プロローグ
「…よし、ここだな。」
桜の花びらが舞う、四月初め。
いま僕は、白くて大きな建物の前に立っている。
いったい何なのだろうこの建物は。不思議な形をしている。
逆三角形と砂時計を合わせたような、とても歪な形。
こんなもんが小高い山の上にぽつねんと建っているのは中々シュールだと思うのだが。
しかしずっと眺めていても何かわかるでもなし、仕方がないので中に入ることにした。
中は、病院を思わせるような清潔で明るいつくりだった。
前に言われていた通りに、真っ正面にある受け付けに行き、紹介状を見せる。
すると、少し無愛想なお姉さんが、階数と部屋番号を告げた。
「エレベーターは左手にございます」
どうやらそこへ行けということらしい。
軽く礼を言って、左手に向かった。言われた階でエレベーターを降りたが、はて、部屋はどこにあるのだろう。
少し歩いただけでも今自分がどこにいるのかわからない。まるで迷路だ。
しかも、部屋番号の付け方に全く規則性がみつけられないのだ。
これではここに勤めている人も迷うのではないだろうか。
さすがに誰かに聞こうかと思って人を探していたら、後ろから声をかけられた。
振り向くと大きな体とパーマがかった金髪のロングヘアーが目に入った。
先生だ。
「遅刻よ。迷ったのかしら?」
巨体を揺らしながら先生は近づいてくる。歩くごとに白衣の下から鮮やかなピンク色のブーツカットが見えた。
相変わらず派手だ。
「すみません、ちょっと…」
言い淀んで笑って誤魔化す。
「まあいいわ。入って。」
そう言って先生は目の前の部屋のドアを開けた。
って、目の前だったのか。灯台もと暗しだな。
その六畳ほどの部屋はどうやら資料室のようで、段ボールがいたるところに積んであった。
「いやあでも本当にありがとうねえ。6人志願者見つけるの、結構大変だったのよう」
「いえ、こちらこそありがたいお話です。」
「これから週に一回くらいは、あたしのところに来てもらうからね、よろしく頼むわよ!」
そう言うと、腰に手をあてて先生はにいっと笑った。
こちらも笑い返す。
さて、さっきから気になっていたことをひとつ。
「他のメンバーはまだ来てないんですか?」
「まさか。全員私の研究室いるわ。行きましょう。」
じゃあなぜこの部屋に連れてきたんだ。二度手間じゃないかと考えていたら、先生は僕の腕にどっしりと段ボールを置いた。
重い。
書類が大量に入っているんじゃないだろうか。
「これ、持っていってね」
…そういうことですか。
部屋はそれほど離れてはいなかった。
遅刻した罰で両手がふさがっているので先生にドアを開けて入れてもらう。
先生の研究室は意外と地味というか、ちょっと狭い保健室みたいな感じだった。
部屋の真ん中あたりに、女の子三人と男子二人が手持ちぶさたな感じで立っている。
小柄で華奢な二つ結びの女の子、すらりと背の高いポニーテールの女の子、ショートカットでボーイッシュな女の子。
あと小柄な眼鏡くんと色黒なそばかすくん。
何気なく観察をしながら軽く会釈をして段ボールを下に置く。
「待たせたわね。それじゃ、初顔合わせということで」
自己紹介ということに相成った。
先生はぐるっと全体を見渡し、
「じゃ、葵ちゃんから時計回りにいきましょう。」
と言って近くにいた少女の肩を叩いた。
どうやら“あおいちゃん”というらしい小柄な彼女は、先生に促されて落ち着いた声で言った。
「二ノ宮葵です。今年から大学二年生になりました。色々と至らないところがあるかと思いますが、よろしくお願いします。」
礼儀正しく深々と頭まで下げた。左右耳の高さで結んである髪が華奢な彼女の肩にかかる。
小さな体に気をとられていたが、彼女は自分と同学年のようだ。
確かに顔をよく見ると年相応に見える。服装だって、女子大生向けの雑誌に載ってそうな白いワンピースだった。
というか結構かわいい子じゃないか。ああ芸能人のあのこに似ているな、なんだっけ名前…
と、思い出しかけたところで、大きな声が響いた。
「はい次!うちは三島りさ!花も恥じらう中二の十四歳!血液型はB型!身長160センチ!仲良うしてください!」
一息にショートカットの女の子は言ってしまった。
今のたった一言で彼女がかなり元気っ娘であることと、どうやら関西出身らしいことがわかった。
パーカーにジーンズというラフな格好で、ひまわりみたいな満面の笑みを浮かべている。
そうかと思うとくるりと大袈裟に半回転し、次、キミやで、と隣の少年を指差した。
面白い子だ。
せっつかれた側の少年は、三島りさを少し見た後、ゆっくりこちらに顔を向けた。
「…五月女義親、中学ニ年生です。よろしくお願いします。」
薄い茶色の髪の毛をした小さな頭をぺこりと下げる。
とても静かな声だった。
三島りさの直後だから、ということもあるだろうが、随分と対照的だった。
顔を上げて眼鏡を直した五月女義親は、今度は隣の少年をちらりと見た。
視線を感じてか少し戸惑いつつも、
「宍道俊輔。高校二年。」
そうぼそっと言った。
そして黒髪、短髪、浅黒い顔のこの少年は、両手をポケットにつっこんだまま頭をほんの少しわかるかわからない程度に下げた。
恥ずかしいのだろうか、目線も下を向いたままだ。
「内野七海、高三でーす。ナナミとかナナとか呼んでくださーい。」
背の高い、ポニーテールの少女が首を横に傾けてかわいらしく言った。
しかしモデルみたいだな。卵形の顔は驚く程小さいし、ショートパンツの下からは長くて白い脚がのびている。
全体的に非常に女性的なラインをした体つきだ。
華のある子だな、と思った。
ぼやっとしていたら、全員の視線が徐々に自分に集まるのを感じて、慌てて言った。
「一ノ瀬司です。二ノ宮さんと同じ大学二年生です。これから一年間、同じテスターとしての実務、及び共同生活、どうぞよろしくお願いします。」
どんな一年に、なるのだろう。それはきっと、神様にもわからない。