2話、酒場にて
小森はストゼロを飲み干したが、更に酒を欲していた。小森には会社帰りに立ち寄る居酒屋があった。ネオンサインが怪しくも、どこか美しく光るこの店は、「戸張」という名前だった。薄暗い店内には、演歌が静かに流れ、カウンターには数人の客がグラスを傾けている。
店主の金田は、いつも小森の愚痴を聞いてくれる。金田自身も、夜の街で様々な人間模様を見てきたのだろう。小森の言葉に相槌を打ちながら、時折、意味深な言葉を呟く、少しミステリアスな人でもある。
「今日も遅かったね、小森くん」
金田はいつものように温かい笑顔で小森を迎え入れた。
「ええ、まあ⋯いつものことです。」
小森はカウンターに座り、ハイボールとキュウリの味噌漬けを注文した。グラスを傾けながら、今日あった出来事を金田に話した。高倉の理不尽な命令、終わらない仕事、そして自分の将来への不安。
金田は黙って小森の話を聞き終えると、キュウリを切りながら言った。
「世の中、理不尽なことばかりだからね。でもまずは、自分がやりたいことを全身全霊で楽しむことが大事だと思うよ。」
その言葉は、小森の心に小さく響いた。
その直後、「戸張」にものすごく酔っている客が2名訪れていた。小森の会社の上司、高倉だった。高倉は酔っていたため小森がいることに全く気づいていなかった。高倉は店の奥のテーブル席に座り、慣れた様子で、一緒に来店していた若い女性を隣に座らせ、楽しそうに笑っていた。その女性は、小森も何度か噂に聞いたことのある、キャバクラ「ジュエル」のNo.1キャバ嬢、香山歩美だった。
小森は、自分の上司が自分に残業を押し付けておいて、こんなところで豪遊している姿を目の当たりにし、心の中の何かがぷつっと切れた。それと同時に涙を一粒流した。今日のハイボールはちょっとしょっぱめだった。