誕生日に良い夢を
とある日の夕方。
弥命が、ふらりと旭の部屋にやって来た。
「旭。前やった、落書きのバク、ちょっと貸してくれ」
「え?良いですけど……」
以前、旭が悪夢を見ていた時に使った、弥命が落書きのように描いたバクの絵。
旭はそれをいたく気に入り、落書きだからと渋る弥命から、多少強引に貰った物だ。
何かするつもりなのかと、若干訝しげな様子の旭に、弥命は顔を逸らして後ろ頭を掻く。
弥命の左耳の朱い大きな金魚が、所在なく揺れる。
「……後でちゃんと返すよ。何もしねぇから。マジで、何でそんなに気に入ってんだか」
納得した旭が、机の上の引き出しから絵を取り出す。それを借り、弥命はちらりと視線を落とした。
「なぁ。夢の中のバク、何色だった?」
思わぬ質問に、旭は目を丸くした。
「へ?ええと、淡い水色でした。青色に近いような。優しい色でしたよ」
「ふうん。淡い水色、ね」
呟く弥命を、旭は不思議そうに見ている。
その視線に気付いた弥命は、旭の頭を雑に撫でて背を向けた。
「じゃ、明日には返すから」
「?分かりました」
旭は最後までよく分からないまま、弥命を見送った。
次の日、バクの絵はそのまま無事に、旭の手元へ戻った。
「何に必要だったんですか?」
「まだ内緒」
旭の問いに、弥命は悪い顔で笑って返す。
そんな弥命に、旭はますます、首を傾げたのだった。
九月九日。
今日は、旭の誕生日だ。
夕方に、旭が出掛ける支度をしていると、出先から弥命が帰ってきた。
「お、間に合ったか。これから出るんだろ?」
「はい。昨日言った通り、ヤマトと真弓が誕生日祝いをしてくれるので、ご飯食べて来ます」
弥命は、しみじみとした様子で笑う。
「いいねぇ。若者はそうでないとな」
「そうですか?」
首を傾げる旭を笑い、弥命は深緑色の小箱を出した。そのまま、旭に渡す。
「帰り、日付変わっちまうだろうから、先に渡しとくよ。誕生日、おめでとさん」
受け取った旭は目を丸くして、手の中の箱を見つめる。
「えっ!?ありがとうございます。開けても良いですか?」
「もちろん」
旭は箱を開け、小さく声を上げた。
「わ、これ……あのバクですか?」
旭の手でそっと取り出され、ころんとその手に乗るのは、ガラスで出来た小さなバクだった。
弥命の描いた絵の通りの物。
透ける淡い水色の丸みある体に、くるりとつぶらな目。愛くるしさのあるそのバクを、旭は目をキラキラさせて見つめている。
それを、弥命は何とも複雑な心境で見ていた。
「そんなに良いか……?ガラス細工の出来は別として、それ、落書きがモデルなんだぞ」
「素晴らしいと思います」
「マジかよ……」
唖然としている弥命へ、旭はバクを見ながら尋ねる。
「これ、ヤリハルさんが作ってくださったんですか?」
頭を抱えながら、弥命は頷いた。
「そ。旭が、落書きのバク気に入った話したら、面白がりやがってよ。旭に作りたいから絵見せろ、って話になってな。その場で描くって言ったんだが、旭が良いって言ったやつが見てぇ、って聞かなくて。だから借りたんだよ、バクの絵」
ようやく謎が解けた旭は、パッと笑顔になる。
「僕、とても嬉しいです。万寿と持って行って、ヤマトたちに自慢しちゃおうかな……でも、貰ったばかりで、何かあったら困るな」
「マジでやめろ。これ以上、俺の恥を外に広げんな」
真剣に悩み出す旭へ、弥命は慌てて止めに入る。旭は、そんな珍しい弥命の姿に笑ってから、バクを小箱へ戻す。
蓋をそっと閉じ、弥命を見る。
「ありがとうございます、弥命叔父さん。悪い夢を見ても、心強いです」
穏やかに笑う旭に、弥命は苦笑いを浮かべた。
「頻繁に悪夢見てんのも、困るんだけどな」
旭は、バクの入った小箱を大事そうに居間に置く。そんな甥を眺めている弥命の目に、いつもの険しさは無い。
「ま、誕生日くらい、良い夢見ろよ」
「はい」
弥命に雑に頭を撫でられた旭は、嬉しそうな笑みを浮かべた。




