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一日三話投稿で、これは今日の一話目になります。

 グレイスさんに案内されたのは国軍戦死者が埋められている軍墓地だった。


 見た目は一般用の墓地と大差ないが、周囲を鉄柵で囲まれており部外者は入れないようになっている。


 ちゃんと墓守もいたが、グレイスさんは軽く敬礼するだけで入ることができた。


 きっと、頻繁に通い詰めているのだろう。


 グレイスさんは迷いなく歩き、ザッツ・ハウザーと刻まれた墓標の前に案内された。


「ここが親友の墓です」


 グレイスさんはそういって墓に酒をかけた。


 ところでなんで今日は剣を二振りも持っているのだろう。


 まぁそんなことはどうでもいいか。


 ここからがわたしの仕事だ。いっちょ気張ってやらなければ。


「リリア。準備を手伝って」

「かしこまりました、お嬢様」


 リリアはトランクケースから一枚の羊皮紙を取り出した。


 丸められたその羊皮紙を広げると、魔法陣が描かれている。


 今日のために作成した最上級術式が描かれた魔法陣だ。


 わたしたちは二人で羊皮紙の両端をつかんで、墓の前に広げた。


 角を石で固定して、準備は完了だ。


「うまくいってよね……」


 わたしは羊皮紙に魔力を送り込むと、魔法陣が中央から徐々に黒から紫色へと変色し始めた。起動は問題なさそうだ。


 それにしても、ぐんぐん魔力を吸い込まれる。


 なんだこれ、どれだけ強力な死体なんだ。


 わたしの魔力が尽きるのが先か、それとも術式が完成するのが先か、地味なチキンレースだ。


「くっ! ああああああ!」


 最後に気力をふり絞って一気に魔力をこめると、魔法陣がすべて輝いた。


 これで術式は完成だ。ギリギリ魔力が足りた。


 羊皮紙が燃え上がり、地面があらわになった。


 すると地面の下から白骨化した腕が突き出してきた。


 その腕は外気に触れると神経が生え、血管が生え、筋繊維までもが生えてきた。


 腕は地面を握りしめ、少しずつ本体が地面の中から出てきた。


 地面の下から姿をあらわしたのは、少し顔色の悪い金髪の青年だった。


「あ、あー? ここは……?」


 普通にしゃべっている。知能に異常はなさそうだ。 


 しかし気だるそうな顔だわね。 


「ザッツ……」

「あ? あれ、あんた、ずいぶんグレイスに似てるなー?」

「ザッツ、俺だ!」


 グレイスさんはザッツさんを抱きしめた。


 ザッツさんはまだ事情を把握できていないようで、呆けた顔をしている。


「グレイス? あれ? でもお前、なんか……」

「お前が死んで十年になるんだ! そりゃ老けもするさ!」

「俺……死んで……? あ、ああ……そっか、そういや、俺……戦場で……」


 ザッツさんは死んだときのことを思い出したようだった。


 記憶も異常なし。われながら完璧な仕事ぶりに鳥肌が立つな。


 これでグレイスさんも満足したと思ったところで、彼は剣をザッツさんに押し付けた。


「とれ、ザッツ。俺と決闘しろ」

「……ええ?」


 わたしは素っ頓狂な声が出た。

 このおじさま、いきなりなにをいっているのだろう。


「おいグレイス、これってどういうことだ?」

「問答無用! 行くぞ!」


 グレイスさんは剣を抜いてザッツさんに切りかかった。


 ザッツさんは後ろに飛びのいて自分の墓を足蹴にすると後方に宙返りした。


 そんな彼をグレイスさんは執拗に追いかけ切りかかる。


 ザッツさんもいよいよ剣を抜いて、互いに鍔迫り合いへともちこんだ。


「うわすごーい! こんな戦い興奮するわー!」


 殺し合いを見るのが好きなわたしにとってこんな状況は楽しくて仕方ない。


 よく敵兵の捕虜で殺し合わせたっけ。勝った方を本国に送り返してやるというと大抵の奴らは死に物狂いで戦っていた。


 久しぶりに血わきにく踊り、いいぞもっとやれー、とそんな気持ちでいっぱいだ。


「あの、お嬢様。一つよろしいでしょうか」

「それ! そこだ! ああん、惜しい。なによリリア。いまいいところなのに」

「もしも依頼主であるグレイス様が殺されてしまったら、報酬がなくなるのでは?」

「……はっ!」


 わたしは一気に血の気が引くのを感じた。


 それだけは絶対にダメだ。


 なんとかこの戦いを穏便に終わらせなければ。


 間違いが起きてしまえばわたしの初仕事はぱぁ。


 それによく考えたらグレイスさんの家族も路頭に迷ってしまう。


 そんな結末ぜったいに認められない。


 わたしはもう血みどろの戦場で敵兵の返り血を浴びて興奮する女兵士ではない。


 いまは一般人として常識をもった行動をしなければならないのだった。


「なぜだグレイス! どうしてこんな戦いを申し込む!」

「俺はお前が死んでから、メリッサと結婚したんだ!」

「なに!? そうなのか! おめでとう!」

「だがしかぁし!」


 グレイスさんとザッツさんは激しく切りあいながらなんか話している。


 グレイスさんは体当たりでザッツさんを吹き飛ばし、バランスを崩したところに切り上げた。


 ザッツさんは胸を切られたが致命傷にはいたっていない。心臓が止まっているので出血もなかった。


「俺はずっと悩んでいた! 本当はメリッサにふさわしいのはお前なんじゃないかって! お前は剣闘技大会でわざと俺に負けた。それで戦争にいって死んだ。本当はなにもかもが逆だったんじゃないかって、いまでも思うんだ! だから俺はお前と決着をつけたかった! 本当にメリッサにふさわしいのはどっちなのか、決めたかったんだ!」


 グレイスさん、そんな悩みを抱えていたのね。


 わたしはザッツさんに向けていた手を下ろした。


 わたしの死者だしとめるのは簡単だけど、いまは戦わせてあげよう。


「いいのですか、お嬢様」

「依頼主の要望を叶えなきゃ契約不履行になってしまうでしょ。見守るのよ」


 二人の決闘はさらに勢いを増していく。

 グレイスさんもザッツさんもお互いに向かって駆けだし、刃を交えた。


「グレイス! お前の気持ちよーくわかった! だったらもう手加減はなしだ!」

「とことんやってやる! メリッサにふさわしいのは俺だあああああ!」


 二人の攻防は激しさを増していく。


 お互いの傷も増えていく。


 でも、有利なのがどちらかなのかなんて、そんなの明白だ。


 ザッツさんは死者だ。疲れを知らない。徐々に動きが鈍っていくグレイスさんと違っていつまでも最大限のパフォーマンスで戦うことができる。


 きっと本人たちもわかっているだろう、なのに。


「なんだか、楽しそうですね。あの二人」

「そうね」


 リリアもわたしも、なぜだか二人の戦う姿に見惚れていた。

 小さな子供がじゃれあっているような、そんな微笑ましささえ感じたのだ。


「ザッツううううう!」

「グレイスううううう!」


 ザッツさんの攻撃でグレイスさんが膝をついた。


 しゃがみこんだグレイスさんにザッツさんはさらに剣を振り下ろそうとした。


 潮時かーーーーわたしはザッツさんの動きを止めようとしたが、グレイスさんは土をにぎってザッツさんの目に投げつけた。


「ぐあっ! ……うっ!?」


 グレイスさんはザッツさんの胸に剣を突き刺した。


 心臓が動いていないので血は噴き出さない。死者なのでこれ以上、死ぬこともない。


 それでも、勝敗は決した。


「あの時も……こうやって勝とうとしてたのか?」

「その通りだ。俺は勝つためなら手段を選ばん。お前が手加減しなくても、きっと卑劣な方法で勝っていたさ」

「やっぱり、指南役はお前でよかったよ。お前の剣は、戦場でこそ生きる。その技を大勢に教えてやることがこの国のためだと思った。俺は間違っちゃいなかったんだ」

「ザッツ……我が友よ!」


 グレイスさんとザッツさんは抱きしめ合った。


 男の友情。ああ、なんて美しいのだろう。


 グレイスさんとザッツさんはそれからしばらくお話をして、一緒にお酒を飲んで、別れの時がきた。


「あの、グレイスさん……そろそろ」

「お、そうか。時間だとさザッツ」

「そっか。まぁいいさ俺はもともと死んでたんだし、また眠るだけだ」


 ザッツさんは墓石から飛び降りるとわたしの前でしゃがみこんで、頭に手を置いた。


「嬢ちゃん。今日はありがとな。まさか死んでからこんなに素敵な目にあうなんて思ってもいなかったぜ」

「どういたしまして。でも子供扱いしないでくださる?」

「おーおー、こいつは失礼したな。お詫びによぉ、もし俺の力が必要になったらいつでも使ってくれ。力になるからさ」


 ザッツさんはそういって笑った。

 それから、彼の体はさらさらと塵になっていった。


「時間だな……あばよ……」


 最後には骨だけになり、彼はもういちど死んだ。


 わたしたちはすわったままの白骨死体に手をあわせ、彼を埋葬したのだった。


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