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一日三話投稿で、これは今日の一話目になります。
エリュシアお嬢様は商人ギルドに乗り込むとすぐに商人として登録し、それから格安の空き家を見つけて値切りに値切り、いまはわたくしとともにお掃除中でございます。
エリュシアお嬢様はとても不思議な人です。
金髪碧眼の姉妹様がたの中でただ一人、お母さまに似た黒髪黒目。
髪は使い古した箒のようにぼさぼさながらも、そのお顔は陶磁器のように白い肌と猫のように大きな瞳を持つお人形のような容姿をしていらっしゃいます。
そんな可憐な彼女がなぜ幼い頃から死体に興味をもち、収集し、挙句の果てには死霊術などという悍ましい研究を続けているのかまったくわかりません。
性格は奔放で明るく、常に前向きだからこそ、余計にわからないのです。
なぜ、あそこまで死に魅了されているのかが。
そんな彼女の存在はいつも周囲に混乱を招きます。
五年も一緒にいるわたしでさえも、いまだにわからないことが多いです。
わたくしがお嬢様に仕えるようになったのは、わたくしが十歳、エリュシアお嬢様が七歳の時でした。
戦争で両親を失い路地で物乞いをしていたわたくしを旦那様が拾ってくださったことがブラッドリィ家に仕えるようになったきっかけでした。
当時からお嬢様は変わった子で、よくお屋敷を抜け出しては森で様々な死体を集めていました。
集めた死体を部屋に隠して臭いが騒ぎになったこともあります。
彼女の奇行に耐えられるメイドはおらず、だれもがお嬢様を避けていました。当時のわたくしからみたお嬢様は、とても孤独に見えていました。
戦争孤児だったわたくしは死体を見慣れており、お嬢様の奇行についても特に気にすることなく接していたら、いつの間にやらお嬢様専属のメイドとして扱われるようになりました。
ある日、お嬢様はわたくしに自慢したいものがあるといって呼び出しました。
森に連れられた先にいたのは苔むした巨大なドラゴン。
その姿はどこか神秘的で、死体であるにもかかわらず神々しささえ感じました。
お嬢様はそのドラゴンに魔法をかけると、なんなく動かしてしまったのです。
その時、お嬢様は満面の笑みでわたくしにいいました。
『もしもリリアが死んだら死霊として蘇らせてあげる。そしたらわたしたちはずっといっしょよ』、と。
死んでまで働かせるなんて、なんて酷い人だろうと思いました。
でも、なぜか心が救われた気がしました。
ああ、わたくしはこの人に必要とされているんだなって思ったのかもしれません。
戦争で両親を失い、戦場にも路上にも居場所がなかったわたくしは、初めて自分の居場所と思える場所を見つけたのです。
孤独だったのはお嬢様ではなく、自分だったのだと気づかされました。
あの日から、わたくしは心からお嬢様のメイドとなったのです。
それでも、いまだにお嬢様のことはわからないことだらけです。
「リリア! そっちはどう!?」
「順調でございますお嬢様」
嘘です。お嬢様ばかりみていてろくに進んでいません。
お嬢様も髪をくくって真剣にお掃除しています。
こうしてみると普通の女の子なのですが、内側はもっと別のなにかに思えてしまいます。
それはまるで……そう、まるで美しい獣のようななにかに。
ずば抜けた魔法の才能。どこで学んだのかわからない格闘術。十二歳の少女とは思えない行動力と決断力。
いったい彼女は何者なのでしょうか?
そして、これからどうなっていくのでしょうか?
わたくしは気になって仕方がありません。
旦那様や奥方様はエリュシアお嬢様を認めようとはしませんが、わたくしには彼女こそ跡継ぎの器なのではないかと思います。
決めるのは雇い主である彼らなのでわたくしには関係ありませんけどね。
わたくしはただ、わたくしの仕事をまっとうするだけなのです。
「ふぅー、こっちはそろそろ終わるけど、そっちはどう?」
「わたくしはまったくすすんでおりません」
「さっき順調っていってなかった!?」
わたくしはこの美しい獣の行く末を見守る。
それが仕事なのです。