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第十話:守護者の覚醒と最初の奇跡

自らの魂にかけられた封印を破壊し、失われた記憶と、本来の力《星辰の魔力(アストラル・フォース)》を取り戻した俺は、もはや以前の俺ではなかった。悪役を演じる必要はない。物語の強制力に怯える必要もない。俺の目的は、ただ一つ。この世界を、管理者とマキナという二つの脅威から解放すること。そのための、最も効率的で、確実な道を、俺は俺自身の意志で選択する。


地下牢獄から地上へ戻った俺の姿を見て、イゾルデは息を呑んだ。

「主……そのお姿は……?」


俺の髪は、ゼノン本来の黒から、星空を溶かしたような深い紺色へと変貌していた。そして、血のように赤かった瞳は、今は無数の星々が瞬く、静かな夜空の色をしていた。全身から放たれるオーラは、もはや魔力ではない。万物の根源たる星々の力。それは、セレスティーヌの聖域や、マキナの混沌さえも包み込むような、絶対的な調和の力だった。


「俺は、俺だ。だが、少しばかり、思い出しただけだ。己の本当の役割をな」


俺はイゾルデに、マキナとの戦いの顛末と、アレンが時空の彼方へ飛ばされたことを簡潔に告げた。彼女は、自らの無力さに唇を噛む。


「私のせいで、アレン君が……」

「お前のせいではない。あれは、アレンが英雄となるために必要な、新たな試練だ。彼は必ず、さらに強くなって帰ってくる。俺たちの仕事は、彼が帰還するための『舞台』を、守り抜くことだ」


俺の言葉には、以前の傲慢な響きはない。だが、その静かな声には、何者にも揺るがぬ、絶対的な意志が宿っていた。イゾルデは、その変化に戸惑いながらも、今の俺に逆らうことなどできないと悟り、静かに頭を下げた。


「まず、やるべきことは三つある」


俺は、指を一本立てた。

「一つ。マキナの動向を探り、奴の目的を完全に把握する。奴は混沌を愛すると言ったが、その行動には、必ず何らかの法則性があるはずだ」


次に、二本目の指を立てる。

「二つ。聖女セレスティーヌの『ユートピア計画』を阻止する。彼女のやり方では、人々は魂のない家畜になるだけだ。だが、彼女の持つ民衆を惹きつける力は、利用価値がある。可能ならば、彼女を殺さずに、無力化する方法を探る」


そして、三本目の指。

「三つ。そしてこれが最も重要だ。ヴァーミリオン王国を、来るべき大戦に備え、強大な軍事国家へと再編する。マキナや管理者との戦いは、アレン一人の英雄譚では終わらない。人類そのものの、総力戦となるだろう。そのための、礎を築く」


それは、もはや悪役の謀略ではない。一国の、いや、世界全体の未来を見据えた、壮大なグランドデザインだった。


「イゾルデ。お前には、一つ目の任務を任せる。影蜘蛛を使い、お前の魔導知識を総動員して、マキナの痕跡を追え。奴の力の根源、弱点、どんな些細な情報でもいい。すべてを俺の元へ」

「……御意」


イゾルデは、俺の瞳に宿る星空に見入られるように、頷いた。彼女の復讐心は、今や、この世界の巨大な謎に立ち向かうという、新たな探求心へと変わりつつあった。


イゾルデが去った後、俺は王宮のバルコニーに立ち、王都の景色を見下ろした。

これから俺がやろうとしていることは、多くの犠牲と混乱を生むだろう。民は俺を、以前にも増して「暴君」と呼ぶかもしれない。だが、もう迷いはない。俺は、愛するこの世界の、そして、この世界に生きるすべての人々の「守護者」なのだから。


最初の行動は、示威行為だった。

俺は、父である国王と、弟のレオナルド、そして王国のすべての重臣たちを、謁見の間に集めた。


「本日は、皆に、我がヴァーミリオンの新たな方針を宣告するために集まってもらった」


俺がそう切り出すと、レオナルドがすぐに反発する。

「兄上、また何を企んでいるのですか! 聖女狩りに失敗したばかりか、今度は何を……!」


俺は彼の言葉を遮らず、静かに続けた。

「これより、ヴァーミリオン王国は、軍拡路線へと舵を切る。すべての税収は軍備に回し、全国民に徴兵制を敷く。目標は、大陸最強の軍事国家の設立だ」


謁見の間が、騒然となる。

「正気か!」「そんなことをすれば、民が飢える!」「他国との戦争を始めるおつもりか!」


非難の嵐の中、俺は静かに右手を天にかざした。

「静まれ」


俺の言葉と共に、俺の体から《星辰の魔力》が、穏やかな光の波となって広がった。その光に触れた者は、怒りも、恐怖も、すべての感情が浄化され、ただ、静かな畏敬の念に満たされる。それは、セレスティーヌの精神支配とは違う。魂の最も深い部分に直接語りかけ、調和をもたらす、神々の御業だった。


騒然としていた謁見の間が、水を打ったように静まりかえる。レオナルドでさえ、俺の放つ神々しいオーラの前に、言葉を失っていた。


「これは、戦争を始めるためではない。来たるべき『滅び』から、この世界を守るための、備えだ」


俺は、彼らにすべてを話すつもりはなかった。マキナのことも、管理者のことも、彼らにはまだ理解できない。俺は、彼らが理解できる、唯一の「現実」を突きつけることにした。


俺は、謁見の間の天井――巨大なドーム状の天井に、手を向けた。

そして、星辰の魔力を使って、そこに、未来の光景を幻影として映し出した。


それは、マキナの混沌によって、世界中の都市が破壊され、人々が絶望に泣き叫ぶ地獄絵図。

そして、天から降臨し、その崩壊した世界からエネルギーを収穫しようとする、管理者たちの巨大な艦隊。


星見の(アストラル・)預言(プロフェシー)


それは、単なる幻影ではない。星辰の魔力によって、未来の可能性の一つを、現実のように描き出す、預言の力だ。その光景のあまりの絶望感とリアリティに、その場にいた誰もが、息をすることを忘れた。


「これが、何もしなかった場合の、我らの未来だ。この運命に抗うため、我々は変わらねばならない。強大な力を持たねばならないのだ」


俺は預言を消し、静まり返った彼らに告げた。

「無論、異論は認めん。これより、ヴァーミリオン王国の全権は、俺、ゼノン・フォン・ヴァーミリオンが掌握する。父上には、ご隠居いただく。レオナルド、お前には、新たに設立する『民生安定局』の長官を任せる。軍拡の裏で、民の生活が破綻せぬよう、全力を尽くせ。これは、お前の正義感にしかできぬ、重要な仕事だ」


俺は、一方的に、クーデターを宣言した。だが、もはや、それに反対する者は誰もいなかった。俺が見せた預言の衝撃と、俺の纏う神々しいまでのオーラが、彼らの反抗心を完全に奪っていた。


こうして、俺はたった一日で、ヴァーミリオン王国を完全に掌握した。悪役の暴君としてではなく、未来を予見し、国を導く、絶対的な「指導者」として。


だが、この強引な改革は、当然、軋轢を生む。

特に、俺のやり方に最後まで納得できない者がいた。近衛騎士団長、デューク・ランバート。古くから王家に仕え、レオナルドの剣の師でもある、忠義に篤い老騎士だ。


その夜、彼は単身で、俺の執務室を訪れた。

「ゼノン殿下……いえ、ゼノン陛下。単刀直入に伺います。貴方様は、一体何者なのですか。今日の貴方様は、私が知る王子とは、まるで別人だった」


「俺は俺だよ、デューク。ただ、進むべき道が、明確になっただけだ」

「その道は、本当に正しいのですか? 力による支配は、必ず歪みを生みます。民の心を置き去りにしては、真の強国など……」


「お前の忠義心は賞賛に値する。だが、今の俺には、お前の理想論に付き合っている時間はない」


俺は立ち上がり、彼の前に立つ。

「デューク。お前が俺に従えないというのなら、力で示すしかない。俺に剣を向けろ。お前が勝てば、俺はこの計画を白紙に戻そう。だが、俺が勝てば、お前は近衛騎士団のすべてを、俺に明け渡せ」


それは、あまりにも理不尽な決闘の申し込みだった。だが、デュークは、静かに頷き、腰の剣を抜いた。彼は、騎士としての誇りを懸けて、俺の真意を確かめようとしていた。


俺たちは、王宮の訓練場で、月明かりの下、対峙した。

デュークは、大陸でも五指に入ると言われる剣の達人だ。その構えには、一切の隙がない。


「参る!」


デュークの姿が、消えた。彼の剣技は、速さではない。「間」を消すのだ。構えから、斬撃に至るまでの、あらゆる予備動作を完全に消し去ることで、相手に反応する時間を与えない。

《無拍子の剣》


常人ならば、自分が斬られたことさえ気づかずに、命を落とすだろう。

だが、俺の《星辰の魔力》は、彼の筋肉の収縮、血液の流れ、神経インパルスの伝達さえも、完全に捉えていた。


俺は、彼の剣を、指二本で、白刃取りのように受け止めた。


「な……!?」


驚愕するデューク。俺は、彼の剣を掴んだまま、静かに告げた。

「速さも、重さも、極めれば『無』に至る。見事な剣だ。だが、デューク。お前はまだ、その先を知らない」


「その先……だと……?」


「そうだ。無の先にある、『始まり』をな」


俺は、指先に僅かな星辰の魔力を込めた。それは、破壊の力ではない。創造の力だ。

俺の指先に触れたデュークの剣が、まるで生き物のように、脈動し始めた。そして、その刀身に、美しい星々の紋様が浮かび上がる。


俺は、彼の剣を、その場で「進化」させたのだ。ただの鋼の剣を、星辰の力を宿す、魔剣へと。


デュークは、自らの愛剣の変化に、信じられないという顔をしている。

「これは……私の剣が……呼吸をしている……?」


「それが、俺の力の一端だ。俺は、破壊もできるが、創造もできる。進化させることも、退化させることもできる。デュークよ、それでもまだ、俺に剣を向けるか?」


デュークは、進化した自らの剣を見つめ、そして、俺の顔を見上げた。彼の瞳から、敵意は消えていた。そこにあるのは、人知を超えた存在に対する、絶対的な畏怖と、そして、新たな希望の光だった。


彼は、その場で膝をつき、剣を俺に捧げた。

「……完敗です。ゼノン陛下。我が剣、我が命、すべてを貴方に捧げましょう。どうか、この国を、そして、この世界を、お導きください」


こうして、俺は王国最強の騎士をも、完全に掌握した。

これは、俺が守護者として目覚めてから、最初に起こした、小さな「奇跡」。

だが、この奇跡を皮切りに、ヴァーミリオン王国は、大陸の歴史上、誰も見たことのない、驚異的な変革を遂げていくことになる。


俺は、デュークが捧げた進化した剣を受け取り、夜空を見上げた。

どこか遠い場所で、新たな試練に立ち向かっているであろう、アレンに語りかける。


「待っていろ、アレン。お前が帰ってくる頃には、最高の舞台を用意しておいてやる。お前という英雄が、真の輝きを放つための、世界という名の、最高の舞台をな」


守護者の孤独な戦いは、今、静かに、しかし確実に、世界そのものを書き換え始めていた。

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