捻れて歪んだ愛のカレ
カレはとても愛してくれた。いつも私を守ってくれた。でもそれは異常な程で、例えば私がノラ猫に手を引っ掻かれた時、カレはすぐに猫を殺した。
「キミを傷つけるなんて許せないからね。もう大丈夫だよ」
そうにっこり笑って。
そして私に絡んできた男も、いじめてきた女も、動物だけでなく人間も全て殺した。
「アイツはボクが殺しといたから。心配しなくても、証拠はないよ。もう怖くないからね」
眼鏡の奥、神経質そうな瞳を優しく笑ませて、私をぎゅっと抱きしめて言った。
私はそんなカレが怖くなって、カレから離れる為に引っ越した。別れを言ったら、カレが
どんな行動をするか怖かったから何も言わずに。
そしたら、毎日のように彼からの手紙が前の住所から、転送されてきた。
──どこにいるの? 淋しいよ。
──いつもキミの事を考える。
──ボクを試してるの? 必ず見つけ出してみせるから。待っててね。
何通も何通も送られてくる手紙に私は怖くて、次第に封を開けずに捨てるようになった。
そんなある日、会社から帰宅して家の玄関を開けようとしたら、
「栞」
と、私の名を呼ばれて、後ろから抱きつかれた。
「やっと見つけた。逢いたかったよ。早く愛し合おう?」
カレは私の首筋にキスをしてきた。
「どうして……ここが……」
カレはくすっと笑い、
「それは内緒だよ。キミと一緒にいる為なら、ボクはなんだって出来るんだ」
『だって、ボクとキミは運命の赤い糸で繋がった恋人だからね』
カレは楽しそうに言った。
そしてカレに別れを言う勇気もなく、私は
カレと暮らす事になってしまった。けど、私が
カレに悩みや苦手な人の話をしなければ、カレは殺す事はない。
そうしたら、いつもの優しいカレのままでいてくれる……。
そう思い、私はカレに会社での事は何も言わなかった。
ため息をついていれば、
「会社で何かあったの?」
そうカレは聞いてきたけど、
「ううん。なんでもない」
と、笑ってごまかした。
ある日私は、会社の上司にこっぴどく叱られ、落ち込んで帰った。
「ただいま……」
「おかえり。栞、聞いて。もう大丈夫だよ」
カレはサプライズを明かすように、浮き足立って言う。
「……何が?」
まさかまさか嘘でしょ……。
「今日、キミを叱っていた上司、殺しといたからね」
そう言って、いつものにっこり笑い。
私は血の気が引いた。
「い、いま……なんて……言ったの?」
「ん? だからキミの上司、ボクが殺しといたからもう大丈夫だよ」
私の頭を優しく撫でるカレ。
「なんで……会社での事、知ってるの……」
カレはカンタンに一言。
「みてたから」
そう当たり前の事のように言った。
「もう……やめて……こんな事しないで……」
「なんで? なんでそんな事言うの? キミを傷つけるものは、みんな死ぬべきなんだ。死んで当然だよ」
カレが冷たく言った。
もう……ダメ……一緒にいられない……。
「もう……別れて」
私はカレの瞳を見ずに言った。
「どうしてっ? ボクのこと、嫌いになったの?」
「もう耐えられない……魁の考えについていけないの……」
「栞っ……いやだよ、別れたくないっ!」
ぎゅっと抱きしめてくるカレ。
「やめて。はなして」
「離さない。キミを愛してる……愛してるんだ」
「いやっ」
私はカレを突き飛ばした。
そして台所の包丁を手に持った。
「もう出て行って! 私の前から消えてっ!」
私がカレに包丁を向けると、カレは悲しそうに笑った。
「ボクの愛を試してるの? うん、大丈夫だよ。ボクはキミになら殺されても構わないくらい、愛してるから」
と、両手を広げて近づいてくる。
「こ、来ないで……」
包丁を持つ手が震える……
カレは一歩、また一歩と近づく。
あと少しで包丁が刺さる所で……
カランッ。
私は包丁を落とした。
カレは、震える私を優しく抱きしめる。
「ねえ、栞。落ち着いて聞いて。この前ね、
キミのご両親に挨拶してきたよ。キミとの結婚、承諾してもらってきた。結婚の話をしたら、キミの両親は泣いて喜んでいたよ」
「そんなっ……」
言葉を失う私にカレは、落ち着かせるように、背中を撫でる。
「だからね、栞。結婚しよう? 式の日取りも決めてある。ああ、そうだ。招待状も出さないとね」
「待って、勝手に決めないでっ……」
カレは大丈夫、大丈夫と言いながら、
「ボクがなかなか結婚を言い出さなかったから、不安だったんだよね。ごめんね。栞は情緒不安定だから、ボクは心配なんだ。これからは、家にずっといたらいいよ」
『ボクが一生、キミを守り続けてあげるからね』
カレが優しく笑って、そう言った。
そのあとも、私を置いてけぼりにしてカレは、どんどん結婚の話を決めてしまう。
私はもうこの人から逃げられない……
目の前が真っ暗になった。
それからカレと結婚して6年、私は会社を辞め専業主婦をして、なるべく家にいる。
人との諍いが起きないようにするためだ。
「ママ……」
そう言い翔は、私に抱きついてきた。結婚して2年目で翔を授かり、いま翔はやんちゃざかりの4歳。
「どうしたの? そんなに泣いて」
「これ……」
そう言って翔が差し出したのは、壊れたオルゴール。カレが私の誕生日にくれた物だ。
「落としちゃったの……ごめんなさい」
「いいのよ。翔はちゃんとごめんなさいが出来たんだからね。ケガしなくてよかった」
私が翔の頭を撫でると、翔はホッとして抱きついた。
夜、カレが帰って来てオルゴールに気づく。
「どうしたの、これ」
「あ、うん。翔が壊しちゃって……接着剤でくっつけてみたんだけど、ダメだったの。ごめんね、せっかく魁がくれた物なのに」
私がおずおずと言うと、「そっか」カレはそう言ったきりだった。
休みの日、カレが翔を見ていてくれるというので、私は遠いスーパーの特売品を車で買いに行った。
「ただいま」
そう言って帰ってきたら、
「ママーっ!」
翔が泣きながら走ってきた。
「どうしたの!?」
「パパが……」
部屋の中を見ると、カレはにっこり笑って座っていた。しかしその手には、死んだネズミが握られている。
「ネズミ……どうしたの……」
恐る恐る聞けばカレはこう言った。
「翔にわからせるために、ネズミを殺してみせたんだ」
「わからせるって……」
「この間、キミの大切なオルゴールを壊したから、ちゃんとわからせないとね。翔、もう2度と物を壊したりしないよね?」
「う、うんっ」
翔は怯えながら言った。
この人は……いつかこの子をも殺すんじゃないんだろうか……。
私が呆然としていると、
「栞、どうしたの? そんなボーっとして。座ったら?」
カレが手招きをする。
翔が殺されてしまう……この人を殺さないと、翔が……っ!!
翌日、私は翔を田舎の両親の元に預けてきた。両親にわけを聞かれたけど、何も言わなかった。
「ただいま」
カレがいつも通りに帰って来た。
「おかえりなさい」
私は包丁を後ろ手に持って言った。
「あれ? 翔はいないの?」
「うん。田舎の両親に預けてきた」
「へえ……なんでまた?」
「た……たまには魁と2人っきりになりたいなって……思って……」
「そっか。うん、実はボクも最近思ってた。うれしいよ」
カレが笑う。カレは背広を脱ぎながら、
「本当、久しぶりだよね。翔が生まれてからずっと、デートもできなかったし」
そしてふっと目を冷たくして、
「子供、作らなければよかった。翔はキミを独占しているし、2人で話す時間もないし……
ホント、死んでくれないかな」
そう言った。
やっぱり……翔を殺すつもりなんだ……させない……そんなことさせない……!!
「翔は殺させないから……絶対に!」
私は包丁をしっかりと握って、カレを刺した。
「しおり……?」
カレは何が起こったのかわからず、ゆっくりとした動作で、自分の胸に刺さっている包丁をみた。
「なんで……?」
カレが私の頬にふれる。
「翔は私が守る」
「翔のために……ボクを刺したの……?」
カレは苦痛に顔を歪めて言った。
「あの子は私の宝物なの。……さよなら」
そう言い、私は包丁を更に深くカレに刺した。
「栞……」
カレは私の名前を呼び倒れた。
私は包丁をそのまま捨てて、家を出た。車に乗り、田舎の両親の元に向かった。必要な物は全て、車に積んである。
カレを殺した……道中ハンドルを握る手が震えた。
田舎の家に着き、両親にいままでのことを全て話した。
カレが死んだことが新聞に載ったら、自首するつもりだということも。
けれどそれから2週間、新聞にはカレの記事が載らなかった。
もしかして死んでいなかったの……でも胸にちゃんと深く刺したのに……
私は不安な日々を過ごした。
それから4ヶ月が経った。翔はこっちの保育園に通っている。
新聞は欠かさず見てるけど、カレの記事は見当たらない。けど、あの家に戻って確かめる勇気は起きない。
不安はずっとつきまとっていたけど、なんとかこっちの生活にも慣れてきた。父も母も翔もいる。
やっとあの人から逃げられたんだ。もしあの人が生きていても、きっと私のことを諦めたんだと、そう思うようになった。
「それじゃあ、行って来るね」
今日は同窓会。父と母に翔を頼み、行くことにした。
深夜0時。
遅くなっちゃったな。
もうすぐ家というとこで、「栞」と名前を呼ばれた。
物影から現れた人物に、ああ嘘でしょ……
カレがにっこり笑って立っていた。
「同窓会、楽しかった?」
「どうしてそれを……」
「この4ヶ月、ずっと見てたから」
カレが近づき、私が一歩下がる。
「ああ、そうだ。キミがあの時刺した傷、致命傷にはならなかったんだ。ボクもすぐにポケットにあったスマホで、救急車を呼んだからね。だから、こうしてまた逢えた」
袋小路に追い詰められた私を、カレが抱きしめる。
「キミがボクを殺そうとしたこと、ボクは怒ってないよ。キミは翔のせいで少しおかしくなっていただけ」
そして耳元で、私にある提案をする。
「本当は翔を殺してしまおうと思ってたんだけど……キミにとって翔は宝物なんだよね?」
尋ねるカレに、私は必死で頷く。
「キミがこのままボクの元に戻って来るなら、翔は殺さないでいてあげる。どうかな?」
カレが私の瞳をのぞき込む。
私の答えはただひとつ、もう決まっている……。
カレのキスを受け入れ、私はカレの愛の檻に入ることを選んだ。
翔が殺されずに済むのなら……翔、お母さんはあなたのことをずっと、愛してるからね……。
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「ただいま、栞」
ボクは会社から帰り、栞に言う。
「おかえりなさい、あなた」
栞は微笑んで出迎えてくれる。
その笑みがどこかぎこちないのも、再会して日が経っていないから、緊張してるんだね。
可愛いボクの栞。
「ご、御飯食べる……?」
おずおずと聞いてくる栞に、ボクは彼女を抱き寄せる。
「ううん、大丈夫。それより栞……」
ボクは栞にキスをひとつ落として言った。
「今日もたっぷり愛してあげる」
ベッドの上、栞は可愛い声を出して、ボクを和ませる。
もう子供はごめんだから、ちゃんと避妊して、セックスしてる。ずっと2人でいたいからね。
「栞、愛してるよ」
たくさん愛してから栞に腕枕をする。
まだ少し、息を切らせてる栞に、
「栞、キミはボクがこれからもずっと、守っていくからね」
そう言い、栞の髪を撫でると、決まって栞は涙を流す。泣くほどうれしいんだね。もう大丈夫だよ。ボクらの邪魔は、誰であろうとさせないから。いたらまた殺せばいいだけのこと。
「おやすみ、栞」
栞をしっかり抱きしめ、ボクは目を瞑る。
もう絶対に離れないように……。
完