6話、我が社の光
高倉の騒動から数日経ったある日、小森の務める会社にたくさんのテレビ局が押し寄せてきたのだ。きっと例の騒動についての取材に違いない。だが、小森はあまり目立ちたがり屋ではないのだ。だからあまりテレビ局のスタッフには近寄らなかった。
「売り上げ金の窃盗についてはどうお考えになられますか?」「女性と性的関係にあったそうなのですが。」といったインタビューをする声が職場にこだましている。社長がインタビューに受け応えていた。
「やっぱり我が社の売り上げ金を社員に盗られたとなると、セキュリティを一から全て見直しする必要があると思います。そしてその金をキャバクラに務めていた女性との性的関係に使っていたのは許されないことですね。聞いてみたところ、あの女性は経営者に残業を押し付けられていたこともあり、ストレス発散の目的だったそうです。この残業の問題は我が社やあのキャバクラだけではなく、日本全国の問題でもあると思いますね。」
さすがの社長の受け応えに小森は思わず涙を流した。もう深夜まで続く長い残業がなくなるかもしれないのだから。すると、社長は続けてカメラに向かってこんなことを言い出した。「社長であるにも関わらず私は最初、この事件や問題について気付いていませんでした。でも、いち早く報告し、調査してくれた社員がいるんです。」
社長はいったんカメラから離れ、職場の一番端にいた小森をカメラの前に連れてきた。小森は少しおどおどしながらも、社長の希望でカメラの前に立った。「ここにいる小森優也くんは、売り上げ金の異変と社員の性的関係にいち早く気づき、私に知らせてくれたのです。更に、潜入調査にも協力してくれました。そして何より、問題行動を起こした社員が押し付けた残業に必死に耐えてきました。小森くんのおかげで社内の残業システムやセキュリティを考え直すきっかけになりました。小森くんは我が社の光です。」小森は少し照れながら社長を見た。社長は熱い眼差しで小森に微笑んだ。社長の小森を思う優しさは、ここを包む大きなカメラの光よりも大きかった。
夜の6時、小森は4年ぶりに定時で退社できた。小森は早速、居酒屋「戸張」へ向かった。うれしい気持ちで居酒屋の扉を開けると、
「今日は早いじゃないか、小森くん⋯!!」と店主の嬉しそうな声が聞こえてきた。小森は普段はあまり頼まない日本酒を注文した。少し驚いたのか、店主は「何か良いことでもあったのか?」と聞いてきた。そして例の件を話そうとした時、タイミングよく居酒屋に設置してあったテレビに小森が出演しているニュースが数分間映し出されていた。店内は拍手喝采、小森を激励するコールが響き渡っていた。
そして、店主が小森に日本酒を差し出した。しかし不可解なことに注文していないはずの焼き鳥盛り合わせが小森に出されていた。
「あの、焼き鳥なんて頼みましたっけ?」と小森が尋ねてみると、店主は涙目になりながら、「君の活躍を称賛したい!これは俺からの応援のサービスだ!」と言ってくれた。
小森はやり遂げた達成感と共に、焼き鳥を一口、噛み締めた。その時、小森はまだ知らなかった。翌日に驚くべき依頼を引き受けることを……