たぬきの因数分解
最初に見つけたのはエイミーだった。
それまでは宇宙船の乗組員全員で首をひねっていたのだ。酸素の減り方が微妙に早い。地球を出発して帰還するまでに必要な酸素は綿密に計算され、じゅうぶんに余裕をもって足りるはずだった。それなのになぜだかこれではギリギリだ。もたないかもしれない。
何か酸素を消費するものが宇宙船内に潜んでいることが予想され、俺たちは手分けをして探索した。
そしてエイミーがそれを見つけ、手を繋いで連れて来たのだった。
「見てみて! かわいいでしょ? こんな子、隠れてた」
俺たちは呆気にとられてそれを見た。
ナッケルズが言った。
「たぬきじゃないか。いつの間に宇宙船内に紛れ込んでたんだ」
テイルズが優しい声でエイミーに言う。
「その子がいたら酸素がもたない。可哀想だけど船外投棄するしかないよ」
するとたぬきが「ホホッ」と笑った。
そして繋いでいるエイミーの手にキスをすると、そこからぜんぶ食べてしまった。
「あらあら。エイミー、食べられちゃったよ」
「おいっ! たぬきっ! 貴様っ!」
しかしすぐにたぬきはエイミーを吐き出した。吐き出されたエイミーは、たぬきになっていた。
「あっ。あたし、たぬきになっちゃった!」
そう言って、おどけた動作でお腹をポンポコポンと叩く。
大変だとは誰も思わなかった。
エイミーは元々アライグマなので、たぬきになったところでそんなに変わりなかった。ピンク色をしたたぬきなのが珍しいぐらいだ。
次にはテイルズが食べられた。
「わあっ」
間抜けな声を出しながらたぬきの口にぜんぶ入ると、すぐに吐き出された。やはりたぬきになっていた。
「ぼく……キツネなのに」
ナッケルズが慰める。
「まぁ……。きつね色したたぬきってのもなかなかいいんじゃないか?」
次はナッケルズが食べられる番かと思われた。
しかしハリモグラを食べる気にはならなかったようで、たぬきは走って逃げ出した。
「待てっ!」
ナッケルズが飛び上がり、クルクルと回転すると、ロックオンして飛びかかる。攻撃を受けるとたぬきはバラバラに飛び散った。たくさんのミニたぬきになって蜘蛛の子を散らしたようにほうぼうに逃げて行く。
「ヤバいぞ」
「早くぜんぶ捕まえて、ひとまとめにして船外投棄しないと」
「あっ……。でもちょっと待って?」
エイミーが何かに気づいたようで、人工知能搭載コンピューター『春』に何かを計測させはじめた。そして、言う。
「見て! 酸素の消費量が減少した! きっとたぬきがちっちゃくなったから、それぞれ少しの酸素で済むようになったのよ!」
ナッケルズが反論する。
「それはおかしいだろう。小さくなったからといって、それぞれのミニたぬきが消費する酸素の合計は変わらないはずだ」
「試してみたら?」
エイミーがテイルズのほうを見た。
「……ちょっとやってみるか」
ナッケルズも同じところに視線を移した。
「……えっ? 何するの?」
怯えるテイルズに向かって、ナッケルズがさっきと同じローリングアタックを放った。テイルズはバラバラに飛び散ると、たくさんのミニきつねたぬきになってキャーキャー騒ぎ出した。
「どうだ、エイミー?」
「やっぱりよ! さっきよりさらに酸素消費量が減ったわ!」
それでもわずかにまだ消費量のほうが充填酸素を上回る。
「次はおまえだ」
ナッケルズのローリングアタックがエイミーを粉々にした。
ちびエイミーがたくさん床の上に転がり、いきなりの攻撃にキーキー文句を言いはじめる。
「……うん。これならなんとか地球へ帰還するまで酸素がもちそうだ。全員船外投棄することなく帰れるぞ」
コンピューターの数値を見ながら、ナッケルズが言う。
「しかし念には念をだ」
俺のほうを振り向いた。
俺はソファーに寝転がってフライドポテトを食べながら、「えっ?」と言った。
「粗肉……。貴様が一番酸素を消費してんだよ! この暑苦しいクソデブが!」
どごーん!
ナッケルズのローリングアタックが俺に向けて炸裂した。
待て……。俺はたぬきじゃない。ただのハリネズミだ。
俺は苦しまぎれに最期のセリフを口から吐いた。
「せー……がー……」