういいんだよ。私のために、もう苦しまないで。私、お兄ちゃんが笑って生きてくれる未来が欲しかっただけなんだよ……』


その言葉が、アルフレ-ッドの百年の狂気を溶かした。


「ああ……。あああああああっ……!」


彼の魂から、絶叫と共に、黒い涙が溢れ出す。

それは、彼がずっと心の奥底に封じ込めてきた、純粋な悲しみだった。


彼の精神世界が崩壊していく。

時計塔、クロノス・ギアもまた、その主を失い、機能を停止させようとしていた。


俺は、アルフレッドの、その悲しみを、ただ静かに受け止めた。

これが、ゼノンがやりたくてもできなかった本当の意味での「救済」。


俺たちの、長い戦いがようやく終わる。

そう思った矢先だった。


崩壊するアルフレッドの精神世界の中から、一つの赤い光が抜け出し、俺の魂を貫いた。


『――見つけたぞ、RTAプレイヤーの魂の残滓よ……』


その声はアルフレッドのものではない。

もっと古く、もっと邪悪な存在。

観測神メビウスとの戦いで世界に開いた次元の亀裂。

アルフレッドの残響が覚醒したあの亀裂は、まだ完全には閉じていなかったのだ。

そして、その亀裂の向こう側からこの世界の理をずっと監視していた、別の高次元の存在がいた。


それは、かつてこのシミュレーション世界を創造した「管理者」たちとは全く系統の違う「捕食者」だった。

彼らは、様々な次元を渡り歩き、その世界の物語(エネルギー)を喰らい尽くす、次元の略奪者。


『素晴らしいエネルギーだ。悲しみも、苦しみも、喜びも、すべてが極上の味だ。この世界はいただくことにする』


俺の魂は、アルフレッドの呪縛から解放された直後に、さらに強大な悪意に乗っ取られようとしていた。


俺たちの本当の戦いは、まだ始まったばかりだったのかもしれない。

世界の外側には、まだ俺たちの知らない無数の脅威が存在していたのだ。

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