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第四十話:物語の分岐点と三人の観測者

百年前のヴァーミリオン王宮、玉座の間。そこは、時空の歪みが作り出した特異点と化していた。過去の英雄である、若きアレンと悪役を演じるゼノンは、目の前で起こっている超常現象に驚きながらも、俺たち未来からの来訪者が放つ、尋常ならざる気配に、剣を構え警戒している。


そして、その中心で、俺レクス、調停者リア、そして、編纂者が三つ巴で対峙する。世界の物語の結末を書き換える権利を巡る戦い。


『面白い盤面になったじゃないか』


編纂者は、ゼノンの姿で余裕の笑みを崩さない。

『過去の英雄と未来のイレギュラー。そして、そのどちらでもない中途半端な融合体。どの駒から排除してやろうか。悩むところだねぇ』


彼は、この状況すら自らが編纂する物語のエキサイティングな一場面として楽しんでいる。彼の傲慢さは、神々の王プライマスや、狂科学の神メビウスとも、また違う。彼は、自らが絶対的な「作者」であり、他のすべては物語を盛り上げるための「登場人物」に過ぎないと、心の底から信じているのだ。


「あなたの思い通りにはさせない!」


リアが先手を取った。彼女は二本の短剣を構え、編纂者へと疾風の如く襲いかかる。彼女の狙いは、編纂者の動きを止め、その隙に、俺に何かをさせようとしている。その意図を、俺は瞬時に理解した。


だが、編纂者はリアの動きを完璧に読んでいた。

『無駄だ、調停者。君の、その『直感』に頼った戦闘スタイルは確かに予測が難しい。だが、私はこの世界のすべての因果律を掌握している。君が、どちらの足から踏み出し、どちらの腕を振るうか、その百万通りの未来の可能性はすべて、私の観測下にある』


編纂者は、指先から無数の因果の糸を放出した。それは、俺がかつて使っていた《支配者の劇場》の究極進化版とも言うべき技。

リアの動きの未来を予測し、そのすべてを封じ込める、運命の蜘蛛の巣。


全知の因果律(オール・コーザリティ)


リアは、まるで見えない壁に阻まれたかのように身動きが取れなくなった。


『まずは、君という鬱陶しいデバッグ機能を停止させるとしよう』

編纂者は、リアにとどめを刺そうと、因果の糸を収束させる。


その時だった。

「――させない!」


声の主は、過去の勇者アレンだった。

彼は、目の前で何が起こっているのか、完全には理解できていない。だが、一人の女性が、理不尽な力によって殺されようとしているのを黙って見過ごせるほど、彼の正義感は鈍くはなかった。


アレンの聖剣が黄金の光を放ち、因果の糸を断ち切った。

『ほう……』

編纂者は、興味深そうにアレンを見る。

『これが、若き日の勇者アレン。なるほど、魂の輝きが、荒削りだが力強い。だが、まだ未完成だ。今の君では、私には勝てない』


「やってみなきゃ分からないだろ!」


アレンは、若さ故の真っ直ぐな力で、編纂者に斬りかかる。

その、純粋な聖なる力は、確かに強力だった。だが、編纂者は、その攻撃をゼノンの姿で、いとも容易く捌いていく。かつてのゼノンがそうであったように。


「くっ……! なぜ、俺の剣が……!」

「無駄だ、勇者。俺にはお前のすべてが見えている」


編纂者は、ゼノンの剣技を完璧に再現し、アレンを圧倒する。

そして、その戦いを見ながら、俺の魂の中で最後の覚醒が始まっていた。


過去のゼノンの孤独な戦い。

未来のアレンの英雄としての成長。

その二つの記憶を、完全に融合させた俺は、ついに、この歪んだ世界の、真の構造を理解したのだ。


この世界は、RTAプレイヤーである転生者ゼノンの介入によって、大きく歪んだ。

だが、その歪みこそが、アレンを正規ルート以上に強く成長させた。

悪役がいたからこそ、勇者は輝いた。

バグがあったからこそ、物語は予測不能な奇跡を生んだ。


完璧な物語など存在しない。

不完全で、矛盾していて、だからこそ生命は輝き、物語は美しくなるのだ。


編纂者のやろうとしていることは、その生命の輝きそのものを否定する行為。

俺は、それを決して許すことはできない。


俺は、編纂者とアレンの戦いに割り込んだ。

俺の体から放たれるオーラは、もはや透明ではない。

それは、アレンの黄金の光と、ゼノンの星空の光が混じり合った、黎明の空のような、美しい曙色をしていた。


黎明の魂(ドーン・ソウル)


「……誰だ、君は……?」

編纂者が、初めてその完璧な表情を崩し、俺に問いかける。彼の、全知の因果律でさえ、今の俺の存在を定義できないでいた。


俺は、静かに答えた。

「俺はレクス。ただの冒険者だ。そして……」

俺は二本の剣を構えた。

右手には、アレンから受け継いだ黄金の聖剣。

左手には、ゼノンの魂が具現化した星空の大剣。


「……このくだらない物語の結末を、ハッピーエンドに書き換える、最後のプレイヤーだ」


俺と、編纂者。

プレイヤーと作者による、本当の決戦が始まった。

過去のアレンと、ゼノン、そして、未来から来たリアが、その戦いを見守る。


『面白い! 面白いじゃないか、レクス! 君という最大のイレギュラーが、どんな結末をもたらすのか、この私に見せてみろ!』


編纂者は、その全能力を解放した。

玉座の間が、彼の心象世界へと書き換えられていく。

そこは、無数の物語の断片が浮かんでは消える、巨大な図書館のような空間だった。


彼は、その図書館から、あらゆる物語の力を引き出し、俺に襲いかかってきた。

神話の、英雄の剣技。

伝説の、魔王の魔法。

おとぎ話の、ドラゴンのブレス。


物語の(ストーリー・)具現化(マテリアライズ)


それは、あらゆる物語の主人公になれる、最強の能力。

だが、俺は怯まなかった。


俺は、二本の剣を交差させる。

そして、俺だけの、最後の技を放った。


それは、特定の効果を持つ技ではない。

それは、この世界のシステムに、直接語りかける「宣言」だった。


作者への叛逆(オーサー・リベリオン)


「――この物語の結末は、俺が決める!」


俺の、その宣言がトリガーとなった。

俺の魂に呼応するように、この世界のあらゆる不確定要素が、俺に力をオーサー・リベリオン貸し始めた。

アレンの友情。

レオナルドの正義。

イゾルデの知性。

ガレスの不屈。

セレスティーヌの慈愛。

マキナの混沌。

メビウスの好奇心。

そして何より、ゼノンが愛したこの世界の不完全さそのもの。


俺の、曙色のオーラは、そのすべての色を飲み込み、すべてを内包する白い光へと変わっていった。


編纂者が作り出した物語の英雄たちは、その白い光の前に、次々とその力を失っていく。

なぜなら、彼らは完成された物語の登場人物。

だが、俺の力は、まだ結末の決まっていない、無限の可能性そのものだからだ。


『……馬鹿な……。物語が、私を拒絶している……? 完成された芸術が、未完成の落書きに負けるというのか……!?』


編纂者は信じられない、という顔で後ずさる。


俺は、彼に最後の一撃を放つ。

二本の剣を一つに重ね、作り出した光の剣。

それは、始まりも終わりもない、ただ純粋な「今」を肯定する力。


その剣が、編纂者の胸を貫いた。

彼の、ゼノンの姿をした体が、ゆっくりと崩れていく。


『……そうか……。これが……これもまた……一つの物語の形……か……。面白い……。実に面白い……結末だ……』


彼は、最後に満足そうな笑みを浮かべ、そして、光の粒子となって消滅した。


後に残されたのは、静寂と、そして、呆然と立ち尽くす過去の英雄たちだった。

時空の歪みが収束し、玉座の間が、元の姿へと戻っていく。

俺とリアの体もまた、光に包まれ、元の時代へと還ろうとしていた。


消えゆく意識の中で、俺は若き日のゼノンと目が合った。

彼の瞳には、驚きと、そして、ほんの少しの安堵のような色が浮かんでいた。


俺は、彼に向かって、ただ一つ頷いてみせた。

(……お前の望んだハッピーエンドは、俺が必ず実現させてみせる。だから安心しろ)


その想いが伝わったのか、どうか。

俺の意識は、そこで完全に途絶えた。


こうして、長くて歪んだ"ゲーム”としての物語は、本当に、本当の終わりを告げた。

神でもなく、プレイヤーでもなく、ただの人間が、自らの手で、その結末を選び取ったのだ。


これは、誰にも知られることのない歴史の裏側で起こった、小さな奇跡の物語。

そして、これから始まる無限の可能性に満ちた、新しい物語のための、ほんの序章に過ぎないのであった。

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