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新作です。

一日三話投稿で、これは今日の一話目になります。

 この世界で一旗あげるために、わたしは「死」を売って歩くことにしたーーーー。




「エリュシア・ブラッドリィ。あなたとは婚約破棄させていただくことにした」


 お屋敷の応接間の無駄に意匠を凝らしたオーク材のテーブルを挟み、彼はそういった。


 名前も覚えていない大層立派な顔立ちの子爵の目には濃いクマによって縁どられており、重度の寝不足をうかがわせている。


「はぁ、そうですか。ちなみに理由はなんでしょう」

「君といると……悪夢にうなされるんだ……もう耐えられない……」


 別に驚きもしない。わたしと婚約した相手はだいたい似たようなことをいう。

 それに婚約を破棄されるのはこれで四度目。すっかりなれたものだ。


 わたしは「わかりました」と素っ気なく返事をして、部屋を出ていった。

 部屋の外には、黒髪のショートボブのメイド、リリアが捨てられた子犬のような顔で待機していた。 


「なんて顔してるの。平気よ」


 わたしがそういっても、彼女は「ですが……」と呟き、続けるべき言葉を探しているようだった。


「部屋に戻って研究の続きをするわ」

「でしたら、紅茶をお持ちいたします」

「いいえ、コーヒーをお願い」

「コーヒーは旦那様が……」

「低俗な飲み物だっていいたいの? いいのよ。わたしが好きなんだから」


 わたしは階段を上り二階へ向かった。


 廊下には豪奢な調度品が並べられ、奥からずいぶんとまぁ小奇麗な衣装に身を包んだ姉妹たちがやってきた。


 面倒くさい奴とはちあわせたもんだとわたしは心の中で舌を打った。


「あらあ? どこのだれかと思ったらうちの三女じゃありませんこと?」


 長女のベアトリクス姉さまが扇を開いていった。

 これまた嫌味ったらしい言い方に反吐がでる。


「確か今日はセドリック家の子爵様とお茶会のご予定では?」


 次女のブリュンヒルダ姉さまもわたしに嘲るような視線を向けている。

 上のお姉さまがたは今日もご機嫌うるわしいようだ。


「お、お姉さまたち……その、あまりそのようなことは……」


 妹のエルレインが不安げな表情でわたしとお姉さまがたを交互に見ていた。


 あいかわらずこの子は気が弱い。それがいいところでもあるのだけれど、少し心配になるわ。


「今日のお茶会は破談になりました。それでは」


 わたしはそういって姉妹たちの間をすり抜けていった。


 自室に戻り、書物に埋もれた部屋を進んで天涯付きのベッドに横たわった。


 この部屋は研究資料が山積みになっている。休めるところはベッドの上だけ。そのベッドにも書類が散らばっているのだけれど、これはもう仕方がない。


「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろ」


 わたしはひとり呟いた。


 わたしはいわゆる転生者という存在だ。


 かつてのわたしは戦場にいた。女兵士というやつだ。


 わたしがいた戦場は特に苛烈だった。


 生き残るには敵兵の死体を食べるほどに……。


 別に嫌ではなかった。生きるためには必要なことだった。むしろ積極的に美味い部位を探した。


 死は忌避するものではない。


 かといって救いだなんて甘えたことをいうつもりもない。


 死は利用価値のある資源だ。


 わたしは、死について惹かれるものを感じている。


 生き物はみな、生きているときより死んでいるときの方が有用性がある。


 死体は土に返って植物の成長を促し、植物を食べた草食獣は肉食獣や我々人間の糧になる。だいいち食べ物はみんな死体だ。


 戦争になれば死体に身を隠せたり罠を仕掛けられたりもする。


 極端なことをいってしまえば、人生の役に立つのは死体なのだ。


 生き物なんて名ばかりで、我々はみんな本当は死に物なのだ。


 死は利用できる。だから好き。


 そんなことを常々思っていたわたしもまた銃殺刑を受けて死に者となり転生したのはとっても皮肉なんだけども。


 なにはともあれそんなわたしが転生してきたのが、このブラッドリィ家。


 この家は魔法の名門で、長女のベアトリクスは精霊術、次女のブリュンヒルダは占星術、四女のエルレインは医療魔術を学んでいる。


 三人とも国家指定の魔法学で、それも超が付くほど優秀で、わたしなんかとは大違いだ。


 わたしはというと、死霊術の研究をしている。


 そう、わたしは転生してもなお死に魅了されているのだ。まぁ、前世では殺し方ばかり研究していたのだけれど。


 残念ながらこの国では死霊術なんてキワモノ扱いで、需要なんてほとんどない。


 それでもわたしはこの魔法を気に入っている。


 死体を自由に操れるなんて夢のようじゃないか。


 文句を言わない、疲れない、なにより食料を与える必要がない。ああ、死体って素晴らしい。


 この素晴らしさをこの世界の両親に三時間かけて説明したのだが理解してもらえず、まだ十二歳だというのにお見合いばかりさせられている。


 見た目だけはまともな厄介者は早々に嫁に出て行ってもらおうという魂胆なのが見え見えである。


 そんな両親の策略も、死体愛好家かつ黒を基調とした地味なわたしのファッションセンスと相まって破棄破棄破棄の三連敗。あ、今日で四連敗になったのだった。


 いいかげん、落ち着いて研究をさせてもらいたいのだけれどそううまくいかないのが人生ってやつなのである。


「お嬢様。コーヒーをお持ちしました」


 扉がノックされたのでわたしは「はいってー」と答えた。


 リリアが入ってくると目を見開いてぎょっとしていた。


「またこんなに散らかして……お嬢様! ちゃんとお掃除しないとダメですよ!」

「うん、わかってる。コーヒー飲んだらする」

「いましなさい! わたくしも手伝いますから!」

「あーもーわかったわよぅ」


 リリアとともに書類の山を整理してなんとか足の踏み場をこしらえた。


「うん! だいぶすっきりしたわね!」

「どこがですか……」


 わたしとしては散らばっていた書類をつんだだけでもかなり整理した方なのだが、リリアはあいかわらず手厳しい。


 リリアは「ちゃんと小まめにお掃除ですよ!」と言い残して部屋を出ていった。


 さあ、ようやく研究の時間だ。


 わたしは紫のリボンで髪をくくり、机に向き合った。


 今日は死者の戦闘力を底上げする魔術式を完成させるつもりだ。


 時間はあっという間に過ぎ、時刻は深夜になった。というか、なっていた。


 窓をみるとすっかり暗くなっていたので驚いてしまった。


 入浴はいいにしてもトイレには行きたいと思い、わたしはうごきたくないと駄々をこねる腰を鼓舞して立ち上がった。


 部屋の外はうす暗い。


「今日は新月なのね」


 わたしは窓の外を眺めながら呟いた。


 新月の夜はなんだかわくわくする。


 人は暗い場所にいくと本能的に警戒心が高まるらしいのだが、その感覚がむしろ癖になるというか……まぁどうでもいいことなのだけれど、わたしは明るいより暗い方が好みというただそれだけのことだ。

 用を足して部屋に戻ろうとしたその時、わたしは奇妙な音を聞いた。


 一階からだ。


 わたしは壁の燭台をひとつ手に取って、階段を降りた。


 また音が聞こえた。


 中庭の方だ。


 野良猫が窓でも引っ掻いているのかな。


 そんなことを思いつつ中庭の廊下にさしかかると、ガラスが割れる音が鳴り響いた。


「なに!? だれなのあなたたち!」


 中庭に面した窓が割られ、三人の黒づくめの男たちが屋敷に侵入してきていた。

 男たちは何も答えずに短刀を抜いた。蝋燭の炎を怪しく反射している。


「わたしを襲うおうというの? このわたしを? 盗人猛々しいとはまさにこのことかしら?」


 男の一人が駆け出した。

 わたしは蝋燭を投げ牽制するも、男は短刀で切りはらった。

 その隙にわたしは壁に向かって跳躍し、三角飛びをしながら男の顔面に膝を叩きこんだ。


「おい! この屋敷は女ばかりって話じゃなかったのか!」


 男の一人がそういったのが聞こえてわたしは額に青筋が浮かぶのを感じた。


「いっておきますけどねぇ……わたしも女よ!」


 わたしは床に転がった短刀を拾い逆手に構える。


 男たちはわたしをみると「ひぃ」と小さな悲鳴を上げて中庭に飛び出した。


 逃がさない。絶対に逃がさない。


「おいでワンワンたち!」


 わたしが指を鳴らすと、中庭の土が盛り上がった。


 地面の下から出てきたのは腐敗しかけた犬の死体。片目はぶら下がっていたり、臓物がはみだしていたりとってもキュートだ。


 わたしが指笛を吹くと愛犬たちは盗賊に食らいついた。


「わああああ! 助けてくれええええ!」

「やめろ、やめてくれええええ!」

「はっはっはー! もっと泣け! 喚け! このエリュシア・ブラッドリィ様に喧嘩を売った罪は重いのだー!」


 愛犬が戯れる様子を眺めていると、燭台を持った家族たちがどたどたと駆け寄ってきた。


「エリュシア! なにがあった!」

「ああ、お父様。ちょうどいま盗賊をとらえたところですわ」


 淑女らしくスカートをつまんで答えると、父は顔を青くした。


「あ、あの犬はなんだ?」

「わたしの愛犬でございますの」

「ま、まさか、庭に埋めてらしたの?」 


 母もずいぶんと感動しているのか震えている。


「もちろんですわ! お母さまの花壇の下にもたくさん埋まってらしてよ!」


 わたしがそういうと母は泡をふいて倒れた。


「エリュシア……」


 母を抱きとめながら、父が重々しく口を開いた。


 おや、なんだろう。なんだか嫌な予感がする。


「貴様はこの家から出ていけ! 結婚はしない! 姉のように素直ではない! それに加えてこんな悍ましい研究をしているなどもう許せん! 死霊術を続ける限り、二度とこの屋敷の敷居をまたぐことはゆるさーん!」


 そこから先は早かった。


 夜中に荷物をまとめられ、日の出とともにわたしは家の外に追い出されてしまったのだった。


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