狭い世界
とある県の海に埋め立てられた小さな人工島。
そこへ行くには大きな赤い橋を車で渡るか、小さな羽橋を自転車や徒歩で渡る以外にない。
最寄駅はバスで20分。自転車でも20分。
同じ市内は栄えているがこの島はそうでもない。かといって田舎とも言えず、なんとも中途半端。
計画的に整えられた道。綺麗に並ぶマンション。幼稚園、保育園、小学校、中学校、高校、病院、スーパー、郵便局、塾に老人ホームまで。映画館やショッピングモールはないけれど、最低限この島から出ずに生きて行ける。
毎日潮風のにおいがして、夕方になると西陽がまぶしくて、自転車は潮風ですぐに錆びてしまう。
子どもの大半は、小さいときからずっと島の中にある幼稚園に通って小学校、中学校、高校と実に10年以上を同じ環境で過ごす。
小学校、中学校の校区はこの島の中だけだし、高校もこんなアクセスの悪い島までわざわざ来るやつはいない。
そんな俺の狭い狭い世界のはなし。
――――――――――
「光、部活行こーぜ」
「おー」
もう友達歴13年目に突入した優と並んで体育館へ歩いて行く。
周りの友達もみんな10年オーバーの同じ顔ぶれ。
“昨日……に告ったんだよねー"
"え!どうだった!?"
"付き合おう、だってぇ!"
コソコソ話の声量ではないキャーっと言う声があがる。どんどん近づいていく俺らに気がついたのか、行こっと腕をとり、パタパタと走り去っていく。
「よく告ったり付き合ったりできるよなー」
優が呆れたように言い放った。
「まあ、少なくとも俺もムリだ」
10年以上ほぼ同じ顔ぶれ。
告白しただ、付き合っただとなると、すぐに広まり茶化されて最悪の場合親の耳にまで入る。
デートもバスや自転車で遠出しないと、島の中でデートしようもんなら次の日には全員の知るところとなる。
「あーあ。なんでこんな街に住むことにしたんだろ。うちの親は」
「同感だね」
「さっ、急いで体育館行こ。早く準備しないとまた怒られるし」
昼下がりの明るい廊下を早歩きで体育館へむかう。
――――――――――
親がバレーボールをしていた影響で最近は少し増えつつある男子バレーボール部へ入部して1ヶ月。
とは言っても男子バレー部は野球部やサッカー部に比べて人数が少なくギリギリなので隣の中学校も混ざって練習する。つまり実質もう4年目になる。
ここでもそこまで変わり映えしないメンバーと環境。だったが、今年から新任の先生が赴任してきた。
さらにその新任は男バレ経験者の体育教師ときた。
今までの適当だった顧問に代わりその古谷先生が新しく顧問になった。変わらないものが多いけれど、少し変化があって、少しだけ浮き足立つ。
「2、3年になると授業増えるから終わりも遅くて大変そうだよなあ」
ポールを立てながら優がぼやく。
公立と言えど2年3年はやはり受験や就職を意識してそれに沿った授業が増える。そのため部活の始まる時間にはほぼ間に合わない。いつも1年と中学1、2年で先に始めている。
「そんな心配、まだしなくていいだろ。
そんなことより、ダラダラしてるところ見つかったらまた怒られるぞ」
おー。と気の抜けた返事をした優と数人の後輩と黙々とコートをたてていると、体育館の扉から顔だけひょこっと出した古谷先生が大きめの声で話しかける。
「光、優。俺まだめちゃくちゃ仕事あるから、ネット張ってアップ終わったら探しに来て〜」
「先生、新任だから雑用多いもんね」
「うるせぇ。返事は?」
「はーい」
仲のいい唯一の同級生、いつもと同じ数人の後輩とでアップを始めて終わったら優と2人で先生を探しに学校をうろつく。
続きのメニューといつ頃体育館に来れるか聞いて、先輩を待ちながら練習する。
先輩がきて先生が顔を出して、指導してくれて、18時に終わる。
これが俺の日常。