旦那様! 転生したからって溺愛してこないでください!
「エルノーラ、ずっと君だけを愛してる!! 結婚しよう!!」
「お断りします!!」
これは小さな村の、小さな食堂で行われる日課だ。
周りの客もけらけらと笑うぐらいには毎日行われている。
真新しいカウンターの奥や、テーブルを囲む客からヤジが飛んできた。
「今日も断られているのかい、リク!」
「毎日毎日飽きないねぇ」
「一途なのはいいことさね! アルバーン国一、報われない男かもしれないけどね! あっはっは!!」
「お前ら、うるさいよ」
「はいはい、ごめんねぇ」
「いいから。黙ってくれ」
茶々入れをうるさいと一蹴し、エルノーラへ真剣な眼差しを向けるのはリクだ。
熱を帯びた新緑の瞳で見つめられれば、どんな女性でも頬を染めるだろう。
コーヒー豆のような髪は無造作におろされており、子犬を連想させる。
可愛らしい見た目の彼だが、もうすぐ二十五歳になると食堂の女将さんが言っていた。
それと、初恋泥棒の異名を持っているとも。
彼はたまたま村の警備という長期任務を任された冒険者のあたしに一目惚れし、求婚を繰り返していた。
否、一目惚れという生易しいものじゃない。
「どうしてだい? 昔はあんなに愛し合ったっていうのに……」
「…………覚えてないわね」
「そのエメラルドの耳飾り。昔、僕が贈った物だろ? ずっと着けてくれているじゃないか」
ばっと長い耳を隠し、じとりとリクを睨んだ。
「っ、貴方の言う昔は200年前の話でしょう!」
「ほらちゃんと覚えてる」
ぐっと息を詰める。
何を隠そう、あたしはエルフだ。
人とは時の流れが違う種族だが、魔物のせいで森林が減った為、人里で暮らす者も多い。
エルフの中には、種族の垣根を越えて婚姻を結ぶ者もいる。
かといって他種族と結婚をするのはごく少数だ。
「あたしは二度と結婚はしないと決めているの。それじゃあね」
そう言い残して食堂を出た。
仕事場に向かいながら、あたしは長く住み着いてしまったものだと苦笑する。
(そもそもリクがここにいるのがいけないのよ。わたしはただ、衣食住が保証された仕事ができればいいと思っていただけなのに)
あたしの仕事はこの村の警備だ。
諍い一つ起こらないこの村はつい最近新しくできた新興村で、たまたま警備員を募集していた。
衣食住はもちろん、高位ランクの冒険者にしか紹介されない依頼のため、報酬もよかった。
条件がいい依頼を受けない冒険者はいない。
その依頼に手を上げ、激戦を勝ち取り、今に至るというわけだ。
今日の仕事場である門へと向かう間、にやけそうになる顔を必死に抑える。
(リク、今日もかっこよかった……。結婚していた時と変わらず、庇護欲をそそられ――って、いやいや。駄目よ)
そう。異種族と婚姻したというのはあたしのことだ。
転生前のリクから猛アプローチを受け、結婚に至った。
冒険者という命に係わる職業だとしても、やめなくてもいいと言ってくれたのがリクだけだった、というのも理由の一つだ。
(でも、幸せ、だったな)
彼はあたしのことを一番に考え愛してくれていたし、あたしも彼を愛していた。
そんな幸せな結婚生活で一番の問題は、寿命……のはずだった。
(リクが死んでしまうまでは)
同じ時は歩めずとも、老いて行く彼を見送って心の整理をするつもりだった。
だというのに、彼との別れは唐突に訪れてしまったのだ。
(あたしを庇わなければ、リクが死ぬことはなかったのに)
愛する人を自分のせいで死なせてしまった悲しみをあたしは受け入れられなかった。
彼の元へ行こうと何度も試みた。
しかし毎回直前で、彼に対する想いすらなくなってしまうのが怖くて、思いとどまってしまう。
そうして、彼の面影を探して200年が過ぎた頃、リクと出逢った。
出逢ってしまった。
(まさか転生するとは思ってもみなかったけれど、あたしはもう、愛する者を失いたくはないの)
本当は、あの優しい眼差しも、愛おしいと言わんばかりの仕草も、全て独り占めしてしまいたい。
あたしも好きだと返事をし、朝まで彼のいなかった日々がどれだけ寂しく、虚しかったかを聞いて欲しい。
だが、それ以上に、リクをまた失うことが恐ろしかった。
森へ向かう子ども達に「人攫いが出るかもしれないから、森の奥へと行ったら駄目よ」と声をかけながら、あたしはそんなことを考えていた。
◇◆◇
いつもの公開プロポーズが終わり、朝食を食べ終えた頃。
ぎゃははと品のない笑い声が聞こえてきた。
ちらりと横目で観察すれば、冒険者というよりもならず者と言った方が頷かれるような見た目の男達が食事を囲んでいた。
背の高い男と、ドワーフのように小さく太っている男。そして、長い髪をしている男の三人組だ。
(早朝に村へと入ったのはこの人達ね)
じろじろと観察していたのがいけなかったのだろう。
視線を感じたのか、彼らの内髪の長い男と目が合ってしまった。
(やば)
目を輝かせた男は、ずかずかと近づいてくる。
「エルフなんて珍しいじゃなぁ~い!」
食事中にも関わらず馴れ馴れしく話しかけてくる。
「つーか、おねぇさんメッチャ美人じゃん!」
「相席させてもらおうぜ!」
この日以上に早く完食していてよかったと思ったことはない。
あたしは椅子から立ち上がり、ため息交じりに答える。
「あたしはもう食べ終わっているので、どうぞ」
リクも同じように立ち上がったのを確認し、彼らの横を通り過ぎようとした。
しかし通り過ぎる寸前に手首を捕まれる。
「そう言わずにさぁ。私達、今日ここに来たばかりなのよぉ~。この店のおすすめを教えてちょうだいな」
座った彼らは楽しそうに瞳を歪ませる。
よほどエルフが珍しいのだろう。
さて、どうしようかなと内心ため息をつく。
リクが怖い顔をしているが、これはあたしのせいじゃないから勘弁してほしい。
(力では敵わないし、今ここで魔法を使ったら食堂が吹っ飛んでしまうから……。どうしよう)
早く座れと急かす彼らに後で修復魔法で元に戻そうと決意して、魔法を使おうとしたその時。
強引に彼らから引き剥がされた。
背中に当たったのは、温かな体温と、大好きな匂い。
「離してもらえます? 彼女はこれから僕とデートなので」
「へ?」
「行くよ」
そう言って食堂から連れ出された。
門へと向かう道を歩きながら、助けてくれたお礼を告げる。
「リク。ありがとう」
「あんな奴ら、放っておけばよかったのに」
「そうね。ごめんなさい」
「僕だってまだ触ってないのに、他の男に触られないでよ」
「あれは不可抗力で……」
「じゃあこれも不可抗力だから、いいよね?」
握られた手を彼の形のいい唇へと運ばれ、口づけを落とされた。
消毒と言わんばかりに握られていた場所を重点的に口づけをされる。
わざとらしくちゅっとリップ音を立てながら、横目でこちらをじっと見つめてくるもんだから、たまったもんじゃない。
当てられそうなほどの色気にくらりとしそうだ。
転生して人生二回目だからか昔よりも余裕のあるリクに、ドギマギしてしまう。
「な、なな」
「ふふっ。かーわい」
「っ、リク、なんだか意地悪に、なった……?」
「ん? ん~。そうかも? だって、僕はずっとエルノーラを探してたんだよ?」
「そ、れは……きゃっ」
リクの腕が腰に回り、体が密着する。
驚いて彼を見上げれば、悲しそうな目と視線が絡んだ。
「それなのに、君は僕に答えてくれないんだから意地悪の一つしたくなって当然じゃないかな?」
「っ」
リクの言葉に、何も言えなくなってしまう。
贈られる好意に気付きながら、自分は何も返さない卑怯者のあたしは、どうすればいいのか分からない。
「やっと意識してもらえたかな。本当はさ、エルノーラの心が落ち着くまで待ってようと思ってたんだよ? でも、これ以上は待てないから、ガンガンいかせてもらうね?」
「え?」
「エルノーラ。好きだよ。僕のせいで臆病になってしまったところも、全部愛おしい」
抱きすくめられたまま耳元で囁かれる。
昔とは違うがっしりとした体格に、ぼんっと体温が急上昇した。
パクパクと口を動かすも、反論の言葉は出てきてくれなかった。
満足したリクから解放され、門へ着くまでの間ずっと手を握られていた。
正直、手汗も気になるし、ドキドキと早鐘を打つ鼓動にも気付かれたくないしで、心臓に悪かった。
絶対寿命が百年ぐらい縮んだと思う。
◇◆◇
その日の夕刻。
村の子ども達が帰ってこないと、連絡が入った。
帰ってこない子ども達は皆、朝にエルノーラが声をかけた子達ばかりだ。
「あたし、探してきます」
「今からだと夜になっちまう! エルノーラちゃんまで迷って帰って来られなくなるぞ」
「大丈夫。あたしはエルフだから、人間より夜の森に慣れているわ」
「僕も一緒に行くよ」
「は? 無茶よ。だいたい貴方、戦えないじゃない」
「心配しないで。ほら、行こうか」
リクに腕を引っ張られる。
予想以上に強い力で、目をぱちくりさせてしまう。
昔の彼は非戦闘員だったため、力強さとは無縁のものだと思っていた。
(そうよね、リクはもう転生したのだから、昔のままじゃないのよね)
今朝、抱きしめられた時のことを思い出してしまい、頬に熱が集まるのを感じた。
二人は村人達の生温かい目に送られて森へと出発したのだった。
月明りもあまり届かない森の中。
がさがさと音を立てて逃げる不審者を追う。
(あと少し! もうすぐそこ! 隠れ家だわ!)
足場の悪い森の中を駆けながら、リクに合図を送る。
彼がこくりと頷いたのを確認し不審者の目の前へと躍り出た。
「森でエルフに勝とうなんて、百億万年早い! 子ども達を返してもらうわよ!」
「げぇ!」
「お頭ぁ!」
「おバカ!! まだ何もされていないでしょう!? 逃げるのよぉ~!」
声を上げたのは、今朝絡んできた冒険者達だ。
やはりと言うべきか、冒険者ではなく、ならず者だったらしい。
あたしの後ろにあるのは、彼らの隠れ家であろう小屋だ。
彼らが逃げている最中に隠れ家に子ども達を集めていると言っていたので間違いないだろう。
「この場所を教えてくれてありがとう。わざと追い込んだ甲斐があったわ」
「なんですって!?」
「それじゃ、ばいばい」
にっこりと笑えば、ならず者へと光が照射される。
眩しすぎる光景に目を細めた。
光源から、リクの声が響く。
「捕らえろ!」
その言葉に、大勢の人間がならず者達を取り押さえに飛び出してきた。
突入してきた彼らは王立騎士団の団服を着ていた。
「……え?」
ぽかんと口を開ける理由はただ騎士団が突入してきたからではない。
彼らの中には見知った顔ばかり、いや、見知った顔しかいなかったからだ。
申し訳なさそうにする彼らを唖然と見つめる。
ぽかんと口を開け、成り行きを見守っていると、隣にリクがやってきた。
彼もいつものラフな格好とは違い軍服のような服を着ていた。
髪型も、いつものように無造作におろしておらず、前髪をかき上げている。
「り、リク……?」
「ん?」
「これは……?」
「王立騎士団だよ」
「いや、そうじゃなくて……。彼らは王立騎士団が動くほどの犯罪者だったの?」
「まぁそうだね。やっと尻尾を出したから、悟られないようにあっちから近づいてもらう必要があったんだ」
「んん?」
ややこしい言い回しに、首を傾げる。
あたしの仕草にくすりと笑ったリクが、簡単に説明してくれた。
「あれらをおびき寄せるための餌を撒いたんだ。新しい村を作って、警備が不安だと依頼も出した」
「えぇっと、その募集にあたしが応募したってことよね」
「そうだね。本当は誰も採用するつもりはなかったんだけどね。エルノーラだったから、採用した」
「ちょっと待って。その言い方だと、リクがとても偉い人に聞こえるんだけど……」
見上げたリクの、新緑の瞳と目が合う。
意味ありげに細められたその瞳と浮かんだ笑みが答えだ。
「本当に知らなかったんだ。可愛い」
「なおさら、あたしなんかに構っちゃ駄目でしょ」
「なんで?」
「なんでって……っ!?」
ぐいっと腰を抱かれ、顎に手を添えられる。
じっと見つめてくる目から、目を逸らせない。
体を離そうとしてみても、彼の腕から逃れられない。
「僕がこんなに望んでいるのに?」
「……そんなに偉いなら、リクは貴族でしょう? 婚姻は貴族同士じゃないと駄目なはずよ」
「関係ないよ。それに、エルノーラはエルフ族の姫じゃないか」
「冒険者になったから、籍はもうないわよ。それに、誰かさんと結婚もしてたわけだし」
「大丈夫」
「なにが大丈夫なのよ」
じとりと睨めば、リクは清々しい笑顔を向けてきた。
「エルノーラの父上に打診したんだ。娘さんを僕にくださいって」
「は!? あなたなにしてるのよ!?」
「もちろん、色よい返事をもらった」
「ちょ、ちょっと待って。あの堅物親父に色よい返事をもらった……!? 嘘でしょ!?」
「本当だよ」
にこにこと笑うリクに頭を抱える。
「あなた、何者なのよ……」
「エルノーラをこの世界で誰よりも愛している男だよ」
「それは、分かって、るから……」
「うん。よかった。分からないって言われたら、この場で分からせてやろうかなって考えてたところだよ」
「っ、冗談はいいから」
「冗談じゃないんだけどな……。でもそうだね。改めて名乗ろうか」
わざとらしくマントをはためかせ、リクは跪いた。
あたしの手を取り、うやうやしく手の甲へ口づけを落とす。
「リク・フォン・アルバーン。この国の統治者をやらせてもらってる」
あたしを見上げる瞳には、村人として接していた頃の優しげな面影はない。
むしろ、捕食者が獲物を捕らえたような、そんな色を含んでいた。
「そして、今日からエルノーラの夫となる男だよ」
艶のある声に、ごくりと息を呑む。
統治者となってもなお向けられる愛情がたまらなく心地よく、あたしは愛される覚悟を決めた。
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