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第二十五話:神々の王と最後のRTAプラン

崩壊する浮遊大陸。その瓦礫と爆炎の中、俺の意識は、ロウソクの火が消えるように、途絶えかけていた。調律神(アジャスターゴッド)の一撃からアレンを庇った代償は、俺の魂の最後の欠片さえも、燃やし尽くそうとしていた。もはや、痛みも、後悔もない。ただ静かな無が、俺を迎えに来ていた。


「ゼノン! 死ぬな、ゼノン!」


アレンの必死な声が遠くに聞こえる。彼の温かい聖なる力が、俺の消えかけの魂に、かろうじて繋がりを保たせている。だが、それも時間の問題だった。


その、静かな最期の瞬間を引き裂いたのは、天から降り注ぐ絶対的な「威光」だった。

崩壊する浮遊大陸の、さらに遥か上空。空間そのものが、巨大な教会のステンドグラスのように砕け散り、その向こう側――高次元の世界から、一体の「存在」が降臨した。


それは、これまで俺たちが戦ってきた、銀色の調律者たちとは、全く違う、黄金に輝く、神々しい姿をしていた。その背には、光で編まれた、十二枚の翼が生え、その顔は、あまりにも完璧すぎる美しさ故に、逆に、一切の感情を読み取ることができない。


管理者たちの、頂点に立つ王。

『アストラル・サーガ』の、正規ルートには、決して現れることのない、隠された、真のラスボス。


『――我が名は、プライマス』


その声は、男でも、女でも、老若でもない。この宇宙の、森羅万象すべての音が、一つに調和したかのような神の音色。だが、その音色には、生命に対する、慈愛など、微塵も感じられなかった。あるのは、ただ、完璧な「システム」が、エラーを発見したかのような、無機質な冷たさだけ。


『――観測を開始する。シミュレーションNo.734。バグの増殖、および、イレギュラー個体『ゼノン』『アレン』の、魂の輝度が規定値を大幅に超過。これより、本シミュレーションの強制終了(シャットダウン)と、世界の完全フォーマットを実行する』


プライマスの、その、淡々とした宣告は、アレンたちにとって死刑宣告にも等しかった。

「世界の、フォーマット……だと……?」

ガレスが、絶望に喘ぐ。


プライマスは、その黄金の腕を、ゆっくりと天に掲げた。

すると、その手のひらの上に、宇宙の始まりの特異点(シンギュラリティ)のような、高密度の、光の球体が、生まれ始めた。


創世の終焉(ジェネシス・エンド)


あれが放たれれば、この世界は、大陸ごと、星ごと、その存在そのものが、完全に消去される。いかなる魔術も物理法則も通用しない、高次元からの、絶対的な削除コマンド。


「くそっ……! やらせるかぁ!」


アレンは、俺を仲間に託すと、満身創痍の体で、プライマスに向かって飛び上がった。

だが、彼の聖剣は、プライマスの遥か手前で見えない壁に阻まれ、弾き返されてしまう。プライマスの周囲には、彼専用の、さらに強力な絶対領域が展開されているのだ。


絶望。

誰もが、そう、感じた。

アレンの仲間たちも、地上のレオナルドたちも、ただ、天に浮かぶ黄金の神と、その手の中で膨れ上がっていく、滅びの光を見上げることしかできなかった。


その、すべての光景を、俺は消えかけの魂の視点で観測していた。

そして、俺のRTAプレイヤーとしての、最後の思考が、計算を始めていた。


『……最終ボス、プライマス。出現条件は、主人公の、魂の輝度が一定値を超えること。現在のこちらの戦力では、撃破不可能。敗北、確定……』

『……いや、待て。一つだけルートが残されている。成功確率、0.0001%以下。だが、実行する価値はある……』


俺は、『アストラル・サーガ』のRTAをする上で、ゲーム自体の知識を全て、頭に叩き込んでいた。そんな俺の、魂の奥底から、最後の、そして、最も狂った、RTAプランが、浮かび上がってきた。


それは、もはや「攻略」ではない。

それは、ゲームのシステムそのものを利用し、(管理者)を欺く、禁断の「バグ技」だった。


俺は、最後の力を振り絞り、アレンの心に直接、語りかけた。


『……アレン……聞こえるか……』

「ゼノン!? 生きていたのか!」

『……時間がない。よく聞け。奴を倒す方法が、一つだけある。だが、それには、お前の協力が必要だ……』


俺は、アレンに、これから俺がやろうとしていること、そして、彼がやるべきことを簡潔に伝えた。

俺の計画を聞いたアレンは、最初、絶句した。


「……馬鹿な! そんなこと、できるはずが……! それじゃあ、あんたは……!」

『……いいから、やれ。これは命令だ。俺が信じた英雄なら、できるはずだ。……いや、お前にしか、できない』


俺のその言葉に、アレンは、すべての覚悟を決めた。

彼は、涙をこらえ、力強く頷いた。


俺は、アレンとの接続を切り、次に、高次元にいるプライマスに意識を向けた。


『……プライマスよ。取引をしないか』

俺の魂の呼びかけに、プライマスは、僅かに反応を示した。

『……取引? 低次元のバグが、神に何を求める?』

『……俺の魂を、お前にくれてやる。この魂には、転生前のRTAプレイヤーとしての、この世界における、膨大な攻略データが記録されている。これがあれば、お前たちは、二度とバグの起きない、完璧なシミュレーション世界を作ることができるだろう。その見返りとして、この世界のフォーマットだけは中止してもらいたい』


俺は、自らの魂を差し出すという、最後の交渉を持ちかけた。

プライマスは、しばらく沈黙し、そして答えた。


『……興味深い提案だ。よかろう。その取引、受け入れよう。ただし、条件がある。お前の魂が我々にとって、本当に価値のあるものか、ここで証明してもらおう』


プライマスは、俺に「試練」を与えると言った。

俺の、RTAプレイヤーとしての能力を試す、最後のテスト。


プライマスは、その指先から、一つの小さな光のデータを、俺の魂へと送り込んできた。

そのデータが、俺の魂に触れた瞬間、俺の意識は、全く別の空間へと飛ばされた。


そこは、白く、どこまでも無限に広がる仮想空間。

そして、俺の前には、これまで、俺がこの世界で出会い、倒してきた、すべての敵たちが、ずらりと並んでいた。

ガレス率いる、反乱軍。

ジンが作った、ゴーレム。

聖女騎士団。

イゾルデ。

アルフレッドの、神話の軍団。

そして、無数の調律者たち。


『――試練を開始する。これら、すべてのエネミーを、規定時間内に撃破せよ。それができれば、お前の価値を認めよう』


プライマスの声が響く。

RTAの、最終試験。ボスキャラたちとの連戦。ボスラッシュだ。


だが、今の俺の魂は、もはや戦闘能力など、ほとんど残っていない。

普通に戦えば、一瞬で消滅させられるだろう。


『……フン。望むところだ』


だが、俺は笑った。

なぜなら、ここが、「仮想空間」であること、それ自体がこの試練の最大の「抜け穴」だったからだ。

物理法則も魔術法則も存在しない、データだけの世界。

ここは、俺たちRTAプレイヤーにとって、最も得意なフィールドだ。なんてたって、『アストラル・サーガ』をプレイするだけなのだから。


俺は、戦わない。

俺は、この仮想空間のプログラムの「バグ」を突く。


俺は、目にもとまらぬ速さで、空間を移動し始めた。

そして、敵たちが配置されている、その座標の、僅かな隙間――プログラムが想定していない、非正規のエリアへと滑り込む。


そして、俺は、ある特定のコマンドを、心の中で入力した。

それは、かつて、俺がこのゲームのRTAで、何度も利用した、禁断のバグ技。

特定のエリアで、特定の行動をとることで、ゲームのメモリをオーバーフローさせ、敵キャラクターのAIを強制的に停止させる、という荒業。


思考停止(フリーズ・グリッチ)


俺が、そのコマンドを入力した瞬間。

俺を殺そうと襲いかかってきていた、すべての敵たちが、その場でぴたりと動きを止めた。

彼らは、ただの動かないオブジェクトと化した。


『な……!?』


プライマスの、驚愕した声が響く。

彼は、俺が何をしたのか理解できていない。

当たり前だ。プライマスも所詮『アストラル・サーガ』内のキャラクターに過ぎないのだから。


俺は、動かなくなった敵たちの横を、悠然と通り過ぎ、この空間のゴール地点へとたどり着いた。

規定時間を、大幅に下回る、最速でのクリア。


『……見事だ。バグを利用して、戦闘そのものを回避するとはな。確かに、お前の魂は我々にとって利用価値がある』


プライマスは、俺の勝利を認めた。

そして、彼は約束通り、滅びの光《創世の終焉》を消し去った。

世界は、救われたかに見えた。


『では、約束通り、その魂、我々がいただこう』


プライマスは、俺の魂を捕獲しようと、その黄金の手を伸ばしてきた。


だが、俺は不敵に笑った。

「……残念だったな、プライマス。俺との取引は、まだ、終わっていない」


「――今だ、アレン!」


俺が、叫んだその瞬間。

現実世界で、俺の抜け殻の体を、抱きかかえていたアレンが、行動を起こした。


彼は、俺から教えられていた、最後のプランを実行したのだ。

彼は、その聖剣を、俺の心臓――ではなく、俺の胸に、かろうじてぶら下がっていた、セレスティーヌの形見の「髪飾り」に向かって突き刺した。


その髪飾りには、光の女神アウローラの力が宿っている。

アレンの聖なる力と、女神の創造の力が融合し、一つの奇跡を起こした。


それは「破壊」ではない。

それは、強制的な「上書き(オーバーライト)」だった。


俺の、RTAプレイヤーとしての魂のデータの上に、この世界でゼノンとして生きたすべての記憶、仲間との絆、守りたいと願った想い、そのすべてを、もう一度上書きし、定着させる、という荒業。


英雄の追憶(ヒーローズ・リライト)


プライマスの手が、俺の魂に触れる寸前。

俺の魂の色が変わった。

冷たい、無機質なプレイヤーの魂から、再び、星空を宿した、温かい守護者の魂へと。

俺の意識が、肉体へと回帰する。

閉じていた瞳が、再び開き、そこには、かつての強い光が宿っていた。


「……ただいま、レオナルド、アレン」


俺は、薄く笑った。

プライマスは、その予想外の事態に、初めて、神の仮面を剥がし、純粋な怒りを露わにした。


『……貴様ら……! 低次元の、バグどもが……! 神を、欺いたな……!』


俺はアレンの肩を借り、ゆっくりと立ち上がった。

そして、怒りに震える神々の王に、最後の宣戦布告をした。


「そうだ。俺たちはバグだ。お前たちの、完璧なシナリオ通りには動かない、厄介なバグだ。そして、そのバグこそが、この世界を、お前たちの支配から解放する」


「プライマス。お前と、俺たちの、本当のラストバトルを始めようじゃないか」


勇者と、守護者。

二つの光が一つとなり、今、本当の最後の敵に立ち向かう。

それは、もはや誰かの筋書きの上ではない、彼ら自身の意志で紡ぐ、新しい物語の始まりだった。

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