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一日三話投稿で、これは今日の三話目になります。
店に戻るとリリアが家具を取り揃えていた。
「こんな感じでどうでしょうか……」
部屋の様子はずいぶんと様変わりしていた。
高級感のある赤いラグに白いソファ。ソファに挟まれるように置かれたガラスのテーブル。
その奥にはレッドオークのデスクが鎮座し、羽ペンまで置かれている。それに黒い革張りの椅子もある。
あれが社長の椅子。わたしの椅子だ。
「素晴らしいわ! 良い仕事よリリア!」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をするリリアの頭を撫でてあげた。
この子はたまに天然なところがあるけど基本的には優秀なメイドだ。
「ところで、このスケルトンはどこから調達したのですか?」
リリアは木の看板に筆を走らせているスケルトンを見ながら言った。
「もちろん墓地よ!」
「それって墓荒らしなのでは……」
「こまかいことはいいのよ! 怒られたらやめればいいの!」
「はぁ……」
お金が溜まれば死体を購入することもできるが、ただでさえ借金がある今の状態ではなるべく節約したい。
使い終わったらちゃんと元に戻しておけば大丈夫。
「…………!」
スケルトンが床を叩いたので振り返ると、看板が完成していた。仕事はっや。
完成した看板を見ると『労働死者派遣サービス:クロネクロ』と書かれていた。
「クロネクロ……? これがお店の名前なんですか?」
「そうよ! それとこっちがチラシ!」
前足の間が白いハートにくりぬかれている黒猫のイラストと店の名前をででーんと描いたチラシをリリアに見せた。
さすが絵描きの死者。かわいらしさと死者っぽさがでてるいい絵を描いてくれた。
リリアは「うちには猫がいませんが……?」と小首を傾げていたが、わたしはいってやった。
「猫がいないならみつけてくればいいじゃない!」
この街にはなぜかたくさん野良猫がいるのだから適当に見繕ってしまえばいい。
さすがに貴族の飼い猫を連れ去りでもしなければ猫泥棒だなんて言われることもないだろう。
「そんな、パンがなければケーキをー、みたいなこといわれましても……」
店の名前がクロネクロなのだから黒猫は必須だ。語呂的にもいた方がしっくりくる。いつかかならず捕まえてこよう。
猫探しはいったんおいといて、わたしたちはさっそく店の入口の上に看板を取り付けた。
「よぉーし! だいぶかっこがついてきたじゃーないの!」
「本当ですね。すごいですお嬢様」
リリアが拍手し、画家のスケルトンがサムズアップした。
わたしは腕を組んで鼻高々になった。もっと褒めて。
「ふふん、わたしの手にかかれば事業の一つや二つ、簡単に始められるのよ」
あとは客が来るのを待つだけだ。
わたしは社長のデスクに腰掛けながら客をまった。
何人来るかなぁ。いっぱい来るかなぁ。でもでも、従業員は二人だけだし応対は時間がかかっちゃうなぁ。
仕事自体は大量の死者を使えばなんとかなるし、いちど軌道に乗っちゃえばあとは坂道を転がり落ちる雪玉のように規模が拡大していくんだろうなぁ。
そしたらそしたら、派遣のほかにもアパレルとかアクセサリーショップなんかも経営してみたいなぁ。もちろん呪具関連の店だけど。
そんなことを考えて過ごすこと半日。
陽は傾き茜色の光が窓から差し込んでいる。
誰も……来ない……。
「お嬢様。そろそろお夕飯の時間ですが……」
「ま、まだ! まだ来るかもしれないでしょ!」
「ですが……」
「やだやだやーだー! まだお店やるのー! お客さんくるかもしれないでしょー!?」
「はいはい……わたくしは夕食の用意をいたしますからね」
わたしは社長椅子の上で膝を抱えた。
こんな……こんな惨めなことがあるだろうか。
意気揚々と事業を始めたその初日。
客はおろか冷やかしさえきやしないなんて。
「くるもん……ぜったいくるもん……ぜったいくるもーん!」
じーっとまっていると、入口がノックされた。
え? ノックされた?
わたしは聞き間違いかと思って入り口に顔を向けた。
「あのー、すいません……」
見ると店の入口に中年の男性が立っていた。
髭面でずいぶんガタイが良い。
兵士か傭兵か、腰に剣を帯びていることから戦闘職であることは間違いない。
客か? 客だ!
「はいはいはい! 御用ですか!? 肉体労働なら格安で承りますよ!」
「ああ、いや……とりあえずちょっと相談に来たというか……」
男は髭面を困り顔にしながら答えた。
あれ、よくみるとこの人、昼間の家族ずれの父親だ。
なにやら込み入った事情を察したわたしは、男をソファに案内した。
「リリア! コーヒーをちょうだい!」
「かしこまりました、お嬢様」
ガラステーブルにコーヒーを置き、男と向かい合った。
こういうときはまずこちらから名乗るのが鉄則だろう。
軍法会議でことあるごとに支援要請を獲得してきたわたしの交渉術をなめてはいけない。
「まずは初めまして、ですね。わたしはこの労働死者派遣サービス、クロネクロのオーナー、エリュシア・ブラッドリィと申します。以後、お見知りおきを」
「君がオーナーなのか?」
「ええ、そうですわ」
「てっきり、君はこの店のマスコットなのだとばかり……ああ、いや、とんだ失礼を……」
マスコットって……それもありかもしれないとちょっと思ってしまったじゃないか。
オーナー兼マスコット。社長が目立てばお店も目立つ。けっこういいかも?
いやいや、この店のマスコットはぜったい黒猫がいい。だってお店の名前がクロネクロなんだもん。そこは譲れない。
って、余計なことを考えている場合じゃないか。とにかくいまは目の前の客に集中しなくては。
客とのファーストコンタクトだ。慎重に敵情視察を遂行するのだエリュシア元大佐。
「あはは、そうおもわれてもしかたがありませんわ。どうかお気になさらずに。ところで、そちらのお名前は……?」
「わたしはグレイス。国軍で剣術指南役を勤めているものだ」
「国軍の剣術指南役!? え、本当に!?」
とんでもない重役で目玉が飛び出すかと思った。
国軍の剣術指南役と言えば、国軍内で月に一度開催される剣闘技大会で優勝した者しかなれない。
剣術指南役になれば兵役は免除され、安全な国内で過ごすことが約束される。労働者階級が成り上がれる数少ないチャンスでもある。
数万人の兵士たちの中から選ばれた一握り。そんなエリート中のエリートたち。それが剣術指南役だ。
これは幸先がいい。この案件を見事成功させれば、今後は国軍との関係ができるかもしれない。
絶対に成功させなければ。
「あ、あの? どうかされましたか?」
グレイスさんは怪訝な表情でわたしを見つめていた。
いかんいかん、顔がにやけてしまっていた。
これでは下心が丸見えだ。
「な、なんでもありませんわ……ええと、グレイスさんはわたしたちの事業についてご存じでしょうか?」
「いえ、ほとんど何も知りません。聞いたこともないくらいで……」
そりゃそうだ。
労働死者派遣サービスなんてけったいな仕事、わたし以外でやっている人を見たことも聞いたこともない。
「でしょう! そうでしょう! ではまずご説明いたしますと、我々は死者を労働力として貸し与えることができるのです! 死者は疲れない! 文句を言わない! 給料も発生しない! 手間賃を我々にお支払いいただくだけなので、冒険者ギルドに依頼するよりもずっとずっとずーっと格安で労働力を得ることができるのです! どうですか!? 魅力的でしょう!? ぜひ家事の手伝いや娘さんのお世話などお申し付けくださいまし!」
わたしがテーブルに身を乗り出して詰め寄ると、グレイスさんは困ったような顔になった。
「い、いえ、そういうのは我が家のメイドが担っておりますので」
ぬかった。そりゃ剣術指南役なんていうエリートの家にはメイドくらいいたって不思議じゃない。
焦るなわたし。落ち着いて少しずつ敵の牙城を打ち崩すのだ。
そもそもこの人はなんでうちに来たのだろう?
「で、では、なんの御用でお越しいただいたのでしょうか?」
「その……この店は、死者を蘇らせるんですよね?」
「蘇らせるとは少し違いますが、近いことは可能です」
死霊術は死体を操る術だ。
肉体が蘇生するわけではないので、厳密には生き返っていない。
それに死霊術は起動する術式によって性能が変わる。
普段からやっている指パッチンによる簡易術式なら単純な命令しか聞くことができない。
けれど、戦闘力や知力に特化した術式を併用すれば生前となんらかわらない状態にまで戻すことも可能だ。
「でしたら、わたしをもう一度親友とあわせてはいただけませんか」
「親友ですか?」
「ええ。本当なら、わたしの代わりに剣術指南役になるはずだった男です。わたしはもう一度彼に会いたい。どうか、あわせていただけませんか」
グレイスさんは神妙な面持ちで語った。
どうやらかなり真剣な依頼のようだ。
「つまり、生前の記憶を保持した死霊術をお求め……ということですか」
単なる使役ではなく、会話が必要。さらに記憶の復元まで込みとなるとかなり上位の術式が必要になる。
不可能ではないけど、かなりの手間だ。
「記憶だけでなく、できれば見た目や能力も、可能な限り生前と同じ状態にしていただきたい」
能力も、となると最上級レベルの死霊術式が必要になる。
わたしの魔力ならギリ可能……か?
ええい、悩むのは後回しよエリュシア•ブラッドリィ。
やるっきゃないならやるっきゃないのよ。考えるのはできなかった時にとっときなさい。
「わかりました! どうぞこのエリュシア・ブラッドリィにお任せください! 必ずやご満足させてみせましょう!」
わたしはグレイスさんと握手を交わし、契約が成立した。
さあ、初仕事だ。がんばらなきゃ。
完結までどうぞお付き合いくださいませ!