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第十九話:東方の勇者と黒き刃

俺たちヴァーミリオン王国が、人類史上初の「神殺し」を成し遂げたという報は、瞬く間に、絶望に沈んでいた大陸全土を駆け巡った。それは、暗闇の中に差し込んだ、一筋の希望の光だった。各国は、当初の混乱から立ち直り、ヴァーミリオンを中心に、対管理者連合を結成する動きを見せ始める。俺が望んだ、人類の団結。その歯車は、ようやく、ゆっくりと、しかし確実に、回り始めていた。


だが、俺は手放しで喜んではいなかった。

今回の勝利は、あくまで、俺の《因果律切断》という奇襲と、ARKの計算能力を借りた、ハッキングに近い攻撃が、上手くハマっただけのこと。管理者たちが、こちらの戦術に対応してきた場合、同じ手が、二度も通用する保証はない。


そして、何よりも、俺の魂の摩耗が、深刻だった。

アルフレッドとの戦いで酷使し、マキナとの対峙で自爆寸前まで力を解放し、そして、今回の調律者との戦いで、神の領域の力を使った代償。俺の《星辰の魔力》は、もはや、枯渇寸前だった。今はまだ、虚勢を張って、守護者として君臨しているが、このままでは、次の大規模な戦闘に、耐えられないかもしれない。


(……時間が必要だ。俺の魂が回復し、そして、人類が、神に対抗するための、新たな力を手に入れるための、時間が)


その「新たな力」の鍵を握るのが、帰還した勇者、アレンであることは、間違いない。

俺は、影蜘蛛を通じて、彼とその仲間たちの動向を、注意深く監視させていた。


「報告します。主」

執務室で、俺は、影蜘蛛の長からの報告を受けていた。

「勇者アレン一行は、エルドラドの『自由の翼』と合流後、東方へと向かいました。目的は、彼が飛ばされていたという島国『ヒノモト』のサムライたちと、正式な同盟を結ぶため、とのことです」


「ヒノモト……か」


原作には存在しない、未知の国。だが、アレンが、そこで新たな力を得たのは事実。彼らが、対管理者戦線における、重要な戦力になる可能性は高い。


「アレンの様子は、どうだ?」

「……それが、驚くべき成長を遂げておられます。ヒノモト国での修行で、『気』と呼ばれる、魔力とは異なるエネルギーの操作法を体得。聖なる力と、その『気』を融合させた、独自の剣技を、編み出している模様です。先日も、道中で遭遇した、調律者の一体を、ガレス殿や、ヒノモトの仲間たちとの連携で、撃破した、と」


調律者を、撃破した。

俺が、国の総力を挙げて、ようやく三体を倒した、あの神の使いを、アレンたちは、少数のパーティーで、すでに倒している。


(……さすがは、物語の主人公、か)


俺の口元に、自然と、笑みが浮かんだ。安堵と、そして、ほんの少しの、嫉妬。

彼は、俺の知らない場所で、俺の知らない仲間たちと、着実に、英雄への道を歩んでいる。それでいい。それが、正しい物語の形だ。


だが、報告は、それだけでは終わらなかった。

影蜘蛛の長は、声を潜め、一枚の、似顔絵を、俺の前に差し出した。


「……陛下。アレン一行の周辺に、不可解な人物が、出没しています」

「人物?」

「はい。黒い外套をまとった、一人の剣士です。その剣士は、アレン一行が調律者と戦う際に、必ず、どこからともなく現れ、彼らを助けるかのような動きを見せた後、名乗ることもなく、姿を消す、と。これが、目撃者たちが描いた、その剣士の似顔絵です」


その似顔絵を見て、俺は、息を呑んだ。

そこに描かれていたのは、痩せこけた体、床まで届く、不潔な白髪。そして、狂気に満ちた、蒼い瞳。


「――マキナ……!」


間違いない。

セレスティーティーヌとの相打ちで、消滅したと思われていた、混沌の化身。

彼は、生きていた。そして、なぜか、アレンたちを、陰から助けるような、不可解な行動をとっている。


(どういうことだ……? 混沌を愛する、あの男が、なぜ、勇者を助ける? 何が目的なんだ?)


俺の脳裏に、いくつもの仮説が浮かぶ。

セレスティーヌの光の力で、その邪気が、浄化された? いや、それなら、もっと堂々と姿を現すはずだ。

アレンの持つ、聖なる力に、何か、利用価値を見出した?

それとも、管理者という、共通の敵ができたことで、一時的に、利害が一致しただけか?


分からない。

だが、一つだけ、確かなことがある。

あの男が、無償で誰かを助けるなど、絶対にありえない。彼の行動の裏には、必ず、俺の想像を超える、邪悪で、混沌とした目的が隠されているはずだ。


このまま、アレンとマキナを、接触させておくのは、危険すぎる。


「……イゾルデを呼べ」


俺は、決断した。

俺自身の魂が、万全ではない今、俺が直接動くことはできない。

ならば、俺の最も信頼できる「刃」に、この任務を託すしかない。


俺は、イゾルデに、密命を下した。

「イゾルデ。お前にしか頼めない。東へ向かい、アレン一行と接触しろ。そして、彼らの傍にいる、マキナを監視し、可能ならば排除しろ」


「……マキナを、ですか? ですが、あの男は……」

イゾルデの顔に、恐怖の色が浮かぶ。彼女は、マキナの混沌の力を、身をもって体験している。

「分かっている。お前一人では、勝てないだろう。だから、これは戦闘命令ではない。諜報任務だ。決して、無理はするな。お前の役目は、マキナの目的を探り、それを俺に報告すること。そして……」


俺は、彼女に一つの小さなペンダントを手渡した。

それは、俺の星辰の魔力を、高密度に凝縮して封じ込めたお守りだ。


「万一の時は、これを砕け。中に、俺の力の一部が封じられている。一度しか使えないが、お前の命を、一度だけ守ってくれるはずだ」

「……主」


イゾルデは、そのペンダントを、大切そうに胸にしまった。

彼女の瞳には、もはや恐怖はなかった。俺に与えられた重要な任務を、命に代えてもやり遂げるという、強い決意の光が宿っていた。


「行ってまいります。必ずや、主のご期待に応えてみせます」

彼女はそう言うと、重力魔術でその姿を消した。


一人残された執務室で、俺は東の空を見つめていた。

アレン、ガレス、そして、ヒノモトのサムライたち。

そこに、謎の行動をとるマキナ。

そして、俺が送り込んだ、黒き刃、イゾルデ。


東方の地が、新たな混沌の舞台になろうとしていた。



その頃、アレン一行は、ヒノモト国へと続く、険しい山道を進んでいた。

「しかし、驚いたな、アレン。お前、あの訳の分からん島で、本当に強くなったもんだ」


隣を歩くガレスが、感心したように、アレンの肩を叩く。

アレンは、少し照れくさそうに笑った。


「ガレスさんこそ。みんなの力がなければ、あの銀色の巨人には勝てなかったですよ」


彼の傍らには、ヒノモト国から、彼の仲間として、旅に同行している、二人の人物がいた。

一人は、くノ一の装束に身を包んだ、素早い動きの少女、カエデ。

もう一人は、巨大な野太刀を背負った、寡黙なサムライの男、ゲンジ。


彼らは、アレンがヒノモトで出会った、かけがえのない仲間だった。


「だが、アレン殿。気になりますな」

寡黙なゲンジが、低い声で、口を開いた。

「例の、黒い外套の男のことです。あの男、我らが、銀色の巨人と戦う時、必ず現れる。そして、我らにとって、有利になるように、戦況を僅かに操作しているように思えてなりません」


「うん、私も感じてた」

と、カエデが同意する。

「例えば、巨人が、強力な攻撃を仕掛けてくる、その一瞬前に、なぜか巨人の足元の地面が、絶妙に崩れたり。私たちが、追い詰められた時に、どこからか煙玉が飛んできて、視界をくらましてくれたり。あれは、偶然じゃないよ」


アレンも、頷いた。

「……あの人は、一体、誰なんだろう。敵なのか、味方なのか……」


彼らが、そんな会話をしていると、突如、彼らの前方の空間がぐにゃりと歪んだ。

そして、そこから一人の女性が姿を現した。

黒いドレスに身を包み、その瞳に、冷たい光を宿らせた、魔女のような雰囲気の女性。イゾルデだ。


「あなたたちが、勇者アレン一行ね?」


イゾルデの、突然の出現に、アレンたちは、一斉に、武器を構えた。

「誰だ、お前は! ヴァーミリオンの追手か!?」

ガレスが、敵意をむき出しにして、叫ぶ。


イゾルデは、彼らの殺気に、全く動じることなく、静かに答えた。

「追手、ではないわ。私は、イゾルデ。ある方の命令で、あなたたちを、監視しに来ただけ」

「ある方、だと? それは、ゼノンか!」

アレンが、憎しみを込めて、問い詰める。


イゾルデは、答えなかった。

だが、その沈黙が、肯定を意味していることは、誰の目にも明らかだった。


アレンと、イゾルデ。

勇者と、魔女。

二人の間に、一触即発の緊張が走る。


だが、その緊張を破ったのは、全く、予期せぬ人物だった。


「――やあ、やあ。これはこれは。役者が揃ってきたじゃないか」


軽薄で、どこか、人を食ったような声。

その声と共に、木の影から、ひょっこりと、黒い外套の男――マキナが、姿を現したのだ。


マキナは、アレンたちと、イゾルデを交互に見比べ、愉快そうに、にやにやと笑っている。


「勇者御一行に、ゼノンの手駒の魔女か。面白い。実に面白い。まるで、これから、何か、とんでもない悲劇が始まりそうな、最高のキャストじゃないか」


「……マキナ……!」


イゾルデの顔が、恐怖と憎悪に引きつった。

彼女は、即座に重力魔術を発動させようとする。


だが、マキナは、それを手で制した。

「おっと、まあ待てよ、お嬢さん。今日は、戦いに来たんじゃない。お前たちに、ちょっとした、『プレゼント』を持ってきたんだ」


彼はそう言うと、懐から、一つの禍々しいオーラを放つ黒い宝玉を取り出した。


「これは、『混沌の心臓』。俺の力の一部を、凝縮させたものだ。これを使えば、どんな願いも一つだけ、叶えることができる。ただし、その代償として、使った者の魂は混沌に染まり、二度と元には戻れないがな」


マキナは、その黒い宝玉を、アレンたちと、イゾルデの中間の地面に、ころりと転がした。


「さあ、どうする? この宝玉を手に入れるのは、誰だ? 勇者か? 魔女か? あるいは、このまま見過ごすか?」


彼は、まるで、子供の遊びのように、残酷な選択を彼らに突きつけた。

宝玉からは、甘い蜜のような、誘惑のオーラが放たれ、その場にいる全員の心の奥底に眠る、「欲望」を刺激し始める。


ガレスは、死んだ仲間たちを蘇らせたい、という欲望を。

カエデは、滅びた故郷の里を再興したい、という欲望を。

ゲンジは、最強の剣士となりたい、という欲望を。

イゾルデは、一族の復讐を遂げたい、という欲望を。


そして、アレンは――。

故郷を、家族を、すべてを元通りにしたい、という、最も純粋で、最も叶わぬ願いを、その心に浮かび上がらせていた。


誰もが、その宝玉に手を伸ばしかけ、そして、葛藤する。

マキナは、その光景を、腹を抱えて笑っていた。


「ククク……そうだ、そうだ! 悩め、苦しめ、葛藤しろ! その、人間らしい醜い姿こそが、最高のエンターテイメントだ!」


東方の地で、混沌の化身が仕掛けた、悪魔のゲーム。

勇者一行と、黒き刃は、今、その魂の価値を試されようとしていた。

そして、その選択の先に、どんな未来が待っているのかを、まだ誰も知らなかった。

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